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リアクション
ピタリと軽快にホテルの道案内をしていたサズウェル・フェズタ(さずうぇる・ふぇずた)の脚が止まった。
「どうしたんだい?」
「ごめんねぇ、お父さん……。ロンドの情報を貰いつつここまできたんだけど、これ以上は道案内できないみたいで……」
申し訳なさと面倒事が起きたことにサズウェルはため息をついた。
アルクラントはサズウェルの頭をぐしゃぐしゃと撫で、仕方ないさ、一緒に戦って頑張ろうと言った。
だから――ノートパソコンをアルクラントに渡し、サズウェルは1人廊下に出た。
「戦闘は面倒だけど、でも時間を稼いでくるからぁ。お父さんはそれを見ながら、隙を見て上に行ってよ」
ボタンと非常階段のドアを閉め、廊下の先を見る。
銃声と人が駆けてくる音がどんどん近くなってくる。
最後の最後で、マフィアに潜り込んでいるのがバレたのだ。
*
60階まであと少しの55階にキルラス・ケイ(きるらす・けい)とオデット・オディール(おでっと・おでぃーる)がいた。
ここの配置担当になったのはベレッタ直々の命令であって、自分達が期待され信用を得ていると思っていた。
だが、少し遠い。
ベレッタとの距離が近いようで遠いのは、ファンタスティックの一員である彼らにとっては非常にまずかった。
なぜならこの先の5階分の情報を味方に流せないからである。
「まあ、フェズタならやってくるでしょぉ」
「キルくんは最後の最後まで楽観的でのんびり屋さんだね」
「んー、そうかぁ? まあ……しゃーねえよなぁ……」
遂にやってきた『不自然』にキルラスは肩を竦めた。
周りにいたロンドの兵隊達がゆっくりと距離を取り始め、次第に手に持つ銃の危ない部分が自分達に向き出したのだ。
「え、何で!? ちょっとちょっと皆どうしたの? もしかして私達を疑ってる!? やだなぁ、私さっきエレベーターの操作盤を爆発させたじゃない。ちゃんと命令通りロンドの一員として――」
「よお……」
階上から階下へ新たに兵隊を引きつれて降りてきたのは柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だった。
恭也は本当に偶然――ロレンツォとオデットのやり取りを盗み聞きという形で耳にしていた。
ただしその偶然は努力の見返りのようなもので、彼は裏切り者を探すのに執心していたのだ。
必然的に恋人なんて存在は理由がありすぎるせいで何時までもひっかかる――。
自然とロレンツォに足が向いた折りの、偶発だった。
カジノでは共にベレッタを守ったのだが、恭也にしてみればオデットは調べるに値する言動だった。
そして案の定、カジノ後に彼女をつけると、中立地帯である住民区画のバーで他マフィアで見たことがある人間と可能な限り近い距離で酒を飲んでいた。
会話をしている様子もないし、何事かポツリと言っても中身まではわからない。
それでも確信した――。
何故なら『俺達』ロンドは、他地域の売春宿で女は抱かない――酒だって可能な限り飲まない。
そして契約者が集まれば集まるほどに脅威で、謀をするならば、これ以上の戦力はない。
エデンをひっくり返すに十分だ。
(忠義の意味も知らない野良犬共が、組織に入り込んで――! ここが仁義も通らない腐った街だからって、誰もが裏切りと欺瞞で成功できると思うなよッ!)
それでも暴力の筋はきっちり通る街だ。
来るべき戦争のため、今1人で暴れてもどうしようもないとわかっている恭也は酒場を後にした。
「人を騙し、人に騙されるってのは、気分のいいもんじゃねえな」
恭也は咥えていた煙草のようなモノを吐き捨て言った。
「俺はな、こんな時でもベレッタ様の傍を離れることが不安で不安で仕方ねぇほどなんだ。そんぐらい尽くしてるのに……おまえらみたいなのときたら」
「んー、それがエデン、マフィアってもんじゃない?」
キルラスの言葉に恭也は笑みを浮かべて頷き静かに手を挙げると、ロンドの兵隊達が彼らに銃口を向けた。
「確かにそうだ。だが道理を通して尽くすのもまたマフィアってもんだろ?」
今度は恭也の言葉にキルラスが笑って頷いた。
囲まれ方をどう見た所で、逃げられる状態ではない。
これでお終いなのだ、と2人は観念したが、ドンッという下から突き上げるような振動と爆発音がした。
ドン――ッ!
ドン――ッ!
ドン――ッ!
廊下の端から、自分たちがいる方へ穴が開いてくる。
それが徐々に近くなって――、
「ウワアアアアアッ!?」
キルラスとオデットを囲むマフィアの一部が崩壊した床と共に下へ落下した。
丁度穴の中――階下が窺える位置にいて、そこに視線を向けると、目が合った。
サズウェルがびっくりしながら、手招きをした。
その一瞬の判断は、いくら鍛えられたロンドの兵隊でも契約者達には及ばない。
いち早く動いたキルラスがオデットの手を引き、穴の中へ飛び込む。
「くそッ! 撃て、撃てッ! 下にも急いで廻れ! 仲間と合流されたら手がつけられないぞッ!」
恭也の命令と共に追撃が始まった。
「おおぉ……本当に上の階にいてビックリしたぁ」
連絡が送られてこない階層の1つ下から、サズウェルは期待を込めてシリンダーボムで天井を『叩き』続けた。
結果、それが窮地を救ったのだ。
「ありがとぉっ!」
オデットの熱い抱擁を受け照れるサズウェルだったが、これで逃げ切れなかったら意味がない。
手近な非常階段のドアをキルラスが開けようとするが、サズウェルがそれを制し、廊下のもっと奥の階段へ行くよう先導した。
すぐに続々とロンドの兵隊が降り、銃で射撃をしながら、少しずつ仲間と共に押し上げていく。
「すまないな、サズウェル。キルラス、オデットも……」
キルラスが最初にあけようとした非常階段のドアの向こうでアルクラントは隠れながら、仲間に感謝し上階へ進んでいった。
「続々きてるよっ! 全く、ボスの晴れ舞台の前だってのに、皆もうちょっと優しくお祝いできないのかな!?」
遮蔽物が観葉植物程度の廊下で撃ち合いをするハメになったが、ようやくサズウェルが非常口のドアを開けて退路を確保した。
「さぁて、クライマックスに間に合う様にしないとなぁ」
「だね、埃を払ってお掃除お掃除――」
キルラスと共にサズウェルの後に続き、階段の踊り場に出るのだが――上階へ続く階段に恭也が、階下に続く階段に彼のパートナー3人が待ち伏せていた。
アルクラントを逃がした代償だった。
ギギッ――!
恭也の操る傀儡――銀星が手招きをしてきた。
「来いよ、裏切り者共ッ! ここで始末してやる。ベレッタ様には一歩たりとも近づけさせない」
キルラスが光条兵器のライフルを使い、魔弾の射手として4発の銃弾を銀星に撃ちこみ、ゴングがなった。
「フッ!」
息を吐き、操り糸を動かす。
まるで銃弾を掴むかの如く拳で3発軌道を逸らし、残りの一発はエグゼリカ・メレティ(えぐぜりか・めれてぃ)が飛んで現れ、剣で受け流した。
「申し訳ありませんが、あなた達はここでお終いなんですよ」
エグゼリカは剣を構え、キルラス目掛けて斬りかかりに飛び、一気に懐に潜り込んだ。
「アシッドミストだよぉ」
キルラスへの援護とサズウェルが低範囲高密度のアシッドミストを彼女に吸わせるように展開するが、銀星の拳の一振りで一気に霧を霧散させた。
「このっ、キルくんはやらせない――」
エグゼリカの一撃をオデットが杖で防ぐ。
「こっちから敵がきたらどうするよ!?」
階下から声が聞こえオデットが顔を向けると、まず賢狼が牙を向けて飛び掛かってきた。
鍔迫り合いの反応を見せて後方へ飛ぶが、更に賢狼の影に隠れていた馬 岱(ば・たい)が刀で突くように斬りかかってきた。
「僕は後衛なのにぃ」
完全に隙をとられ、危うく斬られかけたオデットをサズウェルもまた杖で防いだ。
「危ないってのぉっ」
「くぅッ、契約者だけあってよく見えてるッ」
防御で手一杯のサズウェルに階下の柊 唯依(ひいらぎ・ゆい)が対物ライフルの銃口を向けたのに気付いたキルラスが射撃で彼女を建物の陰においやった。
が、第一ラウンドを終えてファンタスティックの面々は敗戦が頭に過った。
圧倒されてはいないが完全に手数で劣る為後手に回るしかなく、永遠に守りきるのは不可能だという事。
いずれ差引の差が出るのは明白だった。
「あーあー……この戦いが終わったら、私やりたいことあったのに――」
「いいねぇ、フラグ――。折っちゃえそうな雰囲気あるかもよぉ」
「あったら、いいですねぇ……。そして皆でのんびりしたいです」
3人は身体を寄せ合いながら、活路を見出そうとお互いを鼓舞し――狙いを定めた。
「それじゃ、最終ラウンドと行こうぜッ! 行くぞ、銀星号ッ!」
「足止めは御任せをッ!」
「あたしもそこそこ引きつけてやるよッ!」
「そんなに皆気合いれないで、せっかくの戦争を愉しもうぜッ」
ロンドの4人もまた一気呵成に仕留めようと出た。
「あたしの相手は――キミに決めたよ」
岱がサズウェルに狙いを定め仕掛けた。
サズウェルは敢えて杖で刀の一撃を受け、力を弱めて鍔迫り合いを演じた。
そこに自分を巻き込むことも厭わず、天のいかづちを放つ。
ぐっ、とくぐもった声を漏らして岱の膝が崩れ落ちそうになるが、
「相棒、こいッ!」
賢狼を呼び、サズウェルに飛び掛からせる。
オデットに見せた手であり、予測され回避されるのも承知だった。
しかしながらいくら契約者と言えど、近接で2人相手はできないというのもわかっていたから2手目に意識を集中させる。
サズウェルが狼を避けた方向にすかさず岱も動き、身体の内側から剣を杖に絡ませるように下から上に弾いた。
「よくやったッ。ワンショット、ワンシキル。狙撃の基本を見せてやる」
階下の陰に隠れていた唯依が一瞬姿を晒し、武器を手放させはしなかったものの、腹をガラ空きにしたサズウェルを撃った。
だが、直前に放たれた二度目の天のいかづちが岱を撃ち、彼女を戦闘不能にしていた。
もう一方、キルラスとオデットは3人で見合った時、目標と定めた人物に先手を仕掛けることができていた。
キルラスが自分の持てる力を最大限に生かした状態でのヘルファイアをエグゼリカに向かって放つ――。
当然、踊り場である以上逃げ場はなく、細かいステップで回避できるレベルでもないとしたら受けきらなければならない。
「チィッ! 銀星号ッ!」
恭也が傀儡を操り、エグゼリカの前に壁となって立ち塞がせた。
「狙いは近接戦闘しかできない自分ですか――。妥当ですが――」
そうなれば、自分の死角をついてオデットが来るか、またキルラスが連続攻撃をしかけてくるに違いない。
もしくは――挟撃を回避したくて唯依を狙うか、傀儡を操って無防備な恭也か。
辺りに十分警戒しながら機械仕掛けの弓を階下の唯依を狙う場合撃てるように構えながら、恭也と傀儡の間で待ち構えた。
が、一向に来ない――。
ヘルファイアで傀儡を焼いてる今こそブラインドの効果を十分に発揮し奇襲できるというのに、襲ってこない。
「恭也! 傀儡を離せッ!」
階下でサズウェルを仕留め、状況を把握した唯依が叫び、まったく無防備に傀儡の破壊に集中していたキルラスを仕留めても遅かった。
傀儡は焼かれ、銃弾を何度も浴びて砕け、糸だけが切り離された。
その中からオデットがエグゼリカに向かって飛び掛かってくる。
「今更血迷ったのですか――!?」
剣で腹を裂き、オデットを倒すのだが、彼女の手が傀儡の糸を掴んでいた。
「グアアアッ!」
糸から稲妻が伝わり走り、恭也を感電させた。
オデットの稲妻の札が糸に絡みついていた。
せめて今この時の大将首だけでもとる――。
単純な人数の計算から割り出される引き算ではなかったのだ――。