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リアクション
犯人を追え
ビルが並ぶオフィス街の通りは、たくさんの人で賑わっていた。
休日にこそ閑散とする場所であるが、平日には人の姿が絶えない。
空京ヒルズから飛び出したパワードスーツの犯人は、あえてそれを逃走に利用していた。
だが、小回りを利かして走り続ける犯人の周囲から、人が途絶えた瞬間。
犯人が居た場所のアスファルトが砕けた。
「おっと、逃がさないわよ!」
その場所へ、犯人と入れ替わるように現れた桜月 舞香(さくらづき・まいか)の視線は、宙に逃れるターゲットを捕らえていた。
落下軌道を計算して着地地点を割り出すと、そこへ向かって加速する。
車道の中央に着地しようとした寸前の犯人の胴体に、舞香の右蹴りが叩き込まれた。移動の加速を取り込んだ重い一撃だ。
だがそれは、
「逸らされた!?」
曲面を基調としたパワードスーツの左腕が、巧みな角度で蹴りの方向をずらしていく。
さらに、犯人は抑えきれなかった威力を利用して側転を行い、舞香との距離をとった。
瞬間の出来事を理解した舞香は、逸らされたままの蹴りを振りぬき、そのまま地面につま先を埋めていく。
アスファルトをえぐった痕が百八十度の弧を描き、身体の回転を止めると、すかさず上半身を落とした。水平に振られた反撃のカタナが頭上を通り過ぎていく。
そして、ふらり、と。
犯人が姿勢が後ろに傾いたかと思った瞬間、とん、と地面を蹴った。くるりと身体を回転させて、車道の中央を走り遠ざかっていく。
「まいちゃーーん!」
逃げられたと気付き、追いかけようとする舞香の背後から、桜月 綾乃(さくらづき・あやの)の声がした。
空飛ぶ箒に乗って、これまた車道の中央を飛んでくる。
「あの逃げているのが犯人よ! 小型列車砲で足止めお願い。捕まえるわ!」
「まかせてっ」
一発、二発。
綾乃が放つ弾は犯人の足元に着弾するが、絶妙のタイミングで全てが回避されてしまう。
速度を落とさず走り続ける犯人が、アスファルトを蹴った。目の前には歩道橋がある。
歩道橋の上から逃げるつもりかな? と舞香が警戒していると、犯人は収めていたカタナを抜き出した。
一閃、二閃とカタナを振る。そして歩道橋の上に足を置くと、さらに高く飛び上がった。
舞香が同じように歩道橋に乗ろうとした、その時。
上に通行人を乗せたままの通路部分が、ずるりと落下し始めた。
『はい……はい、無事です。あたしと綾乃で全員を受け止めました。ですが、その隙に犯人には逃げられてしまい……逃げた方向は……』
■■■
舞香の報告で、犯人の予測逃走経路が割り出された。
都市部を掠るように突っ切り、郊外へ向かっているらしい。
「なんとか先回りできたかな?」
「予測が当たっているならば、まだ過ぎては無いだろうな。だが間もなくのはずだ、気を引き締めろ」
リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)とスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)は背の低いビルの屋上から道路を見張っていた。
「うん? 来たね」
「そうだな、間違いないだろう」
「よーし、お先だよっ!」
「あっ、こらっ」
リアトリスは生えていた犬耳と尻尾を消すと、フェンスを越えてビルの屋上から飛び降りた。
そのまま、腰を落として高速移動する犯人へ、蹴りを放つ。
だが、予期していたのだろうか。犯人は自然な体重移動で身をひるがえすと、逆に蹴りを仕掛けてきた。
着地のタイミングで躱せないと判断したリアトリスは脛で受け止め、その反動で強制的に後退する。
そこへ半獣化したスプリングロンドが奇襲をかけた。
長く伸びた牙でパワードスーツの継ぎ目を狙うが、後方転回で避けられてしまう。
「かなりの手練れだな」
「スプリングロンド君もそう思う?」
犯人の逃走経路を封じるように、二人は距離を開けて対峙する。
そこへ、犯人の後ろから突然、車輪を付けた二足歩行戦車が現れた。滑るように移動し、リアトリスとスプリングロンドに合わせて、犯人を囲む位置へくるりと回って止まる。
「俺も犯人の捕獲に協力するぜ」
柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)はそう言うと、機関砲の照準を犯人にロックした。
犯人はカタナに手をかけたまま、じっと動かない。
だから、恭也は引き金を引いた。行動予測が当たっていれば、戦車の足元に逃げる。
はたして犯人はその通りに動いていた。
銃弾をくぐり、二足歩行戦車、戦術甲冑【狭霧】の足元へと。
「おまえの行動は読めているんだよ!」
二輪の聖輪ジャガーナートの力で、後退しながら足を上げずに回転する。
銃撃を嫌って脚の隙間を抜けようとしていたのならば、確実にあたるタイミングだった。
「手ごたえが無い。どこへ行った?」
「恭也君、上よ!」
回る瞬間に飛んだ犯人が戦術甲冑【狭霧】の上で膝をついていた。
アームで振り落とそうとするが、横へ飛んで逃げられる。
そのまま、リアトリスたちが待ち伏せていた場所の対面側にある、一面ガラス張りの高層ビルへと向かっていった。
「ビルの中に逃げ込むつもり?」
「いや、違う。あれを見ろ」
犯人はビルの壁に足を掛けると、垂直に登りだした。
「変なところだけ忍者っぽいことしやがって」
「何て非常識な……とにかく追いかけるわよ!」
小さな凹凸を足場に飛びながら、リアトリスとスプリングロンドが追いかけていく。
だが。
カタナを抜いた犯人は、途中の強化ガラスを一閃した。衝撃を受け、粉々に砕けたガラスの破片が二人に降り注ぐ。
しかし、もっと危険なのは……。
「凶悪すぎるだろ、おい」
ガラスの落ちる範囲に居た通行人を、恭也が保護する。
途中まで登っていた二人も、一般人を護るために駆けるように落下していった。
『はい、無事です。掃除は大変そうですけれど、怪我人はありません。それにしても、本当に許せません! 何の罪もない一般人を巻き込むなんて……』
■■■
ビルの屋上を飛び、移動する犯人の前に、マスクをつけた一人の男が立ちふさがった。
犯人はあらかじめ分かっていたかのように、距離をとって足を止める。
「なるほど、忍者と言われるわけですね……まぁ、仕事だからね。ちゃんと捕まえますよ、うん」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は着物の埃を払いながら言うと、腰を落としてグラブをつけた拳を握った。
同じタイミングで犯人もカタナに手を伸ばす。
と、前動作無く唯斗が距離を詰めた。ぶつかってもおかしくない加速で間合いに入り、右拳を振り上げる。
カウンターで右斜め上から振り下ろされたカタナを、右肩を落として回避し、靠を食らわせた。
吹き飛ばされた犯人が屋上の入り口の壁に当たるが、音は無い。
犯人は腰を落として左ひじを前にした構えをとると、唯斗に向かって走り出した。
唯斗は後退して間合いをとろうとするが、犯人の方が早い。
見えない位置からの斬撃が突然現れて、唯斗を襲う。
振り上げられたカタナを、筋肉が悲鳴をあげることも厭わず、強引に身を捩じって回避する。これさえ凌げば、と。
躱しきった瞬間、唯斗は雷術を放った。埃を払うフリをして大量に仕掛けていた不可視の封斬糸に雷が走り、誘い込まれた犯人を囲む。
「やりましたか!?」
しかし、振り上げられた犯人のカタナは、弧を描いて糸を切断していた。
不味い、と唯斗は思った。
先ほどの強引な回避で身体の動きが鈍っている。この状態で攻撃されたら、次は避けきれないだろう。
だが、犯人は攻撃せずに後ろへ下がる。何故だと疑問に思ったが、答えはすぐに出てきた。
頭上から装甲の剥げた機晶重機が落下してきたのだ。
「結局逃げられちゃいましたか」
機晶重機をギリギリで避けた唯斗が素早く犯人の気配を探るも、痕跡すら残っていなかった。
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