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リアクション
■■■第一章
――本当に、雪像なんて作れるのかなぁ。
そんな半信半疑の心情で、雪像作りに参加していたリリアは、紫音の手腕に瞠目していた。ニンジンを持って座るロップイヤーのぬいぐるみ像が着々と完成しつつある。
「すごい」
的確な技術で雪像を作り上げている紫音は、愛機であるゲイ・ボルグ アサルト――CHP003―AS/Cへ風花と共に搭乗している。正式名称はイーグリットゲイ・ボルグアサルトストライカーカスタムであり、このイコンは、強襲攻撃をコンセプトに紫音と風花が改良を重ねた、イーグリットをベースにした機体だ。元々飛行型のイコンではあるが、その立ち居振る舞い、飛び交う姿や色合いは、遠目から見ても実に美しい。雪原に映え、怜悧とした印象を見る者に喚起させる。そんな確固たる存在感をゲイ・ボルグ アサルトは、周囲に対して放っているようだった。
そもそも当初からパイロットの紫音は天御柱学院に属している上、イコンの操縦練度が群を抜いていた。その芸能界にスカウトされたことがある程の女の子らしくも凛とした端正な顔立ちからは、到底想像できないまでの腕前を誇っているのが実情だ。紫音はそうした麗しいかんばせの上で、静かに唇を動かそうとする。そして人々が聞き惚れるような声音で、外部へと応対したのだった。
『有難う。だけど俺も、イコンを巧く操縦する事が出来るように、こうして参加しているんだ。勿論、みんなが喜んでくれると良いけど。な、風花?』
紫音のその声に風花は、儚げな黒い瞳を揺らしながら、静かに微笑んだ。
「そうどすなぁ。みんなが喜んでくれはったら良いと、私も思うどす」
そんな彼女は以前まで、パートナー意外に興味を抱くことが無かった。そのため、紫音に近づく周囲に対し、パートナーをとられまいと、威嚇――それこそ牽制するような心情で行動する事も多かったものである。だが最近では紫音につれられて交流の輪が広まっている様子で、本日のように雪像作りに参加したりもするようになっていた。これまでは、根本の性格が繊細すぎた事、そして同時に世渡りが下手である事がわざわいしていたのだろう。だが現在では以前よりも比較的、適場に応じた言動を取ることが出来るようになっているのは明白だった。とはいえ、紫音への信頼感が薄まることは決して無い。寧ろ強さを増す一方だ。そのため現在でも、下絵の図面との雪像の照らし合わせを懸命に行っているのである。機体のデータを取っているのも彼女だ。風花はどこか世間知らずじみた美少女ではあるが、イコンを操り運用する技能には、目を瞠るほどの力を持っているのだ。
「主様、わらわはニンジンの位置がもう少し左の方が良いと思うのじゃがのう」
そこへ紫音に対し、少し離れた位置から雪像のできばえを確認している、アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)が声をかけた。彼女は後ろで束ねた銀色の髪を揺らしながら、青い瞳をしげしげと、ロップイヤーのぬいぐるみを模した雪像へと向けている。穏和さが滲む優しい眼差しの彼女は、以前紫音が偶然迷い込んだ古本屋で偶然手にとった魔道書である。とてものんびりとしていて穏やかな性格の持ち主であり情に厚いアルスだが、知識欲だけは貪欲だ。
「我もアルスと同じ意見じゃ。貴公はどう思う?」
アルスとは反対側の位置から確認していたアストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)が、リリアに向けて声をかけた。
「そうですね、私はもうちょっと右の方が――あ、反対から見ているから、左で良いんですね」
リリアは一人納得しながら、アストレイアに対し頷いて見せる。すると妖艶な銀色の瞳を瞬かせ、彼女は紫音へと言葉を放った。
「主、聴いての通りじゃ」
美しい金色の髪を揺らしたアストレイアの声に、ゲイ・ボルグ アサルトの内部で紫音が頷いた。
『分かった』
響いてくるその声音に、アストレイアはゆっくりと頷く。彼女はいつも、冷静沈着だ。ただし紫音が関わる事になると、その限りではないのだが――その事を知る者は多くない方が良いのかも知れない。現在も魔鎧であるアストレイアがアルスとは逆側で、細部の判断に努めているのは、紫音の事を思ってだというのは、公然の秘密である。
その傍では、加夜がノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)の背中を撫でていた。
「寒いと傷、傷みますもんね」
愛機であるアクア・スノーから降りた二人は、雪が降り出しそうな夜空の元、静かにしゃがみ込んでいた。
「だけどボク、大切な人を守れるようにならなくちゃ! そう思うから頑張るんだよねぇ」
背中に大きな傷を持つノアは、今でも時折、背中の傷が疼く事がある。だが加夜に、現在のように触れてもらうと、不思議と痛みが消えるのだった。
「大丈夫ですか?」
リリアがそう尋ねると、ノアが茶色の優しそうな瞳を揺らして静かに頷いた。その可愛らしく無邪気な外見に反して、ノアが背負う辛い過去をリリアは知らない。
「そうだ、雪像の隣に、かまくらを造りませんか? 特に夜なんて、ろうそくとか灯したら、明かりが映えて素敵だと思うんです」
加夜の提案に、リリアはロップイヤーの雪像を一瞥しながら首を縦に振った。
先程までロップイヤー造りの手伝いをしていた加夜の声に、ゲイ・ボルグ アサルトの動きが止まる。紫音もまた、彼女達のやりとりを聞いていて同意するように、一端手を止めたのだった。
『練度を高めることも勿論だけど、楽しんでもらうことも一番だと思うんだ、俺は』
――その為には、かまくらも悪くない。
そんな含意を滲ませ、機体から響いてくる紫音の声に、加夜もリリアも微笑んだ。
「あ、そうだ、アクア・スノーの隣に、小さなアクア・スノーを造ってみるのもどうです?」
加夜が言うと、ノアが笑って、リリアが手を叩いた。
こうしてイーグリット・アサルト――CHP003Aの純白の機体脇に加夜達は小さなイコンを造りながら、かまくらについて話し合うことにした。
「オブジェとしてなら、単にろうそくを灯す場所だけ作れば良さそうですけど、折角ロップイヤーのぬいぐるみのように魅力的な雪像の隣に造るんだから、そうだなぁ、やっぱり、見に来た人達が中に入れた方が良いのかな? どう思います?」
リリアがそう口にすると、加夜がノアへ視線を向けた。
「ボクは中に入れる方が楽しいと思うなぁ」
セミロングの茶色い髪に手を添えながら、ノアが頬を持ち上げる。彼女は子供らしい意見を、明るくて元気いっぱいに述べた。ノアは好奇心旺盛で、物怖じしない性格をしているのである。
その案に従って、三人は小さなアクア・スノーを手で作り上げた後、いざかまくらを造ろうと腰を上げた。すると、紫音と風花が手を貸してくれる。
「有難うございます。じゃあそろそろ私達もイコンに戻りましょうか」
そうして皆で制作した後、加夜がそう告げた。本日は彼女がアクア・スノーの腕を操作し、ノアが足を操作している。
――細かなところまでこだわって作るのでちょっと時間はかかるかもしれませんけど、楽しんでもらうためですから妥協はしたくないです。
そんな思いで一人頷いた加夜は、青い髪を静かに揺らした。それを一瞥しながら、リリアもまた自機に乗り込もうと決意する。
「よし私もそろそろ、さっき寒さ対策をしてもらったイーグリットで、練度の向上を目指します」
リリアはそう告げ、自分の愛用する機体へと乗り込んだ。そうしながら目を伏せると、先程まで紫音と風花らが、未沙の整備に助力していた光景が浮かんでくるのだった。
イコンは、まだまだ全ての天候、自然環境に適合しているとは言い難い。それは、イコンの力を完全に引き出すことが、多くの者には、未だ出来ていないからなのかもしれないし、それだけ高度な運用技術を有するロストテクノロジーの結晶であるからなのかもしれない。
――少なくともリリアには、それは分からない。
パイロットとはいえ、まだまだイコンに関して知らないことばかりの彼女は、だからこそ思いつきもしなかった高度な未沙の整備案と、それを実現してしまうイコン整備を特技としている者達へ、尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
だからこそ、一足先に紫音と風花がロップイヤーの雪像制作へと戻った後も、リリアは暫しの間、未沙と彩羽が着々と全てのイコンに整備を施す姿を惚けるように見守っていたのである。一言でイコンといっても、その機体は各学園の持つものを含め、多種多様だ。
「これで全部だよね?」
イコンの操縦にも整備にも慣れており、その指導をも特技とする彩羽が声を上げた。技術者を目指している彼女は、誉れ高い才女である。元々は超能力科で入学した彩羽だが、イコン技術に魅せられて、彼女は整備科へと属することを決めたのである。あわせてパイロット科の授業も取っている。そうした経歴もあり、だがそれ以上に彼女は何よりも、天御柱学院以外の皆を含めて、各種の技術が上がれば良いと考えていた。気まぐれな性格こそしてはいても、彩羽は根本的に優しさを持ち合わせているのだろう。
「そうだよね! 無事に終わって良かった」
彩羽に対し、麗しい外見をした美少女が頬を持ち上げる。未沙のその純情そうな笑顔を見ていると、自然と彩羽もまた穏やかな気持ちになっていった。
未沙はイルミンスール魔法学校の生徒である。しかしながら、天御柱学院の者ですら提案しなかったほど詳細な、寒冷地対策を打診した実力の持ち主だ。
「有難うね、手伝ってくれて。本当に、あたし嬉しいんだよ」
優しげな青い瞳のもとそう告げられ、彩羽は微笑を返す。
「そう言ってもらえると良かったわ。じゃあ私もそろそろ雪像造りに戻るから――リリアも戻った方が良いんじゃないの?」
「そうですね。なんだか見とれてしまいました」
二人はそんなやりとりをかわすと、未沙に手を振り、整備の場を後にした。
見送りながら、一人安堵の息を吐いたテクノクラートに属する彼女は、今しがた整備し終えたイコンの一つに対し、静かに振り返る。
すると。
その背後にあった、一つの雪像の後方にあった雪像の一部が飛び散った。
「?」
驚いて瞬きをした未沙の正面で、元々未完成だった場所に降り積もっていたらしき雪が、地へと舞い散る。その下には、かすかに青いビニールシートが見て取れ、次いでそれも内側から押しのけられたようだった。
中から現れたのは、センチネルを基盤とした機体であるビッグローである。その中にいた、ロートラウトが嘆息するように顔を出した。ビッグローは初期型イコンであるセンチネルの中でも、その青い体躯と、度重ね手を加えた赤い頭部や脚部が印象的な、歩行型のイコンである。
――とはいえそれまで外観は、エヴァルトが雪で外郭を覆っていた為、単なる雪像の一つにしか見えなかったのだけれど。
あらわになったコクピット近辺から姿を現したロートラウトと、外で見守っていた未沙の視線が重なった。どちらともなく硬直する。
「え、ええと……そこで一体何をしているの? あたしに、教えて」
おずおずと未沙が声をかけるとロートラウトが、慌てたように唇を震わせた。
「会場警備の一環で、そ、その」
機晶姫であるロートラウトは、赤い髪を揺らしながら、手を騒がしく動かす。彼女は、古王国時代に王都防衛機体のトライアル用に造られた存在であり、戦局に応じて合体・分離し、柔軟な運用ができるというのが売りだったようだが、費用的がかかりすぎるため不採用となった過去を持っている。その為、実用試験を重ねるも封印され、パラミタ出現に伴い解放されたのだった。だが現在に至っても、エヴァルトの財政を圧迫してやまないのが実情である。しかしそれは兎も角、兎も角である。いかに有能な存在であろうとも、より少女型に近づき安定すればするほどに、ヒトに近しく排泄衝動を催すのが機晶姫だ。ようするに彼女は、トイレに行きたくなりコクピットから出てきたのである。そこでタイミング悪く、あるいは良く、ロートラウトは未沙と遭遇したのだ。
「ちょっと説明は後で。その前に、ボクちょっと行ってくるよ」
彼女はそう告げると、その場を後にした。
呆然と見守っていた未沙は、暫し考えた後、ブルーシートと雪で覆われているビッグローへと近寄った。
「――確かにこの整備と対処でも少しの間なら問題がないかも知れないけど、あたしとしては、関節部分が不安なんだよね……うん、これは整備士としての矜持だもん」
未沙は手にしていた整備用の工具を手に、ビッグローへと歩み寄ったのだった。
整備から戻った彩羽はといえば、早々にパートナーであるスベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)へと視線を向けた。近隣には先程まで共に作業をしていた顔見知りの姿がある。そのすぐそばでは、まだイコンに乗り込んではいないリリアが、ロップイヤーが持つニンジンについて思案しているようだった。
一方の彩羽達はといえば、現在この会場で最も大がかりな雪像になろうとしている、前シャンバラ女王の雪像制作を受け持っている。彩羽と垂が提案した代物だ。今となってはメイン展示物に等しい扱いである。
「どんな調子?」
彩羽が尋ねると、スベシアが麗しい青い瞳を彷徨わせながら、縦ロールにした銀髪を静かに揺らした。彼女は、彩羽が様々な場所で入手したパーツで作られた機晶姫である。元々壊れた機晶姫から蒐集されたパーツを、彩羽自身が、修理し組上げたのである。
『彩羽殿が色々と≪イロドリ≫とのリンク調整してくれたでござるから、今のところは、動作自体は、それがしから見ても安定しているでござる』
彩羽の姿に、イーグリットをベースにした愛機であるイロドリの中から、スベシアが応答した。イロドリは、整備科に所属している彩羽がカスタムしたバージョンであり、見た目には青系の迷彩塗装が施されている。そのため外見だけでも、その優美な姿は目を惹くものがあった。また電子戦強化カスタムヘッドを搭載している上に、内部は細部までチューニングが成されていて実際の性能は別格となっている。
スベシアは、そんなイロドリとリンクできるよう、その体躯を調整中なのである。
「まだまだ未熟者ゆえ、雪像作成での操作をなるべく沢山行って、イコンとのリンクがうまく出来る様にがんばるでござるよ」
コクピットを開けながら、スベシアがそう口にした。
「そう。良い心がけだけど、焦る必要はないからね。――それで女王の雪像の進行状態はどうなの?」
のり込みながら首を傾げた彩羽に対し、スベシアが巨大な雪の球体の連なりへと視線を向けた。
「どうなのでござろうな――それがしにも、分からぬでござる」
スベシアが視線を向けていたのは、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)とイルマ・レスト(いるま・れすと)が作成している部分だった。
「千歳……それは雪像ではなく雪だるまなのでは……」
イルマのそんな言葉がコクピットの中で響いている。彼女は大人びた知的な声音を放ちながら、焦茶色の髪を首と共に傾げた。その表情は、ひっそりとこわばっている。笑顔がひきつっていると述べる方が正しいのかも知れない。
「どこからどうみても女王には見えません」
「どこからどうみても女王だな」
声をかぶせるように断言し、端整な顔立ちの千歳が不思議そうに首を捻った。すると、パートナーであるテクラノートのシャンバラ人は嘆息する。
「雪だるまも、雪像に入るんでしょうか?」
現実的な彼女の声音に、千歳が視線を逸らした。判官である彼女は、今後発生するかもしれないイコン犯罪に備えて、よりイコン操縦に慣れておいた方が良いかと思案し、この雪像造りに参加しているのであるが、そうではあるが、別段雪像造りに興味を抱いているわけではなかった。その上、これまでに興味を抱いた経験もあまりない。
「……雪像なんてつくったことも無いが、こんなものだろう」
「良いですか、千歳。もう一度言います。雪だるまも、雪像に入るんですか? 私達は町長さん達から、女王の雪像案を承っているのですよ」
溜息をついたイルマは、千歳の黒い瞳と髪を一瞥しながら、頬に手を添えた。そうして、冷静な口調で彼女は続ける。青い瞳が静かに瞬いた。
「一体いつ、前シャンバラ女王が雪だるまだと判明したのです? 寡聞にして私は存じませんわ」
言葉を探すように、綺麗な黒髪を千歳が弄った。いささか唇を尖らせている。
そんな彼女達が搭乗しているのは、ユースティティアである。CHP001――即ちクェイルの機体であり歩行型だ。これが雪祭りの制作現場でなかったのならば、千歳が攻撃をうけおい、イルマがその他のサポートをするのが常である。
「雪だるまが、さも悪しき風に言うな」
もっともなイルマの言葉ではあったが、コクピット内で千歳は思わず呟いた。
「一口に雪だるまと言っても色々なものがあるんだ」
旧家――神社の一人娘として厳しく育てられてきた千歳は、地球は日本で言うところの二つの球で構成された雪だるまと、自身の出自とは異なる宗教が広がっている他国で主流の三つの球体で構成された雪だるまをそれぞれ念頭においていた。鼻にニンジンが刺さっているか、いないか、そんな違いもある。そうした事を考えていた彼女は、元来情に厚く正義感も強いが、見た目の威圧的なイメージと生来の口下手もあって、友人は少ない。少なくとも本人はそう感じているようだ。だが彼女の揺るぎない確固とした正義感によって救われた人間も、これまでに数多くいるようである。
「まぁ、球体や直方体……そこまで正確なものでなくとも、ある程度の雪の固まりを造ってから削り出すのが、雪像の基本的な作り方といえば、そう言えない事もないね」
彩羽がスベシアに応えた。そうして彼女は、千歳達とは逆側で作業を行っている人々へと視線を向ける。
そこでは女王像制作の提案者の一人でもある垂が、パートナーのライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)と共に、是空という名のRAI―KA――【雷火】のカスタム機に搭乗して、作業を行っていた。大型の日本刀を携えた朱い機体は、鮮やかでとても目を惹く。耐久性が弱く扱い難い事が少々の問題点ではあったが、この歩行型の機体は、闇が降り始めた雪祭り会場でも一際視線を集めていた。――それは日本刀で、雪を削っていたからかも知れない。
「垂は凄いよっ! 料理の味付け以外は!!」
ライゼが是空の内部でそう声をかける。青い瞳が無邪気に煌めいている。褐色が彩る頬が、茶色いセミロングの髪で覆われていた。明るい表情を浮かべた彼女は笑顔を浮かべていて、口元からは特徴的な八重歯がのぞいている。
「この雪像案を出したの、垂なんだよね?」
「ああ、俺が出したものだ。後は、今帰ってきたあいつが案を――……それに確かに料理は……味は兎も角、見た目は良いと思うんだ。第一、今はその話は関係ない」
ライゼに対して素直に料理の腕前を認めそうになった垂は、息をのんで振り返った。垂は口調こそメイドらしくないものの、その他の家事や、人や動物の世話は完璧なメイドなのである。そのため、彼女の熱狂的なファンも多い。
「こんな話ばかりしているから、大々的な雪像だというのに、全然作業が進まないんだ」
「だってオカリナの綺麗な音を聞いていると、和んじゃうんだもん」
ライゼの声に垂が、漸く気づいたように何度か瞬いた。確かに二人がこうして同乗し。やりとりをしているコクピットの中にまで、流麗な調べが、いずこから響いてくる。
慌てて垂が外部を確認すると、そこでは共に作業をしていたはずの相手が、オカリナを吹いていた。その姿が目に入ってきた瞬間、彼女は思わず声を上げる。
『おまえ、何をさぼっているんだ!』
是空の内部から響いてきた垂の声に、楽譜を脳裏に浮かべていた当人は、静かに動作を止めたのだった。
「……」
吹いていた形見のオカリナをとめ、銀星 七緒(ぎんせい・ななお)が無言で顔を上げた。七緒は根本的に無口なのである。女の子らしく頭の側部で一本に束ねた黒髪が、丁度訪れた夜の中へと融けるような色合いを保ったまま揺れていた。
「そうですね、ナオ君。私達もそろそろ作業に戻りましょう」
柔和な声の中に、姉のような厳しさを含ませながら、ルクシィ・ブライトネス(るくしぃ・ぶらいとねす)が、傍らに止めてあったケントゥリオンへと視線を向ける。ケントゥリオンは、ゴーストイコンハンターの称号を持つセンチネルの機体だ。その上このアザルト・ケントゥリオンは特に強化と武装が施されている代物で、歩行型の機体である。
七緒の保護者――姉のような存在であるルクシィは、褐色の肌の奥で青い瞳を穏和に動かした。同時に豊かな胸もまた揺れて動く。銀色の髪をした彼女は、七緒の事を弟妹のように慕っているのだった。
背を促されて立ち上がった七緒は、寡黙な様子で頷いた。演奏が止まれば止まったで、どこか寂しい。それだけ七緒の出す調べは美しいものだった。特技が演奏であるだけの事はある。そんな周囲を聞き惚れさせる音は、確かに皆の作業する手を止めてしまうものでもあった。だからとても残念なことではあったが、オカリナの音は、そのまま夜風に吹かれて潰えた方が良かったのだろう。
そうして七緒達がケントゥリオンへと乗り込み作業を始めた頃、彩羽もまたイロドリの中で、作業について思案していた。彼女の端緒の参加動機は、天御柱学院以外も含めた皆の、イコン操縦の技術が向上することを願ってである。そろそろ精緻とはいえ雪だるま状の手足になっている右側と、大まかな形にはなっているが細部が不明瞭で作業が遅れている左側の統一を図り、前シャンバラ女王の雪像を完成させるべく、尽力しようと彼女は決意したのだった。
『聴いて。まずは下から修正した方が良いと思うの』
彩羽の声に、共に作業をしていた一同が動きを止める。
『それに役割分担も、再考した方が良いわね。まずはケントゥリオンで――』
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