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リアクション
●シェリー誕生日当日まであと数分
カーズのボスことマルコは、ホテルへ赴く事を決めあぐねていた。
決めたところで決意はいつでも吹き消されそうなほどに危うく揺れ、動悸が収まりを見せない。
沸騰した脳が自分の身体を落ち着かせることができないのは明白で、鎮まらせるためには薬を入れる他ない。
しかしながら自分はボスである。
麻薬や精神安定剤の類を入れるのはピラミッドの底や中腹で頂点を支える地層に埋め込まれた人間のすることであって、上に立つものは違う。
自らを滅ぼすモノに頼らず、自分の優位性を確かめる存在で熱を冷ましていく。
「ねえ、マルコさん」
さゆみは空になったグラスをトレイに戻した瞬間に、マルコへと距離を詰めた。
体臭を隠すような香水の匂いがあまりにきつくて、鼻が曲がりそうな思いだが、そんなことで表情を変えていては務まらない。
何が――?
ロッソへの貢献に、だ。
「私、そろそろ疲れちゃったわ」
「ふひっ! じゃあ、抜け出そうか?」
「そうじゃないわ、争い事によ。たまには男の人に腕枕してもらいながら、ゆっくりと朝を迎えて、彼の胸から舐める様にして……軽く舌を絡めあったキスをして起きたいわ」
マルコは想像力を駆使して、一瞬欲情に駆られそうになったものの、すぐに相手が誰かを思い出して表情を張り付かせた。
「……まあ、素敵な女性には包み隠さず教えるし、言ったところで何も変わらないだろう。カーズとしては、俺達の仕事を邪魔しないという断り付きなら、一切事を荒立てるつもりもないし、争い事をやめる結びをしたって構わない。が、ロンドはどうだ。ベレッタはイカれたバトル・マニアだし、エデンを焼野原にするのも厭わない。ニューフェイスは知らないが、ベレッタだけは絶対にそんな協定はしない。するなら最大規模の戦争を起こしにくるだろうから、間違ってもベレッタにそんな話はするんじゃねえ。奴を刺激してカンカンにするのだけは、素敵なバニーのキミも、そんなキミを抱くロッソも望んでないだろう」
「じゃあ、マルコさんはロッソと手を組んでくれるのね?」
しかし、首を振られて否定され、
「誰もカーズとは手を組まない。こちらがいくらオープンに接しても手は組まれない。それは怖いからだ。俺をこうやって太らせてきた金の力が怖いからだ。裏切りは血で見ず、金で見る。それが結局地位と命を失わせるとお宅の旦那は知っているからだ。ボスがもし変われば話は変わるが、兎に角、キミは行き場を失ったら俺の所にくればいい。先に話した願望は俺のところでしか叶えられないからね」
そうしてマルコはさゆみの元を後にした。
マルコの言葉を信じ、ロッソが殺され行き場を失った綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、まずパートナーであるアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)をマルコの元に放った。
アデリーヌがさゆみの意を汲んでカーズの庇護を得てくれれば、自分にも生きる目が出ることと、立ち回る為の細い道が見えてくるだろうと思ったからだ。
「ああ、さゆみっ……さゆみっ……んっ……」
「んっ……ヒドイんだから」
マルコの部屋に置かれたキング・サイズのベッドからシーツを引っ張り、自身と胸の中で震えるアデリーヌにそれをくるめたのはさゆみだ。
まずはアデリーヌがマルコの落ち着きに『使われ』て、続いて自身の庇護を受けたいならば顔を見せろと呼ばれたさゆみも剥かれた。
寒さと吐き気を伴った屈辱感を互いの肌を通して薄め合いながら、さゆみはマルコに言った。
「怖いのね――」
「……ふ、ふひひ……ああ、おっかない、おっかないぞッ! だから俺ァ女を抱く、それが最高最上のトランキライザーだ。ヤブ医者共には未来永劫見つけられない薬だッ」
部屋に来た時のマルコを思い出す。
涎を撒き散らしたちっぽけなオークが飛び掛かってきたと言えばいいだろうか。
それほどまでに醜く動揺していたマルコは、今は少しばかり落ち着き払っているが、挑発的な言葉に再び感情を剥き出しにする危うさを持っていた。
こんな男は見放すべきか――否、違う。
「私も怖いわ。死ぬのが怖くて、でも生きるのも怖くて――。だから私達は何かにすがって生きていく。惨めでも、情けなくても、それを手放さないように生きていく――」
「何を言いたいのか理解できない。できないが、俺の手駒の1つになると――」
「捉え方は任せるわ」
「なら、な――」
その時、マルコはさゆみとアデリーヌからシーツを奪い取り、彼女ら2人をまとめてドアの方へ蹴り飛ばした。
「あっ……あ……さゆ……み……」
「あでり……ぬ……」
ドアを突き破られた日本刀で、2人は突き抜かれ――、
「わしらは女、子供とて容赦せーへんが……感心せんなあ、マルコの旦那。上玉の女を盾に使っちゃぁ……」
猛と荒神、そして、
「こんにちは、マルコさん。カーズを引き取りにきました」
アナスタシア(茅野 菫(ちの・すみれ))だ。
「一体どうやってここに来たッ!」
「ふふ、私はロメロの隠し子ですよ。エデンにおけるこの名の求心力を以てすれば、カーズ如きの兵隊を上回る素敵なマフィアを作れちゃいます」
ロメロの血を甘く見過ぎていたかどうかを今のマルコが正常に判断することはできないが、わかっていることは静かに事務所を制圧されたことだろう。
『契約者を除く構成員』に実力の差は大きくある。
「さてと、マルコの首――。頂くぜ」
荒神が一歩前に出た。
「……変ね」
「……マルコほどのチキンが命乞いをしないことだろう?」
ロミオ(菅原 道真(すがわらの・みちざね))の言葉にマリオ(相馬 小次郎(そうま・こじろう))も同調した。
嫌な予感がするとロミオとマリオはゆっくりアナスタシアを手を広げて制しながら後ずさる。
それでも文字通り丸裸のボスを前に退くわけにいかず、荒神が一歩、また一歩と近づき、猛は煙草を吸いながらその様子を見ていた。
「わかった……」
マルコがゆっくりと両手を上げる。
丸腰のマルコ――何も抵抗などできまいと一瞬、緩んだ。
「アホウがッ、荒神ンンッ! タマ取るまで気ィ抜くんじゃねェッ!」
「――ッ!」
カジノ・パーティー以前に放った間諜は失敗に終わった。
否、金で釣って兵隊を増やすことには成功したのだが、所詮薄い壁一枚である。
契約者レベルや、ましてボスなどは全く相手にできず――。
しかし、それも妙な話なのだ。
「潰しやすい所を残しているような感覚を受けないのは何故でしょう?」
レギーナは自問自答する。
確かに兵力は他の3つのマフィアには劣るが、こちらにも数とは別に契約者が多数在籍している。
それは無能力者達にとっても契約者にとっても無視できない存在で、一度隙を見せればどうなるかは同じ部類の者ならば重々理解しているはずだ。
では何故――。
どうにも引っ掛かる。
この感覚を言い表すなら、リングの上で4人でデスマッチを開始したはずなのに、何もしないうちに3人になっていた――と言ったところだろうか。
「マルコがリングに上がらないのを……知っている?」
何にせよ、カジノでの一件が終われば少しは材料が増え、判断できそうだ。
「既存のマフィアが誰もボスをリングに上げたがらないのを感じていた――。だから、もしボスをリングにあげたがる者がいるとすれば、それは色香を振りまく女共か新興集団しかないわけで――!」
マルコの影がぶわりと宙に飛散したかと思うと、地面スレスレを滑る様に姿を現したレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)が荒神に斬ってかかった。
鉤爪のアッパー・カットを荒神はガントレットで防いだが、完全に後手を踏み、二手目もあっさりとられ、側面から蹴りをくらって壁際に吹き飛ばされた。
そして叩きつけられた壁は、爆音と共に外側から吹き飛ばされた。
「エアハルト、ボスを守って逃げるぞッ!」
壁を爆破し荒神を巻き込んで潰した三船 敬一(みふね・けいいち)がマシンガンを猛に連射した。
「な、舐めくさってェッ!」
猛は日本刀で銃弾を斬って落とす神業を見せてが、マシンガンの連射に身体が追いつくはずもなく、一瞬のうちに蜂の巣にされた。
「さあ、ボス――ッ! 今のうちに事務所を後にしましょう。私達が道を作りますので」
レギーナがマルコを促すのだが、彼はゆっくりと服を着始めていた。
「一体何を呑気に――ッ!」
敬一が思わず声を荒げると、マルコは丁度ワイシャツとズボンを着たところで消え入りそうな声から次第に怒気を含めて言った。
「ダメだ……。ベレッタのアマと付き合いが長いからわかるんだ。あいつは今楽しんでやがる。消化不良に終わった軍人崩れとして『ヤリ甲斐』のある相手を見つけてウキウキしてやがる。相手が誰かって? お前ら契約者だよ。契約者は加減をしらねぇ。全部を平らにしても余力が残ってやがる。自分達が立ち向かうはずだった巨大な相手を思い出して濡れてやがるんだ……。そこに俺様が呼ばれたッ! どういうことかわかるかッ! あいつは、アイツは――ッ!」
レギーナはスーツを手に取ると、頭を抱えて背を丸めるマルコの肩にそっと掛けた。
「ボス、失礼を承知で言わせてください。アンタはどこまでも人間らしい。欲望に忠実で豚と罵られてもそれが人間だ。容姿と性格は置いておくとして富を得た経営力と、立ち回り方――この混沌とした街エデンにあって、これほどまでの財力を蓄えたという点は驚愕に値する」
入り口では敬一が手招きをする。
どうやらアナスタシア達は後退したらしく、今なら脱出できる好機と判断した。
だからマルコを奮い立たせなくてはならない。
「アンタは私達契約者を恐れているようだが、契約者は神でも王でもない。もしそうなる者が出たとして、それはオンリー・ワンだ。契約者とて誰かに仕えるし、誰かの下にいる。だから少なからずアンタは今、私達を凌ぐ1人、ただ唯一なんだ。その運があれば――」
マルコが静かにスーツに袖を通した。
1人のボス――否、王としてベレッタの乱痴気騒ぎに付き合う覚悟を持った。
この戦いが終われば、ロメロのような絶対的存在が生まれるか、生まれないとすれば生き残ったボスがエデンに君臨できるのだから――。
「よし、出るぞッ!」
敬一が道を開くため、突撃しながらマシンガンを撃つ。
その場で射撃戦など、現状では危険が増すだけで、今は綱渡りを余儀なくされても突破の為に進まなければいけない。
「銃の武器が弾丸と銃剣だけだと思ったか?」
敵の中に飛び込んだところで、銃の台尻で思い切り頭をカチ割り、サンダークラップで周囲を巻き込みながら突き進んだ。
それでも数の暴力には勝てず――。
マルコを事務所から逃がしホテルまで向かわせたところで、敬一とレギーナはアナスタシアの子飼い全てと引き換えに倒れた。
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