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リアクション
■■■第五章
「ええと、待ち合わせ場所はここであってるよね?」
心なしか不安そうに、テレビに出てくるゴーレムともクマともつかないアーチ型の、いかにも入場箇所的な雪像前で、和葉は視線を彷徨わせていた。
「あれ、でもこのあたり、雪像が並んでるし……あれ? あれ? ええと、あれ……ここは一体?」
呟いた和葉は、ピンク色の髪を揺らしながら、ただでさえ複雑な胸中を、更に波立てたのだった。
――いつもお世話になってる天司先輩と一緒に雪祭りに遊びに行くよっ!
そう考えていた和葉は、御空にお誘いされたので、思いっきり楽しもうと考えていたのだが、勿論、他にも考えるところはあった。実際に雪祭りは実に賑やかで楽しげなのであるが、二人にとっては、二人のこととして考えるとするのであれば、これはある種の……。
停止しそうになる思考の中で、和葉はかぶりをふる。
――え、これ、デートとか……うん、気にしないっ。
一人内心そう呟きながらも、僅かばかり、異性として意識している先輩の存在を自覚して、和葉はなんだか照れくさくなって視線を背けた。
「待ち合わせ場所まで来たつもりなんだけど……ここは、本当にどこ? うぅ、むしろ、先輩はどこぉ?」
若干涙混じりに周囲をきょろきょろと見回しながら呟いた彼女の正面では、カメラのシャッター音が谺しているだけだった。
「やっぱり、イコンで作っただけあって、大きいなぁ」
――イコンってよくわからないけれど、すごいんだね、こんな大きな雪像作れるなんて。
そんな思いでシャッターを切った貴瀬は、高い雪像の頂点を見上げながら、満足そうに青い瞳を揺らした。大きな雪像を被写体として、レンズの中へと治めてみたいという欲求を満たしながら、静かに頷く。
気まぐれな彼は、常に優しそうな笑顔を浮かべているが、その印象と異なり自分の興味がある事に対しては、比較的大胆突飛な行動を取るという特徴がある。
現在その興味が向いている対象は、彼のマイブームであるデジタルカメラによる撮影だった。
「だけど……雪像に修復の跡っぽいものがあるけれど、何かあったのかな?」
貴瀬がやさしそうな瞳でロップイヤーのぬいぐるみ像を見据えながらそう口にした時、ゆるスターの綺蓉が僅かばかり顔をのぞかせた。綺蓉は本日、雪だるま風の着ぐるみを着て貴瀬のポケットに入っている。
「寒いから、今日は一人でお散歩はダメだからね」
その鼻を、ちょん、とつつきながら貴瀬が声を出した時、傍らで瀬伊が腕を組んだ。
「ふむ……イコンに関しては、よくわからないが、雪像を人以外の手で作るなんて、すごいな。だからこそ、何かあったのかも知れない」
応えてから瀬伊は、妖艶な青い瞳を静かにカメラへと向けた。
「貴瀬……それにしても、人に影響され過ぎじゃないか?」
幾分か顰められた声音だったが、呟くようなその瀬伊の言葉に貴瀬が曖昧に笑う。実は、貴瀬が熱中しているデジカメによる撮影は、最近知り合ったさる相手の趣味なのだ。それを知る瀬伊の冷静な青い瞳に対し、貴瀬は肩を竦める。
「だとしても、俺はこれが今一番面白いんだよ」
好奇心旺盛であるパートナーのそんな声に、英霊である瀬伊はただ溜息をついて見せたのだった。
――飽きるのも早くなければ良いのだが。
あるいは、何処かでそんなことを感じていた節もあるのかも知れない。
彼らがそうして写真撮影をしている傍では、会場へとやってきたさゆみ達が、前シャンバラ女王像を見上げていた。
「雪祭りと言うと、札幌の雪祭りを思い出すけど、ここはもっと凄いね」
感心しながら素直な感想を述べたさゆみは、黒い髪を揺らしながらアデリーヌへと微笑みかけた。
「私達が会場に来る前に、スノーゴーレムが大暴れしていて雪像が破壊されたそうだけど、巻き込まれなくてよかったね」
そして、こうして無事に雪像を見ることが出来て、本当に良かった。
そんな思いでさゆみが声をかけると、半ば彼女に連れられて、雪祭りの会場へとやってきたアデリーヌが、寒さに身を震わせるように、両腕で体を抱いた。結局さゆみの誘いに根負けして会場へとやってきた彼女は、内心暖かい部屋でミルクティーでも飲んでいたかったと感じていた。けれど、確かに見事な意匠の施された雪像には、目を瞠ってしまう。
そのせいか、寒さを一時忘れるように、アデリーヌは動きを止めた。
前シャンバラ女王の眼差しは、実に生き生きとしていて、見ている者を魅了する。
どこか惚けた様子で雪像を見据えているパートナーに対し、傍らで不意にさゆみが悪戯心を起こした。そろりそろりと、雪を手に取る。 ――そして。
「っ」
首元に雪を押しつけられたアデリーヌが息をのんで、黒い髪を揺らした。
「コラッ!」
思わずそう告げた彼女は、逃げ始めたさゆみを追いかける事にした。向かう方角は、露店が建ち並ぶ方向だ。
そうして彼女たちが走り去った後、会場内に居並ぶ雪像の中でも一際観客を集めている金団長の雪像の前で、アリーセが静かに吐息していた。金鋭峰像は、アリーセのアイディアで、肩や腕が階段状に形作られ、特徴的な帽子の上が展望台になっているのである。同時に、帽子の後頭部側からスロープが作られていて、子供達が遊べるようになっているのだ。
だからこそ、会場1・2を争う人気を誇っており、子供達がはしゃぎ回っている。
時折響き漏れてくる声はこうだ。
「このおじちゃんの頭ツルツルで面白いねー!」
アリーセが満足そうにその様子を見つめていた。実際、アリーセは、景色も楽しめ、滑り台も楽しめ二度美味しい雪像の出来映えに、満足していた。安全性を高めるために雪像の下の方は氷術で強度を上げたり、展望台と階段部分にはロープで手すりを設置したりと様々な配慮を重ねながら、アリーセは、そういった処置をしてもそれらがあくまで雪像の衣装の一部として違和感が無いようにと奮闘していたのだ。
「あれが、私か」
そこへ唐突に声がかかった。息をのみ、目を見開いて、アリーセが硬直する。おずおずと振り返れば、そこには金 鋭峰(じん・るいふぉん)その人の姿があった。
「根回しがあったから何かと思えば――このような愚劣な提案、我が校では検討する意味もない」
冷笑混じりの黒い瞳で顔を傾げた金団長は、顎に手を添えてから、緊張しているアリーセへと再度視線を向けた。
「だが、ここは我が校ではない。校外だ。いくら近隣とはいえ民間の一行事など、私が関することではないのであろう」
「あ、えっ……その」
何か返そうと、アリーセが唇を動かす。
「私は、人に恐れられたり、嫌われるのを何とも思っていない。だから、印象改善を願ったりはしないのだよ」
「す、すみません」
「謝罪するのであれば作るべきではなかったのであろう。だが――こうして、私の雪像で喜ぶ幼き者を見る事、決して悪い気はしない」
「……え?」
アリーセが驚いて顔を上げると、皮肉屋の金団長は、僅かばかりその険しい瞳を穏やかなものへと変えていたのだった。
「24で、オジサンと名指しされるとは思わなかったがな」
「あ、ええと、それは――」
「しかし会場1の評価を誇っていると聴く。シャンバラ教導団の名をよく上げたものだ」
それだけ言うと、アリーセの頭を二度撫でて、金団長は踵を返した。
呆然とアリーセはその姿を見送る。
そうして乳白金の長い髪が風に揺らめいた時、丁度会場中にBGMが流れ始めたのだった。それは徹夜作業のまま雪祭りを楽しむ皆のために、テスラが誇るスキルであるSPリチャージを使用した後、驚きの歌を披露したのである。これで皆のSPも回復へと向かったのだった。
そのすぐそばで、御空が声を上げた。
「あ、和葉さん発見。待ちました? 大丈夫ですか?」
これは――待ち合わせのお約束。大丈夫、間違ってはいない、筈。
一人内心そう呟いた彼の正面で、和葉が大きく頷いた。
「大丈夫……というかその……見つけてくれて、ありがとう」
先輩を見つけた安堵感から微笑んだ和葉が、思わず彼の袖を掴む。
「あ」
「え」
素直に安心して袖を掴んだ和葉だったのだけれど、その仕草に僅かに照れる様子の御空の顔に、思わず頬を染める。
「そうだ。寒いですし、あちらの方へ行ってみましょう」
そのまま、手をつなぐように指に力を込めた御空は、いささか強引に歩き出しながら、視線を背けてそう述べたのだった。
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