リアクション
★エピローグ
「臭い息をこちらに吹くな、豚が――」
「いやぁ、さすがベレッタだ。美しく、とても魅力的だ……」
マルコは酒が入ると――入らなくてもだが――女を口説きにかかってくる。
だから極力ベレッタは彼と酒を飲み交わしたくないのだが、ロメロの手前そうもいかない。
「しかしマルコの酒はいつも美味しいですね。さすがエデンに物流の流れを作っただけあります」
ルチはワイン・グラスを傾けながら、マルコ厳選の高級物を赤と白、両方楽しんでいた。
ベレッタはいつも自前のウォッカを持参してくるが、それもまた美味で、彼女に酔いが回って少し隙が出てきたところで、いつも一杯だけ彼女の酌付きで頂戴していた。
「ルチの旦那、俺ァ醜いけど、腕だけは一流でさァ。だからなぁ、ベレッタ、一緒にベッドでワインを飲み明かそう」
「……ルチ、頭痛薬かナイフを頂戴」
「頭痛薬なら持ち合わせてるけど――ナイフは……豚の香草焼きを君は作りかねないからダメだね」
「チッ……ロメロはまだか――。いい加減、我々に見せたいモノというものを持ってきて欲しいものだ」
「きっと素敵な若奥様ッ!」
「それは――ないなぁ。ボスはエデンの繁栄と保守を神のように両立するゴッドファーザーだよ。色欲に溺れる父はみたくないな」
その時、扉が勢いよく開けられ、満面の笑みを浮かべたロメロが入ってきた。
手には大きな何かを抱えている――フリをしていた。
「見ろ、出来たぞッ! ハハッ、コイツがあればエデンは未来永劫までハッピーな落ちこぼれの街で居続けられる」
そう言われても、というのが3人の率直な感想であった。
彼はまるで妊婦の腹でも摩るかのように、目に見えない何かを上機嫌に抱えているのだが――。
「ハァッ――。ロメロ、私はおふざけに付き合っている暇はないから帰るわ」
「おいおい、ベレッタァッ! オレがいつおふざけで生きてきたってんだァ! いつだって真剣そのものッ! お前だってそんなオレに惚れこんだんだろォッ!?」
『落ち着けッ!』
ルチとマルコが両サイドから、安全装置を外して銃を撃ちかねないベレッタの腕にしがみ付いた。
「ハハハッ、気が短いぞォッ、ベレッタァッ! 仕方ないッ!」
ロメロは大きな何か――虚空から一つ指で救うような動作を見せると、ベレッタの鼻頭にその指の腹を当てた。
余計不機嫌になっただけだ。
「わぁかったッ! たくッ、冗談が通じねェオレの銃だことッ」
今度は額に指を押し付けた。
「ッツ――! 何だ――。ブリア貿易……? V・O社?」
「アァン……。何でベレッタが俺の今取引を目論んでいる会社を――」
「ほれッ」
続いてマルコの額にロメロの指が押し付けられた。
「なんだこりゃ……光条兵器――? 機晶技術……?」
「契約者達が持ち得る情報よ。私は今必死に彼らのスキルを覚えて、対抗策をチームでとっているもの」
「ロメロ様、これは……どういうことです?」
ルチがベレッタの腕から離れ、ロメロに聞いた。
それはロメロがベレッタに命じた契約者の研究――そこから自己流に生み出した情報保存の技術だった。
「これにルチが調査してくれる契約者を束ねる頭達と会合できるための情報と予測分析――。あとはオレのエデンでの全ての繋がり。住民とオマエラの部下のあれこれまで全部だッ! ガハハ、毎日飲み歩いているからエッチな姉ちゃんたちの情報も満載だぞ、マルコォッ!」
「ボス、その情報を俺にくださいッ」
「ダメだッ! 当分はオレがオマエ並みに遊ぶんだッ!」
「これだから男はいけ好かないのよ。で、結局ロメロはその情報共有技術を見せたかったわけね」
そうさァッ――と全員の鼓膜を破る勢いで声を張り上げた。
「オレ達皆でエデンを守っていくんだッ! 正義だ、法だ、秩序だなんて息苦しい世界で生きていけなかった者達を守る楽園をッ!」
しかしながら、3人とも苦笑するだけだった。
人間はそれぞれに個性を持っていて、それぞれに得意なことがある。
ベレッタは戦いで、マルコは商い、ルチは情報だ――。
そうやって突き詰める部分は突き詰め、無い部分は他の誰かに補ってもらって形成していく。
だから、正直ロメロの知り得ている事も入ったその共有情報が欲しいとは思わなかった。
彼の人間関係を築く巧さは、真似をしたくも持ちたくもない。
それは傍で見ているからこそ、とても輝いて見える。
そうして夢の中を生きられ続けたら、どれだけ良かっただろうか――。
誰が最初に気付いたかはわからない。
しかし、気付いたからにはもう夢を見れなかった。
シェリーが去った後、ロメロが出した答えは、少しずつ日当たりを良好にする街作りだった。
契約者を理解し、彼らの長と話し合いを重ね受け入れと庇護を求め、カタギの商会を次々に受け入れた。
聖者が妬ましく、暗闇の中で這いずって得た幸福をロメロは陽の光で守りたくなっていたのだ。
そんな彼の『老い』を感じたくなかった。
ロメロは人に敏感であるからこそ、離れつつある3人に鍵を渡した。
信頼の証のつもりだったのだろう。
きっとそうだ。
彼はそうとしか考えないような人間だ。
だが、3人にはもう、そうとは考えられなくなっていた。
これからもオマエ達の持ち得る知識と技術を存分にオレにくれ――そう命じられている気分だった。
口でそう言ってくれれば、まだ従えたかもしれない。
しかし、笑顔なのだ。
見たくなかった『聖者』の笑顔を向けてきたのだ。
そうしてベレッタが、マルコが離れ――ルチはロッソの口車に乗ってしまった。
それが、全ての始まり――。
エデンのゴッドファーザーを巡る始まりだった。
(おしまい)
皆様、お疲れ様でした。
通算10作目と相成りました、せくです。
区切りとなる数をこなせたのも、一重に皆様のご参加、お力添えがあったからこそです。
本当にありがとうございました。
また、大変な遅延公開となってしまったこと、本当に申し訳ございません。
今回の「エデンのゴッドファーザー」ですが、前後編と分かれたシナリオを初めて執筆させて頂きました。
ですが、パラレル・ワールドかつ前後編ということで非常に悩みました。
それはマフィアという題材で行く以上、屍を生むことの仕方なさ、命の軽さを見せねばならないという点でした。
しかしながらそれでも、皆様の愛情で満たされたキャラクター達を殺め、それを良しと見せる技量が私にあるのか――。
アクションをきちんと読んだ上、あえて結果として前編では全員生存を、
後編では多くのキャラクターの最後を書いてエデンという物語を締めさせてもらいましたこと――、
完結ということもあって多少個々の描写量が増していますこと――、
ご了承願います。
この場を借りまして皆様への謝辞と共に、私、せくは皆様に楽しんでいただけますよう願い、これをマスターコメントとし、この項を埋めさせて頂きます。
再び会える日を心からお待ちしています。
それでは、失礼します。