リアクション
ヴァイシャリーの一角に、女王と十二星華グッズの店が入っている塔がある。 ○ ○ ○ かつて、ズィギルという男と対峙した場所。 十二星華の店が入っている塔の屋上に、レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、パートナーのメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)と共に、訪れていた。 「寒いです。すっごく寒いです」 ノアは手に息を吹きかけながら、震えていた。 新年早々、こんなに早起きをさせられて、こんなに風の冷たい場所に連れてこられるとは思ってもみなかった。 「やはりな」 サイコメトリを使ってみても何も見ることは出来なかった。 「時間の経過、そして奴が想いを残す程の物がこの場所には残されてはいなかったから当然と言えば当然だ」 レンは手がかりを得ようとしてここに来たわけではない。 ここに残っているものは何もないということは分かっている。 ここを訪れた理由の1つは、冷えきった風に当たって、頭をスッキリさせたかったから――。 レンは屋上を歩きながら、考えていく。 ズィギルが姿を現してから、誰がどのように行動し、結果誰が利を得たのか。 奴の足跡は綺麗に消されている。 レンが知っているのは、彼が死んだという事実だけ。 消されたと思われる死であったという事実だけだ。 「奴の足跡を追うには、ズィギル単体ではなく、その時に起こった事件そのものを洗い直す必要も出てくるだろう」 藪をつついて何が出てくるか。 危険を承知で挑まねばならない。 レンはそう決意していく。 「レンの考えは判りました」 共に歩き、話を聞いたメティスが心配そうな目を見せる。 「しかし、その行為にどれだけの成果が期待できるのか。下手を打ち、ラズィーヤさんの不興を買わないか不安です」 「判っている」 レンは口元に笑みを浮かべた。 「もしかしたら無駄に終わるのかもしれない」 ただ、大切なのは真実に向き合おうとする意思だと、レンはメティスに語った。 「向かおうとする意思さえあれば、今すぐでなくても『答え』に辿り着ける。俺は正しいと思える道を歩んで行きたい」 その言葉を聞き、メティスは大きく息をついた。 「そう言われたら反対は出来ませんね。好きにすると良いです」 ただ、と。 メティスはレンの前に出てサングラスに隠れた瞳を強く見つめる。 「一人で抱え込まないようお願いします。あなたには私だけでなく、ノアを始め冒険屋の仲間がいます。あなたが求めれば力を貸しますし、踏み込み過ぎと思えば引き止めます」 「……」 「それを忘れないでくださいね」 レンは苦笑しながら、軽く頷く。 そして「覚えておく」と呟きのような小さな声で言って、歩き。 手すりを掴んで止まり、白み始めた空に目を向けた。 「今日、この場所に来たもう一つの理由は――ここからスタートを切る心構えのために」 目を、地上へと向けて。レンはヴァイシャリーの街を見回して行く。 「未だ世界の危機はパラミタ大陸を蝕み、人々の生活を脅かしている。俺は正義の味方じゃないし、物語に出てくるようなヒーローにもなれない。手の届く範囲の人間すら救えなかったような男だ。だがそれでも、誰かを救いたいという気持ちは俺の心の中に今も息づいている」 振り向いて、メティスを見る。 そして、階段の近くに留まっているノアと――階段を上ってきたノアの傍にいる女性を見た。 「アレナの身体のこと。そして、百合園女学院を始めとした各学校の若い奴らが誰かの食い物にならないように。大人の俺達が頑張らねばならない」 メティスに視線を戻して。 「そうだろ?」 と言うと。 観念したかのような表情で、メティスは「そうですね」と答えた。 その少し前。 パートナーのユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)とヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)を連れて、塔に訪れた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、塔の前でばったり神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)と出会った。 互いに少し驚いた後で。 「百合園にいらっしゃらなかったので、もしかしたら……とは思っていました」 呼雪は優子に挨拶をして、そう言った。 「キミ達は、どうして?」 「ここで日の出を見ようと思ったんです」 優子の問いに答えた後、呼雪はユニコルノに目を向けた。 視線を受けたユニコルノが口を開く。 「もしかしたら……あの後、優子様が何かお聞きになったのではないかと思いまして」 「あの後?」 「クリスマスのコンサートの後、です」 「……」 ユニコルノの言葉に、優子は少しの間沈黙した。 ゼスタが龍騎士と何かを話していたこと。 彼らが、アレナを見ていたことを、ユニコルノは優子に話した。 優子は呼雪とユニコルノを――そして、ヘルをちらりと見た。 「あの後、ゼスタに呼び出されて。アレナとズィギル・ブラトリズの顛末や、アレナの状況についてのゼスタ視点での考え、そして今後の処置についての提案を聞いた」 話しながら、屋上へと歩き出す。 「正直、私は今、アレナの光条兵器にそうこだわってはいない。むしろ、このままの方が……アレナは十二星華でななく、ただの1人の人間として生きられるんじゃないかと思うことさえ、あって」 だが、ゼスタは違った。 アレナの気持ちを酌んで、彼女がいずれ完全な十二星華に戻れるように、星剣を取出せるように治してあげたい、と言っていた。 その為に、方法を探しているのだと。 「彼がアレナのためにしてきたこと、今、していること。アレナへの想いも聞いて――理由は解らないけれど、奴は本気なんだなと感じた」 優子は疲れているかのような、弱い自嘲的な笑みを見せる。 「……帝国の第七龍騎士団に、記憶を操作する能力のある龍騎士がいる。その龍騎士なら、アレナの記憶を全て、消すことも可能らしい。 記憶を消しても想いは残るそうだ。大切に想っていた人物のことは大切に想い続けるだろう」 「アレナさんの、記憶を消すおつもりですか?」 ユニコルノの問いに、優子は首を左右に振った。 「そのつもりはない。ゼスタもそれは最終手段だと言っていた。アレナの心が壊れてしまいそうになった時――例えば、現在のアレナの精神状態のまま、私が死んだ場合。その手段をとらざるを得ないだろうと」 冷たい風に吹かれながら。 4人は屋上までの長い階段を登り続ける。 「アレナの精神は……幼心のままでいる部分が大きいのかもしれない」 呼雪が優子の隣を歩き、言う。 「意識を保ったままでの長い封印が、余計にそれを強めてしまったのでしょう。 今はまだ、優子さんは彼女の中でアムリアナ女王がいたポジションに収まっているに過ぎないのかも知れません……」 「……」 「それが良いか悪いか単純には判断出来ませんが、俺は2人がもっと別の関係になれるかも知れない、とは思っています」 「……私は、シャンバラの女王ではないし。アレナを愛刀と同じように見ることは出来ない。アレナはパートナーだ」 そう呟いた優子に。 「優子ちゃんにとって『本当のパートナー』ってどんなイメージ?」 尋ねたのは、ヘルだった。 「別の人格を持ち、足らない部分を補える相手。互いにとって有益な存在」 吐息をついて、優子は言葉を続ける。 「私の剣としていつでも傍にいて、尽くしてくれる――それがアレナの望みなら、受け入れることもできるけれど。このまま私に依存して生き続けるのなら、彼女は、私がいなくなったら命を絶つのだろうな」 屋上に到着をして、門を開く。 「自分の理想を押し付けたりせず、アレナを傍においておいて。その時――別れの時が訪れたら最終手段を用いて欲しいと……ゼスタに、頼んでおくべきなのかな」 優子は呼雪にそう尋ねた。 少し、切なげな目で。 |
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