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リアクション
■■■第二章
レティシア達の屋台が、露店の建ち並ぶ一角へと戻った時、露店ではないが、露天風呂を制作している緋山 政敏(ひやま・まさとし)が、綺雲 菜織(あやくも・なおり)のパートナーである有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)と共に、陽炎へと乗り込もうとしていた。逆に政敏のパートナーであるカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)は、菜織の持つ吹雪へと搭乗しようとしている。
彼らはイコンの操縦練度を高めるため、パートナーを交換して互いのイコンに乗り込む事にしたのである。そして訓練の一環として、露天風呂を制作する事にしたのだが、手順はこうだ。まずは両方の機体で、周辺から人間大の石や岩をイコンで集める。次いで石を円状で囲むように配置し、最後は吹雪の持つビームサーベルで雪を溶かし、お湯を溜めるという計画だ。
「今日はよろしく頼むよ」
吹雪――歩行型のクェイルの内部で、豊満な胸を揺らしながらそう告げて、菜織が美しい黒い髪を揺らした。黒い瞳に笑みを宿した彼女は、言い終わると静かにカチェアへと視線を向けた。菜織は日本の旧家――代々武家の家系という出自である。そんな彼女は、礼節を重んじ義理固い令嬢だ。反面、融通が利かないのが難点であり、友以外とは多くを語らないのが彼女である。
「こちらこそ宜しくお願いします」
青色の瞳でそう応えたカチェアは、今回この吹雪にてメインパイロットをする事になっていた。金色のポニーテールを揺らしながら振り返った彼女は、どこか勇敢さが滲む表情で微笑んでいる。そして気を取り直すように、正面を向いた。
――女性同士、協力して事に当たりたい。
そんな風に考えながらカチェアは、まずはゆっくりとでも確実に石を掴んだ。露店の背後の雪原の少し先には、雪を掘り返す過程で姿を現したとおぼしき数多の岩石が転がっている。
「あそこに転がっている石など、丁度良い大きさであろうな」
サブパイロットとしてフォローをしている菜織は、周囲の様子をじっくりと確認した。
「確かにそうみたいだわ」
徐々に操作に慣れ初め、石を運ぶ速度を上げたカチェアは、だがしかし、その石を取り落としそうになる。正面で息をのんだ彼女に対し、冷静に菜織が空いている片腕の方の指で咄嗟に抑えるような仕草をした。
「あ、有難うございます」
「いや、大したことではないのだよ。気にする必要はない」
頼りになる様子の菜織に笑顔を返してから、カチェアは再び掴んだその石を、静かにイコンで握り直してから目的の場所へと置いた。そうした動作を繰り返す内に、次第にコクピット内で会話を重ねる余裕も生まれ、共に作業をしている陽炎を目視し進捗具合を確認するゆとりも出来てくる。
「あの二人。一緒にしていて大丈夫でしょうか……?」
どこかぎこちない動作をしている陽炎の様子を見て取り、カチェアが不安そうな表情で振り返った。その『心配か』と確認するような声に、菜織は静かに首を振る。
「美幸も政敏もしっかりとしている筈だから、恐らくは、ね」
――大丈夫であろう。
そうは応えたものの菜織もまた陽炎の様子を見て、スッと目を細めたのだった。歩行型の白い機体が先程から、いやにぎこちない動きをしているのは紛れもない事実である。
――まさか、内部で何か問題が発生したのでは無かろうな?
そんな思いを菜織が抱いていた時、不意に伏し目がちな様子でカチェアが声をかけた。
「その……菜織さんは政敏の事をそのどう想って……い、いえ。いいです」
唐突な言葉に視線をカチェアへ戻した菜織が返答しようとする前に、ヴァルキリーである彼女は青い瞳を背けて言葉を切った。暫しの沈黙が横たわる。
「政敏の事、心配かね?」
菜織が問い返すと、カチェアが小さく首を縦に振った。表にこそ露見させているわけではないが、どうやらカチェアはパートナーである政敏に淡い恋心を抱いているようである。
「私は、政敏の事を信頼している。無論、美幸の事も。それ故、こちらが心配するような事態にはそう簡単には発展しないし、したとしても、私とカチェアが支えることが出来ると考えているよ。だから、今は心配しないで信じていればいいのであろう、そう思うのはどうかな?」
――確かに不安がないといえば、それは嘘になる。
だが、親友である政敏の事を、友として信頼することも重要だと菜織は感じていた。その信頼感や友情という名をした曖昧模糊といえる心中は、あるいは未だ形になっていないだけで、恋心と名付けることが適切な感情でもあるのかも知れない。
思案するように黙り込んだカチェアを眺め、菜織は笑み混じりに吐息した。
「まず今は、私達が為すべき事に集中しようか」
彼女達がそんなやりとりをしている吹雪を一瞥しながら、政敏が深々と溜息をつきつつ振り返った。
「で、なんで君が此処にいるのかな?」
「私だって好きで貴方と同乗しているわけじゃありません」
つり目で全体的にボーイッシュな風貌の美幸は、黒い瞳をわずかに細めた。
――これも菜織様からのお願いですし、我慢しますが……政敏さんなんて大嫌い。
そんな心情を噛みしめるように唇を尖らせた美幸は、視線を背けて腕を組んだ。何せ政敏は、美幸のパートナーである菜織と仲が良すぎるのである。
「俺も、これからどんな事態が発生するか分からないから、こういう経験も大切だとは思うんだ――けどな……あ、あの石丁度良さそうだ」
経験重視の『実戦派』でもある政敏は、一人呟きながら頷いた。
「そう思うんならさっさと取りに行けばいいじゃないですか。その方が菜織様達の負担も減ります」
パートナーに仕える事に生き甲斐を見出している美幸の声に、辟易するように政敏が頷いた。精悍な顔立ちをした彼は、黒い髪を揺らしながら位置確認を行い、陽炎の指2本で人間大のサイズの石を取ろうとする。そして――取り落とした。
「信じられません。この程度の事も出来ないなんてサイテーですね」
慌てて再度拾おうとするが、慣れない雪上での操作からか、体勢を崩しかける。
「全く、何をやっているんですか。お祭りだからと言って踊りに来た分けじゃありません」
「……悪かったな」
なんとか石を拾い、運びながら、政敏は眉を顰めた。
――どうやら俺は相当嫌われているらしい。
そんな胸中のまま、次の石を発見し手を伸ばそうとする。すると。
「それじゃ小さすぎます、少しは考えてください」
「だったらサポートしてくれ」
「右の方に、もっと適切な石が有るじゃありませんか」
「確かに……」
政敏は、深々と諦観混じりの溜息をつかれた事に、内心苛立ちを覚えていた。だが確かに美幸が言うとおりの場所に、丁度良い形の石がある事は間違いなかった。だから再び陽炎の手を伸ばす。
「わっ……これ、重っ――なんだ、嗚呼、凍ってくっついているのか」
そして再び石を取り落としたのだった。
「何故貴方は、こんな単純な作業も出来ないんですか」
その落ちてきた石が脚部に当たりそうになるのを慌てて彼は、回避した。そうしながら政敏はたび重ね繰り返される罵詈雑言に対し、とうとう怒りをこらえきれずに唇を噛んだ。眉間に皺を刻みながら、語調を荒げる。
「そろそろ黙っててくれ! 俺にも限度っつぅもんがあるんだぞ!」
振り返って声を上げた彼に対し、虚を突かれたように美幸が息をのんだ。だがすぐに彼女の瞳も険しいものへと姿を変える。
「何、逆ギレしているんですか! こんな凡ミスしておいて!」
「仕方ねーだろ! 俺等は本職じゃねぇんだからよ!」
「イコンに乗って失敗して『仕方がない』? 良くそんなことが言えますね。ここが雪祭りの会場だから良かったものの――結局傷つくのは、困るのは、カチェアさんや緋山さ――」
激昂するままにそう続けた美幸は、不意に我に返った様子で顔を逸らした。それから俯きがちに、小声で呟く。
「困るのは……貴方じゃないですか」
そのまま黙り込んでしまった美幸に対し、政敏は急速に冷静さを取り戻して細く吸気した。あまりにも指摘が細かすぎたものだから、自分の誤操作の事は棚に上げて感情をあらわにしてしまった政敏だったが、よくよく考えてみれば美幸が逐一罵声を浴びせてきたのは、何も悪意ばかりが有ってのことではないのだろう。
――結局の所、怒ったのは誰の為か。そう問われたならば、それはきっと俺の為だ。
そう思い至り、少し言い過ぎたなと、政敏は掌で瞼を覆った。
元来の美幸は、冷静で淡々とした態度が目立つ少女である。このように感情をあらわにするのは、それこそ多少なりとも政敏に対して心を開いているからに他ならない。
黙々と作業を再開し、次の石の位置を淡々と示すようサポートを始めた美幸を一瞥しながら、雅俊は顔をこわばらせた。
――謝るべきだ。
けれどにすぐ今素直に謝る事は、どこか気恥ずかしい。
そんな思いで、彼もまた黙々と作業を再開したのだった。
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