|
|
リアクション
大通りに近いがために料金が安いモーテルに戻ったリオはベッドに仰向けに寝転び、斥候に調べさせていた街のデータを眺めた。
「ほんと、この街の資金はカーズが握っていると言っても過言ではないのね」
そうした中、1つ気になる金の流れがあった。
否、顧客データと言ってもいい。
売春宿を中心にカーズの面々は自身の区域には一切流さないのだ。
「ううん……? 一番ケシ畑も広くて麻薬の流通量も断トツ――。加えて売春宿の数も、泥棒市も多い。そして何と言っても武器に関してほぼ独占しているのよね。ファミリー全体金の羽振りもいいのに、彼らは他のマフィアに比べて最も別区域にお金を落として行く――?」
ディーラーをしている時、マフィアの勢力図というものを垣間見れた。
カーズは決して恐れられるようなマフィアではなく、ある種の『格下』である。
なのに、どうしてこうまで引っ掛かるのだろうか――。
「お客さん――。俺ァ運送屋ですから金さえ積まれればどこにだって送り届けますぜ。しかしね、アンタ――」
「いいから、とっとと走りなさい」
ドライバーの顔が強張っているのがわかった。
言ってることと、やっていることが違う様子が車を走らせれば走らせるほど徐々に露わになっていくのがローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の癪に障り、後部座席から蹴りを入れられた。
「あの街で起きている悪徳は、魔女の鍋の中でやるべきよ。これ以上、裏社会に大きな顔をされたら堪らないもの」
「私達の戦力でやれますでしょうか」
上杉 菊(うえすぎ・きく)が不安げにローザマリアに尋ねるのだが、代わりに運転手がまた口を挟み、彼女に二度蹴られた。
「ドライバー。ローザの機嫌をあまり損ねないでください」
「うゅっ♪ うゅっ♪ うゅー♪」
エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が釘をさし、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)は上機嫌にレーザーガトリングの手入れをしていた。
エデンから離れて、車でおよそ1時間――。
道路は簡易舗装されている程度がやっとの道で、業者がまた仕事を発注してもらうためにわざと手抜きしたとしか思えないほどに凸凹だった。
そんな道をずっと小汚いジープに5人乗りもすれば、機嫌だって悪くなる。
加えて不機嫌にさせる要素はドライバーで、少々お喋りすぎるのだ。
ただ、カーズのケシ畑を向かうという旨を話して連れて行ってくれる者など早々おらず、その点だけはありがたいことだった。
日が傾き、すっかりと夜の帳が降り、動物の光る眼のような車のライトだけで辿り着いた場所は、木造のプレハブ小屋かと思われるほど小さな家が軒を連ねる質素な村だった。
「ちょっと、私達はモーテルに連れていけなんて言ってないわ。カーズのケシ畑に連れて行きなさいってあんたに頼んだの、わかる? それとも何、ここで私達をお仲間と一緒にミンチにしたいわけ? 上等じゃない。契約者を相手にして生き残って踊れるか見てあげるわ」
「……お客さん。ここがカーズのケシ畑でさァ。表向きは汚い村ですがね、ちょっと奥に行けばゲートがあって、頭に一面の花を咲かせるための畑になってますわ」
「村ぐるみで麻薬ってわけね」
「……そいつぁ違いますね。否、違くはないんですけどねッ。ここに住んでる連中はマルコが買い取って洗脳し、鍛え上げた成長して大人になった孤児達でさァ。奴隷とか借金野郎も送られますがね。まあ大体は生み捨てられたガキの成れの果てですわ。アンタ、エデンの街が気に食わないんでしょうが、あそこで生きるガキにとっちゃ、ここから比べれば天国ですわ。ちょこっと盗みができれば暮らしていけるわけですし」
ヘドが出るくらいに、胸糞悪い話だった。
だが――、
「だから何――。だからこそ、でしょ――」
ローザマリアが車から降り、残りの面々も村の前に降り立った。
「行きましょう。これ以上誰もマルコの、エデンの思い通りにさせない。したくもないと出来る状況を、私達の手で創り変えましょう」
4人が一気に村まで入っていくと、どこも電気すらつけていなかった家々が明かりをつけ、窓からライフルを手に射撃してきた。
ローザマリアは斥候を放ってケシ畑に真っ直ぐ進んで行けるよう場所の確認に出向かせ、家の中から射撃をしかけてくる『ケシ畑の番人』達を正確に狙い撃った。
獰猛な声を上げ、放たれた何十頭のも訓練された番犬が彼女達に大きなストライドで駆けてくるが、エシクのアナイアレーションで瞬く間に一層され、処理された。
土嚢を積んで陰から射撃してくる者も、高台に上って狙い撃とうとする者も全員、エリシュカのレーザーガトリングで蜂の巣にされた。
そうして一歩ずつ道を切り開いていくところに斥候が戻ってくると、ガソリンを大量に手に持った菊を守りながら一気に進んでいく。
ゲートを潜り抜けた先には――夜のあるせいであると信じたいほどに――地平線までケシ畑が広がっていた。
これが人を狂わすのだ。
菊はガソリンを手前から撒き、1つを奥の方に投げ入れた。
ツンと鼻を刺激する臭いがするが、風は地平線の方向に吹き抜けていた。
大丈夫、全て焼ける――。
一筋の炎がケシ畑まで歩いていったかと思うと、次の瞬間には左右に広がり、一気に奥行きを持って燃え広がって行った。
――消化しろォッ!
ドライバーは言っていた。彼らは誇示で洗脳を受けて作り上げられた、と。
そんな彼らの忠実ぶりと、まるで貴重な医療品になる草を守るような動きが本当に悲しかった――。
だから、解放する。
太陽を背に戦うような熱さと明るさの中で、ローザマリア達はケシ畑とその村を全滅させたのであった。
*
――裏からマフィアが降りてきましたァッ!
ほら見ろ、俺は生きているだけで機がやってくるんだ、とマルコは内心で自慢と見下しを込めた言葉を吐きながら、ホテルの入り口から外へ駆けた。
「だ、誰か出てきた、マルコか……ッ! マルコだァッ!」
ザミエルの監視がなくなった今が好機――。
そのチャンスを敵地のど真ん中、暗く死臭の漂うホテルの中、1人で丸くなって待ち続けたのだ。
マルコは交通量のほとんどない大通りを抜け、カーズ区画まであと一歩というところまで来た。
が、遅い――。
彼の走る速度は子供並みで、持久力はそれ以下だった。
振り返れば狂気を孕んだ住民が追ってきていて、その圧力だけを追い風に走ったが、もう限界だ。
しかし、その時、マルコの元に女神が降り立った。
そう思うほどの救世主だった。
「マルコ様、お迎えに参りましたわ」
エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)がマルコの前に現れた。
「ぜぇへっ、ぜへぇっ……、たす、助かる――。は、はやく俺を逃がして、くれぇっ」
「では、少々うるさいので、お耳を塞いでいただけます? 鼓膜、破れちゃいます」
マルコが耳を塞ぐと、エレナは叫んだ。
その凄まじい声圧と音量に追ってきた住民はその場で吹き飛ばされ、もしくはしゃがみこんだ。
「さあ、こちらへ。参りましょう」
エレナがマルコの手をとると、そのままカーズ区画の路地裏に消えていった。
逃げて、逃げて、逃げて――。
もう走れないという頃に、エレナは1つ路地裏を折れ、そこで適当な裏口からマルコと共に入って行った。
カチャッ――。
だが、マルコの悪運はもう尽きたのだ。
エレナが後ろ手で鍵を閉めた時に気付いても、もう遅い。
「ようこそ、カーズ・ボス・マルコ。ジョギング、お疲れ様でした」
そこにはヴラディレーナ・モロゾワ(富永 佐那(とみなが・さな))がいた。
「き、貴様ら……俺んとこのモンじゃねぇなッ」
「ええ、違います。どこの所属かと言えば……無所属ではありますが、まあロンドでしょうか。一番仕事を受けていますし。それとは別に、個人的なビジネスのお話をしにきただけです」
「ビジネス――」
マルコの目つきが変わった。
1つは金が浮かび、もう1つは生き残れるかもしれないという希望が芽吹いた。
「そう言えば、災難でしたね」
「ああ……くそ、ホテルに何かいかなければ……」
「……いえいえ、違います。ケシ畑ですよ、貴方の――。どこかの契約者達が襲いに行って燃やしちゃったらしいですよ」
「ハッタリが下手だな――」
「すみません、過去形がおかしいですね。現在進行形で、燃えちゃってます――」
思わず――呼吸が止まった。
ハッと息をし出したころには、それが嘘の可能性を考えたが――。
「ついでに言うと、武器商人達も違う商会に組み込まれたとか――。ああ、これは過去形です。つい先ほど話し合いが終わったようですから」
終わったのだ。
事務所を失い、金を失い、経済ルートも失い、鍵も失った――。
「というわけで交渉です……いや、交渉だ。なあ、これは何だ?」
佐那がくびれの先が細長い医療用のビンを見せると、マルコはフェンタニルと呟いた。
「そう、フェンタニルだ。大きな畑と労働力を作らなきゃいけず、小遣い稼ぎにしかならないコカイン、ヘロイン、マリファナなんか目じゃない。これさえあれば、失った財産を取り戻して釣りが来るってもんだろう?」
そうしてマルコはひっそりと医療品の闇取引に利用され、最後はくたびれて土の中へ還っていったのだ。
彼の最後を見て、誰がエデン時代の彼を想像できただろうか。
マルコはゴッドファーザーになるための抗争で生き残っても、勝利を歩めなかった。