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エデンのゴッドファーザー(後編)

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エデンのゴッドファーザー(後編)

リアクション

●シェリー誕生日前日・午後



 コンコンッ――。
 まだ陽は高く、朱の帳が降りてくるまでは幾許か刻がある頃合い。
 上質なドアがノックされ、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は自身、エデンのグレーゾンに建てられた最高級ホテルの部屋でお決まりになりつつある過ごし場所――窓際のサイドテーブルから立ち上がり、入口へ身体を向けた。
 そうして佇まいを直し、来客を招き入れる一言を発しようとしたその言葉は喉元でピタリ止まり、入れ替わりに一つ溜息をついて相手に言った。

「手順が違いまして――。ドアを開ける前にノックが礼儀では?」
「やぁん、怒らないで、お姉さま」
「すみません、すみません、ラズィーヤ様っ。私は止めたんですよっ」
「Shut Up、マリア……。その口を何で防がれたいのかしら」

 ドアにもたれかかるように立っていたのは雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)アドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)で、アドラマリアはリナリエッタの笑みを浮かべた凄みに口を両手で抑えて小さく首を振った。

「貴女、歌姫として愉悦を求めてここにきたのでしょう? なら、少なからずニューフェイスのシェリーと繋がっていた私の所へ来るのは――」
「あら、お姉さま、私のことをそんなに知っているなんて感激♪ いつの間にそういった覗きの類がご趣味に? 大変、常にカメラを探して目線を合わせてお姉さまを誘わないと――。ああん、そのムッとしたお顔、今すぐ歪めてさしあげたいッ」

 パシャリとカメラをすかさず手に持ち、彼女の顔をシャッター音と共に記録した。
 ラズィーヤとて、全知全能たる何者というわけでもなく、知り得ている情報は穴だらけである。


「そこのフッカー。そろそろ調子に乗るのはお辞め頂きたい」
 カジノの一角で、まるで場違いのダンス・パーティーを開催しかねん勢いだった裸のリナリエッタをベファーナが呼び寄せた。
 彼女を取り囲む大勢のマフィアからは激しい罵声とブーイングが飛んだが、一睨みされると唾を吐き捨て黙り込んだ。
 ここはオールドの領域である。
 そこでオールドに手出しした日にはどうなるか、誰もがわかっていた。
「はぁい、何かしら?」
「……その手で私に触れないで下さいよ。一体何人の男のモノを今しがた握ったので」
「やぁね、ズボンの上から摩っただけじゃない。まあ、何人か湿っぽかった気もするけど。お薬のやりすぎて股間の栓もだいぶゆるいのね、彼ら」
「下品なフッカーを演じるのは自由ですが……あまりやりすぎないように」
 一見すれば弾けた人間をオールドの人間が制し、小言を言っているだけのように見える。
 だが、その実――、
「生前ルチがセーフティ・ハウスとして使っていた場所はどうでしたか?」
「ええ、貴方がマフィアを配置していたから大変、中は静かでよろしゅうございました」
「……鍵と殺害の流れですよ」
「バカには見えない友人を密偵に出して得られたのは……何もなしよ。フェイクすらなかったわ。だからこそ、ルチがロッソに担がされたとしか言えないわね」
「……そうですか。では、間違いなくロッソ様がもう全てを握り、墓まで持っていくとお考えなんでしょうね」
 ロメロの殺害は全てロッソの掌の上の出来事で、ルチはマヌケな暫定王者だった。
「では、あとはお好きな様に夜をお楽しみください」
 ベファーナはそう言い残し、唾を返した。


 その実リナリエッタ達は、オールド幹部の1人であるベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)と繋がって、亡きロッソ以前のオールド・ボスであるルチの家を探っていたのだ。
 無論、ルチで手がかりを得ることが空振りに終わったことは、いくら舌打ちしたところで心穏やかになるものではなかったが、ならば次の一手と、この場に参じた。
 現に1つは達成され、もう1つも間近だ。
 ラズィーヤからは決して見えることのない位置取りまでして万全を尽くした絵画のフラワシが、ワシャワシャと『WANTED――!!』とでも文字が躍りそうなラズィーヤの似顔絵を描いていた。
 そしてペンが止まる――。
 もうここに用はない。

「私、恐怖に震えたお姉さまを抱き、慰めるために来ましたが、どうやら不要のようですね。仕方ないのでまた『歌える』場所探しにここのホテルのオーナーに擦り寄ってきますわぁ」
「……」

 リナリエッタ達は部屋を後にし、フラワシが書いた似顔絵を彼女がアドラマリアに託して走らせたのだった。
 その後アドラマリアはその絵を2つ、ロンドとカーズの構成員に手渡した。
 1つは――全ての鍵を揃えてこそ扉を開けるとの文字と、4本の鍵を手に笑うラズィーヤ。
 1つは――私こそ金庫の在り処を知ると、お尋ね風に括ったラズィーヤ。
 ラズィーヤを舞台の中央に上げようと試み、巻き込もうとしたのだった。

*

「そもそもそんな無造作にポケットに突っ込む代物ではなかろうに」

 ホテルに付き、回転ドアを潜って入口に歩みを進めるキアラに颯馬が言った。
 そう言わざるを得ないのは、歩きながらカチカチカチカチと、キアラがポケットの中に手を突っ込んでクローバーの鍵を弄っているからだ。

「んん――? じゃあ、そうね」

 事実、音がするのはポケットに鍵以外も忍ばせているからであって、キアラは2つのキーホルダーを取り出した。
 白色と黒色の熊のキーホルダーである。

「ねぇねぇ、これとこれ、どっちのキーホルダーがイイかな?」
「いいのかのう、その鍵をそんな風に飾り立てて――」
「キィらんっ! 迷った時は両方付けるですよ!」

 フィーアの提案に、それもそうかと肩を竦めたキアラは別れた2つのキーホルダーを1つにまとめ、クローバーの鍵に付けた。
 そんな中、キアラ達の存在に気付いたホテルの支配人が駆け足でやってくると、マフィアのボスに対する最上級の接客をしてきたのだが、それを手で制した。

「そんなモノはいらない。貴方が今すべきことは、カジノみたいにされたくなかったら、従業員と客に『逃げろ』と言うこと――」

 まさか、という顔を一瞬見せたものの、オールド・ボスがやってきて真顔で言うものだから察したのだろう。否、察するしかなかった。
 支配人はすぐに唾を返し背を向けたのだが、キアラが呼び止めた。

「あ、そうそう。見晴らしのいい部屋1つ、よろしく」