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リアクション
「これ以上後手を踏むわけにはいかないわ――ッ」
深夜が冴王を追って離れると同時に、祥子は網を張る。
結晶水球を静かに手の中で割り、水を滴り眼下のロメロの棺とその辺り一帯の鍵まで気付くかどうかのレベルで濡らした。
ある者は戦いに意識を置き、ある者は先、先と動いていく者に目を光らせる。
少なからず今自分を注視している者はいない。
水球で十分に水を搾り出し、祥子は素早く、それでいて確実にゆっくりと雷術を放った。
このまま自らの手の届く範囲の敵を感電させ、じっくりとロメロの棺を開けてゴッドファーザーになる用意は整った。
バチッ――と青白い光が視覚を刺激した。
しかし、それは床の水を伝った雷の光ではなく、避雷針代わりに放られた刀が眼前で黄の筋を浴びたものだった。
「どこもかしこも静かにしていられない人達――。そんなに争いたい――!? そんなに死に急ぎたいの――ッ!」
祥子の一瞬の行動にいち早く気付いたオチャラティ(ティー・ティー(てぃー・てぃー))が、背を向けたまま刀を投げ受け、振り返っては羅刹の瞳でもって威嚇した。
「そっちから仕掛けてきたんだ、こちらを危険に晒したんだ――。なら『返して』いいんだな――?」
オチャラティの部下であるコクイード・ミスタ(鬼龍 黒羽(きりゅう・こくう))もまた牙を剥く。
祥子は失敗を悔やむ事なく、冷静に彼女らを窺った。
その態度を見て行動を起こさない他の面々も、繋がっていると見ていいだろう。
この場で、このまま戦闘を起こせば、1対2どころで済まないということを把握した。
すぐ近くで六黒と深月が剣を交えているのを考慮すると、早々棺が開くという展開にはなりそうもない。
ならば、今は確実にこの手に鍵を手にし、互いが殺し合って疲弊したところを突くのがベストだろう。
「1つ言っていいかしら――。私がゴッドファーザーになればよりラズィーヤを上手に扱うわ。そう――ヴァイシャリー家の影響を強くエデンにもたらせることができる。まるでロメロのように悪の街でも確かに感じられる穏和を維持できる」
「ふふ、先の事を心配しなくていい……。死霊に憑り付かれたイカレ女同様に、きっとこの街に毒されて意味がなくなるんだから」
主戦派で好戦派の人物がゴッドファーザーになることを避けたい祥子と、泣いてばかりで大人しいイコナラチャンを守りたいオチャラティは一見すれば話し合いで着地点を見出せるかもしれない。
が、それでも相容れない――。
ゴッドファーザーの存在――その有無に違いがあるからだ。
「決裂ね。先に約束しておくわ。可能な限り平和主義者を立てるから安心して、と――」
となれば、自分がすべきことは何か――。
祥子は火遁の術でオチャラティとの間に目眩ましの炎を立て、千里走りで一気に上階へ駆けた。
3階、4階と上がり、段差の所で落ちる鍵を見つけ、目眩ましの炎にも構わず飛び込んで追ってくるオチャラテイとコクイードの2人を見て、隠形の術で姿を隠しながら廊下へ飛び出た。
このまま隠れ、逃げ続ければ無事に済むだろう。
もしくはロンドの兵隊を呼びに言って、全員で棺の元へ行くか――。
しかしながら、場所が場所である。
人の多さを銃弾の弾除けにするくらいしか効果を発揮しないその場所は、最悪物量が邪魔をしかねない。
もたもたしていれば全てを失いかねない。
祥子は自身をゴッドファーザーになる決意を固め、オチャラティとコクイードを迎え撃つ。
2人が廊下に出て、祥子を探し始めた。
付かず離れずの距離で、互いの背中うぃカバーし、時折反転を繰り返しては探索を続ける。
息を潜め、思わず呻き声を上げてしまいそうになる刹那、タイミングを計った祥子が撃って出た。
「――ッ! オチャラティはやらせないッ」
10メートルほどの距離であろうか、浮遊した銃に息を飲んだコクイードは放たれた銃弾を少しでも避けようとサイコキネシスで逸らして直撃を避け、パートナーの変化に咄嗟に気付いたオチャラティが未だ姿の見えない祥子の元に一気にかけた。
目印はある。
となれば、深く深く懐に潜り込んで、斬り捨ててしまえばいい。
抜刀術からの横薙ぎ一閃――。
祥子はバックステップでそれを――、
「ぐぅっ――!?」
回避しきれなかった。
刀の振りの速さから見える道筋は確かに祥子から見て右から左へ流れていった。
しかしながら、そこから垂直に剣筋は方向を変え、迫る様に浮き上がってきたのだ。
更に一歩踏み込んでの燕返しに、左の胸から肩にかけて決して浅くはない傷を負った。
隠形の術を解き、傷口を押さえながら祥子は笑った。
「ふふふっ、痛いっ、痛いわっ! でも貴女達も痛くて気持ちいいのかしらぁッ!?」
赫奕たるカーマインの影響が徐々に身体に現れ、苦痛を快楽に変えつつある祥子の眼前には、銃弾を全て流しきれずに撃たれ血を流すコクイードと、燕返しで軌道を変えた瞬間に残った左の肩に銃弾を撃ち込まれたオチャラティの姿があった。
オチャラティが振り返る――血の溜まりを作ってうつ伏せに倒れる部下の姿に、どうして怒りを覚えずにいられるだろうか。
優しい瞳の作り方など忘れる様に目を見開き、羅刹の瞳でもって祥子を捉え離れず、力強く一歩を踏み出した。
最後の力を振り絞るのは誰もが同じで、祥子は気力で以て硬直する身体を解いて銃口を向け、コクイードは薄れゆく意識の中で、サイコキネシスの力か――オチャラティの背中を押した。
ぶつかり合うほどの距離に迫ったが、祥子もオチャラティも一撃を出せなかった。
「ごめんね――。本当は僕だって殺したりなんかしたくないんだ……。でも……でもね……。友達が悲しんで悲しんで、それでも大きな決断をした時、本当の友達だったら支えてあげたいよね」
ロッソの娘アンジェリカ(ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー))の護衛を長く任せられてきた1人コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の槍が2人を貫いた。
上階から降りてきたコハクはマルコから鍵を奪うべく彼を探していたが、見つけた時には既に逃げるために鍵を放る工作をしている時だった。
それが丁度2階ほど上階にいた時の出来事で、マルコが上に向かって放った鍵が自分の手の届く範囲に落ちたのをチャンスに、更にそこから2階上へ持っていき置いたのだ。
鍵を入手できるならばそれで良しとする考えでいたが、イレギュラーは何事にも付き物だ。
それがロメロの棺――金庫であれば尚更で、ゴッドファーザーを目指す者を支える限り、敵は1人でも少ない方がよく、それが契約者であれば満点に近い出来だ。
だから、待った。
息を潜め、気配を消し、微かに声が聞こえるほどの距離の一室に隠れて、ひたすらに待った。
そして機熟した時に、ポイントシフトを何度も駆使して一気に2人の元へ行き、疾風突きで2人をまとめて貫いたのだ。
倒れた祥子からダイヤの鍵を奪い、コハクはアンジェリカの元に急いだ。
*
「待て、オチャラティ――ッ!」
鉄心は祥子を追おうとするオチャラティを止めようとしたが、彼女は鉄心に一瞥しただけでコクイードと共に炎の中を突っ切っていってしまった。
死に急いでるのはどちらだ、と叫びたかった。
それは踊り場で戦う他の契約者達にも言えて、鉄心はイコナラチャンと同じく彼女の護衛をする鬼龍 白羽(きりゅう・しらは)の両方を守る様に一歩一歩階段を降り、状況の推移を見た。
「イカれて、皆イカれて――ッ! もう終わらせるべきなんだ。遺産を手にした所で、誰もロメロになれやしない。後を継ぐ――? 亡霊に振り回されて、死体の数を増やしているだけだッ」
「怖い……怖いよ……」
「大丈夫だってっ――。怖い事をなくすためにボク達は来たんだよ。ボク達はだから傍にいるんだよ」
白羽がイコナラチャンをすっぽり頭まで抱えて抱き締め、震えを共有してあげた。
「とは言え、本当に壊せるんですかね……」
貴仁が戦いに暮れる踊り場を見て口にした。
本当の目的はマルコをゴッドファーザーに押し上げることではなく、イコナラチャンをゴッドファーザーに据えるか、もしくはロメロの遺産の破壊だった。
「ロメロの遺産なんていらない……遺産なんていらないよ……。皆で楽しく笑ってられればそれでいいのに――ッ」
しかし今となっては、彼女の様子を見る限り破壊が全てだ。
しかしながら、タイミングを逸すれば大きく事を構えなくてはならなくなる。
「破壊する――。破壊して見せる。だけどタフガイごっこをやって死ぬつもりはない……」
「男が残っても、女が残っても、やり合うのは明白ですけど……。ま、死なない程度には引きつけます」
そして、熟す――。
「ガハ――ッ!」
深月が鉄心達の背にしていた頭上の壁に叩きつけられ、前のめりに落ちていった。
見れば相手をしていた六黒も片膝をつき、ダメージは深いようだ。
このタイミングしかない――と鉄心は仲間達を見やって、階段を一気に飛ばして駆け上がり、貴仁も続いた。
まずは廊下まで押し出すんだと意思の疎通を図り、2人で六黒に飛び掛かる。
咆哮と同時に六黒も立ち上がり、剣を振るうが鉄心がアブソリュート・ゼロで氷壁を作り受け止め、攻撃の隙をついて貴仁が一撃離脱の肉弾戦を仕掛けた。
攻防の役割をはっきりと分担し、一歩、また一歩と大柄な六黒の身体をくの字に折りながら後退させていく。
これで今踊り場には鉄心しかいない。
「下がってろッ」
階下のイコナラチャンと白羽に叫ぶと、亜空のフラワシから機晶爆弾を取り出し、ロメロの棺にセットした。
そしてまず階下に続く階段の前に氷壁を作り、更に自身も廊下に出てその入口を氷壁で塞いだ。
「ロメロの遺産をォォォ――ッ!」
察し、六黒が最後の力を振り絞って暴れるのを2人係りで止め、爆発までのわずかな時間を待つ。
5――。
「ゆけぇ、ツカサ!」
4――。
いつの間にか上階に避難し、様子を窺っていたシオンが司を蹴飛ばし、階下に転がり落とした。
3――。
「ひどい! ひどいッ!」
2――。
司は慌てふためき、それでも爆弾を棺から取り上げるが――どうしようもない。
1――。
「ウワアアアアアアアアアアッ!」
兎に角、投げた――。
マルコが窓ガラスを割って鍵を投げいれた外壁へ、投げた。
ボウフ――ッ!
閃光の後、激しい爆音と共にホテルの壁が外に向かって吹き飛んだ。
踊り場の外壁部分の隅から3分の1近くの床と、そこに繋がる壁一面にぽっかりと大きな風穴を開け、ホテルの内部を外界に晒していた。
それでも尚、夜の冷たい風が吹き付けてくる中、ロメロの棺だけが未だ階段で斜めに横たわっていた。
ロメロの意志が金縛りのように縛り付けられている。
そんな錯覚さえ覚えるほどに――。
「壊れなかったの――!?」
その結果は白羽をひどく動揺と落胆の入り混じった感情を起こしたが、イコナラチャンにより強く気持ちを持たせた。
「壊さなきゃ……壊さなきゃいけないんだよぉっ……」
壊れた氷壁を飛び越え、階下からイコナラチャンが階段を1段ずつ踏みしめながら駆け上がる。
床から落ちないように端を通って棺の頭部分の高さまで更に階段を数段上ると、自分の体重をかけて小さな手で棺を押し出した。
崩れて見えるエデンの街並みに向かって、押し続けた。
「皆が欲しい物なんて壊しちゃう――! 壊して台無しにしちゃって、それでいいんだもんッ!」
「冗談じゃないッ!」
爆発の瞬間、ポイントシフトで寸前に移動し難を逃れた司をシオンが階下からその様子に慌て降りてくるが、それは白羽が体当たりで止めた。
組んでもつれるみっともない争いだが――。
「行かせないよォッ!」
執拗なまでに取り付き、噛み付き、殴り殴られ、蹴り蹴られ――。
少しずつイコナラチャンの元へ近づくが、それでも触れさせない、触らせない。
パラッ――。
砂ほどに崩れた小さな破片が落ちて、ついに結実した。
ガゴッ――!
「きゃああッ!?」
死して尚、エデンの街、その住民に見せたロメロの身投げ――。
小さなイコナラチャンの執念の力で押し切ると、ロメロの棺は地上へ落下を始め、ぐんぐんスピードを上げて、轟音と共に地上に粉塵を上げた。
そのはずみでイコナラチャン自身も宙に身を投げ出してしまうが、ポイントシフトでやってきた鉄心が掴み、更にその鉄心を建物につかまりながら貴仁が支えた。
「やったな……ッ! あとは……生きて……ここから脱出すれば――」
が、再び爆発が起きた。
他の場所から2つほど大きな爆発――。
その爆発でホテル内全てが巻き込まれるのだった。