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雪祭り前夜から。

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雪祭り前夜から。

リアクション

 そうして女王の雪像制作が進む中、その正面では、アリーセと夢見、そしてフォルテ・クロービス(ふぉるて・くろーびす)が、現在の進捗状況を再確認していた。彼女達が造っているのは、所属するシャンバラ教導団の団長である金 鋭峰の雪像である。こちらは全身像というわけではなく、上半身から先が土台となっており、他に様々なアトラクション風味の意匠を施す予定の代物だ。現在でも、その頭部部分を念入りに、松平 岩造(まつだいら・がんぞう)フェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)が形作っていた。
 この雪祭りが開催されている機晶都市ヒラニプラの郊外には、言わずと知れたシャンバラ教導団が居を構えている。即ちこの界隈は、お膝元であるとも言える。だがそれ以上に、アリーセが特技の根回しを駆使して、金団長の許可を取り付けたため、こうして無事雪像制作が可能になったとも言える。着々とできあがっていく団長の胸像を眺めながら、アリーセは、頬を緩めた。――心の底から金団長を尊敬すればこその雪像案である。
 アリーセの茶の瞳に優しそうな色が浮かぶのを眺めてから、夢見がフォルテへと視線を向けた。
「あたしのわがままに付き合わせちゃってごめんね」
 夢見は伏し目がちにそう呟いた後、改めて顔を上げた。
「ただの戦争のための兵器や手段としてではなく――そう口にするのは簡単だけれど、それを実現するためには、やっぱり……この想いを現実にするためには、まずは実践が必要だと思うのよね」
 そして練度を高める、そうすればいつか――そんな心境で夢見は、儚げに青い瞳を揺らした。現状では未だ兵器色が強く、イコンという後を耳にするだけでも拒絶感を覚える者もいる。だが使い方次第では、いかようにも平和的に活用できるのがイコンではないのだろうか。少なくともそうしたいと、一見無謀なようであり、しかし優しく人間らしい感情を抱いて夢見は思案していた。今すぐにとは、いかないかも知れないが、それは決して叶わない夢ではないはずだ。嘗てパラミタとの往来を始める前の地球の歴史の中でも、戦争に用いられた兵器や手段が、その後有益な存在となった例がいくつかある。例えばクリーンエネルギーやインターネットなどその代表例だろう。
「だからもう少し手伝って。その分、後でお願い聞いてあげるから」
 夢見の銀色の瞳に見つめられ、フォルテは白い肌にわずかばかり朱を指した。赤い瞳を瞬かせたヴァルキリーである彼は、後ろで束ねた白髪を冬の風に揺らされながら、指で頬を掻く。美形――そう評するにふさわしい外見をしたフォルテは、優しさが滲む表情で、夢見に応えた。
「終わったら、後でお願いを聞いて下さるという事でしたね。でしたら後で、キ――」
 彼がそう言いかけた時、傍らでアリーセが大きく頷いた。
「イコンに対する見解ではありませんが、私も同種の思いで雪像を造っています。団長は正直なところ、普段怖がられているようです。だから、だからこそこういう所で印象の改善を図っていかないと!」
「確かにそうね」
 アリーセの声に夢見が頷く。言いそびれたフォルテはといえば、嘆息しながらそんな二人のやりとりを見守っていた。
作業に戻るために、アリーセがクェイルに乗り込むと、夢見もまたフォルテに振り返った。
「あたし達も作業に戻ろうか」
「……そうですね」
彼女の気持ちを汲んでいるフォルテは、言いよどんだまま頷いてローズマリーへと乗り込むことにした。


 ローズマリーは、211C――即ち鋼竜であり、マシンガンやソードなどを装備した、歩行型の機体である。対してアリーセが乗り込んだクェイルは、名称そのままに、機体番号CHP001、イーグリットを簡素化したものである。初期型のイコンであり、歩行型だ。凍てついた指先を握ったり開いたりして解しながら、アリーセは考えていた。
 土台としての金団長の上半身の胸像は、有る程度完成している。残るは、肩や腕を階段状にして、特徴的な帽子の上を展望台にする事。そして最後に仕上げとして、帽子の後頭部側からスロープを作ることである。
「景色も楽しめ、滑り台も楽しめ、二度美味しいと良いです」
 コクピットの中で、アリーセは一人そう呟いた。
 そんなクェイルからは、黙々と的確に作業をしている龍皇一式の姿がよく見えた。こちらも鋼竜だが、岩造操縦する龍皇一式とローズマリーとの相違点もいくつかある。龍皇一式は、空陸型仕様であり教導団の次期新型イコン開発の先鋒を担っている機体だ。背中に小型の飛行ユニットが装着させあり、空陸両用に秀でた機体となっている。その為雪像の頭部の機微を調整するにも最適だ。龍皇一式のその瞳は何処かクェイルにも類似しており、青い機体の鮮やかさは見る者に感慨深い印象を抱かせずにはいない。
 イコンの操縦練度を高めるために参加した岩造は、その実直そうな黒い瞳で雪像のできばえを確認しながら目を細めた。龍雷連隊の隊長でもある彼の、短い黒髪が揺れる。代々軍人の家系で育った彼は、実年齢よりも大人びて見え、その叡智が宿る老成した眼差しを揺らしながら、パートナーであるフェイトに声をかけた。
「俺はこんな物だと思うが、どうだ?」
 普段は粗暴な性格である彼だが、正直な一面を持ち合わせてもいる。だから問いかけたと言うことは、どこか納得がいかない箇所があるのかも知れない。
 声をかけられたフェイトはといえば、ツインテールにした黄色の髪を揺らしながら、優しげな顔で微笑んだ。
「素晴らしい出来映えでございますわ。私はそう思います」
 騎士道を重んじる性格である彼女の赤い瞳が、じっくりと雪像へと向かう。誰の目から見ても可愛いという印象を抱かせる美少女のフェイトは、愛らしい声音でそう断言した。


 そうしてシャンバラ教導団の学生達が金団長像を制作している隣では、真司達が、コムーラントの雪像を、ほぼ造り終えようとしていた。これは彼が、特技の根回しを駆使して、外見寸法図を入手し、イコンが装備しているクレイモアやマニピュレーターを使って慎重に削りながら作成する予定を練っていたからである。短い黒髪の下、その迫力有る金色の瞳を真司は揺らした。
 ――しかし生身ならともかくイコンに乗ったままの作業で雪像を作るのは神経を使うな。
 彼がそう考えていた時、サブパイロットであるアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が微笑した。
「そこの部分をあと数ミリ削れば寸法通りじゃな」
 ――わざわざこのために真司に本物コームラントの外見寸法図まで入手させてきたのじゃからのぅ。
 そんな風に思いながらアレーティアは、外見寸法図と現在の雪像を見比べて意見した。前髪を切りそろえた彼女の緑色の瞳が、冷静さを滲ませながら瞬く。その綺麗な長い黒髪は、人々を魅了してやまない様相だ。
「数ミリか……やはりまだ、生身のように動かすには遠いか」
 アレーティアの声に考え込みながら、真司が端整な顔立ちを静かに歪ませる。特殊部隊で訓練を受けていた過去を持つ戦災孤児だった彼は、一見無愛想ながらも、実のところ心の内に熱い炎を抱いているのだった。それ故常時は、寡黙で冷静沈着に見えるが、本当は大胆なところもあり、現在の心境は、こうだ。
 ――雪像制作が、開催に間に合えばいいんだが。
 なぜならば、彼らの作業は群を抜いて順調に進んでいるため、もう一つの雪像制作を開催側から依頼されているのである。それは、蒼空学園の前校長、御神楽環菜の雪像制作である。比較的大がかりな代物で、終わった者から順に制作へと参加する、ということであるが、他に単体の雪像制作を受け持っている中でも、いち早く終わりそうなのは、かつイコンの操作に熟練しているのは、真司達だった。それだけ彼らが操るイクスシュラウド――元々は、イーグリッドをベースにした機体であり、正式名称CHP003‐Ex‐S、即ちイクストローディナリー・シュラウド・イーグリット、別名をEx‐Sイーグリットとするこのイコンの機体もパイロットも有能なのかも知れない。鏖殺寺院のイコン部隊を倒した事があると名高いイクスシュラウドは、『莫大な加速力を以って敵に接近し攻撃を図る』をコンセプトに開発された複合装甲ユニット『シュラウド』を装備したイーグリットなのである。
 だが必ずしも機体の性能ばかりが有効だったから、雪像制作の進展が早いわけではない。
「真司、そろそろ珈琲でもいかがですか?」
 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が、外部からそう声をかけた。
『ああ、有難う』
 応えた彼に対し、ヴェルリアは、華奢な体躯と銀色の髪を揺らした。イコンに搭乗していると、よりいっそう小さく感じる彼女の姿とその青い瞳は、実に純情そうで素直そうにイクスシュラウドを見つめている。
 ジャンケンで負けたため、今回はコクピットから離れた彼女ではあったが、交っていたならば、彼女自身が搭乗するつもりでいた。そして叶うことならば、兎の雪像を造ろうと思っていたっものである。施設で育ったせいか、少しばかり天然であるヴェルリアは、それでも今では明るく素直な、元来の性格をその表情へと滲ませている。元々、超能力研究のために遺伝子操作されて生まれた強化人間である彼女は、しかしその能力が不安定だったゆえに、失敗作として処分されそうになった過去を持つ。だがそこを真司に助けられて契約したのがきっかけとなってここにいるのだ。
「いっそ、数ミリどころか反転してみたらどう?」
 そこへリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が、揶揄するようにそう声をかけた。
『無理を言うな』
 真司にそう一刀両断されながらも、彼女は考えていた。
 ――暇だわ、何か面白い事ないかしら。
 無口な楽天家に見える、彼女の赤い瞳が静かに揺れた。現在彼女はヴェリアルの手伝いをしている。しかしながら、実際には心の内で色々と冷静に考えているリーラは、銀色の髪を弄りながら、唇を尖らせた。

『珈琲じゃなくて、さぁ、蒼汁を飲むんだっ』

 そこへ共に作業をしていた鳴神 裁(なるかみ・さい)が、そう声をかけた。
 子供らしい青い瞳に無邪気さと気まぐれな様相を浮かべながら、彼女はゴッドサンダーへ同乗しているアリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)へと振り返りながら外部に言葉を発する。
 視線を受けたアリスは、僅かに癖のある銀髪を揺らしながら、唇を舐めた。
『ブレイクタイムの前に、さっさと完成させてしまいましょう』
 二人のそんな声に、真司は頷きながら微笑んだのだった。


 ――では一体誰が現在、御神楽環菜像の制作を手がけているのか。
「ボクとしてはこれも訓練だと思うんだよね」
 サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が、褐色の肌のもと、赤い瞳を瞬かせる。彼女は十二星華のサビク――蛇遣い座のシャムシエルに瓜二つの容姿をしている。しかし髪や瞳は真逆の色相で、子供っぽい言動の裏には老獪な本質が見え隠れしているのがこちらのサビクである。
 豊満な胸に手をあてがいながら、彼女は麗しい表情を傾げた。どうやら、現在シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)と共に搭乗しているイコンに不満があるらしい。少なくとも見守っているとリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)には、そう思えた。
『シリウス、キミは歌でも歌ってりゃいいよ。ルリルラ……っと』
 サビクのそんな声に、シリウスがポニーテールにした赤い髪を揺らしながら、 いかにも情に厚そうな金色の瞳をしばたたかせた。
『こっちは、イコンの操縦訓練って話で雪像製作の手伝いをやってんだから、真面目にやってくれよ』
 シリウスは防寒対策用の厚手の外套を纏っていても、はっきりとわかる程あでやかなくびれを動かしながら、パートナーに対して呟いた。妖艶な体躯を衣では隠し切れていないシリウスの声から察し、外でリーブラが細い息を漏らす。
「サビクさんは今のイコンに不満そうですわね……」
 小声でセンチネルを見上げながらリーブラがそう述べた。長く少し癖のあるふわふわの髪の下、赤い瞳が揺れている。二人のやりとりを聴いていた彼女は、色白の肌にまつげの影を落とした。
『手伝いに来ました!!』
 そこへ、雪像制作が一段落した――というよりは最終調整を紫音達にまかせたリリアがやってきて、そう声をかけた。
『蒼空学園の一員として、私も頑張ります』
 伴って訪れた加夜達もそう声をかける。
『こっちも一段落したから手伝うぞ』
 作り終えた真司もまた歩み寄り、言葉を放った。
 こうして無事に投書箱にて提案された雪像案も全て作る事が可能な様相になってきた。
「練度の事も本当に大切だし、これは、私が父のことを思う、ただの私情なんですけど……みんなに楽しんでもらえると良いなぁって、そんな風に思うんです」
 集まったイコンの数々を見つめながら見回りにきた螢がそう呟くと、同様にコクピットを開けて外へと降りた加夜が肩を叩いた。
「大丈夫ですよ、きっと」
 その明るい声に救われた者は多かっただろう。
 こうして、雪像制作は、無事に進行していったのだった。


 螢が微笑んだ頃、そんな様子を見守るように、警備主任の依頼を受けた唯斗が呟いた。
「皆楽しそうだなぁ」
 日中から現在に至るまで徒歩で会場内の見回り警備を行っていた彼は、ものぐさそうな黒い眼差しを、静かに傾けた。オールバックの黒髪が揺れている。どことなく眠そうな面立ちではあったが、それは元からである。彼は会場中の光景を一通り見て回り、内心考えていた。
 ――うん、仕事とは関係無しにやる気出て来たね。こりゃ護り甲斐があるってもんだろ。
「しっかりと警備しようと思います」
 改めて述べた彼は、そろそろ愛機である荒人に乗り込み警備を始めようかと思案していた。日中は、独学で構築した陰陽拳の使用を念頭におき足を使って見回りをしていて、時には雪像制作を手伝っていたのであるが、明倫館より支給された雷火である荒人の方が、夜間の警戒には適していると考えたのである。無論陰陽拳も、武器を選ばず近接戦闘でおくれを取る事は、滅多に無いのではあるが、何せ冬の闇夜だ。
「んぅ、寒いけど綺麗です――どんなのが出来るか楽しみですね!」
 そこへ紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が、そう声をかけた。彼女は金色の髪を揺らしながら、ふよふよと飛んでいる。明るく素直で元気が取り柄の、ある種紫月家で最も一番普通の娘である彼女は、青い優しそうな瞳を揺らしながら、幸せの歌を口ずさんでいた。アリスの出である彼女は、これまで共に見回りをしながら、時折起きる制作中の事故などの場において、ちょっとした怪我などを、スキルの治癒で回復しながら回っていたのである。
「そうですね」
 プラチナムが同意するように、色気のある首もとを揺らした。
「一部珍妙な雪山もあるようですけど、皆さん、頑張っていますね」
 一見すればクールな女性であるが、毒舌――素直な感想で率直に叩き斬る事がある怖い面も持つ彼女は、乳白金のポニーテールを揺らしながら、首を傾げている。
 そんな皆の言葉に、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)もまた頷いた。
「おお、皆張り切っておるな!」
 日中は露店組とはまた別に、皆と見回りをする傍ら炊き出しをしていた彼女は、銀色の長い髪を揺らしながら、正義感が強そうな赤い瞳を静かに揺らした。あるいは、正義漢と評した方が適切そうな彼女は、猫を被って丁寧な口調になっている唯斗を一瞥している。感情を素直に出してしまうのが美点でもあり欠点でもある彼女は、唯斗が心底警備に力を入れようとしている姿に、内心素直に感激していた。唯斗は元々退屈な日々を過ごしてきた生い立ちを持っていて、どこか日々を適当に生きている印象を他者に抱かせる。しかしながら彼は、面倒だ、面倒だ、と言いながらも内心は燃えている熱血漢なのである。その事を少なくとも彼女は知っていた。
「露店を出した方が良かったんじゃないのか?」
 家事が万能で紫月家の要でもあるエクスに対し、唯斗は緩慢に視線を返した。何せ先程までエクスは、同じように警備を担当している皆のために、温かい汁物を用意していたのである。その生き生きとした表情を見ていれば、ついそんな風に考えてしまうのも必然だ。
「本当に美味しかったです」
 傍へと戻ってきた螢が頷きながら同意した時、彼らの正面を、屋台の試運転をしているレティシア達が通り過ぎていった。


 屋台が通り過ぎた丁度その向こう側では、別の範囲を見回り警備している孝明と益田 椿(ますだ・つばき)、そしてエヴァルトが、エクスの配った炊き出しを食べ終えた様子で、見回りを再開しようとしている所だった。
「イコンで雪像作りかぁ……。正直生身でやるより難しいわよね。慣れてない素人だと、猶更だろうし。期限までに完成するのかしら?」
 椿が顎に手を添えながら、赤い瞳を揺らす。黒く美しい髪の下で、その鮮烈な印象的を与える眼差しが、様々な雪像へと向けられている。天御柱学院高等部の二年生であり、パイロット科に所属する彼女は、内心考えていた。これまでも見回りがてら、他校の皆に、より良い操作方法を教示してはいたのである、そうではあるのだが。
 ――コツ教えるって言ってもそんなに簡単に上達する物でも無いと思うけど……。
 それが率直な心境だった。
 大きな胸元に手を添えながら、彼女は考え込むように、一つに束ねた黒髪を揺らし、孝明へと視線を向ける。
「確かにそれは一理ある。それでも雪像のクオリティが少しでも上がった方が、雪祭りを契機に、イコンのことを好意的に見てくれる住民も増えそうだろう?」
 洒落た黒縁眼鏡のフレームの奥で、孝明は知的な青い瞳を瞬かせた。普段はメガネなのだが、現在も雪が降り出した時に備えて、彼はコンタクトレンズを持参している。そんな場に応じて様相を変える風貌に加え、年齢の割に大人びた性格をしている彼は、制止役にまわる事も多い。清潔感溢れる外見同様、それだけ彼は、潔癖とも言える一つの理想論を胸に抱いていた。特に仲間のことを、そして携わった物事を、彼は大切に考える性格なのかも知れない。
 ――イコンは戦いだけのものじゃない……か。
 彼は思案しながら腕を組んだ。近隣に止めてある愛機CHP003――イーグリットへと振り返る。今でこそ戦いのために存在し意義を持つイコンであるが、いつか、戦い以外の目的でイコンを使えるようになれば良いなと、孝明は思案していた。とはいえ現状では、イーグリットを初めとしたイコンは貴重な戦力であり、あまり自由に動かすことは出来ないのが実情である。
「だからこういった感じで、人々との交流や――今後発生する可能性がある災害復旧にイコンを使えるようになれば良いなと思うんだ」
 孝明の真摯な言葉を聞きながら、 エヴァルトが静かに頷いた。いささか目付きは悪いものの、情に厚そうな赤い瞳を揺らしながら、彼は腕を組む。
「孝明の言うとおりだな」
 その外見からよく悪人と間違われるエヴァルトであるが、友や仲間を大事に想い、そのためなら手段を選ばないほど、彼は情に厚い性格をしている。その様子がかいま見える大人びた表情をあらわにしながら、エヴァルトは銀色のぼさぼさの髪を揺らした。
 イコン――ロボット兵器と耳にするだけで、拒絶反応を催す者は、まだまだ多い。けれどそれは、扱う者の操り方一つで、どのようにも変化するのが実際なのではないのだろうか。
「兎に角雪祭りが成功できるよう、あたし達も頑張らないとね」
 椿がそう口にしたのとほぼ同時に、制作用の雪を運んでいるモモが通りかかった。
 直後――バスーン……グシャッ。
 そんな音が、孝明達やエヴァルトの耳へと入ってきた。
『あ、あたしの機体……、遠距離射撃型だから……。こ、この雪何処に運びます?』
 モモが乗り込むコームラントカスタムから、そんな声が響いてきた。
 本当のところは、彼女も雪を運ぶ作業が一段落しつつあったので、御神楽環菜像の手伝いのために、ある程度成形した雪の固まりを運ぼうとしていたのだが、ついうっかりパイルバンカーで粉々にしてしまったのである。
 モモが搭乗しているコームラントカスタムは、『支援機ナンバーワン!』を目指している。また端緒から彼女が、同機が搭載している大型ビームキャノンの迫力に惚れ込み搭乗を決めた機体だった。
 コクピットの中で頬を朱く染めながら、モモは繰り返す。
『ど、どこへでも運びます?』
 本当は、雪像作ろうとして粉々になってしまったのであるが、彼女は失敗を悟られまいと、コクピットの内部でひっそりと頬を赤らめながら取り繕った。
「少し休んだら?」
 彼女の先程からの作業ぶりを目視していた椿がそう声をかけると、孝明とエヴァルトも深々と頷く。正直、モモがいなければ、多くの雪像は雪不足で制作が困難だったとも言える。
『もうちょっと稼動時間あるから……』
 しかしシャギーがかった黒髪をコクピット内で揺らしながら、彼女はそう応えた。痩身の華奢な指先を機器へと向けながら、彼女は一人瞬く。一見すれば、ぼさぼさの髪型に針金体型であり、目付きが据わっている顔色の悪い女の子であるモモは、少々生い立ちから世の中を悟りすぎて、情緒が不安定気味な所もある。だが根本的には優しさを醸し出す性格をしていて、気遣いが目に見えるようだった。雪祭りのこの会場においても、最も懸命に働いている一人が、彼女である。
 モモはかけられた彼らからの言葉に対し、青い瞳に穏やかな色合いを宿しながら、会場内に設置された『立小便禁止』の看板を何とはなしに眺めつつ、淡々と作業へと戻ったのだった。