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リアクション
「待ってました、アレナちゃん!」
「葵ちゃんも早く早く、鍋の方へ〜。俺達にもスープとお汁粉くれよォ」
ホールに戻るなり、アレナと葵は両手を引っ張られて、スープ鍋の方へと連れて行かれる。
「さ、温めて注いでくれよォ。飲んで温まった後は、俺達がアレナちゃんを存分に温めてやるぜェ〜。なんてなーぎゃははっ」
「勿論ストーブでだぜ?」
「動物型の湯たんぽももってきたんだぜ。ぎゅっと抱きしめてみるか? それともぎゅっと抱きしめて欲しいか? その方が温まるぜぇ」
などと、しきりにアレナ達にべたべたくっついているのは、若葉分校生だ。
「そうですね」
アレナは警戒心なく、微笑んでいる。
「おい、てめぇら、眠そうな奴らがいるぞ。起こすぞォ〜。オ〜レはイケメェン。イカス番長ォ♪」
歌いながら、ホールを歩いているのは、若葉分校の番長、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)だ。
アレナに付きまとっている分校生は、彼が連れてきた舎弟達だった。
「あ、番長さん……お歌、上手くなりました?」
竜司の歌は、あらゆる意味で凄いのだが、流れてくる声はいつもよりずっとマシだった。
理由は、彼が使っているマイクにある。
これは、彼の素晴らしすぎる歌声を聞いてしまった優子が、彼に贈ったカラオケマイク(音声補正装置付き)なのだ。マイクから流れてくる音は、比較的まともだった。……マイクに入っていない声は相変わらずだが。
「今年のォ、オレのォ、もくひょぉうはァ。もっとイケメンになってやるぜェ〜♪」
熱狂で分校生を熱くさせ、驚きの歌を眠そうな人に浴びせる。
「うう……うがっ」
彼が歩いた辺りで眠そうにしていた者達が次々と目覚めていく。
「優子とォ、同じィ、B級四天王になってやるぜェ〜♪」
竜司がそう歌うと「頑張れ〜」「よっ、イケメン!」など、野次とも冷やかしとも取れる声が響いてくる。
「頑張ってくださいっ。優子さんと応援します!」
純粋なアレナの声も竜司の耳に届いた。
「任せておけェ〜♪ ぐぼぼぼぼ、がごぶえぇえぇ〜ごえぇ〜♪」
竜司は調子に乗って歌いまくり、人々を目覚めさせていく。
「寝てもいいんだぜ? その代わり、寝たら顔にオレのサインを油性ペンでくっきりと書いてやるぜ、ぐへへ」
竜司の美声?を聞いて、目覚めた男性にはそう挑発して。
「女は冷え性が多いらしいから気を付けろよ」
と、男性からひっぺがした毛布を女性に渡したり。
「あ、でも申し訳ないから……いっしょに、どうですか?」
毛布を受け取った女性が、ひっぺがされた男性を誘ったり!
知らず知らずキューピットまでやってしまうイケメンっぷりだった。
「眠いのか? 眠いんなら寝てもいいんだぜェ、ぐふふふふっ」
「くすぐって、起こしてやるぜぇ」
アレナのスープを堪能した後。若葉分校生は女の子中心に、起こしに回る。
「男性に慣れていない子も多いので、近づきすぎないでくださいね」
「神楽崎先輩に言いつけるわよ〜」
羽目を外しだす若葉分校生に、笑いながら白百合団の団長の風見 瑠奈(かざみ るな)と、副団長のティリア・イリアーノが注意をする。
「近づきすぎってどれくらい? 揺すっての挨拶や、おはようのちゅーくらいはOK?」
監督をしている2人に声をかけてきたのは、ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)だった。
彼も竜司達と一緒に眠そうな子達にちょっかいを出して、起こして回っている。
「あけおめ、瑠奈チャン、ティリアチャン。今年は色々世話してやるつもりだから、よろしく」
2人に近づいてゼスタは笑みを見せた。
「あけまして、おめでとうございます。でも、世話をしてやるって……?」
瑠奈は挨拶をしながら、不思議そうな顔をした。
「俺が百合園の教師になったら、白百合団の顧問を任せたいって話が来てるんだ。今んとこ、あんま乗り気じゃねぇんだけど」
「えっ?」
「まさか……」
瑠奈とティリアが驚きの表情を浮かべる。
「顧問? ゼスタが出来るなら、俺も出来そうだな」
ぽんと、ゼスタの肩に手を置いた人物がいた。
「1人じゃ大変だろう? 俺も顧問になって手伝うよ」
からかい口調でそう言ったのは、樹月 刀真(きづき・とうま)だ。
「残念! 男性教師の採用は試験的に、当面俺一人だそうだ。羨ましいだろっ」
笑い声をあげる、ゼスタ。
「それは残念」
刀真も笑みを見せる。
それから。
刀真は瑠奈とティリアに目を向けた。
「あけましておめでとう、瑠奈、ティリア。今年もよろしく」
「本年もどうぞよろしくお願いいたします」
「よろしくね」
そして瑠奈とティリアと新年の挨拶を交わした。
「椅子の片付けとか手伝うよ」
「刀真さんと作ったケーキです。あとで一緒に食べましょう」
共に訪れていた刀真のパートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が不要な椅子を持ち上げ、もう一人のパートナーの封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が手作りケーキを瑠奈に差し出した。
「ありがとうございます。椅子は部屋の隅に移動、お願いします」
瑠奈達は日の出までイベントに使われている部屋の監視や、スタッフの指揮を行っているようだった。
「ところで、白百合団の顧問って実際何をするんだ?」
刀真が瑠奈に尋ねると、瑠奈は首を傾げて「さあ……」と答えた。
そんな彼女にゼスタが近づく。
「これ、俺のアドレス」
ゼスタは連絡先を書いた紙を瑠奈に渡すと、彼女の耳元で何か囁いてその場を後にした。
瑠奈は戸惑いのような表情を浮かべながら、ゼスタを見ていた。
「……なんだか、大変そうだね」
刀真が言うと、瑠奈は彼に目を向けて、首を左右に振った。
「神楽崎先輩のパートナーの方ですし……信頼できる方ですから。よく話し合って、共に学院と生徒達に有益な団活動を目指していきたいと思います」
言った後、瑠奈は表情を笑顔に変える。
「で、樹月さん達もよかったら日の出まで合宿所で仮眠をとってきてください。私、何のお構いも出来ませんし。部屋は……3人、一緒でいいのかな」
「ん〜、何だろうね、特に眠くはならないよ、これだけ可愛らしい女の子に囲まれているからかな?」
刀真はこういう場所では、眠くはならない。
彼自身意識はしていないが、剣士として慣れない気配がある場所では眠れないのだ。
「そうですか……それでは、大分片付きましたし、少し休憩にしましょう」
瑠奈とティリアは刀真達と会場が見渡せる隅のテーブルに移ると、紙コップに紅茶を入れて、白花が持ってきてくれたケーキを戴くことにした。
「邪魔にならないように、遠くから仕事している姿、見せてもらってたの。いつか生徒会室で仕事している姿も見てみたいな」
椅子に座って紅茶を飲みながら、月夜が言った。
「白百合団には守秘義務があるから、他校の方にはなかなか普段の姿を見せたり、仕事の内容を話したりはできないのよね。月夜ちゃん、樹月さん捨てて、百合園に来ちゃいなさいよ〜」
ティリアが冗談口調で言う。
「そうね、今だって女性にメールしてるみたいだし。可愛いパートナーが一緒だっていうのに」
瑠奈がそう言うと、「えっ?」と声を上げて、刀真はメールを打っていた手を止めた。
「本当ですか? 見せてください」
白花が刀真の携帯電話を覗き込もうとする。
「いや、神楽崎優子さんに新年の挨拶を送ろうかと……」
刀真が白花に携帯電話を見せる。確かに相手は、神楽崎優子で、本文も普通の挨拶文だった。
「やっぱりね……」
「ほうほう」
瑠奈はちょっと不満そうで、ティリアはにやにや笑っていた。
「漆髪さんは、樹月さんと一緒にいることが多いですよね。いつも彼はこんなカンジ? 女性への気配りが凄いというか。大切にしてくれる、助けてくれる、人。自分以外の女性に対しての、愛情みたいな感情を目にしても、自分だけ見てくれなくても、それでも――一緒にいたい?」
瑠奈のその質問に。
「女性だからというわけではなく。その人を助けたいから助ける、護りたいから護る……大層な理由はない、俺は自分がそうすると決めたからそうしているだけだ。
だから、そう思わない人の為に動くつもりはない」
答えたのは刀真だった。
「……」
瑠奈は何も言わずに、視線を落とした。
「私達は一緒に住んでるから、基本一緒に居るね。その中で私は刀真の剣だから、刀真が剣士としている限り私は必ず傍に居る……その時は刀真は私の物」
「確かに私が刀真さんと契約する時も月夜さんは刀真さんの傍に居ましたね、そして契約するか迷っている私の背中を押してくれました」
白花が月夜を見て微笑み、月夜も笑みを返す。
「私は月夜さんほど剣士としての刀真さんと一緒に居る事はありませんけど、刀真さんと一緒にご飯を作るのは私だけですね。……ご飯を作っている時だけは私だけの刀真さんです」
そう言って、白花が刀真を見上げると、刀真は赤くなって、顔を逸らした。
「……っと、そろそろ合宿所の様子みてこなくちゃ。ティリア、ここの片付けお願いね」
瑠奈が時計を見て立ち上がる。
「ケーキごちそう様でした。とても美味しかったです。今日は日の出まで楽しんでいってください」
お辞儀をすると、彼女は合宿所へと向かっていった。
「……最近ちょっと瑠奈の精神状態が不安定なのよね」
瑠奈がいなくなってから、ティリアがぽつりと言う。
「瑠奈は、頼っていいと言ってくれる樹月さんを頼りたいと思ってる。だけれど、百合園の内政について、部外者に語ることは出来ない。寧ろ、私達は一般の百合園の生徒にも、団員にさえ話せないことを沢山抱えている。普段の仕事についても尋ねられても曖昧に答えることしかできない。瑠奈が学園祭の時に、百合園の共学を願ったのは、おおっぴらには言えない百合園内部の問題もあってのことだと思うけど……樹月さん達を信頼していても、やっぱり全てを語ることは出来ないのよ」
話してしまったのなら、瑠奈は白百合団は勿論、内容によっては百合園を追われかねない。
「あなたは私達を沢山助けてくれたし、すぐ側でこれからも支えてくれたら凄く嬉しいのだけれど……それが叶わないのなら、仕事面以外で、支えてくれると嬉しいなって今は思ってる。気晴らしに遊びに連れ出してくれたり、ね」
ティリアは立ち上がって、テーブルの上を片付けだした。
日の出まで、まだ少し時間がある。
彼は、彼女達は――何を願い、どんな抱負を語るのだろうか。