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リアクション
●オープニング 1
終業の鐘はとうに鳴っていた。
うす暗い、ひと気のない廊下。開け放たれた窓からかすかに部活を楽しむ生徒の上げる声が風に乗って届いてくる。そこを、1人の青年が、靴音高く響かせながら速足で突き進んでいた。
腕にからみつく上着の裾を神経質に払い、歯で噛んでペンのキャップを取る。
山葉 涼司(やまは・りょうじ)――蒼空学園現理事長だ。
「――ああ、やっぱりそうか。そっちもなんだな」
独白であるかのようなそのつぶやきは、肩ではさんだ携帯の相手に向けられたものだ。相手からの言葉に適度にあいづちを打ちつつ、ボードにはさんである紙をめくって見つけた場所に大きく×印を入れる。
「全員か? ――重症者のみ? 変だな。動くことも困難そうだった重症患者が消えて、軽症の者が残っているなんて…」
答えながら、ふと何かに気付いたように眉がひそめられた。
それを確認するように再びパラパラとめくり始める。それは、ツァンダにある病院や診療所から提出された患者名簿だった。
今朝方突然体調不良を訴えた者の名前が記載されている。蒼空学園だけでもかなりの数にのぼり、まさかはやり病でも起きたかと懸念した彼が独自に入手したものだ。
だがまだ完成しておらず、いくつかの病院が空白のままだった。調べている途中、その一部が突然姿を消したという一報が入ったのだ。
彼はそのなかから往診患者名簿を見つけ出し、なぞった。彼らは歩行が困難で、自力で病院へ行けず、部屋で安静にして医者が来るのを待っている者たちだった。そう多くはない。まだ確認の印は入っていないが、もしこの全員が姿を消しているとすれば……。
考え込む彼の耳に、携帯の向こうで次の指示を促す声が入った。
「あ、悪い。――そうだな。とりあえずそっちは医者に任せて、おまえは次の病院へ向かってくれ」
了承の言葉を聞いたところでひとまず携帯を切り、あらためてふむと名簿に見入る。このうち何人かへ適当にかけてみようか? そう考えたとき、握り締めていた手のなかで突然携帯がブルブル震えた。
遺跡へ調査隊の救出に向かっている皇 彼方(はなぶさ・かなた)からだった。
「彼方か。どうし――はあ!?」
ちょうど校長室前に着いたところだった。
ドアノブを回そうとした手がぴたりと止まり、携帯に全神経が集中する。
『だーかーら!! 苦しみ始めたと思ったらいきなり敵側にまわっちまったんだよ!!』
周囲の音に負けまいと携帯の向こうで叫ぶ彼方の声は、意識半分といった様子だった。よほど厳しい戦いを強いられているのだろう。山葉の耳にもなじみのある戦闘音がひきりなしにしている。
だが続く彼方の報告は、とてもなじみのあるものとは言いがたい。救出に行った者たちのほぼ3人に1人が、何の前触れもなく突然彼らに襲いかかってきたというのだから。
「何かそれらしいことはなかったのか!?」
『分かんねーよ! 第一今はそれどころじゃねー! みんなパニック起こしてる! 敵さんはまだいる上に、パートナーまで攻撃してきて……攻撃してくるからってパートナーを殺すわけにいかないだろ!?』
それもそうだ。
「――分かった。後発部隊を編制して至急送る」
『そうしてくれ! 全然手が足りねえ!!』
ブツッと唐突に携帯は切れた。
「……一体何が起こってるんだ」
手のなかの携帯を見つめ、今聞いたことをもう一度頭のなかで反すうする。
姿を消した者たちの捜索も必要だが、最優先は遺跡の救出隊への援軍の編成だ。
「ヘイリー、リネンたちから何か報告が入ってないか?」
ドアをくぐりつつ、衝立の向こうのヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)に問いかけた。
体調を崩していた彼女は無理に救出隊に加わろうとせず、そこのイスと机を使って、密林と上空に分かれて向かった救出隊双方と連絡を取り合う役目をしてくれているはずだった。
「ヘイリー?」
返事がないことを不審に思い、衝立の端から覗き込む。
そこにヘイリーの姿はなかった。長イスの上でマナーモードになった彼女の携帯がブブブと振動しているだけだ。大分前から鳴っていたのか、それもすぐに止まった。
体調を崩していた彼女。
はっとなった山葉が目を向けた先――そこでは、全開した窓から吹き込む風で、カーテンがばたばたと揺れているだけだった……。
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