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雪祭り前夜から。

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雪祭り前夜から。

リアクション

 ――とはいえ。
「ど、どうしたら良いんでしょう――っ!!」
 目の前で、一部が壊れてしまったロップイヤーのぬいぐるみ像を見上げながら、リリアが瞳に涙を溜める。
 加夜とノアも、ミニ・アクアスノーの隣に立ちながら、心配そうに雪像を見上げていた。
「大丈夫」
 すると女性らしい柔和な表情で紫音が、リリアの肩を叩いた。
「必ず修正できるはずだ」
 そんな紫音の声にリリアも加夜も、目を瞠った。
「風花、これまでに完成していた分の雪像データと下絵、それと破損部分を照合して修正箇所を確認してもらえるかな。そうしてもらえると助かる」
 振り返りパートナーに対して信頼の滲む黒い瞳を向けた紫音に対し、風花もゆっくりと大きく頷いたのだった。
「分かったどす」
 頷き即座にゲイ・ボルグ アサルトへと乗り込んだ風花の前で、紫音がミニチュアのロップイヤーがニンジンを持っているぬいぐるみをリリアへ渡した。
「こうしてみんなで頑張って作っていたんだ。絶対に修正させる」
 そう告げ微笑んでから、紫音は、アルスとアストレイアへと視線を向けた。
「二人にはまた外からの確認を頼んだ」
 頷いた二人は、紫音が、愛機へと乗り込んでいく姿を見送っていた。


「待て――! 判官として見過ごすわけにはいかない!」
 戦闘が一段落して安堵していた孝明や垂、裁達の元に、千歳のそんな声が響いてきたのは、彼らの眼前をエメトが走り去った直後のことだった。
「何かあったのか?」
 先程まで共同で女王像を作り上げていた垂が声をかけると、共に追ってきたイルマが立ち止まり、困惑するように白磁の頬へと手を添えたのだった。
「実は先程のアリスさんの放送の他に、もう一体スノーゴーレムが出たのですが……」
「え、アリス数え間違えちゃったのかな?」
 まさかといった表情で息をのんだ銀髪の少女に対し、千歳が首を振る。
 エメトの逃げ足は思いのほか速く、どちらへ行ったのか判断が付かない。
「別の思惑で個人的に細工をしていたらしいんだ。だから他のスノーゴーレムとは違い、反応しなかったんだろう。どうやって数を数えたんだ? レーダーか?」
 いささか格式張った口調の千歳に対し、アリスが頬を持ち上げる。
「ディテクトエビルを使ったんだもん」
 その声に、千歳が納得するように首を振る。
「寧ろ細工した方に悪意があったんだろうな――何はともあれ、敵数を喧伝してもらえなければ、この悪事は露見しなかった。助かった」
 イルマもまた同意するように、顎を縦に動かした。
「――細工した、ということは、一つ雪像が動き出して無くなったと言うことか? ただでさえ雪像に紛れ込んでいたスノーゴーレムのせいで、一見しただけでも数が減ったのに」
 話を聴いていた垂の声に千歳が深々と頷いた。
「ああ、ゴーレムを元にしたテレビ番組のクマのヒーロー像に細工がされていたらしくてな……」
「待ってくれ、確かそれは町民からの雪像案の募集で制作されたものだったはずだ」
 孝明が息をのむと、思案するように垂が瞳を揺らした後、後方で動きを止めているスノーゴーレムの巨体へと振り返った。
「そうだ――あれは核を破壊しただけで、頭部は壊していないから、動きを止めているけど、形は保っている。加工して今からクマのヒーロー像を造れないか?」
 その言葉に一同の視線が集まった。
「姿形そのままでの機能停止をさせているんだから、イコンのマジックソードや鬼刀でスノーゴーレムを削って新しい雪像を仕立てあげる事は可能だ」
 確かにそうかも知れないと、皆は動きを止めたままのスノーゴーレムへと目を向けた。
「そちらは任せた。私は判官として、警備主任へと今回の件を伝えてくる」
 頷いた千歳の言葉に、垂がこちらは任せろという風に微笑み返したのだった。


 なお残りの皆は、最も制作が遅滞している御神楽環菜像の制作のため、続々と集結を始めていた。また垂達は、その場から再度スノーゴーレムを移動して、削る作業に取りかかっていた。
 時刻は既に、明けに姿を現す金星が顔をのぞかせる頃合いへとさしかかっており、雪祭りの開催時刻までには、数時間を切っている。
 現在までにイコンの手により完成している雪像は、コームラントと金団長像と前シャンバラ女王像の三体だけである。
 まずは真司とアレーティアが載ったイクスシュラウドが助力へと訪れた。伴って訪れたヴェルリアとリーラが、皆に温かい珈琲を配布する。
 受け取ったリリアや、見回りがてらやってきた螢が礼を述べると、ヴェルリアが白い頬を素直に照れくさそうに朱くしたのだった。続いてアリーセや夢見達も修正や制作の手伝いへとやってくる。
『開催に間に合えばいいんだが』
 何とはなしに呟いた真司の声が、朝焼けが浮かびつつある冬の空の下で、小さく響く。
 それと同様の思いを誰しもが抱いていた。


 ――そして。
 朝日が完全に顔を登らせる直前、ヒルデガルトが不意に呟いた。
「良かったですね」
 その声に何事かと、制作の手伝いへと訪れていたあゆみや岩造、そして螢が振り返ったその直後、リリアが感嘆の声を上げたのだった。
「やったぁ。ロップイヤー像が直りました!」
 彼女の嬉々とした声音に続くように、真司の安堵するような声が周囲へ響いてくる。
『こっちも御神楽環菜像、完成だ』
 そこへ丁度、是空を操りやってきた垂達も声をかけた。
『クマのヒーロー像も元に戻ったぞ』
 こうして、何とか無事に、イコンによる雪像制作は完了したのだった。