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リアクション
★1章
●シェリー誕生日前日・昼
中立区画でもっとも危うい位置に存在する夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)のバーは、陽が高い昼特有の空気の中もにぎわいを見せていた。
ランチを取る客ののんびりとした気楽さが充満していて、これから起こるであろうドンパチとは正反対だった。
無論『彼ら』ほど機敏で俊敏な者達はいない。
マフィア同士の小競り合いが始まったかと思えば、彼らはいつの間にか露店を畳み、数ブロック先で展開しているのだ。
だからここの雰囲気も1つのバロメーターであって、答えは――、
「これから起こるであろう『よからぬ事』を想像するに、諦めに近いのかの……」
バー・カウンターで従業員同士注文の合間を見て話し込んでおり、草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)の抑揚のない言葉にホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)が返した。
「え、え、諦め――!?」
「皆、血生臭いことが起きるのは察知していますね。でも、リアクションを起こさない」
ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)がホリイに返し、羽純の答えに補足した。
「どこが治めるか心の中では決まってる――?」
諦めと静観を決め込むくらいなのだから、先の結末は想像がついているのだろう。
それとも何か――結局のところマフィアは複数健在になり、いつも通りただの喧嘩で片付いてしまうのか。
「どう……なるんでしょうね? もし、一つの組織が完全に支配できたなら、エデンは普通の街になって、ここも普通のお店になるんでしょうか?」
ホリイが言う通り、実際1つのマフィアが街を治める事になれば、住民区画に住む者達は色々と議論せずにはいられないだろう。
しかしながら、そうしてシミュレートしてその都度心構えをカメレオンのように擬態したところで、あまりにも落ち着きがない。
「中立は中立。中立の立場を貫き通せよ」
甚五郎は平静を失いかけたホリイの頭の上に手を置き、ナッツのサラダをブリジットに手渡し、奥でイライラしてる客へ喧嘩する前に豆でも齧らせてこいと送った。
「甚五郎の言う様に妾達はあくまで中立じゃ――誰の味方でも敵でも無い」
「ま、どうやらこの区画内からも武力で打って出る奴らがいるようだな。神父のとこから孤児が流れてきたぜ。殴りたい奴らの気持ちも、おっかない大人に怖がって逃げる子供の気持ちも、どっちも痛いほど解るが――よろしくない」
さあ働いてくれ、と甚五郎は手を叩いて、羽純は客の要望に応える様にそれぞれのテーブルに占いに、ホリイは厨房へと下がっていった。
入れ替わりで店の奥からやってきたのは孤児の子供達で、口周りがケチャップで汚れていた。
何か摘まみ食いしたなと苦笑いしながら、手近なおしぼりで吹いた。
(結局の所、誰が街を治めようと変わりはしない。武力抗争でのし上がった連中は安穏とした日々を送れず、いつも自分達のことしか考えられない。新たな抗争の泥沼に堕ちないよう、話し合いや会合を行うのは全て自分達だけのためで――)
そのために中立であるのだが、それでも少しくらいは治安と自治を願わない事もない。
手前の尻は手前で拭くのはその通りなのだが、それでも、拭き方も知らない者達に見せしめのように教える世界だけは悲しすぎる。
(まだまだ孤児は増えそうだな。まぁ、ガキの受け入れぐらいはしてやるさ。だけどなぁ、マフィア共よ。そうやって見捨てた連中の将来――それがどうなり、どうするかの強い意志を甘く見ない方がいいぞ)
殺し屋は産み落とされない。
殺し屋は育て上げられてこそ存在する。
エデンの将来を担う子供達が今の甚五郎にとっての悩みだった。
*
「ねえ、ベレッタ、作戦があるの♪」
ホテルを襲撃する前――まだ本部にいるベレッタの元にやってきたラブ・リトル(らぶ・りとる)は提案を願い出た。
「モテモテのベレッタとあたしらがホテルに行けば、みぃんながついてくるじゃん? そうしたら、オールドもカーズもお家を空けるわけだから――」
「敵の補給拠点、帰還ポイントを叩きたいのだな?」
ベレッタの言葉にラブはニヤリと笑ったが、次の瞬間、またかという思いに囚われた。
「ロメロの隠し子――アナスタシアと言ったか。奴もまた、我々と今すぐに事を構えたくなく、色々と画策していてな。少しこちらも利用させてもらったよ」
「ゲ――あのイカれポンチも」
「アーナースーターシーアちゃん……」
住民区画の路地裏にて、酒場を後にした3人は警護を2人つける少女を見つけた。
オクトパスマンは直感的にそれがロメロの隠し子であるアナスタシアであると察し、一瞬で彼女の正面に回り込んで顔を窺った。
「……どちら様?」
「ケケケケ、『オールド』のもんですぜ。この街に来たからにはまずロッソの旦那に挨拶するのが筋ってもんじゃ?」
彼女の護衛であるロミオとマリオが各々の武器に手を掛けるのだが、
「新参者ね。ここで暴れちゃいけないのよ」
ラブが舞う様にアナスタシアの肩口に止まった。
「そうですね。では、近いうちにロッソにもご挨拶に伺います。カジノにも来るんでしょう? そこで……」
「――ッ!」
バンッ――!
ロミオがラブに向けて躊躇わず引き金を引いたのだが、銃口と彼女の顔の間にはコアの貫通することなき手が割って入っていた。
「テメェッ!」
思わず受けた先制攻撃だったが、オクトパスマンがすぐさまスティンガーでアナスタシアを突き刺しにかかったのだが、こちらも寸でのところでマリオのナイフと力の押し比べをすることとなった。
「どういうつもり?」
「……ふふ」
アナスタシアが不気味に笑うと、路地裏の角や扉の向こうから1人、また1人と姿をマフィアが姿を現し始めた。
「……ニューフェイスはこの中立地帯を治めたのね」
「いいえ、違う。『あたし』の組織よ」
「ウオオッ!」
コアはその身体をもってラブとオクトパスマンを覆い隠すようにして2人をまとめると、力の限りビル上へ放り投げた。
「あら、仲間を逃がしてスクラップになりたいの? そう……」
数で完全に押し切られている――。
そう判断したラブとオクトパスマンはベレッタに報告をせねばならないと逃げ出した。
コアの行動を無駄にしたいためにも。
「逝く前に聞きなさい。パーパのような夢物語なんてないのよ。ここはマフィアの街、現実の世界。マフィア・ごっごはうんざりだッ! 沈黙と忠誠と死の償いに溢れた正しきマフィアをあたしが創り出すのよッ!」
アナスタシアが手を下ろすと、一斉射撃がコアを襲った。
「ウ、オオッ――私の白くッ輝くッメタルボディは貫かれぬゥッ!」
銃弾を弾きながら大きな巨体を揺らし、コアはマフィア達を薙ぎ払う様に逃げた。
「ある程度鬼ごっごをして。カジノでの一件が終わるまで組に帰さなければそれでいい」
同胞と契約者の数をもう少し増やさねばと思いながら、アナスタシアはシェリーの元に戻り、カジノへと向かった。
「臆することはないッ! 私の身体すらアナスタシア達は滅ぼせなかったのだから」
コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が自慢の身体を握り拳で叩いてアピールするが、
「ケッ、これだからドMは理解できねェ。あのガキんちょ共とお手手握って歩いた所で虫唾が走るし、何より俺様達の獲物が減っちまう。なあ、ラブ。お前だってそう思うだろう」
忍者超人 オクトパスマン(にんじゃちょうじん・おくとぱすまん)の言葉にラブも頷く。
「あたしらはアナスタシアと被らないマフィアを叩くよ! いっぱい食べちゃおう♪」
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