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エデンのゴッドファーザー(後編)

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エデンのゴッドファーザー(後編)

リアクション

「一番良い部屋を用意して下さる? それと、わたくしたちの事に目を瞑っていただけたら――」

 ミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)が資産家として闇のスーツケースをフロント・テーブルの上に置くと、受付で対応したフロント・マンは静かに会釈をし、畏まりましたと口にした。

「フハハ、さすが、悪の街。市民の理解度も俺好みではないかっ」
「何を感心していますの? このお金、貸しですわよ」
「……十六凪、ロメロの遺産はまさしく大金であろう?」

 ドクター・ハデス(どくたー・はです)は貸しという言葉に青ざめて天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)に期待混じりで聞いた。

「どうでしょう。金目の物であったらこんな騒ぎにはならなかったと考えますが――」
「……夢も希望もないではないかっ」
「ミネルヴァが苛めるからハデスが一気に俗物的になっちゃったよ」

 デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)が言うが、ミネルヴァは嬉しそうに笑うだけだった。

「では、ミネルヴァさん、作業をお願いします。僕達も準備を整えて配置に付きますので」
「ええ、任せて。一仕事終えたらスイート・ルームでゆっくりお茶してるわ」

 そう言ってミネルヴァは手をひらひらされて一行から離れた。

「……ハッ、よくよく考えれば部屋をとる必要などないではないか! 完全にミネルヴァの私用ではないか」
「ホントだ!」

 今更気付いたのかと十六凪は呆れるのだが、咳払い1つで今後のことを切り出した。

「さて――我々が出した手紙が届けば、各ファミリーのボスは召集に応じるしかなくなるはずです。オールドもロンドもやってくるでしょう」

 手紙の内容とはこうだ。
 『フハハハ! 我が名はマフィア・オリュンポス、そしてファミリーのボスであるドクター・ハデス! すでに金庫は我らファミリーの手の中にある』
 『金庫を開けるのに相応しいボスを決めるため、本日、ホテルの最上階に鍵を持って集合されたし。なお、部下は連れずに、代表者一人で来ること』
 『条件を飲まぬ者は、ロメロの遺産、その相続を放棄したとみなし、他の誰かにゴッドファーザーになる機会を与えるとする』

「フハハ、我ながら素晴らしい文面ではないかっ」
「……コホン。金庫の在り処を伝えていない以上、我らを武力で制圧するわけにはいかないでしょうから、こちらにも十分勝機があります」
「あったまいい〜。そこでデメテールちゃんが、怪しげな動きをした人を後ろからブスリしちゃえばいいんだ」
「あまり血を流したくはありませんが、最終的にはこちらも鍵を手に入れるためにやらなければなりませんからね」

 ハデスは完璧な作戦だと拍手しながら、エレベーターに乗り込んだ。

「さあ、決着の屋上へ、一足先に乗り込んで待とうではないか」

*

「ふふ……。茶番をやってくれちゃってぇ……」

 住民区画――。
 その中で最も劣悪な環境で貧困層が集中するのは、十字の大通りに面した場所で街の入り口部分だった。
 呑気にエデンにやってくる外部の人間をすぐに剥ける意味合いで、そこに住む悪党どもはある意味でエデンの門番だった。
 2から3階建のくたびれたコンクリのテナントが並ぶその中、御東 綺羅(みあずま・きら)はパートナーといくらかの元オールド構成員を引きつれて探していた。
 何を――?
 誰を――?

「面倒だよ。もうこのぼろっちい場所を全部平らにしちゃおうよ」
「マリスは堪え性がないですな。蟻は巣を棒で突つかれれば慌てふためいて溢れる様に逃げるであろう。ようはそんなことをすれば、あやつも隙を見て逃げ出してしまう」
「んん〜? ピエールの例えだとそれで炙りだせちゃうんじゃない?」

 マリス・マローダー(まりす・まろーだー)の返しにピエール・コーション(ぴえーる・こーしょん)はそれもそうかと思った。
 例えを間違うくらいに、気持ちが昂っているらしい。
 その時、1人の構成員が綺羅達の元へやってきた。
 襟首を掴まれ、ボロ雑巾のように叩かれた小悪党を引っ張ってだ。


 規制する大通りの警察車両の中――、
「ではそういうわけで――」
「へっへっへ、悪いねェ、いつもいつも」
 ピエールは下衆な警官の懐具合を暖めた1つお願いしたのだ。
 『虐殺人シェリー。オールドのカジノを襲って従業員を含む無差別テロ』という触れ込みで住民区画で手配書や情報を流してくれということだ。
 ただし、住民は誰も信じないだろう。
 強いてその情報を信じる者はエデンに来たばかりの善良な者か、オツムがイカれた者だけだ。
 だが、臭いモノを見るように遠ざかって扱ってくれるならば、それでいい。
「そういや、ビデオを見たぜ、ありゃ堪らん。思わず薬いらずでビンビンよ」
 用は済んだと警察車両の中から出るピエールにオールドが、否、綺羅が命じ作成させたビデオの感想を漏らされた。
 シェリーがニューフェイスを立ち上げた頃に流出させた一本である。
 『I LOVE YOU SHERRY!』と題されたスナップ・ポルノ・ビデオである。
 マフィアを抜けたオールドの下っ端中心に拉致した男達は全員シェリーという名前とハート・マークの刺繍が入ったニット帽を被って、暴力と官能の世界を作りあげていた。
 人間の身体が発する音の他、聞こえてくるのは彼らは「アイ・ラブ・シェリー」との心底震えた呟き。
 待機させられた女が狂い叫び、男の獲物を手に殴り返すこともざらで、まるで出来の悪い心理学実験にも見えた。
 気持ちのこもった声などない。「アイ・ラブ・シェリー」と言うただ一つの言葉でさえ、次第に抑揚がなくなり機械から出るような平坦なものとなる。
 薬など一切ない、人間の本質と本能が織りなす官能で、そうした嗜好を持つものからは好評だった。
 エデンが他の街にも干渉できれば、きっと彼の恋人や友人たちが出演させられたが、そうはできなかった。
 ならば、シェリーが来た影響を見せつけるしか他なかった。
 第二段は街の中央の磔で行うという予告で〆られたビデオだった。
「あれでシェリーがへこたれてくれれば良かったんですがねえ。そうならないから今があるんでしょう」
 ピエールの呟きは嬉しそうだった。


 シェリーに対する執着心――。
 丁度いい壊し甲斐のある相手を見つけた綺羅だからこそ、偽装死だと確信せざるを得なく、こうして探索を続けていた。
 そしてそれが――今実った。

「あ、青文字でらく、落書きされてる、こ、こっから2ブロック先の、い、1階部分が修理店だったテナント――。そ、その上に――」
「シェリーがいる?」

 綺羅が聞くと、その小悪党は頷き、殺さないでくれと懇願してきた。

「大丈夫よ。マリス、報酬をあげ――」

 綺羅が言い終わる前にパァンっと銃声が響き、成る程、確かに堪え性がないわねと綺羅はピエールと見合って笑った。

*


「では自分はカジノにてシェリーを襲って、最後はトドメを刺す振りをすればいいのですか?」
 カジノ襲撃より前――。
 シェリーが隠れる住民区画の家の一室にて、計画がたてられていた。
「そうそう、シェリーが死んじまえばニューフェイスとしても今後動きやすいだろ」
 ヘルが言うと、ザカコも続いて、
「カジノではマフィアの連中が一同に集った一触即発な状況でしょう。それに外だけでなく内にも敵がいる可能性を考えると、シェリーの命――その危うさは新興マフィアであることも相まって一番でしょうね。ですから逆に、一度殺し、いない者として逆転のチャンスを狙いましょう」
 手順はわかっている。
 吹雪が襲って刺殺したように見せ、その瞬間に似せて作った遺体と交換し、爆発に乗じて逃げる――。
 うまく行くかどうかの心配はない。
 バレたところで何も変わらないからだ。
 カジノで襲撃があり、それぞれのマフィアが争うという事実は何も変わらない。
 生きてようが死んでようが次へ進まなければいけないのだから、何も問題はない。
 しかし、
「僕はなんとしても父の跡を継がなければならない。どんな手でも――」
 気持ちが引っ掛かる。
 それを見てザカコが強い口調で説得した。
「シェリー、失礼を承知で言うが、どんな手でもというくせ、正攻法で行こうという考えが拭えていない。他のボスの前で堂々と後継者は自分だと宣言し、リングの上でグローブをつけて10カウントをしなければゴッドファーザーになれないとでも思い違いをしていないか? そもそもマフィアに正攻法なんてないし、本当に何でもやるなら誘拐だって拷問だってやるしかないんだ。それを道徳的に思い悩むならわかる。自分たちもそんな提案をするのに躊躇いがあるからだ。しかし偽装するだけの事を今は言っている」
「やろうぜ、シェリー。俺達ならうまくいく」
 ヘルに肩を抱かれ、オリヴィアや吹雪の顔を見たシェリーは長い沈黙の後に頷いた。
「わかった、キミ達を信じている。うまく偽装してくれ」
 こうして、カジノ襲撃の脱出時に、シェリーを偽装死させることが決まった。
*
 そして偽装後、吹雪はスパイした結果、最も手薄な脱出口を伝えて彼らを最後に導いた。


「……想像以上に早いわね」

 身を隠していたテナントの2階から外を窺うオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は、包囲されつつある現状に頭を悩ませた。

「間髪いれずホテルに身を隠すべきでしたか――」

 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は言うが、根回しや少しでも動きやすい時間の経過を考えれば、一拍置くのは仕方がない事だった。
 それでも疑わしく思われても行動を起こしてきたのは綺羅が最初で、単独で行動を仕掛けてきたのを見るとこれ以上はないだろうとも思えた。

「となると、ここを突破すれば後はホテルだ」
「ミネルバちゃんも皆の盾で頑張るよー」

 強盗 ヘル(ごうとう・へる)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)は既にやる気十分なようで、彼らは一様にボスであるシェリーを見た。

「よし……。最後まで僕に付き合ってくれ――! ゴッドファーザーになるために――!」

 声を上げるわけにはいかない。
 それでも確かに皆、力強く頷いた。