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空京警察特殊9課――解禁、機晶合体!――

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空京警察特殊9課――解禁、機晶合体!――

リアクション


空京ヒルズ

 昼下がりの空京ヒルズビル。
 訪れた買い物客たちは、食後の珈琲やデザートを楽しんだり、欲しい商品を探しに店を覗きまわっていた。
 そんなビルの上部55階に、とある研究施設がある。階層全体が徹底的な防音措置を施され、強化ガラス製の僅かな数の窓を除けば、一面が壁で覆われている空間だった。
 だが。
 その内部は今、赤く染まっていた。小さな爆発があちこちで連鎖的に発生し、轟と燃える炎が亀裂の入った床や壁を舐め回している。
 もし、ビルを俯瞰している者が居たとしたら、それに気づいたかもしれない。階を覆う外壁に、一本、二本と細い線が入っていく様子を。一際大きい爆発と共にその壁が吹き飛ぶ光景を。そして、飛び散る破片に紛れて飛び降りた、カタナを持つ人影を。

■■■

 衝撃と音はビル全体に伝わり、耐震構造の建物を軽く揺すぶった。
 突然の揺れと爆発音に、空京ヒルズに満ちていた喧騒が一瞬、途絶える。
 一呼吸おいて、周囲からざわめきの声が溢れだした。
 三十階にある音楽ショップで打ち合わせをしていた五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)も、同じようにビルを揺らす衝撃を感じていた。

「え? なになに? 何かあったの?」
「上階のようですわね。とてもアトラクションとは思えない音でしたわ」

 理沙とセレスティアは目を合わせる。
 揺れの発生源は今いる場所よりもかなり上の方だった。

「びっくりしたあ、これでいきなり天井が落ちてきたら大パニックよね……」

 理沙がそうつぶやいた瞬間。
 階下からも、ゴリゴリとコンクリートが削られる音と、硬質のものが砕かれる音が連続して響いてきた。それに続いて、悲鳴や泣き声までもが聞こえてくる。

「これは少し危険かもしれませんね。理沙」

 不安気な顔をするセレスティアの目の前では、危険を感じた買い物客たちがパニックに陥っていた。
 逃げようとむやみに駆け出したり、押されて倒れる者や座り込んで泣き出す子供など、混乱がさらに混乱を呼ぶ状態だ。
 理沙にはセレスティアの気持ちが理解できた。だから、手にしたマイクのスイッチを入れた。

「静かに、ゆっくりと周りを見てください」

 理沙の、はっきりとした透き通る声が、周囲の音を上書きした。
 突然の混乱に凍った思考を溶かすような、そんな声だった。
 反射的に皆の動きが止まる。
 それを確認した理沙は、いつもの調子に戻り、明るい声で続けた。

「みんな、落ち着いた? 慌てず冷静に避難すれば大丈夫よん☆ あのお姉さんの後についていけば絶対に助かるからね☆」

 泣いている子どもの横へ、セレスティアがふわりと着地する。持っていたハンカチでそっと涙を拭きながら、理沙の声に合わせて空いている方の手をあげた。

「元気な人は、周りに手を貸してあげてね。さあ、全員でしっかり安全に避難しましょう☆」

 理沙はセレスティアと一緒に子どもの手を取ると、ゆっくりと歩き出した。

■■■

 二十八階より発せられた、抉り砕く破砕音と落下音は耐震構造の壁と空洞を伝わり、上下三階層まで伝わっていた。

「な、なんてことなの……」

 伸ばしかけた手をぐっと握りしめてセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がつぶやく。
 横では、パラパラと何かが落ちてくる天井を見ながらセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がため息をついた。

「セレン、今回は諦めるしかないわね。それどころじゃないみたいよ」
「ふ、ふふ……懸賞や宝くじは外れるのに、こんなスリル満点な局面にはよく遭遇するなんて。あたしの運って、実はとっても良いんじゃないか、と勘違いしそうになるわ」

 その日の空京ヒルズビルでは、二十六階層の全フロアで一斉セールが行われていた。魅力的な商品が並ぶ中を、セレンフィリティとセレアナは目を輝かせながら回っていたのである。
 全部欲しい、買ってしまいたいという気持ちをぐっと堪えながら、長時間悩んだ挙句に選び抜いた瞬間だった。
 セレンフィリティは名残惜しそうに商品から目を離すと、気持ちを切り替えた。ディメンションサイトでフロア全体の構造を把握する。
 すでに買い物客たちの混乱は酷く、緊急停止したエスカレータやエレベータの前は逃げようとする人でひしめき合っていた。
 一際大きい衝撃がフロアを揺らす。
 大量の照明器具をぶら下げる天井の一部が、振動に耐え切れずに剥がれ始めていた。真下には座り込んだ老人の姿がある。
 誰かが危ない、と叫んだ。その声に、皆の視線が集まる。
 ついに耐え切れなくなった天井が、嫌な音をたてて落下したのだ。
 悲鳴があがる中、誰もが惨劇を予想したそれを、セレンフィリティがあっさりと両手で受け止めていた。足元ではセレアナが老人を護るように抱きかかえている。

「みんな、今なら非常口から避難するのが安全よ。痛い目に遭いたくなかったら、ついてきて!」

 天井を持ち上げたまま、セレンフィリティが叫んだ。
 その光景に圧倒された買い物客たちは、何度も頷くと、非常口に向かって歩き出す。

「ねえ、セレアナ。ショック療法って意外と効果的なのね」
「あら、今まで知っててやってるのかと思っていたわ」

 そっと天井を降ろしたセレンフィリティは、周囲を警戒しながら、老人を背負ったセレアナと一緒に避難客の誘導を始めた。