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忘れられた英雄たち

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忘れられた英雄たち

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 八章 紅の騎士 前編


 ネームレス戦隊の隊長が居座る場所に向かっている道中。

 柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は先を行くパートナーの真田 幸村(さなだ・ゆきむら)の横顔を見ながら疲れたように呟いた。

「さてさて……と、またこの手の亡者か。しかし幸村の奴、いつもなら俺もあんな風だった? とか言って憂い顔すんのに、今日はやたら交戦的というか何というか……」

 氷藍は思う。あれは、幸村が相当の覚悟を決めているときの顔つきだ。

「……ま、そんな事考えてたらこっちの身が危ういわな」

 そういう結論に達し、氷藍は幸村から視線を外した。
 氷藍はそれよりも、考えたいことがあったからだ。

(だが一方的に叩き潰すだけ、というのも無粋だな……彼奴らを何かしらの形で救ってやりたい物なのだが、どうしたものか……)

 ふと、氷藍の目に曹丕 子桓(そうひ・しかん)の姿が映る。
 そして、ある案を思いついた。

「……そうだな……おい、ひー。ちょっと耳貸せ」
「……氷藍、どうした?」

 氷藍は手招きをして、子桓を呼んだ。

「お前確かラノベとか書いてたんだよな? ……ごにょごにょごにょ」
「彼奴らの伝記を、俺が……本気なのか、お前。まあ良いだろう、ただし資料の無い部分は思いっきり脚色してやるからな!」

 そう言い残すと、子桓は怒ったように先を行きだした。
 その途中、氷藍に聞こえるかどうか、本当に微妙な大きさの声で。

「……勿論、彼奴らの尊厳を守った上でだ」

 と、呟いたのだった。


「いやはや、まさか他の英霊さんたちと肩を並べて戦うことになるとはね」

 クリスチャン・ローゼンクロイツ(くりすちゃん・ろーぜんくろいつ)は前を歩く英霊達の姿を見てぽつりと呟いた。
 その誰もが、歴史に名を刻んだ英霊。生前では英雄と呼ばれた者の集まり。
 クリスチャンもその一人として、歴史に名を刻んだ英霊として肩を並べる。

 この場限りの英霊軍団結成の瞬間だった。


「……スオウ」

 レイカ・スオウ(れいか・すおう)を呼んだのは十河 存英(そごう・まさひで)
 英霊軍団とその契約者達に、出かける前にパートナーの霧丘 陽(きりおか・よう)から貰った禁猟区によるお守りを配っている最中だった。

「はい? なんでしょう」
「これを持っておけ。危機に備えるのは何より重要だ」
「あ、ありがとうございます」
「なに礼はいい。皆には未来を背負う使命があるからな。
 ……特に英霊以外は、絶対に守らなければ」

 そう言い残し、存英も英霊軍団の列に並ぶ。
 レイカはその姿を見ながら、禁猟区によるお守りを握り締めて呟いた。

「過去の歴戦の英霊が、その名を並べて戦う……。これって、とても凄いことかもしれませんね」

 ――――――――――

「戦う事が全てって……怖いけど、とっても悲しいけど……
 苦しくは、ないのかもしれない。
 蘇ってしまったのはその呪いの所為かもしれないけど、きっと狂った原因は全部彼らの中にあって……」

(……逝くも散るも、自業自得ですね、きっと)

 真田 大助(さなだ・たいすけ)は集団の先頭を行く幸村の隣で走りながら呟いた。
 只戦いを望む彼らに同情したようなそぶりを見せるが、内心では彼らの心の弱さを見下していた。

「……死に場所を望む気持ち、分からぬでも無い。
 誰にも理解されなかろうと、戦いの中でなら戦士としての意志を貫ける。
 確かにそう意味では彼らは弱いのかもしれない……だがな、大助」

 幸村は大助が心のどこかでこれから相手をする英雄達を見下していることを見抜いていた。
 そして、忠告をする。それは、大助が必要以上に怪我をしないようにという心遣いだった。

「おまえが思っている以上に、英雄と評される者は強い。……それを心に留めておくといい」
「……え?」

 幸村の言葉に、大助は思わず素っ頓狂な声を上げた。
 丁度、その言葉と共に隊長が居座る場所に到着した。

 深夜の冷え込んだ空気が、冷たくあしらう音がする。
 駆けた先には広がるのは広場。散乱する遺跡の残骸から切り取られたような場所。
 満月の明かりを一身に浴びる者の声は、実に静かな聞き心地の良い音を響かせる。

「――やっと来たか。遅ぇよ」

(……ッ!?)

 遺跡の残骸に腰掛ける者の声に、大助は心臓を鷲掴みされたかのような恐怖を抱いた。
 いくら若いとはいえ幾つもの戦闘を経験したことがある分、度胸が大助には備わっている。

(……僕の思っていたことは間違いだったのかもしれない)

 大助は自分の認識を改め、頬を叩き自らを鼓舞した。
 そうしなければ、この雰囲気に飲まれそうになったからだった。
 
 ――――――――――

 月の光に照らされる鎧は純白を一層映えあるものとし、その白は隣に立てかける深紅の盾を引き立てる。
 純白は、手の中の美しき真紅の長剣と共に輝きを増し、唯只管に静寂を与えたもうとする。

 英雄は笑っていた。

「お前らが俺と戦ってくれる、でいいんだよな?」

 砕けた口調で紅の騎士は尋ねる。
 自分の問いに誰かが頷くのを見て、その騎士は安心したように笑いながら。

「んじゃあ、一丁殺し合うとするかい」

 軽々とそんなことを口にした。

「楽しみに待ってたんだ。落胆させんじゃねぇぞ?」

 ピリピリとした緊張感が戦士たちを包む。
 ただ、こちらを睨んだだけ。それだけなのに、桁違いの重圧が自分たちに圧し掛かった。

 その中で、後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)は平然とあくびをし、それから隊長を見た。

「なあ、あんた。もう終わっちまったのに、生き続けるのって辛いよな。守る物もないのにさ」

 語るのは自分の過去。後藤 又兵衛として駆け抜けた戦乱の時代。大坂夏の陣で生涯を閉じた男の話。

「俺もそうだった。黒田家に帰れないし豊臣は再興できないし。だから寝ぼけたフリしてた」

 そこまで言うと、又兵衛は顔を引き締めた。

「でも、やめた、それ。後ろ向いたって仕方ないってわかった」

 槍を構え、又兵衛は隊長を見る。

「俺は前を向く。あんた達は終わりを望む。わかった。望みを叶える手助けをしてやろう」

 又兵衛は鋭い目つきで、隊長を見た。

「だから、全力で相手をしておくれよ」

 在りし日の自分が使用した槍の矛先は、紅い騎士を捉えていた。


(歴史の流れの中で忘れられていった名も無き古き英雄達か。いつも被ってる、偽りの仮面のままで相手をするのは、礼を失する)

 又兵衛に続いて、八神 誠一(やがみ・せいいち)は僅かに紅に染まった刀身を持つ長大な刀を抜く。

(本来の自分、即ち八神無限流の殺人剣の使い手として相対するのが礼儀というものだろう――)

 その刀の名は『散華』。以前の使い手が授けられた日に散り逝く桜を見て名づけたその銘。
 誠一は、かくもこの戦いにうってつけの名だと思いを馳せた。

「八神無限流、八神誠一、お相手仕る」

 誠一の刀の先に佇むのは、命をもって己が使命を果たした武の先達。

「一剣客として、貴殿の名を問いたい」

 誠一の問いに、目前の英雄は重たい腰をあげた。

「いよっと。さて、じゃあ名乗ろうかねぇ」

 そして、自らの名を、自らの願いを、語るために口を開く。

「――我らは『ネームレス戦隊』。戦場を望む者。名前も無く、守るものもない、罪人の小隊。語り継がれることのないであろう、七人のヴァルキリー」

 砕けた口調から、厳かな口調に変わる。
 静かに、隊長は真紅の剣に額を当てる。

「――その魂は穢れ、傷つき、磨り減った。体は化け物に変わり果て、心は狂気に支配された」

 目を瞑り、祈るその姿は。
 まるでお伽話の騎士のようで。

「――ここが、死に場所になることを望む。我が魂は我が武具と共に。願わくば、この思いが誰かに届くように」

 生まれた光が、騎士を包み魔法への抵抗力を生み、加護を与える。
 その姿は如何にも、幻想的な情景だった。

「――戦いを。死を。魂すらも華々しく散れる、美しき戦場を。望む為に」

 雰囲気が変わった。
 真紅の騎士は顔を上げる。少しずつ、少しずつ。彼の表情ははっきりとしてくる。
 無表情から狂気へと。無関心から昂揚へと。冷たい双眸から、もっと手を付けられない何かへと変わって行く。

「{bold我が名はネームレス戦隊隊長――紅の騎士、ネイト・レーヴァンテイル」

 深紅の盾を構え、真紅の剣を天に掲げ上げた。
 ネイトは戦いの始まりだというのに、赤黒い血のような瞳を細め、それはそれは楽しそうに笑った。

死にてぇヤツから、かかってきやがれッ!