リアクション
「ん…………はっ」 ○ ○ ○ 「美味しくできました……と言いたいところですが、実際はどうなのでしょう」 屋上にて、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)はお汁粉の味見をしながら首をかしげる。 忘年会と新年イベントをパートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)と楽しんだ後、そのままの流れで、ゆかりはお汁粉作りに参加した。 小豆を煮る際には、灰汁をとったり、荷崩れに注意したり、細かな点にも気を配って作ったつもりだ。 「甘さは好みもありますしね……」 誰かに味見してもらおうと、顔を上げて。 普段着の、眠そうな若者達を見て――ゆかりは、不思議な気分になる。 ゆかりは教導団の大尉である。 職業柄『破壊』とは無縁ではなくて。 自分自身の手が、相当血まみれになっている自覚はあった。 (そんな私が、一般の方々に交じって今こうして料理なんかしていても……) それが浄化されるとは思っていない。そんなつもりもない。 今、こうして新年を無事迎えられはしたけれど。 (もしかすると今年の初日の出が人生最後のそれになるかもしれません) そこまで考えて。 ゆかりは苦笑した。 自分は、相当疲れているのだと気づいて。 今は、そんなことを考えるべきではないのに。 でも、生真面目な性分がそれを許さない。それは自分自身十分解っていることだから。 (それはもう折り合いをつけるしかないんでしょうね) ふうとため息をついて。 「味見お願いします」 作業をしている百合園の生徒に、味見を頼んだ。 (作りながらいろいろ考えてしまったから……味に影響していないといいのだけれど) ドキドキ見守っていると。 「美味しいですっ。沢山飲みたくなっちゃう!」 味見をしてくれた少女が笑みを浮かべた。 「良かったです。それじゃ、お餅を入れて皆さんにお配りしますね」 「餅も出来たわよ。つきたてだから、美味しいわよ〜」 餅つきを担当していた、マリエッタがつきたての餅を持って現れた。 豪快につきまくって、ストレスも吹き飛ばしてきたため、晴れやかな顔だった。 「ふふ、最初のお汁粉はマリエッタにあげますね」 「やった! 早く早く〜」 マリエッタはお椀を手に、お汁粉の完成を待つ。 ○ ○ ○ 「お汁粉貰ってきたわ」 「ありがとう」 「……」 「…………」 会話が、続かない。 貰ってきたお汁粉を、受け取ったお汁粉を、ただ事務的に口に運んで飲んで。 手を温める為にカップを包み込んで。 視線はカップの中を。ただ、見ていた。 それは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)も、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も一緒だった。 2人は、深く愛し合っていた恋人同士、だった。 今でも2人の関係が恋人同士であることに、変わりはない、はずだけれど。 心がすれ違ったまま。それでも、一緒に過ごしていた。 今日は仕事ではない。 2人そろって休みを貰う事が出来たため、どちらから誘ったというわけでもなく、合同で行われた忘年会に着飾って訪れていた。 そのまま、年明けイベント、そして日の出まで留まることにしたのだけれど。 会話が、続かない。 ただ、一緒にいるだけ、だった。 一緒にいるのに、一緒にその時間を楽しむはずの人と、心を通わせられずにいる。 理由はもう、判っている。 (歩み寄りたくても歩み寄れない……臆病さ故に……あの時の下手な一言がセレアナの心を激しく傷つけた。一番傷つけたくない人を最悪な形で傷つけた――) その恐怖から、どうしても……あの時からセレンフィリティは動けずにいた。 セレアナのことをこれ以上傷つけたくなくて。 何をどうすればいいのか判らなかったのだ。 (違う、判ってはいる) 謝れば。 あの時は本当にごめんなさいと、心から謝る事が出来れば――多分、それで解ってくれる。 そしてまた、元の関係に戻れる、はずなのに。 臆病な心が、それを許さなかった。 セレンフィリティは戦場では向う見ずで怖いもの知らず、それ以外の場所でも物おじしない性格だ。 それ故に、色恋、女心に対しては、繊細、なのかもしれない。 どうしようもなく惨めで、どうしようもない自己嫌悪に襲われて。 そんな自分がもどかしくて憎くて。 少しも眠くならず、朝――日の出を迎えようとしていた。 愛する人と、並んで。 (忘年会……何が忘年会、よ) セレアナの心も、全く浮くことはなく。 恋人の隣で、ひそかにため息をついていた。 未だ互いの気持ちはすれ違ったままで、新年を迎えても何も変わらない。 (このまま一緒に時間を過ごしても――今年も何も変わらない。互いにとって、良い事ではない、わ) セレンフィリティの言葉に、セレアナは確かに傷ついたのだけれど。 自分の言葉に苦しんでいるのは、セレンフィリティだということを、セレアナは理解していた。 (しばらく、互いに一人きりで自分のことを見つめ直してから、二人の関係を考えた方が……いいわよね) そうセレアナがセレンフィリティに伝えようとした時だった。 「……っ」 恋人の小さな声に目を向けると、彼女――セレンフィリティの目から涙が流れ落ちていた。 驚いたセレアナが言葉を発するより早く。 セレンフィリティの腕が伸びてきて、抱きしめられた。 そしてそのまま、彼女はセレアナに唇を重ねてきた。 セレンフィリティは激しく、セレアナにキスした。 「ん……っ」 唇から溢れてくる感情を受けて、セレアナの目も熱くなる。 離れられない、離れたくない。 そんな強い想いが、唇から、身体全体から伝わってくる。 抵抗なんて、一切できない。 ……離れようとも、言えない。 セレアナに出来る事は――ただ、セレンフィリティを受け入れることだけ。 彼女を、愛しているから。 餅の入ったお汁粉を受け取ったマリエッタは、食べながら日の出を観賞していた。 「あちっ。でもつきたての餅、ホント美味しい〜」 出来たてで熱かった為、のんびり、ゆっくり食べながら。 白んでいく空を見ていた。 まぶしい一筋の光が遠くから現れて。 太陽が地上に顔を出していく。 綺麗だなぁとのんびり、眺めていたマリエッタの目に。 手すりの側にいた、女性の姿が入った。 「セレ、アナ……」 それは、密かに想っている相手。片思いの人。 彼女の隣にいるのは、彼女の最愛の人。 マリエッタの胸が、ズキンと痛んだ。 立ち去ろうと、ホールに戻ろうとしたマリエッタは。 最後に見てしまった。 2人が激しくキスをする姿を。 「……」 気付けば、マリエッタの目から涙が流れ落ちていた。 判っていたことなのに。 それでも、彼女が――セレアナの事が好きで。 膨れ上がる想いに押し出されるように、目から水が落ちていく。 顔を押さえてマリエッタは急いで、その場を後にした。 |
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