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リアクション
爆破と同時に密偵を走らせて電気系統を纏めた電力室に辿り着いていた壮太達は、好機とばかりにその部屋を吹き飛ばした。
それでも完全な暗闇がカジノを覆うわけでもなく、予備バッテリーでいくらか仄かに明るさは保っていたが、これで十分だろう。
「これで少しは手柄になるもんかね」
宗也が一息ついて言うが、まだまだベレッタに認められてのし上がるには足りないだろう。
「俺の呪い影が今ボスんとこへ着いたぜ。何を聞きゃいい、オッサン。ベレッタの好きな男のタイプか、それとも好きな体位か?」
「……くだらねぇこと言ってないで鍵の情報をペラペラ喋る馬鹿を探せ」
「……つまんねぇの」
そうして影を走らせて、鍵の情報を探る。
脱出するまでに得た鍵の情報は――、
「……ロッソの野郎は鍵の在り処を言う前にくたばっちまった……。マルコの野郎は偽装の鍵を大量に作って持ってやがるし、気に入った女には必ず鍵を渡しているらしい。本人が手放さないとは思うが……そもそもマルコの野郎は金だけは腐るほど持ち合わせてる非暴力主義の奴だろう? 下手したら自分可愛さに平気で適当な女に鍵を渡してるぜ? あくまで体裁的に持ってます的な感じもあるし。こりゃ鍵の件は苦労するぜ、オッサン」
「フンッ。その方が見つけた時にトントンで上に行けるだろうが」
「……そりゃそうだッ!」
難しい前途を予感させたが、2人は笑い合った。
「マジかよ」
密偵からの報告に瀬島 壮太(せじま・そうた)が声を上げた。
飛んで火にいる夏の虫――なんて大層な言い方よりも簡単に、考え知らずな奴が出た。
「瀬島のガキ、どうした?」
伊勢島 宗也(いせじま・そうや)が聞くと、壮太は2本指を立てて答えた。
「カーズのマルコが仲間と一緒にエレベーターに乗ったらしいぜ」
「……本当かよ。そうだとして、普通仲間が止めるだろ。どう考えたって戦争まっただ中の高層ホテルで箱に乗るか?」
「そうだけど……いいのかよオッサン。手柄立ててボスとイイコトしたいんだろ?」
「阿呆。俺ぁ鍵持ってってボスの情夫になりてぇんじゃねえ。イカれた美貌を隣で眺めてたいだけなのさ」
「何それ、硬派? 渋いの?」
おちゃらけて言われたものだから宗也が睨みを利かすと、壮太は肩を竦めて話を逸らすようにエレベーターに乗った理由を述べてみた。
まず第一にマルコはデブだ。最上階まで階段を上がる体力があるとは思えない。
それにあの性格だから少しでも楽をしたいだろう。
次にカーズとロンドの関係を考えて、マルコは自分自身ロンドの連中に襲われないと高を括っている可能性がある。
ホテルもロンドが制圧していると確信しているなら、やりかねないだろう。
「成る程――。だがな、今お前さんが言ったことがひっかかるぜ。そんな関係性を持ったマルコの首か鍵をとっていいのか」
「さあ」
再び睨まれるが、そうとしか言えない。
マフィアである以上のギャンブルなのだ。
あえてマルコの首をとれば、もしやもしやでロンドが更にマフィアとしての地位を固める可能性がある。
しかしながら、マルコの首をとったせいで、彼の経済基盤を失って余所に流れる可能性もある。
「好きな方を選ぶしかねえぜ?」
壮太の問いに宗也は腰を上げた。
*
少なからずロンドとカーズが争う必要はない。
だからエレベーターに乗って襲撃を受けるとしたら、それは別マフィアなり別勢力と考えて問題ない。
そうマルコは考えていた。
だから、エレベーターを動かした。
最上階に向けて、止まることなく上がるようにボタンを押した。
*
カウンター裏にてミネッティは空になったカクテル・グラスを下げて、蝶ネクタイを首から外し、ワイシャツのボタンを上から1つ、2つ、3つ――そして下からも1つ、2つと外して少し強めのテキーラをグラスに2つ注いで歩み出した。
ボス達が一同に会する前の今しか機会はないのだ。
今がアディショナル・タイムであって、フル・タイムのホイッスルが鳴ってはもうどうしようもない。
彼女が目指した先は、背中を少し丸めて、大股で歩く――、
「マルコさん? カーズ・ボス?」
「んっ――。ほぅ……また素敵なウェイトレスだ」
女好きと呼ばれるだけあって、褒める言葉は呼吸と同等の扱いで出てくるし、身体を舐めるように見るのも堂に入っている。
「やっぱり、他の人とは雰囲気が違うわ」
「お嬢さん、俺はエデンで一番金を捻り出す男だ。そこらの男と同じ雰囲気なんか持ち合わせちゃいないさ」
「ごめんなさい、一言余計だったわ。これ、貴女のために注いできたお酒よ」
「ありがとう」
マルコはミネッティから酒を取ると、乾杯とグラスの縁で軽快な音を立て、一気に喉に流し込んだ。
「いい飲みっぷりで素敵――あら、その口元のお酒を拭ってもいいかしら?」
「……ふふ、キミは素直だ。俺は金に目が眩む人間を見抜くのは得意なんだ。キミのそのいやらしい舌で舐めてもらうのは大歓迎だが、オールドだ。オールドのキミがカーズの俺にそんなことをする気がどれほどあろうか――」
「本気よ。今晩を特別な夜にしてくれても構わない」
マルコはミネッティの眼をじっと見た。
彼女はそれがどういう意図なのか理解してるから、一瞬たりとも逸らさず見つめ返す。
そして――辿り着いた。
「いいだろう」
「嬉しいわ。それじゃあ、今夜のホテルの連絡先を――」
「いいや、不要だ」
マルコはミネッティの手に何かを握らせ、ゆっくりとその手を包んだ。
動揺してはいけない。
思わず見開きそうになった眼も、急速に乾き喉を潤したくなった口も、身体の震えさえも隠さなければならない。
「キミは金を欲し、俺もキミを隣に侍らす女にするのも厭わない。だから――もう逃げられないよ」
予想外だ――。
予想外だった――。
それが本物か偽物かわからないが、ミネッティの手にダイヤの刻印が刻まれた白銀の鍵が握らされたのだ。
――ガコンッ!
「ヒッ!」
自分の悪運もこれまでだとミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)は1人箱の中で諦めた。
大きな縦揺れを感じた後に、照明がチカチカとチラついた。
誰かが上に乗ったのは明白で、ミネッティは慌てて階層のボタンを押そうとしたのだが、現在25階で、次に止めることのできるボタンは15フロア先の40階だった。
3つあるエレベーターそれぞれ止まり方が違く、彼女が乗ったのはほとんど途中で降りることなく上階へスムーズに進む箱だった。
それでも希望を信じて押す。
自分はこんなところで道具として扱われて死ぬわけにはいかないと――。
「ロンドの伊勢島ってもんだッ! マルコォッ、大人しく首をよこしやがれッ」
声が降って湧いた。
そしてすぐさま勘違いしていると、ミネッティは声を上げた。
「ここにマルコはいない! あたし1人、あたしだけっ! ただのデコイだもん」
「往生際が――」
「ホント、ホント、本当ッ! 鍵もあるわ。マルコから貰った鍵。鍵が欲しいならあげるからっ」
箱の中――感覚的に大人数が乗っている気配がないのを感じたのか、宗也はミネッティに端に寄るよう伝えると、真ん中の天版を足で蹴り落とし中を窺った。
「……本当に1人じゃねぇか」
その時、誰かがエレベーターの駆動関連を破壊し、箱は急速に上昇を止めた。
「アアッ、オッサン!?」
上階から侵入し、その様子を見ていた壮太は宗也が箱の中に落ちていくのを見て、これは自分もいかないと助けられない事態だとワイヤーを使って降り出した。
「良かった、良かったぁ、殺されてない、命があるぅ〜」
箱の中では心底安心したのだろう――ミネッティが宗也の首に手を回し抱きつき、今にも泣きそうな声を上げていた。
1つ息を吐いて宗也は思う。
ベレッタの美貌はゲットできそうにないが、これはこれで美味しいんじゃないか、と――。
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