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雪祭り前夜から。

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雪祭り前夜から。

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 露天風呂制作が行われている丁度正面では、露店が軒を連ねていた。
 一番右端では、幽那が露店の準備をしていた。彼女は採れたての農作物から作った、暖かいポークビーンズとロールキャベツの用意をしている。美味な味を誇る汁物を品に選んだのは、寒波の中開催される雪祭りにおいて、体をちゃんと温めて、祭りを楽しんでほしいという思いからだった。寒いときには暖かいものが一番、幽那はそう考えていたのだ。
「料理も売り子も一人でやるのか?」
 すぐ隣で露店を開くことになった阿童が、葉月を一瞥しながら尋ねると、幽那は誰が見ても色気を感じる瞳を瞬かせながら、微笑した。
「料理は私が担当して、接客は私の可愛いアルラウネ達にやらせるわ」
 アルラウネとは幻獣の一種であり、人のような姿をした植物だ。マンドレイクの一つであるとも言える。とても打たれ強いが火を嫌う事が特徴だ。その為彼女は、阿童に頼まれたキャベツを渡しながら呟いた。
「鉄板焼きの火、気をつけて頂戴ね」
「ああ、分かった」
 五体いるアルラウネ達をそれぞれ見渡しながら、元々正義漢である彼は静かに頷いた。
「それにさえ気をつけてもらえれば、この子達可愛いから商売繁盛は間違いなしね!」
 配慮に対する感謝を滲ませながらも、素直に礼は言わず、幽那もまたアルラウネ達へと視線を向ける。
「ちょっと無口な不思議ちゃんがいたり……」
 彼女は、スイセンを元にしたアルラウネであるアルラウネ・ナルキススを見る。人で言うところの十歳程度の体躯をしていて、性格は無口で一体何を考えているか分からない不思議ちゃんなのが、このアルラウネである。口を開けば訳の分からない発言ばかりして周囲を困惑させるものだが、しかしごく稀にまともで的確な発言をするものだから、さらに周囲は驚嘆せずにはいられないのだ。
「頑固な子がいたり」
 次いで幽那が視線を向けたのは、トリカブトを元にしたアルラウネ・アコニトムだった。幽那のアルラウネ達のリーダー格を務めるしっかり者であるはずのアルラウネであり、冷静沈着な性格をしてはいるのだが……ただし非常に頑固な所があるのである。一度決めつけると意見を変えようとはしない所が欠点だ。
「クールな子がいたりするけれど……そこは物好きがくるんじゃないかしら?」
 最後に彼女は、アルラウネ・ラディアータへと視線を向けた。すると不服そうな視線が返ってくる。確かにヒガンバナを元にしたこのアルラウネは、性格が素直で、思った事を思ったままストレートに話す事が多い。その為、態度や物言いからクールだと思われてしまっているのだが、その事に本人は疑問を持っているようなのである。
 そんな三体の後ろではアルラウネ・ディルフィナが、楽天的そうな表情を浮かべている。デルフィニウムが基盤となっているこのアルラウネは、にこやかでほんわかとしたオーラを醸し出していた。この樹木人は、ぽやぽやほんわかしたのんびり屋さんなのである。
 その隣では、何かを妄想しているらしいアルラウネ・ラヴィアンが、鼻血のかわりに体液を、鼻から吹きだしていた。ラフレシアを元にしているこのアルラウネは、性格は大人しく知的なのであるが、2011年代の地球の言葉で言うとすれば、『腐女子』であり超変態的妄想癖の持ち主なのである。些細な事柄を契機に、すぐに妄想を始めてしまうという点が問題だ。
「大丈夫なのか?」
 そんなことは知らない阿童が、アルラウネ・ラヴィアンの様子に慌てて声をかける。
「……いつものことだから」
 どこか諦観した様子で、幽那が視線を背ける。これら五体のアルラウネは、全て彼女が、ある波羅蜜多実業高等学校へ属する女性から貰い受けた存在だ。何とはなしに幽那は、鏖殺寺院の一般メンバーとなった彼女のことを思い出す。
「そうか……具合が悪そうだったり、人手が足りないようだったら声をかけてくれ」
 何とか自分自身を納得させながら阿童は、冷静にそんな言葉を口にした。
 我に返った幽那は、赤い瞳を瞬かせながら静かに頷いたのだった。


 阿童が受け取ったキャベツを手にして戻ると、そこではアークが粉から麺をうっていた。粉からソースに至るまで激選の素材を用意している彼は、短い黒髪を揺らしながら精を出している。不良っぽい外見ながらも料理の腕前には定評がある彼は、額に滲んだ汗を拭うようにしてから、粉で汚れた手を洗う。そうしながら、阿童が持ち帰ってきたキャベツへと視線を向けた。
「確かに新鮮そうだな、ああ、俺様の目に狂いはない」
 その声に阿童は肩をすくめると、アークがこれまでに準備した品々へと顔を向けた。
「焼きそばとたこ焼きの準備は大体終わったぜ」
 すると試作品としていくつか作ってあった品、なかでもたこ焼きに対して葉月が手を伸ばす。
「うわぁ、美味しそう。食べたいんだもん」
「まぁ待て。俺様としては、それはまだまだ修行が足りないから、明日の完成品を……」
「えぇ……お兄ぃも駄目……?」
「そうだな――アークがああ言ってるから、明日、客足が落ち着いたら食わしてやるから」
 袖を引かれた阿童は僅かに屈むと、葉月の耳元でそう告げた。
「本当? やったぁ」
「その代わり、売り子頑張ってくれよ」
「うん頑張る! だけど、何回もきいてるけど、売り子ってよく分からないんだよね」
 無邪気さが滲む緑色の瞳に見つめ返されて、阿童は言葉に詰まったのだった。いざ説明するとなると困る。どのように教えようかと、ただでさえ険しい表情を、彼はよりいっそう厳しいものへと変えたのだった。


 そんな彼らの隣では、つばめと太刀川 樹(たちかわ・いつき)が、露店の準備をしていた。
 つばめは、参加決意前に随分と思案したものだ。露店をするとなれば、お好み焼きなどの粉モノもメジャーである。だがここは雪祭り、なにか一風変わったモノはないだろうか。
そこで……敢えてここは地球はトルコ等の料理であるケバブを売ろうと決意したのだった。
 一口にケバブといってもいろいろな種類がある。
 肉をその場で切り分けるドネルケバブのようなタイプから、地球の各国の出店としてメジャーになりつつある『ギロ』とギリシャ風に呼ばれるような、野菜サラダと共にパンに挟む物まで様々だ。育ちが良さそうな様子の金色の髪をしたつばめは、結局、両方のタイプを用意することにし、幽那から提供して貰った野菜の選別を行っていた。
 そこへ樹が声をかける。
「雪祭りに来た人みんなに喜んでもらえるといいね」
 ピンク色の癖がある長い髪を冬の風に揺らしながら、樹は微笑んだ。魔鎧である樹は、元々は、とあるコレクターが集めたコレクションの一つだった。だが所有者自体も単に鎧だと思っていた最中、つばめとの接触により覚醒したのである。その麗しい体躯はどう見でも女性であるが、樹はれっきとした男性だ。どうやら魔鎧の素材に複数の魂を使った影響でこうなったようである。
「そういえば博之さんはどうしてるのかな」
 樹のその声に、つばめが顔を上げた。脳裏には、黒い目をした加藤 博之(かとう・ひろゆき)の姿が浮かぶ。
「電話をしてみます」
 応えた彼女が携帯電話を耳へと宛がう。だがその向こうから響いてくるのは、無機質な電子音だった。――出ない。
 冒険者である博之は、特に理由もなく世界各地を回っていた旅先で、つばめと出会い、互いに何かしら共感したようで契約するに至ったのである。今では良き兄貴分だ。だが現在でもこうして、どこかへ出かけている真っ最中なのだ。
 彼女達の横で、ボルシチの用意をしていたジリヤが、やりとりを聴いていて一人頷く。
「この雪祭りは大々的に宣伝しているし、何処かで聞きつけるかも知れないよ」
「そうですね」
 博之のきまぐれな性格を知るつばめが、曖昧に笑ってみせる。パートナーである彼の夢が、パラミタ全土を踏破する事であると知っている彼女は、そうなれば……短時間でも会場へ博之が訪れれば良いなと考えながら頷いたのだった。


 そんな彼女達の隣では、知恵子とフォルテュナが露店の準備をしていた。知恵子達が用意しているのは、豚汁と中華まん、そして甘酒である。中華まんは仕入れたものの、豚汁用の具材を幽那から提供して貰った知恵子は、元々は受験勉強に明け暮れたことがあるほど勤勉であるため、すでに下ごしらえを終えていた。そのため現在は、愛機である號弩璃暴流破につけるための看板を作成している。
 號弩璃暴流破――ゴッドリボルバーは、知恵子達一味のフラッグシップと成るべく、チューンナップが施された波羅蜜多実業高等学校のREGE−NTつまり離偉漸屠である。元来歩行型の機体であるが、リーゼント部分等へ手を加えた結果により、砲撃能力がとても高まり、遠距離戦にも実に優れる凛々しい機体である。また元々が離偉漸屠であるため、パワーがあり、殴り合いの馬力も劣らない。
 知恵子は考えたのだ。
 ――イコンが目玉の雪祭り……なら、露店にもイコンを使えば目立てるかもね。
 練度を高めるための雪像制作の他にも、イコンの仕様用途はあるのである。
 数多の可能性を持つイコンの新たな一つの可能性を導出した人間が、知恵子であるともいえるだろう。
「だけどよく考えたもんだぜ」
 フォルテュナがそう告げると、隣の露店で作業をしていたジリヤも大きく頷いた。
「誰も思いつかなかったもんなぁ。これは露店全体の看板になるよ」
 二人のそんな声に、彼女は少しばかり照れるように黒い瞳を背けた。
「別にあたいは、あって当然なことを考えただけじゃん」
 実のところ純情である彼女が、頬へとさした朱に、やりとりを聴いていた周囲は穏やかな微笑を浮かべたのだった。
 そんな露店組の正面を、モモが淡々と雪を抱えて通り過ぎていく。