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リアクション
「よお、旦那」
ルースはカジノ・パーティーのために交通整理にあたる警察官――その中でも最も権威ある男の元にいた。
要件はカジノで万が一――起きるとは思うが――ドンパチが起きた場合の根回しだ。
カーズとオールド、それにニューフェイスの区画へ逃げづらくするための小さな小さな配慮。
車両の位置や駐禁場所の解放。
それに加えて、参加者のリストだ。
オールドしか知りえない情報だが、こうやって交通整理をしていれば嫌でも誰がカジノへ向かったかは把握できる。
一通り話を聞くと、見返りに自信が1つ任されている売春宿の半永久フリー・パスを彼に渡してた。
「いい女しかいないから楽しんでくれよな、兄弟」
あとはこの目でカジノから出てきた者を把握していけば、事が起きた時、各々の組織がどの程度被害を被ったか理解できる。
ホテルからロンドの兵隊は撤去したが、ホテルの周りを取り囲む高いビルの上にいる狙撃班は、ベレッタがホテルから出てくるまで撤去はできずにいた。
「な、なんだッ!?」
が、それが幸いした。
狙撃班を指揮するルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)が、地上から上空へドラゴン系に搭乗して飛んでいくファンタスティックの面々を見たのだ。
「ほら、見ろ――! オレが集めた契約者の情報と今日ホテルに入っていった契約者の数が全然合わなかったんだ。何かあると思って残っていて正解だったろ」
途中、寒さで愚痴り出した部下にそれ見た事かと言うと、部下は参りましたと狙撃の合図を待った。
「よぉし、落とせるなら落としちまえ、野郎どもッ! ただし、場所は悟られるな――。相手がそっぽを向いた時にやれよ。構え――! 撃てェッ!」
狙撃の雨が降り注いだ。
「近づけないわッ!」
ケイオスブレードドラゴンに跨って屋上からホテルへ侵入しようとする緋菜と碧葉だったが、
「ビンゴだァッ! スコア・ワン――。次ッ!」
ルースに緋菜のドラゴンを撃ち抜かれた。
碧葉がなんとか彼女を拾って再び上空へ飛び旋回するものの、スナイパーの位置を見つけられず――。
このまま屋上へ向かって飛び降りるのも一手かもしれないが、高速飛行のできるドラゴンを撃ち抜く相手の腕を考えると、無防備になるダイブは好ましくない。
「スナイパーはどこッ!?」
ミリアはスナイパーの陣取るポイントを探そうと、ケイオスブレードドラゴンに乗りながらサンダーバードとフェニックスを召喚した。
が、スコープを覗いて視覚が狭くなっているスナイパー相手に召喚は失敗に近かった。
光の放つ方向へ銃口を向けられ、狙撃された。
「よぉし、よくやったッ! 次だッ!」
「ミリアが落ちたぁ〜!? うわぁぁんっ!」
スパーキングブレードドラゴンで空中を高速旋回していたスノゥがミリアを救出すべく急降下をかけるのだが、直情的な動きほど狙いやすいものはない。
「スコア・ツー! どんどん行くぜッ!」
真後ろからドラゴンを撃ち落とされ、ミリアと共に空中浮遊できるスキルを掛ける間もなく墜落した。
しかしながら、晒し続けたのはルースも同じだった。
二度も射撃をしてしまえば、もはや隠すこともできない。
ティナがワルプルギスの夜を煙幕代わりに空中で展開すると、自然とルースはそちらを注視する。
「お兄ちゃんのためならぁッ」
「あの野郎ッ! 突っ込んできやがったッ! くそ、くそぉっ!」
その中をアリシアがダークブレードドラゴンで突っ切り、撃たれるのも構わず、そのままドラゴン事ルースがいる建物の屋上に飛び掛かり――互いに弾け飛んだ。
*
「私としたことが歳のせいか、うっかり狙撃班に撤退の指示を出すのを忘れていたようだな」
「……私の仲間達が……ファンタスティックの面々がやられたというのか――」
悲しみと怒りが混じる叫び声を上げるアルクラントにハデスとシェリーは怖気づくのだが、ベレッタだけは快楽に笑っていた。
が、これが報われに入るのかは定かではないが、余興を延長させたことで、結果としてベレッタの最後を生むこととなった。
*
「ああ、このホテルは――。懐かしいな。よくボスはここでパーティーという名のどんちゃん騒ぎをするのが好きだった。そこには昔のオールドがあり、シェリー坊ちゃんもいた……」
「いいのかい、本当に破壊して――」
柊 真司(ひいらぎ・しんじ)がホテルに同行したアッシュ・ブラウナー(フレリア・アルカトル(ふれりあ・あるかとる))に尋ねた。
「あれがシェリーか……ッ!?」
ロッソ襲撃に備えていた真司は、避難するシェリーを先に見つけた。
とは言え、シェリーを殺すことはアッシュの依頼にはなかった。
勿論、遺産を狙うものを殺せと言う言葉だから、シェリーもその1人に含まれるのだろうが、アッシュの気持ちを推しはかればまずはロッソを殺さねばならない。
仕事に忠実であるとは言え、好奇心がロメロの遺産に引っ掛かる。
ロメロの子であるシェリーに聞く事が、真実を知る近道であると思い、真司をこの場に留まらせるのだが、如何せん護衛が多い。
迂闊に近づけば、問答無用でヒット・マンの1人として殺される。
だから――叫んでみる。
「シェリィーッ! お前の親父の遺産は俺を何百年遊ばせてくれるってんだぁ!? ハッハー、懐が豊かになるなんてもんじゃねぇなッ!」
わざといやらしく誘うように叫ぶと、間髪入れず、返事が返ってきた。
「金が欲しいのならばカーズを奪え。力が欲しいならばロンドの兵隊を躾けてみせろ。どこの誰だか知らないが、お前のガッカリした顔が目に浮かぶ」
早口に捲し立て、シェリーは姿を消した。
彼の言葉を信じるならば、金でも武器――力でもない。
他の何かが遺産なのだろう。
「何がだ? 私が貴方を雇い、私の本意に沿って命令している。ボスはもういない。息子のシェリーも死んだ。ならばもう、残った者に遺産を渡さないのは、元オールドの幹部としての責務だ」
「いや、だからさ――」
「何だ……」
これ以上聞かないでくれというアッシュの本当の言葉を聞いた気がした真司はそれ以上の追及を止めて、作業に戻った。
根回しで入手したホテルの地図を頼りに、もっともホテルを支えているであろう支柱をバランスよく真空波で削り、そこに機晶爆弾を設置していった。
「あれだっ、こうしてると俺達ビーバーになった気分だよな。こう、歯で木の幹を削るじゃん、なんかそういう感じ――」
「……それは木を削ってるのか――?」
「ははっ……焼きもろこし食ってるみたい……」
真司は思うのだ。
俺はどうしてアッシュを慰める様に馬鹿をしているのだろうかと――。
それはホテルを騙るアッシュが懐かしそうな寂しそうな哀愁漂う空気を醸し出していたからだと思うのだが、何かもう1つ引っ掛かる。
「貴方にばかり手伝わせるのも悪いな。少し爆弾を貸してくれ。私の設置してこよう」
既に上階から下層に向けてあらかた真空波で削っており、あとは降りるついでに爆弾を設置していき、1階に辿り着いたら爆発させる手はずだ。
5階まで降りてきて、アッシュが今更ながらに手伝いを申し出た。
簡単な作業だし、任せても大丈夫だろうと真司は爆弾をいくつか渡し、説明を開始するのだが――、
「元マフィア稼業の私にそんな説明は必要か?」
「確かに……」
「では、私はあちら側から設置していこう」
そうしてアッシュと別れた。
そして真司が1階まで設置を終え、アッシュが降りてくるのを待ったのだが、彼女は一向に降りてくる気配がなかった。
手伝いにアッシュ側の方から戻ろうと真司は引き返すのだが、おかしいのだ。
既に1階も、2階も、3階も――アッシュが仕掛けるはずだった位置に全て爆弾は設置していった。
*
「ふー……美味しいお茶ですわ。温かい紅茶が身体を癒し、心を豊かにするためにゴッドファーザーを決める物語を見る。最高の一時ね」
一仕事終えたミネルヴァがティー・タイムをとったのち、時限爆弾のスイッチをいれてホテルを後にしていた。
*
「アッシュウウウウウッ!」
その爆発が丁度――起動した。
それが真司たちが設置した爆弾も巻き込み、ドンドン柱を吹き飛ばし、支えを失わせていく。
先にアッシュは爆弾を設置し終えて出ていった可能性もあるのだが、それは全く考慮にいれない。
今になってわかる。
ホテルもろとも消えようとした儚さを気付かずに感じ取っていたから、気を遣っていたのだと――。
「馬鹿野郎ッ! ロメロの思い出を壊したからって――それで本人が喜ぶのかよッ」
助けに行きたいが、自分達の破壊工作のレベルの高さが仇となり、真司は自身も巻き込まれる恐れのあるホテルから脱出した。
*
ホテル屋上――。
まるでアルクラントの咆哮が引き起こした自身のように思うや否や、すぐさま縦に大きく沈み込んだ。
「フハハ、我が同朋ミネルヴァよ、よくやったあッ!」
爆発がいずれ起きることを知っていたハデスはその瞬間も瞬時に踏ん張って転げず、ベレッタのハートの鍵を奪いとった。
が、間隔短く2度目のフォール――。
「分量を間違えたのか――ッ」
「……裏切りそうな仲間か?」
ベレッタが尋ねるとハデスは少々考慮した後、首を横に振った。
「なら他にも仕掛けた者がいるのだろう。この落ち方――いずれ上の重さに耐えきれず地面とキスだろう」
そう言っている間にも3度目の急降下、急落下――。
特戦隊と十六凪、デメテールがその衝撃に耐えられずホテルの外に弾き飛ばされた。
「まだだ――。屋上の床さえ崩れなければ、私は生き残って見せるッ」
アルクラントは縁に身体を寄せながら言うのだが――4度目の落下の衝撃で、アルクラントとハデス側の柱が先に悲鳴を上げて崩れ、そのまま床の崩落に巻き込まれて落ちていった。
「今際の際がロメロの息子と、か――。中々『奴』も粋なことをするじゃないか」
「貴女でもこの状況、弱音を吐きますか。意外ですね――」
「……最後に特別に話を聞かせてあげるわ」
しかし、5度目の揺れで完全にホテルは崩壊し、シェリーはベレッタの告白を聞く間もなく――暗闇に堕ちていった。
エデンの象徴の1つ――その崩壊であった。
*
さすがに中立区の一等であるホテルの崩落は、エデンに住む全ての人間を驚かせ、膝をつかせた。
退避していたロンドの兵隊達は急いでホテルの巨大な瓦礫の山と化したそこに潜り、ボスであるベレッタの捜索に入ったが、1人、また1人と頭を抱えだして涙を流した。
その中で身投げで地面を跳ねたロメロの棺は未だ鎖で絡められたまま、崩落の衝撃で再び浮き上がって吹き飛ばされ、導かれ滑る様に、エデンの中央――十字架の元で姿を晒した。
誰もそれが今回のカジノからホテルへ続く抗争の金庫であるとわかるはずもなく、瓦礫となって未だ薄く粉塵のあがるホテルを見ていた。
「……開けていいのか……その権利があるのか……」
駆け付ける野次馬共とは反対方向に歩き、彼らにぶつかりながらもロメロの棺に近づく者がいた。
最後まで鍵を持ち生き残ったのルチの娘――キアラだ。
クローバーの鍵をポケットの中で握りしめながら、彼女は開けない選択肢との間で揺れていた。
唐突に悩み、頭を垂れはじめた彼女の視線の先の地面に光の輪が走った。
夜風に乗って、どこかの露天商が吊るすランタンが揺れて光を届けたのだろう。
しかしどういうことか、白い光がキアラに届くと、彼女の頭の中に声が響いた気がした。
開けて良い――と、天命を迎えた男の落ち着いた声だった。
キアラは薄く笑う。
どこかで誰かが神降ろしでも使って、ロメロを召喚したのかもしれない、と――。
が、その馬鹿な『天命』に従ってみるのも、またいいだろう、と彼女は決めた。
今度は前を見据え、ゆっくりとロメロの棺に近づき、鍵を鎖の錠に差し込み回した。
カチッという開錠の音を聞き、パートナーの颯馬とフィーアに手伝ってもらいながら、鎖を外した。
棺の蓋についた埃を払い、キアラはパートナー達と見合ってからゆっくりと棺を開けた。
「ううっ……」
仏を見るのが怖く目を手で覆っていたフィーアだが、キアラが棺を開けると、やはり好奇心が勝ち指の間から覗いた。
そこにロメロがいた形跡はあったものの、肝心の本人の死体や骨はなかった。
「何もない――?」
颯馬がそれを見て言ったがキアラは首を横に振り、そっと棺を締め――そのまま倒れた。
彼女はその一週間後に目を覚ました。
見慣れぬベッド、見慣れぬ街――。
しかしながら、ロメロの棺を開けた瞬間、彼の遺産を全て引き継いでいたのだ。
遺産とはロメロとエデンの全てが蓄積された残留思念だった。