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エデンのゴッドファーザー(後編)

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エデンのゴッドファーザー(後編)

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 最上階の一室――。
 ここに陣を構えるロンドにとって、ラズィーヤは邪魔な存在だった。
 部屋の中、ラズィーヤに背を向け、後ろに隠すように守りきろうとするが――彼女はそれを制して窓際のサイド・テーブルのセッテイングを始めた。

「ラズィーヤ殿ッ!」
「うわわっ、キィらんに守れって言われたのにぃ〜」

 部屋の入り口前のオールド兵が全て倒され、颯馬が叫び、フィーアと共に飛び出そうとするが、護衛本人に制されるし、何よりベレッタが悠然と入ってくるものだから圧倒された。

「契約者の2人はこっちだよ」


「ベレッタさん、聞きにくいんですが――」
 車中――。
 思い切ってベレッタに疑問を尋ねようと口にしたが、鋭い眼光で睨みつけられた。
 否、本人はただ視線を向けただけなのだろうが、そう感じるほどに鋭い。
「そう前口上されては、喋る気も起きん」
「あ、あはは、で、ですよねぇ……」
「だから下らない質問でないと思うなら言ってみろ」
「ろ……ロメロの遺産は……な、何なのかなぁ……と」
「……下らん」
「ああ、すみません、すみません、すみません――ッ。大人しくしておきますッ!」
 葉巻を咥え、煙を揺蕩わせながら、それでもベレッタはボソリと呟くように言った。
「根っからのマフィア稼業でない私には下らんものだ。私が街の存続に動くのは、ここが我々を受け入れ、愉快に戦争させてくれる唯一の場所だからだ。だから『ロメロの遺産』は私を愉快にはさせない――。そういうものだ」
 知っている――。
 ベレッタはロメロの遺産を知っているが、その言葉の意味から察するに――。
 しかしながら、戦い終わりで高揚した紅鵡の思考では、考えがまとまらなかった。


 笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)が銃を構えるロンドの兵の中を割り込むように前に出て、手を伸ばした。
 所属の違うマフィア同士――。
 その相手が伸ばした手が、どうして「こんにちは」の挨拶に見えるだろうか。
 抗争にノーサイドの爽やかな握手なども存在せず、地獄直行電車から伸ばされるゾンビ共の手と同じなのだ。
 それでもどう抵抗したところで結末は死だ。

「いいから、ボク達を信じるんだ」

 マフィアが信じろなどとおかなしなことだが、少しでも希望がある選択をとらなければならないと、2人はその手をとって、未だ銃を構えるロンド兵の脇をすり抜けていった。
 そのまま60階と59階を繋ぐ非常階段の1つの踊り場に連れて行かれ、自分達を見張っていたロンドの兵隊が引き上げていった。
 何事か――。

「そんなに驚かなくてもッ! だから言ったでしょ、ボク達を信じろと」
「ス、スパイさんですかぁ?」
「スパイはあっち――」


 カジノでの戦闘が行われる――否、レイヴはそれ以前に換気での異常を作られたとわかっていたため、従業員の中では比較的早い部類で外に逃げ出していた。
 爆発に気を遣っているマフィア達を後目にカジノの出口を1つだけでもカバーできる雑居ビルの屋上にスタンバイし、黙々とスナイプの準備をした。
 ふぅと息を大きく吐き、集中力を高めてスコープを覗く。
 その位置は丁度、真司とリーラがロッソを相手している場面の特等席だった。
「どこからのマフィアか殺し屋の類か」
 カジノで見た顔ではないことを思い出しながら、状況は変化し、彼らのロッソ暗殺は失敗に終わったようだ。
 2人が逃げる姿を見て、未だ何人かの契約者に守られているロッソを一撃で仕留める挑戦に移るか、それとも完全に追手は食えるがただただ暗殺者を逃がすだけの援護に回るか――。
「後者だ――。先の戦いぶりは契約者。ならば、1人でも多くの契約者を生かして街を――変えてもらう」
 追いかけっこに夢中でこちらに気付きもしない――。
 まるで鴨撃ちのように追手をほぼ全てスナイプし2人を逃がせたと思うと、レイヴもまた、屋上を後にした。


 紅鵡が階下に顎をやると、レイヴ・リンクス(れいう゛・りんくす)が59階のフロアで手招きしていた。

「ボクはただラズィーヤさんを守りたいだけだよ。ダメ元でベレッタに聞いたらね、意外に乗ってくれた」

 どこにそんな信用があるのかと口を挟みたくなったが、それでもベレッタはそういう女なのだ。
 裏切りに満ちたエデンの中で、ロメロの次に彼女が確たる信念を持って裏切りとは無縁であった。

「ボクが思うにね、ベレッタは自分以外がゴッドファーザーになって街の存続を担って欲しいと考えてるよ。あとは下の彼とお話しして――」

 じゃあ――と言って颯馬達を階下に押すと、紅鵡の銃口は2人に捉え――天井に向かって2発撃ち、階段を駆け上がった。

「彼女としても部下への示しがつかないから、振りは大事なんだ。さ、すまないけど、キアラさんを連れ出してきてもらえるかな?」
「キアラ殿はまだ無事かッ!?」

 レイヴはこくりと頷いた。

「貴方達は本当に幸運です。鍵を持ち、オールドのボスとなったのに、誰もホテルにいる貴方達を襲ってこなかった」

 事務所は吹き飛び、ラルクも襲われたのだが、キアラにだけは誰も「ピンポイント・ベット」してこなかった。
 マルコとベレッタ相手に交渉を挑もうとしたレイヴは、その機会に窓口として利用した紅鵡とうまく協力できると考えた。

「僕は契約者の誰かがこの街を守れればいいと思っている。今それに近いのは契約者を多く配しているファンタスティックだけど、僕としては可能性を多く残しておきたい。そうなるとやっぱりオールドのボス、どちらかだから――」

 だから、今すぐキアラの前の護衛を撤収させて一旦脱出をしようと提案した。
 地獄の底に光が差した――。

*

「いらっしゃい。でも、静かに入室するマナーは出来た方がいいわ……って……何で?」

 キアラは入り口で特戦隊がやられようと、オールドの構成員がやられようとも意に介せず、そう向かいいれようとしたのだが、ドアを勢いよくあけて飛び込んできたのはパートナー達で――。
 フィーアの抱きつきを受け止めながら、トラップを解除している颯馬と柱にロープを繋ぐレイヴを見た。

「どういうこと――?」
「初めまして、キアラさん、レイヴ・リンクスです」
「え……あ、はあ……」

 レイヴが強引にキアラの手をとって握手をすると、銃で窓ガラスを撃ち抜き、肘打ちして全面をオープンにした。
 窓枠部分の尖った残りも綺麗に排除し、柱にくくりつけた2本のロープを垂らした。

「颯馬さん、ラベリング――いけます?」
「ククッ、久方ぶりすぎて心躍るくらいじゃぞい」
「空を飛んじゃダメなのぉ?」

 縄を引っ張り確かめるレイヴ達にフィーアが言うが、

「あまり目立つとロンドのスナイパーに仕留められます」
「ひゃッ!」

 颯馬がフィーアを、レイヴがキアラを背負い、窓の縁に背を向けて立つと、一気にラベリングで降下を始めた。

「何が何だか――」

 全く状況がつかめないキアラは、エデンの街の灯りと夜風をぼんやりと身体で感じながら落ちないように腕に力を入れた。

*

「降りてきた!? 何処に――」

 ホテルの入り口で出てきたマフィアを一網打尽と目論んでいたザミエルだったが、決起を起こした住民に辺りを警戒させていたところ、裏からロープで降下するキアラ達とレイヴを見つけた。
 ザミエルは銃を構え、急いでホテルの入り口から反対側まで回った。
 丁度角を曲がったあたりで丁度降りてきたところで、ザミエルは容赦なく発砲した。

「逃げてください。ここは僕が――」

 レイヴはキアラ達に逃げるよう指示すると、突撃銃を手にザミエルに向かった。
 が、実力的にはザミエルの方が上で、レイヴは銃を手にしていた腕ごと撃ち抜かれ、ホテルを覆う茂みの中へ飛び込んだ。

「畜生ッ、仕留めそこなったぜッ! どっちを追う!?」

 しかしながら、新たに増えた獲物に行かざるを得なかった。

「ザミエルさん、マルコだ、マルコが出てきたァッ!」
「なッ、カーズのマルコかッ!」

 ボスを逃がすわけにはいかないと、ザミエルはホテルの入り口に再び走った。
 が、ザミエルが戻るころには既にマルコは誰かの手によって路地裏に消えてしまったのだ。