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リアクション
「どうぞ、お座り下さいませ。紅茶でよろしいです?」
ラズィーヤの部屋――。
エデンの街並みを堪能できる大きな窓の傍に置かれたテーブルにラズィーヤはカップを2つ用意し、ベレッタもまた、そこに腰を下ろした。
「ジャムはないのか――?」
「これは失礼を。次からはジャムを持参してまいります」
「否、結構だ。ゆるりと紅茶の味だけを愉しむとする」
ベレッタの真っ赤な唇がティー・カップに触れた。
澄んだ琥珀色の液体が喉を流れていく一時は、これ以上なくリラックスできた。
「ところで、馬鹿な盗賊共がホテルに潜ってきたので、よほど命知らずか腕が立つのだと思ってみてみれば――」
カップを置いたベレッタはラズィーヤの前に2枚の紙を出した。
それはリナリエッタが作ったラズィーヤを巻き込む手配書のようなものだった。
「退屈しませんね、この街は――。ホテルの中で籠の鳥を演じても、まるでペット・ショップで売られるオウムを買いに来る気安さで私に触れてくる」
ラズィーヤからの返答を受け取ると、ベレッタはその紙を丸めて火をつけた。
関与し知っていることもあるし、知らないで事が進んでいることもある――という返事だった。
「1つお聞きしても?」
「……答えるとは限らんが――」
「おじ様の遺産――。その正体を知っていますね」
ベレッタはカップについた口紅の後を指の腹で擦りながら、静かに答えた。
「知っているとも――。アレは私もマルコの豚もロッソも知っているものだ」
「皆さん関わったモノで?」
答えてくれたということは、ある程度話しても問題ないと言う事だろうと、ラズィーヤは再び質問した。
「正確に言えばエデンという街全体が関係している。そして契約者の諸君も――」
「私達も?」
「……ロンドを潰したいならば何をするのが効果的か――。簡単だ、私を頭脳としたキリング・マシンを止めるには、その頭脳を叩けばいい。つまり、契約者が関わってくるのもそのレベル――」
「まさか――」
「ただ愉快なマウンテン・ハイキング・マップを持っていたとして、それをどうするかは個々人の自由だ。私なら断然登る。が、丸腰では登れない。準備と理由が必要だ」
ロメロの遺産の正体は未だ掴めないが、小さな覗き穴から一部を覗くことはできた。
即ち、契約者を束ねるそれぞれの機関の上に立つ者の情報を知っていると――。
それは名前や顔写真などのアルバムではなくて、アドレスやその他自身が持ち得る籍の話でもなくて――。
「おじ様はそんなモノをどうして――」
「ふんっ、ようやく澄ました顔が慌てふためいて実に面白い。が、先にも言った通り、どうするかは個々人の自由だ。私はそれを放棄し、暴力を正義とする街の存続を第一とする。そして、誰かがロメロの偶像を消すために、ゴッドファーザーになれば丁度いい。叩く理由ができるからだ。奴はハイキングできるぞ――。日向を相手にする前に叩くんだ。街を守るために叩くんだ――。日向と手を組むのか、日向を相手に戦って掌握するのかなど、どちらでもいい。そんな暇もなく我々がお相手するからだ」
「じゃあこのホテルを選んだ条件は――!? 日時の指定は――!?」
「ふふっ……全部通過儀礼のようなものだよ。私と、これから私と踊れる相手を選別するための――」
だから我々はロンドというマフィアなのだ、と言ってベレッタはラズィーヤの部屋を後にした。
「階下が騒がしいな、そろそろ私の元に辿り着く頃合いか――。同士諸君、我々の強敵、契約者が遊びにやってくるぞ。だから『つまらん怪我』をするな。困った時は私にパスを回せ」
階級を示唆するために羽織っていた馴染のジャケットを脱ぎ、ワイン・レッドのスーツ姿とヒールという恰好でベレッタは銃を手にとった。
久しぶりだと逸る鼓動が抑えきれず、唇がどんどん吊り上るのを止められそうになかった。
*
「保険をしておくかのう」
医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)は仲間とわかれて、経済団体を相手にしていた。
目的はマルコが生き延びた場合の一手だ。
「誰もがカーズを叩くようで叩けないのは、マルコがあまりにも商売をしているからだ」
「だから、このどさくさに紛れて色々なルートを奪うんですね!」
「そうできれば良い。他の商人連中もいい加減マルコからなんとかしたいと思っているだろうし、それは他のマフィアに恩を着せることになる」
ようやく真面目な話に戻ったようだとセリスは口をはさむ。
「マフィアといえど商人と敵対するのは己の首を絞めるに等しいということか……本当に悪い奴とはいったい誰だろうな……?」
「我らが悪だと――? 愚問だな……我らは正義を成す者だ! 民主主義は、マフィアなど望んではいないのだよ」
だが残念ながらここは暴力が支配する街で、だからセリスも護衛としているのだ。
「マルコから一つずつ商売ルートを奪っていけばカーズは必ず崩壊するし、自然と暴力の街ではなくなる。しかしながら、マフィアも諦めかけているこの状況を打破する一手がないのだよ!」
「えー、師匠ギブアップですか?」
「じゃあ思い切って――」
セリスは言った。
俺達も武器のルートを持ってマルコを上回ればいいのではないか、と――。
「なるほど……豚の調理は手慣れたコックがやると――」
「ああ、だから其方には、豚の丸焼きを彩る副菜をしてもらいたい」
マネキ・ング(まねき・んぐ)は房内の言葉に頷いたが、メビウス・クグサクスクルス(めびうす・くぐさくすくるす)は事態を上手く把握していなかったようだ。
「ん!? んんっ!? んんんっ!? し、師匠〜〜〜」
「そちらの娘には伝わってないのかの?」
「すまんがセリス――。メビウスに説明してくれたまえ」
損な役回りだと思いながらもセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は指で地面に書きながら説明を開始した。
まずカーズとかかれた大丸だ。
「カーズがエデンの武器売買を一手に担っている。ここから――」
続いてカーズから伸びた矢印の先にロンドとオールド、そして別マフィア――。
そしてカーズの周りに小さな丸がいくつも作られ、そこから全てカーズへ矢印が伸び、最後にはそれらすべてを丸の中に囲んだ。
「これがエデンで……小さな丸がエデンの中でマルコに武器を売る商人達です。それで――」
俺達がこの二重丸で、とエデンの大枠の中に自分達の居場所を書き、エデンと同等の大きな丸を枠の下に書き、そこから自分達に矢印を伸ばした。
そしてもう1つ、同じ円をその外側に書き、エデン内部の小さな丸全てに矢印を割り振った。
「ようするに、これって武器の流れだよね? 私達は私達で大きなところから武器を買い付けてカーズに売るの?」
メビウスが二重丸からカーズに矢印を伸ばすのだが、セリスはそれを消した。
そしてエデンの内部にニュー・カーズと書かれた大きな丸を書き、自分達の矢印をそこに伸ばした。
ニュー・カーズとは言わずもがな房内達のことで、マルコの暗殺に成功した場合のことを指している。
そしてカーズに大きくバツ印をつけ、そこに売っていた商会連中を一緒くたに囲み、ニュー・カーズのところに矢印を引っ張って、その線の上にバツ印をつけた。
「おお、この構図……まさしくエデンに足りなかった母性ッ――」
仕掛けを見てマネキが喜ぶが、メジウスにはイマイチさっぱりだったが、師匠であるマネキが喜んでいるなら自分も喜ばなくてはならない。
「さ、流石師匠っ! 家族愛が、師匠の母の愛は全てを救うんですね!」
「大丈夫なのかのぉ……」
「流石に商人だから、大丈夫だろ。ちょっと騙し合いが苦手なだけだ。商人の会合をセッティングしてくれれば、その場では俺が喋る」
結局の所、別の大口から武器を仕入れるルートを持っている自分達も武器販売に参入すると2つの嘘をつくのだ。
そしてその売り先はカーズではなく、マルコ無き別のカーズで、そのカーズからロンドやオールド、別の組織に販売を担う。
そのニュー・カーズとは既に手打ち済みで、自分達のルートからしか武器は買わないと密約がある。
そうなれば今まで武器を買っていた商人達は売り場を無くす。
こっそり露天商の気分で売ればいいだけの話だろうが、そこはマフィアの街――。
ニュー・カーズが目を向け、街の存続という点では間違いなく一致するマフィア間で決まり事でもできれば禁止になり、バレればひどい目に合う。
商売あがったりだ。
だからセリス達はこう言う――。
マルコよりいくらか買い取りは安くなるかもしれないが、貴方達の武器を全て買おう、と――。
セリス達というクッションを挟んでマフィアを相手にするから安全性も高まり、金にさえ目を瞑れば悪い話ではない。
それでも金が、と強欲な者がいたら、その時は力を誇示するしかない。
「ハッハッハ、セリス酒をもてぇいっ! 我々は今日から大財閥だっ! アワビも養殖し放題だっ!」
既に勝った気でいるマネキを後目に、セリスは共同でマルコの経済に打撃を与えると組んだ仲間達の成功を考えていた。
結果から言えば、マルコの武器売買ルートは全て、セリス達の元へ流れたのである。
それは、他の仲間達の成果があったからだ。