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リアクション
「オールドのボスが――?」
ホテルに従業員として潜り込んでいた玖純 飛都(くすみ・ひさと)はオールドのボス、キアラがホテルにやってきたことをオーナーから聞き、思わず声を上げた。
「ああ――。とにかく、マフィア共はここを戦場にするらしい。お客様の退避誘導をして君達も早く安全な場所へ――」
従業員達が弾け飛ぶように1つ1つ部屋を確認しに向かう中、飛都もまたその波の中を駆けて行った。
キアラは鍵を持ったまま、来たのだろうか――その確認を1人で行うことは非常に難しい問題だが、それでも大体の居場所を掴むことができれば、後々有利に働くだろうと1階1階の廊下をざっと眺めて調べていく。
時折すれ違う従業員とも確認を取りながら、ホテルの中腹――30階に彼女はいると確信できた。
姿を確認できたわけではないが、今までホテルの中にいなかったマフィアがこぞって廊下に溢れる様に待機していた。
「……30階にオールド・ボス……キアラがいる可能性……」
籠手型HCでファンタスティックの仲間に情報を送りながら、飛都は新たに送られてきた情報に目を見開いた。
それはロメロの棺を探索するチームからのものだった。
「ホテルにロメロの棺があるって――!?」
そんな目立つものがホテルの何処にあるっていうんだ、と疲れ切った身体が叫ぶのだが、探さないわけにはいかない。
少なからず、自分がホテルに潜伏してからは見ていないし、大きな荷物が運ばれたということもない。
地下は5階から、上は60階まで、もう何度も往復はできないだろう。
ラズィーヤの正確な位置も確認しなければならないと思った飛都は、ひとまず上へ上がる。
「というわけで僕の作戦通り、カジノでハデス君が時間稼ぎをしている間にニューフェイスの隠れ家を占拠しましょうか」
「襲撃りょーかーい」
「了解しました、十六凪様。ニューフェイスのアジトに突入します」
「新入りのお2人にも期待していますよ」
「任せとけっての――。こちとら見せ場つくんねぇと立場がねえからな」
アキュートとクリビアは頷き、合計5人のチームを持って潜伏先の住民区画――その中の小さなモーテルに押し入った。
「オリュンポスの騎士アルテミス、参ります! いざ尋常に勝――負……っ」
真っ先にドアを蹴破り中に入ったアルテミスだったが、その勢いは急速に萎んでいった。
「これは――」
最中である。
何の――?
ナニの――。
「ひぎゃあああッ!」
叫ぶアルテミスの眼をデメテールが塞ぐ。
「お子様のアルテミスにはまだ早いです」
しかし妙に凝視するデメテールの眼もまた、十六凪に塞がれ、
「貴女にも十分早いでしょう」
「ほら、こっちも見ない」
アキュートの眼もクリビアに塞がれた。
店主と娼婦は急いで服を着替え、ゆっくりと両手を挙げた。
そう十六凪が命じたからである。
「ニューフェイスのアジトはここ――ですね」
「違ェッ! 否、違くない、カジノに行く前まではここも奴らの隠れ家の1つだった――ッ! でももう違うッ! 奴らはエデンで一等高いホテルに移った」
「デメテール」
「はい!」
デメテールは一歩前に歩むとナイフをちらつかせ、
「ふっふっふー。このナイフには、毒使いで痺れ粉が塗ってあるのだー。かすりでもすれば、しばらく動けないよー。そうなったらもう――デメテール達がふしだらなアンタ達をあーして、こーして、ううううっとしちゃうよぉー」
「それじゃ物足りません! 剣の錆にしてやらないと気が済みませんっ!」
その微妙な脅しと、未だカンカンなアルテミスの脅しが、あまりにもエデンの住民にとっては新鮮すぎて逆に恐怖を引き起こした。
「話す、話す、何でも話すッ! でもアンタらが一番欲しそうな情報はこれだッ! 奴らは、否、シェリーはこっそり金庫を手に入れたからホテルに移ったんだッ! あそこなら間違っても手出しはされない。エデンの象徴の1つの金を生み出すホテルだ、誰も襲いやしねええッ!」
鍵は手に入らない最下位からのスタートを承知だったが、一瞬にして勝ちの目が見えた。
誰よりも真っ先にホテルを訪れていた契約者がいて、それはどんな『もぐり』達よりも、契約者にマフィア達よりも早かった。
アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)とパートナーのペト・ペト(ぺと・ぺと)、クリビア・ソウル(くりびあ・そうる)だ。
「金庫を奪いに行けだと――。ヤレヤレ、人遣いが荒い上に無茶を言うボスだ」
「ペトが金庫をぐるぐるしたいです〜」
ペトが指を三本、ボールを握る様に立てると、ぐるぐると回し始めた。
ダイヤルを回して遊びたいだけだろうとのツッコミを入れたい気持ちを堪え、ペトを先頭に2人は光学モザイクで姿を隠しながらホテルの回転ドアを潜る。
「アキュート。そもそも何故ニューフェイスは金庫を持ってるのでしょう?」
「アア? まあ、なんだ――切り札の1つでも持ってねェとマフィアなんざ立ち上がらねェだろォよ」
「そうなんですが……。そう言えばボスが言ってましたね。シェリーは棺を掘り出そうとした不届き者に対して怒っていて、しかも棺はそこには無かったと言われた。もしや、棺自体が金庫とは――」
「俺達は棺を探しに来ましたってか? じゃあ何だ、もっと葬儀屋みてぇに黒々とした正装してくりゃ良かったな。もう遅ェが」
「シェリーさんの誕生日をお祝いに来たのですよ〜」
既にペトが花束を持ってフロントのテーブルの上に上がっていた。
部屋番号を聞いてみるが、フロント・マンはちょっと待ってくださいと言ったきり首を傾げてシェリーなどという宿泊名簿はないと言い出した。
「ええっ、昔、ロメロのおっちゃんが助けてくれたのですよ。おっちゃんはもう死んじゃって哀しいですが、息子さんが誕生日と聞いてお話に来たのですよ〜」
そう言われてもと苦笑いを浮かべるフロント・マンは何かを隠しているのか――、
「むう、残念なのです。せっかくおめでとうのお歌も作って来た――そうだ! 簡単なので皆で覚えると良いのですよ〜」
ペトはどこがハッピー・バースデーの歌なのかわからない軍人の子守唄のような幸せの歌を歌った。
すると彼は熱くなった目頭を押さえながらこう言ったのだ。
ラズィーヤ様宛てにニューフェイスから荷物が届いたくらいで、他に当ホテルにニューフェイス関係の者は部屋を取っておりません、と――。
一体何に感動したんだというツッコミを抑えて、アキュート達はラズィーヤの部屋を聞いて上がって行った。
最上階の一室――そこにラズィーヤはいた。
「ラズィィィィヤァァッ!」
金庫を奪いにきたぜ――とアキュート達が武器を手に飛び込んだ。
が、彼女は一瞥をしただけでティー・カップを傾け、部屋の奥へ目を向けた。
繋がる様に分け隔てられたその部屋の床には花が敷き詰められる様にあり、その中央に棺が鎮座していた。
金庫はまさに――棺であった。
「……い、いいのかよ……持ってっても」
あまりにあっさりした対応にアキュートが訝しむが、彼女は問題はないといった調子で首を振った。
「ええ……。シェリーは私を信じてここに送りつけたんでしょうけど、こんな事聞いてないわ。おじ様を死者になってまで晒し者のように連れ回すなど、許されるはずもない。もう解放するには誰かがゴッドファーザーになって仕舞いにしなければ。だからどうぞ。私はシェリーの手駒になったつもりもないし、番人を言いつけられもしてないもの」
彼女の目を見れば本心かどうかわかる。
少なからずシェリーに対して怒りさえ覚えているのだろう。
ラズィーヤは『どんな手を使っても』というシェリーの言葉を聞いた時に、自分が利用されることも重々想定していて、盾にさえされるのかもしれないと嘲笑した。
しかし、与えられた役目が土の中から掘り起こした『尊敬に値した人物の亡骸を納めた棺』の預け所だというのだ。
堪らない――。
堪らなく悲しく、堪らなく憤る――。
だから決めていた。
シェリーが最初に取りにきたらその頬を叩いて文句を言おうと。
そして、もしシェリー以外の誰かがきたら、譲り渡してしまおうと。
結局の所、晒し者にし、まだまだ連れ回してしまう結果になっておじ様には申し訳ないのだが、もうシェリーという息子に会わせてあげたいとは思えなかった。
「こ、これどうやって運ぶんですか〜」
「クリビアそっちを持て、とにかく部屋から出すぞ」
「正気ですか――道中誰かに会ったらどうするつもりです!?」
「ここに置いたままにしたってしょうがねェ! 金庫を俺達の手に収めておかなきゃ、一瞬にして優位じゃなくなるんだぜ」
道中誰にも会わずに運び出し、なんとか仲間の元に持っていかなければ――。
その一心で2人は、敵に出会ったらもはやどうしようもない手一杯の棺を持ち上げ、部屋を後にした。
*
「なッ――!?」
ラズィーヤの部屋を目指し非常階段を駆け上がっていた飛都が、階段を下りて棺を運ぶアキュート達と出くわした。
「――ッ!?」
棺を運ぶアキュートとクリビアは手が出せない。
咄嗟に銃を構えた飛都の顔にペトが飛び掛かって時間を作ろうとするが、2人は撃たれた。
が、丁度階段の段差に堕ちた棺は滑り、ペトを引っぺがそうとする飛都はその小さな妖精と一緒に棺に潰されるように階段下に叩き潰された。
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