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リアクション
四章 紅花の射手 前編
遠くで鳴り響く金属と金属がぶつかり合う音。
何度も響き渡る大きなその音は、他の場所で行われている戦闘の激しさを物語っている。
「……さて、他のところもドンパチやってるみたいだ。あたいたちもそろそろ始めようか」
身が隠れるほどの遮蔽物が多数ある、遺跡の廃墟の奥地。
その中心に立ちながら、いつでも矢を引けるように紅花の弓を引き絞り、軽装の鎧を纏った妖艶な女性は言い放つ。
「これが、戦いに囚われたものの末路、か。……知ってはいるけれど悲しいものだねぇ」
永井 託(ながい・たく)は独りごちる。
見れば、この女性も見た目だけは他のヴァルキリーとさして変わらない。
しかし、身を纏う雰囲気はどうだろうか。自ら身を修羅の道に投じた狂人、というのがぴったりと当てはまる。
「これが、英雄……? こんなの、俺が好きなヒーローじゃない!」
託の隣で、パートナーの那由他 行人(なゆた・ゆきと)が叫ぶ。
それを耳にした前方の射手は、冷たく言い放った。
「ああ、そうさね。あたいらは、きっとあんたらが好きな物語に出てくるヒーローなんかと違う。
何も出来なくて、何も守れなくて、無力に嘆いて。果てには自分の心すら守れなかった英雄さ」
どこか、悲しそうに目を伏せながら射手の女性は言葉を続ける。
「自暴自棄になって、ひたすら戦って。――その結果が後に英雄と呼ばれるようになった行動につながっただけさ。
……それに英雄と呼ばれ出したのは後の世からだろうね。生きている頃は疫病神みたいな扱いだったよ」
引き絞った矢を戦士たちの足元目掛けて放つ。
それは、覚悟しろと言うメッセージ。
「だから戦いな。あんたらはあんたらで、この世界を守りたいならあたしを殺せ」
その言葉を聞いて、高峰 雫澄(たかみね・なすみ)は搾り出すかのような声で射手の女性に問いかけた。
「戦いでしか、解決出来ないの……? 他に方法はないの!?」
射手の女性は首を横に振る。
雫澄は悔しそうに唇を噛み、声にもならない呟きを洩らす。
「ごめん……。でも、救ってみせるから……!」
「……謝ることはないさ。全力を以て相手してくれたらいい。それが、あたいにとっても最高の手向けなんだから。さて――」
射手の女性は目を瞑り、言葉を紡いでいく。
「こっから先は、さっきまでのあたいと一緒に思わないほうがいいよ」
双眸を赤黒く――血の色に似た色に狂気が染めていく。
さっきまで僅かばかり残っていた優しさは消えた。
「……行人もちゃんと知っておくんだ。守るべきものを見失った英雄は、こんなにも悲しいものだっていうことをね。
だから、行人がヒーローになりたいのなら、一体どんなものを大切にして、どんなものを守るのかをちゃんと見つけないといけないよ」
行人が託に諫められながら、ブレイブ・ハートを取り出した。
その刀は持ち主の心の状態によってその刀身は様々な色に輝くと言われる。
しかし、今はとても弱々しく輝いていた。
「……託にーちゃん、戦って勝つ以外でどうにかしてあの人を助けられないのかな」
「無理だろうねぇ、彼らはもう、生きてるわけじゃないみたいだから。彼らを倒して、安らかに眠らせてあげるしかないだろうねぇ」
「そんな……」
託もチャクラムを取り出し、臨戦体勢を取る。
視線は目の前の射手の女性に、言葉は行人に投げかけて。
「覚悟を決めなよ、行人。じゃないと、僕らがやられちゃうよ」
「……うん」
雫澄の横で、シェスティン・ベルン(しぇすてぃん・べるん)が、柄の長さが異様なアンバランスなデザインの短剣を抜き出す。
光刃宝具『深紅の断罪』。その宝具は魔力を込めると深紅に輝く光の刃を生み出した。
「戦う事でしか救えん、英雄……か。よかろう。貴様らは、我が送り届けてやる。――貴様、名は何と言う」
シェスティンの問いに、射手の女性は答える。
先ほどとは違う、狂気に染まった獰猛な笑みを浮かべながら。
「紅花の射手、ニーナ・シュタイナー」
何本もの矢を弦にかけ、引き絞る。
ギリギリと弓がしなる音が、戦士たちの耳元にも届いた。
「あっさり死ぬんじゃないよ。あたいを楽しめさせてくれ」
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