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リアクション
第5章 心の鏡
「……兄さんの笑い声が聞こえる。おそらくドッペルくんはこの先ね」
部屋の前で、高天原咲耶が言った。
「ドッペルくんの前には、強敵が集まっているはずです。エリザベートさん、そしてルカさんたちのドッペルゲンガー」
「私に提案がありますわ」
人差し指を立て、退紅海松が告げる。
「ドッペルゲンガーは、それぞれのご本人が担当するのです。そしてエリザベートさんの裏ドッペルさんは、私たちにお任せください」
「大丈夫ですか?」
「魔法には物理……ですわ。見えないとこからの一撃で、射撃を致します」
海松が作戦のつづきを説明した。
フェブルウスが裏エリザベートの目を惹きつけ、その隙をついて攻撃する――。
「案外まともな作戦をなさるんですね。いいですよ、それくらい」
フェブルウスが涼しい顔で言った。
「そして残った鏡は、ニコラ様。あなたが割ってください」
「わかりました」
神妙な面持ちで頷いてから、ニコラが言う。
「では、行きます!」
ニコラが扉を開け放つ。いよいよ最終決戦だ。
部屋の隅に設置されているのは、騒動の元凶となったドッペルくん。
「フハハハ! 我が名は天才科学者ドクター・ハデス! この『ドッペルくん』を使えば、我らオリュンポスの世界征服が近づく!」
「兄さん、なに悪用しようとしてるんですかっ!」
「ククク。この鏡を破壊したければ、我らオリュンポスの防衛網を突破するのだな!」
高笑いするハデス。彼の自身を裏付けるように、鏡の前には強力なドッペルゲンガー達が立ちはだかっている。
ハデスはすぐに【優れた指揮官】【要塞化】を発動し、自軍の戦闘力を上げた。防衛は万全。
「さあ、裏咲耶よ! あの邪魔くさい、俺のドッペルゲンガーを倒すのだ!」
「うふふ……。ハデス兄さんの、御心のままに」
口元を歪める裏咲耶はヤンデレ化していた。純粋な咲耶を反転させれば、狂気に至るのは自明である。
討伐の狙いは裏ハデス。悪の魔法少女に【変身】し、【あなたのためなら死ねる】と【レックスレイジ】を発動する。
「ここは私に任せて」
彼女に立ち向かったのは、オリジナルの咲耶だった。
妹の座をかけた熾烈な戦いがはじまる。二人が抱く兄への想いは、愛か狂気かの違いだけ。もとを辿れば、そのふたつは同じものだった。
咲耶たちの【天のいかづち】が降り注ぐなか。
「さあ、皆! 力を合わせて鏡を破壊するんだっ!」
裏ハデスも【優れた指揮官】を発動し、仲間の闘志を高めていく。
ドッペル破壊のため尽力する彼に、ハデスが奇異の目を向けた。
「なぜだ。お前はなぜ、自分から消えるような真似をする?」
「その答えは明解さ」
裏ハデスが、ピュアな瞳で応えた。
「世界平和。そのために、俺たちはこの世界から消えるべきなのだよ」
「よぉし! ルカたちも負けないよ!」
愛らしさのなかに秘めた、無類の闘争本能。戦闘モードのルカルカに気合が満ちる。
「いい気なもんだな。偽物を悪役にして、自分は正義気取りか?」
睨みつけたのは、ルカのドッペルゲンガーだった。
「そうじゃないよ。ただ、ルカは仲間たちを守りたいだけ」
「小賢しい。戯れに生んでおきながら、何を言うか!」
裏ルカが吠える。切実なドッペルゲンガーの叫びに、いちばん動揺したのはニコラであった。
彼もまた己の分身と対峙しながら、自分が生み出したカルマと葛藤している。
「確かにな。お前達の理屈も分かる」
口を開いたのは、ダリルであった。彼はおもむろにドッペルゲンガーに歩み寄ると、ルカに向き直る。
「製造時に強制される役目。俺もかつては、不満を感じていた」
「ダリル……何を言っているの!?」
「――悪いが。俺はドッペルゲンガー側につかせてもらおう」
ダリルが思わぬ行動。それは、事実上の造反であった。
「まさか貴方が裏切るなんて!」
驚いたルカルカだが、彼女たちには、数々の修羅場を超えてきた信頼がある。並の常識では計れない絆。
なにか考えが有るはずだ。
ダリルの深層を察した彼女は、あえて彼を止めなかった。
「そうするだろうと思っていたよ。俺のオリジナルならね」
代わりに発言したのは、ダリルのドッペルゲンガーだ。彼は涼風のような笑みを浮かべ、ルカに投げかけている。
「君のドッペルゲンガーは、目的の為に手段を選ぼうとしない。彼女の考えにはついていけないよ」
「貴様ぁ。裏切るのか!」
羅刹のような形相で怒り狂う偽ルカ。ダリルのドッペルゲンガーは、飄々と肩をすくめながら告げた。
「心外だなぁ。俺が初めから望んでいたのは、多くの人が幸せになれる道――。鏡を割ることだ」
悟ったように告げる彼には、一切の自虐はない。
ただ、自身の運命を引き受けた、静謐な悲しさだけがあった。
「戯けたことを抜かしやがって」
「そりゃどうも」
「もう貴様など宛てにせん。この装置は、私たちで守りきる!」
裏ルカは鏡を小型飛空艇・アルバトロスに積み込んだ。そのまま装置ごと逃亡を図る気だ。
「そうはさせねぇ!」
挑みかかったのはコード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)。彼は鏡へ向け【機晶爆弾】を投擲する。
「残念だが。予測通りだ」
「くっ……ダリル!」
コードの攻撃は、かつての仲間によって妨害されてしまう。ダリルの【剣の舞】が、機晶爆弾を無力な破片に変えた。
一方で、ルカルカたちのバトルが勃発する。
【神降ろし】からの【ゴッドスピード】。ルカの肉体が弾丸のように駆ける。
――疾い。
彼女は、神の力を借りたのではない。自ら神となったのだ。
「全力で行くよ!」
発したのは、どんな極道も恐れる六連撃、【阿修羅が如く】。目にも止まらぬ疾さで白刃が乱舞する。
「ふん。嗤わせる――」
しかし、裏ルカはすべて見切っていた。
「貴様には、本当の修羅を教えてやるよ!」
ドッペルゲンガーも、阿修羅が如くを炸裂させた。
まさに悪鬼の表情。互いの得物が激しくぶつかり合う。火花が飛び散り、少し遅れてから剣戟の音がよぎる。
彼女たちは音速を超えていた。
「くぅ……。これでも、倒れないなんて」
パラミタ界最強レベルの教導団員、ルカルカ・ルー。
彼女が珍しく苦戦する相手は、自らを模した幻影である。
これも最終兵器の宿命か。ルカが競り合える数少ない相手は、皮肉にも、自分自身であったのだ。
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