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【図書館清掃 其之壱】

 全ての予選ブロックで、決勝ブロック【図書館清掃】への進出者が出揃った。
 薄暗いモニター室で、ムッシュWは手元の資料に、紙袋の穴の奥から感慨深げな視線を落とす。
「有刺鉄線電流爆破スパからは弁天屋 菊(べんてんや・きく)。サバイバル文化資料館からは変熊 仮面(へんくま・かめん)にゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)の仮面コンビ。炎の祭壇っぽい近所のスーパーからは多比良 幽那(たひら・ゆうな)ハンナ・ウルリーケ・ルーデル(はんなうるりーけ・るーでる)のブチギレペア。零の笑点からは九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)冬月 学人(ふゆつき・がくと)の悲観的シュールネタチーム……」
 ここで一旦、呼吸を置いたムッシュWは、ムッシュ・レンズマンが差し出す別の資料を受け取り、うむ、と小さく頷く。
「そしてこの雅羅タウンで面白い働きを見せた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)を、決勝ブロックに強制招待するでありんす。あ、部下役が必要とのことでありんすね……ならば、このムッシュWに挑戦する気概を見せた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の心意気を買いまっしょい。詩穂に美羽をつけてやるが宜し」
 いい終えてから、ムッシュWはモニター室を出ようとする。
 ムッシュ・レンズマンが慌てて追いすがると、ムッシュWは紙袋の下で微笑を浮かべた。
「これ程の戦い……モニター越しに見るなど勿体ないでありんす。この決勝は、わっちが自ら出向いて、戦士達の戦いぶりをとくと拝見しようと思うでありんすよ」
 だがその手には、何故か鋼鉄製バットが。
 某インターネットオークションで落札したという、ドージェの鋼鉄バットなるお宝であるそうな。
「決勝で良い負けっぷりを見せた敗者には、このムッシュWじきじきにケツバットをお見舞いしてやるでありんす」
 参加者達にしてみれば全くの余計なお世話であったが、ともかくも、ムッシュWは図書館へと足を向けた。


     * * *


 決勝ブロックでは、各参加者は笑撃を仕掛ける際、口に牛乳を含んでいなければならないというルールが追加される。
 だがそれでは、サイレントコント以外のネタが不可能になるという弊害があった。
 そこでムッシュWは各参加者に対し、それぞれの持ちネタを披露する際の台詞を事前にマイク音声で録音しておいて、笑撃を仕掛ける際にはその録音音声を再生させることの許可を出した。
 但しモノマネ等では、不正が無いようにしなければならない。
 この不正の有無を監視する為に、録音時にはケツバット要員であるフリューネとなななが同席し、音声や録音メディアを厳重にチェックするという措置が取られた。
 そんな訳で、この決勝では自身の持ちネタ録音をどのタイミングで再生させるのか、というところもひとつのポイントとなってくる。
 このタイミングを見誤れば、敗北は必至――中々に厳しい条件が付加されたといって良い。
 更に加えて、この図書館内には馬場 正子(ばんば・しょうこ)扮する剛力清掃員が徘徊し、蔵書や架台などを汚すような行為が発見されれば、例えバトルの勝者であろうとも容赦無く排除するという新たな障害として、参加者達の前に立ちはだかることとなった。
 牛乳に加えて剛力清掃員の登場とくれば、ちょっとした油断が即、敗北に直結すると考えなければならないだろう。
 だが、これらの厳しい条件はどの参加者に対しても平等である。
 後は本人の戦略だけが、ものをいう。

 そんな中、最初にバトルの引き金を引いたのは、変熊&にゃんくま両仮面コンビと遭遇した、菊であった。
 場所は何故か、保健体育関連の蔵書コーナーである。
 菊は、ふたり揃ってタキシードに紙袋面姿の変熊とにゃんくまを見かけるや、すぐさま手にしていた牛乳パックの中身をひと口だけ含んで、ふたりの前に躍り出た。
 対する変熊とにゃんくまも、菊の出現を受けてすぐさま臨戦態勢を取り、それぞれが牛乳パックから白い液体を吸い上げる。
 バトルの条件は整った。後は、お互いの手の内を披露するばかりである。
 とはいえ、変熊とにゃんくまのネタは、もう戦う前から半分バレているようなものである。
(タキシードに紙袋……ムッシュWのモノマネでもやろうってのかい?)
 怪訝な表情を浮かべる菊の目の前で、変熊とにゃんくまは、豊満な股間が眩しいタキシードの肩の部分をむんずと掴むや、勢い良く同時に引っぺがした。
 タキシードは、簡単に脱げる構造になっていたらしい。
 直後、菊の前に現れたのは――ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)が日頃着用している、桜吹雪にはだけた着物を注連縄で巻いた、あの特徴的な衣装であった。
 だが、違うところが一ヶ所ある。
 露出しているのは胸元ではなく、何故か股間であった。
 猥褻物陳列罪に引っかからぬよう、申し訳程度のニップレスが貼り付けてあるのだが、ここまで露骨に出してしまうと、全くもって意味が無い。
 菊は、そんなふたりの姿に笑いを誘われるどころか、こめかみに青筋が浮かび上がろうとしていた。
 しかし菊の反応などまるで知ったことではないといわんばかりに、変熊とにゃんくまは事前に録音しておいた台詞を再生しにかかった。
『薔薇道とは、脱ぐことと見つけたりでありんす』
『ありんこ!』
 合いの手を入れているのは、にゃんくまの方である。以下、同様。
『ルシアがわっちの嫁だったとは、驚きでありんす!』
『ありんこ!』
『ふっふっふっ……股間が出てるように見えるが、ニップレスを貼ってあるからセーフ!』
『せーふ!』
 この時、にゃんくまはプラカードを掲げている。
 そこには【お題:モノマネ(土佐犬)】と朱書きされていた。注連縄を巻いているから土佐犬、という論理であろうか。
 だが、これはどう見ても――。
(ハイナ校長……じゃねぇか)
 牛乳を口に含んだまま、菊はにこりともせず、懐をごそごそとまさぐった。
 変熊が相手ならば、アレを使うしかない。菊の中では、既に戦術は決まっていた。

 菊が変熊&にゃんくま対策として取り出したのは、【変熊のかんづめ】であった。
 まさか、こんなところで己の名を冠した装備が登場するとは思っても見なかった変熊だが、その中から飛び出してきたものは、もっと予想外であった。
『変熊っ! かもぉーん!』
 録音時には矢張り、仮面とカモンを微妙に引っかけた叫びを放っていた菊。
 その空を切り裂く咆哮に呼応して飛び出してきたのは、何故かアクリト・シーカー(あくりと・しーかー)コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)のそっくりさん達であった。
 このふたりのそっくりさん達、いきなりゲイ達者なハートフル・ホモ・ストーリーのショートコントを展開し始めたのである。
 ホモ・レズネタに弱い変熊、これは苦しい。
 それはもう、めくるめく男同士の官能世界がコミカルタッチに演出されていたのであるが、見た目も演技も暑苦しいので、内容は割愛する。
 いずれにせよ、完璧に弱点を衝かれた変熊に、勝ち目は無かった。
 口の中に含んでいた牛乳を盛大に吹き出し、カメラ映像の向こうでは、ADさんがあわててキラキラと輝くモザイク処理を仕掛けていることだろう。
「ぶはぁっ……よもや、この俺様自身の名を持つ装備に敗れるとは、何たる皮肉……だが、悔いは無い。こうして存分に我が衆道ゲイを成し遂げられたのだからな!」
「……ほほぅ。ではその尻にわっちの一発を食らうのも、本望であろうな?」
 不意に、背後から物凄い殺気のようなものが伝わってくる。
 振り向くと、ドージェの鋼鉄バットを携えたムッシュWが、紙袋の奥でエメラルドグリーンの瞳に憤怒の激情を浮かべたまま、静かに佇んでいる。
 どうやら変熊とにゃんくまは、最も触れてはならない最強の逆鱗に、真正面から手を突っ込んでしまったようである。
 ムッシュWが用意するケツバットの威力は規格外、その衝撃はパトリオットミサイル級と評される。
 そしてこの後、変熊&にゃんくまコンビがどのような末路を辿ったかは、推して知るべし。