|
|
リアクション
そんな中、誰よりも先に動いたのはマルコだった。
ただ金の亡者だけでボスに上り詰められるわけではないと、一瞬で証明して見せた。
「鍵がある……」
マルコはいくつものダイヤの鍵を束にした鍵束を持ち上げて全員に見せた。
「これが本物であるか、確かめよう。この鍵が何に使われるか――それは今ここにある棺を見れば、全員わかっているはずだ。そしてこれはロメロの棺であろう? なら、ロメロの棺を永遠に封じる様に縛り付けているこの鎖を外すモノであると見て、間違いない」
そして1つ束から鍵を外すと、ゆっくりと棺に寄って鎖の錠にそれを差し込んだ。
触るなとも、開けるなともマルコを制さない。
鎖のされ方から見て、開錠したところですぐには棺を開けそうにないからだ。
その安心感とマルコが鍵をばら撒いているという情報から本物はもうないのか、それともマルコが持っているのかという疑いを誰もが解決させたかった。
スッと鍵穴にそのダイヤの鍵は吸い込まれていった。
本物か――と期待が膨らんだところだが、マルコは鍵を持つ手を回すように捻らなかった。
即ち、開錠するための動きだけは見せず、その鍵を階段の間から、上階に向かって遠投した。
「鍵が穴に対して小さいだけかな……それとも……。……次……いくぞ……」
誰もが呆気にとられ、二本目も鍵穴は拒否しなかった。
すかさず、今度は六黒の脚の間から廊下へ地面スレスレで投げ入れた。
「3つ目……」
これも同じく、鍵穴には入る。
そしてそれは一度金のネックレスを投げ、近くにある窓を割ってから外に放り投げた。
「どうした……誰も動かないのか……? 他の誰かに鍵が渡るぞ? 渡れば金庫を探しに来るだろう。そうなればいつかここにも辿り着く。辿り着けば、この狭い空間でゴチャマンだ。貴様らがそれでいいなら、俺は喜んで不幸を笑っているぞ。4つ目……」
4度目も鍵穴が受け入れ、その鍵は階段の隙間から階下に落ちていった。
「全部、ダミーだと思うか? そもそもこんな珍しくない鎖の錠の鍵に精巧さや希少性があるかな……? よく考えればいい。なぜロメロが俺達に鍵を分けた。5つ目……」
今度は鍵穴が受け入れを拒絶した。
しかし、形は似ているものの、そもそもダイヤのマークが入っていない。
「失敬……。これは……どの娘と遊ぶための鍵だったかな……。残りは1つ、2つ……」
鍵束をじゃらじゃら揺らしながら数を数えたマルコは、ダイヤのマークが入っている鍵がまだ残っていると呟いた。
そして鍵を1つずつ、束から全て外して握りこんだ。
もし今まで投げ捨てたのが全部ダミーで、まだマルコが鍵を持っているとするならば、そこか――。
「ロメロの遺言だ、よく聞け契約者共――! エデンには――」
神様が呆れるほどにチャンスがある――。
そう言って全ての鍵を上へ投げ飛ばし、マルコは階段の隙間から落ちた。
自殺か――と思ったのも束の間、すぐに「オグエッ」という声が聞こえ、彼は手摺りにぶよぶよの腹を打ち付けて落下を止め、腹を抱えながら階段を転げ落ちる様に下って行ったのだ。
*
やられた――!
と思ってももう遅い。
それはマルコを逃がしたことではなくて、一瞬でどれが本物の鍵なのかわからなくなったことと、どれでも開くのかもしれないという可能性を見せつけられたからだ。
それがこの場にいる全員の足元に散らばっていて、しかも金庫まであると来た。
動きたくても動けない。
今のエデンで最悪の地雷原の出来上がりだった。
マルコを追う暇さえ与えない、最高のトラップ――。
誰かが鍵を拾う素振りを見せれば、その人間を襲わなくてはならず、誰かが動けばまた、全員が連動して動かねばならない。
必然的に戦わざるを得なくなった。
それもわかりやすいルールで――。
「つまり全滅させればいい――、それだけのことよ――ッ!」
六黒が大剣を振るい、まとめて一刀両断にかかる。
「深月ッ」
深夜が背に背負っていた居合刀を受け取り、寸での所で抜刀術で抜き、剣の根元部分で六黒の一撃を止めた。
「そうそうッ! 難しいことは考えねェ方がいい。俺は、俺の――目の前の向かってくる奴を楽しみたいだけなんだよォ! シンプルだろッ!」
羽皇 冴王(うおう・さおう)が六黒と深月が鍔迫り合いをする所に更に弾幕援護を張ると、本として傍にいたクロニカが人としての姿を晒し、サンダーバードを召喚する。
「その大男とヤンキーを食ってしまいなさいッ!」
飛ぶ道に放電をしながら、サンダーバードが六黒と冴王をまとめて相手しようと羽ばたいていくが、肉体強化のスキルで自分自身を武器とする虚神 波旬(うろがみ・はじゅん)が壁として立ち、
「死してわしらは戦いを止める存在よ! 死なぬ限り闘い、闘い続ける敗北を味合わぬ――わしらを殺す覚悟があろうな!?」
大口を開けて喰らおうとするサンダーバードの嘴を弾き、その脳天に両手を合わせた拳で叩きつけた。
「おおっと――。それじゃあ俺は廊下に落っこてる鍵でも回収しとこうかなッ」
「なっ!? させないよッ」
「1人じゃ危ないでしょ? 我も続くよぉ」
マルコの愛人としてホテルから同行していた浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)も後を追った。
祥子に先制をしかけた深夜は踊り場にチラばる鍵よりも、廊下で1つ確実に手に入る鍵を持たれる方がまずいと判断して、サンダーバードとじゃれあう波旬の横を、鍔迫り合いと剣戟を続ける2人の横を駆け抜けて追った。
冴王が銃で弾幕を張りながらゆっくりと後退していく。
ちらちらと後ろを窺っては鍵の行方を探し、廊下に光るそれを見つけてはより速く後ずさる。
「おいおい、そんな急いでくんなよッ! もっと踊ってろよッ!」
後退の足取りを止め、撃ってくる冴王を見て、近接戦闘ならば部があると踏んで深夜は少々掠り、腕を撃ち抜かれる程度ならと腹を決めて一気に距離を詰めて飛び掛かった。
「ハハッ! こいつァいい、狂ってやがんぜッ――俺が――ッ」
深夜が懐に飛び込み、冴王の脚を取って尻餅をつかせマウントを取った――。
さあ、牙を剥いて噛み千切れ――。
「キミのまずそうな首を噛み砕いてあげるッ」
「ハッハーッ! ジョーカーって死神なんだよなッ! だからよォ、そういうのは隠し持っとかないと楽しめないよなァッ! 残念、もう一丁でしたァッ!!」
仰向けのまま冴王は膝を折り、銃のついたブーツ――ファイアアヒールを深夜の腹に向けて撃った。
血飛沫が冴王の顔に飛び散るが――何だ。
撃った瞬間、人の呻き声ではなく――、
「残念ッ、猫でしたァッ!」
良心は痛んだが、そうせざるを得なかった。
使い魔の黒猫を腹に仕込んで銃弾を受け止めた深夜が重傷を避け、そのまま冴王の首に噛み付いた。
「テ、メッ……おせぇ……んダ……えん、ご……」
首の深くまで牙が突き刺さり、押さえながら冴王は、動かなくなった深夜をどかし立ち上がった。
彼女の背中には無数の矢が刺さっていて、それがクロケルの仕業だとわかったかどうかも知らずにやられたのだろう。
「青年が自信満々だったからどんな奥の手でやるのか見たくてねぇ。狙いやすい的になったよ。1人殺ったんだ、安心して休んでればいいよぉ。大旦那達の援護射撃は我がしてくるから」
そう言ってクロケルは廊下から再び階段の元へ戻ろうとして、サンダーバードによって壁に押し潰されそうになる波旬を見た。
「止まりたいんでしょう? なら都合がいいです。私があなたを止めますので――」
ゆっくりと廊下に姿を見せたクロニカがクロケルの方へ顔を向け――更にその奥を見た。
「――ッ! 貴女……味方じゃないのねッ!」
矢を一面に撃ちつけられた深夜を見た瞬間、クロニカは怒りの形相でクロケルに言い放った。
弁明のしようもない――クロケルの手には弓があるのだから。
「お嬢さん、そうカリカリしないで。ここはエデン――裏切りと死が交錯する街だよぉ」
クロケルが弓を引き、クロニカに向かって矢を放つが、怒り心頭の彼女の天のいかづちで撃ち落とされ、凍てつく炎で反撃された。
「このッ! このッ! このぉっ!」
後先考えぬ攻撃スキルの連打にクロケルが逃げ場を失う。
なら――せめて――。
「やだなぁ、もう――」
最後の一撃と我は射す光の閃刃で弓矢をこれでもかと放ちクロケルが炎に焼かれた――。
そのうちの1本はスキルに撃ち落とされず、サンダーバードを射抜いた。
「……止まらなかった……止められなかったぞ少女よッ! わしの一撃で永遠を与えてやろう」
それでも受け止め続けた身体は悲鳴を上げ、しかしながら雷光のような最後の一発をクロニカに浴びせ、彼女を壁に叩きつけた。
「ウオオオッ! 狂気の前で器用に立ち回ろうなどと――。鉄火場に立つ覚悟の不足――ッ! おぬしはここで退場すべきであろうッ」
行動予測と大帝の目を用いて防御の一手しか許さぬ六黒の波状攻撃をなんとか受け止めながら、深月は笑った。
「器用な立ち回り? かかかかっ! すまぬのぅ――わらわはそう見えておったか。では――ッ!」
防御一択だった深月の抜刀一閃。
大振りになってきた六黒の腹を真一文字に薙いだ。
とは言え浅く、龍鱗化した肉体に致死ほど与えるに至らなかった。
「ほお……。動きがよくなった――」
「改めて名乗る――。わらわは神凪 深月。アルクラント・ファミリー――ファンタスティックの切り込み隊長といったところじゃっ!」
深月が腰を落とし前傾姿勢で構えた。
一撃で仕留めようとする強い気持ちは六黒にも十分伝わり、応えなければならないと思った。
力を込めれば込めるほど、自身の動きは遅くなり一太刀浴びるだろうと六黒はわかっていたが、それがいいのだ。
そうやって言葉でなく剣で語り合えるのを良しとする。
気を付けるべきは首と顔――。
守りきれそうにもない部分に致命傷を食らってはダメだ。
ゆっくりと腕を水平に上段へ構えた。
(防がれない――。横やりも入らない――。わらわの渾身の一撃じゃ――疑いようもない)
自分の所属も明らかにし、何も隠すものがなく集中力も高まっていた。
ゆっくりと長く呼吸を吐く。
それを1つ、2つ繰り返し、動いた――。
抜刀術からの目にもとまらぬ一撃が六黒の腹を裂いた。
先よりも深く、手ごたえは十分だったものの止まるには至らず――。
「良い――良い一撃であったァッ!」
六黒の渾身の薙ぎに深月は身体を駒のように回転させて攻撃の流れで一撃を刀で受け止めるものの、そのまま壁に叩きつけられ階下に落ちていった。