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リアクション
三章 茜空の鉄槌使 前編
指定された場所に向かいながら、マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)は見知らぬ英雄に思いを馳せる。
「死してなお戦いを強要させられるか……。出来るだけ早く終わらせてやりたいな」
マクスウェルはそう言って、戦いに囚われた英雄を早く眠らせてやる方法を考えた。
(敵はゾンビと言えども過去の英雄。慢心せずに全力で行かせてもらおう。恐らく脳にぶち込めば倒せる……はずだ。なら――)
マクスウェルは前を行くパートナーのサーバル・フォルトロス(さーばる・ふぉるとろす)に追いつき、声をかけた。
「……サーバル」
「ん? どしたの、ウェル」
サーバルの透明感のある赤い瞳が、マクスウェルを見つめる。
その瞳をマクスウェルは見ながら思う。この作戦は、サーバルにしか頼めないと。
「接近戦はサーバルに任せて、自分は動きながら敵に捕捉されないようにする。敵の攻撃が激しくなりそうな時や、サーバルに攻撃が当たりそうな時は手や足を狙って撃つ」
マクスウェルは相手の動向の予想とそれに対する決め手の攻撃を話す。
サーバルは黙って真剣にマクスウェルの言葉に耳を傾ける。
「おそらく、相手はハンマーを使っているところから推測するに、必ずどこかで大降りの攻撃をしてくるはずだ。そこを狙って自分は脳天に銃弾をぶち込む」
もしこの計画でサーバルが危険な目に遭ったらどうしようか、とマクスウェルの脳裏に不安がよぎった。
しかし、マクスウェルは首を振り、その不安を頭から追い出した。
(なに、そのときは自分がそれを回避させてやればいいだけのことだ。それに、こいつならそんな目にすら合わないだろう)
「……だから、サーバル。その隙を作ってくれないか? その一瞬で、自分が勝負を決める」
力強い、確かな言葉だった。
マクスウェルのその言葉を聞いたサーバルは、即座にうんっと頷いた。
「いいよ。私はウェルに全部任せるから」
「……ありがとう」
これから向かう先で始まるのは命のやり取り。
たった一つの失敗でも、死ぬことになるかもしれない。
「さて。じゃあ過去の英雄さん達にせめてもの手向けとして、ご所望の華々しい戦いって奴を送ろうじゃないの」
サーバルは拳を鳴らし意気揚々とそう言う。
そして、思った。
マクスウェルの言葉にはきっと、これだけの意味が詰まっていたのだ。
――自分に命を預けてくれ、と。
――――――――――
指定された場所は、あちこちに妙に高さのある遺跡の残骸が建っていた。
ネームレス戦隊の鉄槌使は空中戦を得手としている。その場合、確かにここは絶好の場所であるだろう。
「――あなたたちが、あたしの相手ですかぁ?」
そのうちの一つ、最も高さのある残骸の頂上から妙に間延びした声がした。
そこにいたのは、まだ幼さの残る顔立ちをした小動物を連想させる無骨な鎧に身を包む小柄な少女。
片手には、身の丈よりも大きな茜色のハンマーを携えていた。
「ええ。ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)、それが剣の戦乙女シュヴェルトライテの、そして騎士たる貴方を倒す者の名前ですわ」
ノートは絹糸のように繊細な金髪の髪をなびかせながら答える。
その仕草の一つ一つ、どれもが洗練されていて、高貴な出であることが見て取れる。
「そうですかぁ。あなた、あの誉れ高きシュヴェルトライテの――」
鉄槌使の少女は、天辺から飛び降り、ノートの目の前に着地する。
それはあまりにも軽やかで重さを感じさせない、見事な羽のような着地だった。
「貴方、シュヴェルトライテ家の事を知っていますの?」
「ええ。同じ激動の時代を生きた者として、シュヴェルトライテのことを存じないはずはありません。
騎士として戦乱を潜り抜けたその勇姿、あたしは幼いころにそれを聞いて育ったようなものですぅ」
鉄槌使の少女は腰を折り、深くお辞儀をした。
それを見てノートは思った。これが、狂気に支配され戦いに囚われた者の末路だというのか。
(礼節にしても、振る舞いにしても。何もわたくしたちと変わらないのじゃありませんこと?)
しかし、ノートのその考えは目の前の鉄槌使の少女の次の言動で、もろくも崩れ去ることになる。
「――ああっ! だから嬉しいんですぅ。伝説と言っても差し支えのない、シュヴェルトライテの戦乙女と戦える日が来るとは――」
目をうっとりとさせ、戦いが始まるというのに彼女は恍惚とした表情を見せる。
ノートはどこか裏切られたような気分で、落胆したまま七輝剣を抜き取った。
「……ならば、ご先祖様の名誉を汚さぬ為にも負けられませんわね」
「ええっ! 本気で来て下さい。そして、殺しあいましょう。魂の磨り減るような、緊迫した心地のよい戦いをっ!」
少女はバーストダッシュで素早く後退し、茜色のハンマーを両手で握る。
その細腕のどこから力が湧きあがるのか、と不思議に思うほど軽々と。
「貴方の名をお聞きしても?」
ノートの言葉を聞き、鉄槌使のはハンマーを振り下ろす。
瞬間、まるで、小さな地震の如く大地が揺れた。
「あたしは茜空の鉄槌使、ナタリー・コルネリアですぅ!」
その赤黒い血の色をした瞳を爛々と輝かせながら。
戦いに対する興奮を抑えきれぬと言った風に、ナタリーは意気揚々と名乗りを上げた。
「――語り継がれることのない英雄よ。私の名を賭けて、貴方達の生きた記録を残し続けよう」
佐野 和輝(さの・かずき)は二丁の拳銃をナタリーに向け、高らかと言い放つ。身を包む漆黒のコートはパートナーのスノー・クライム(すのー・くらいむ)が魔鎧となった姿。
自分の戦闘の記録は、精神観応を通して空から戦闘の様子を記録するアニス・パラス(あにす・ぱらす)の元へ。
和輝の今回の主な目的は、語り継がれることのない彼女らを、正式に歴史として残すことだ。
「ゆえに、全身全霊を賭けて戦え!!」
和輝の咆哮が大気を震わす。
それを受けたナタリーは、口元を吊り上げ、心底嬉しそうに叫んだ。
「言われるまでもありません! 戦いを、血で血を洗う殺し合いを行いましょう!」
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