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リアクション
第2章 酔い回るころ賑やかなり 3
イーダフェルトの出店通りには、バーテンダーのいるお洒落なお店があった。
バーテンダーの名前は酒人立 真衣兎(さこだて・まいと)といって、女だてらにカクテルを作るお洒落な娘だった。お店はなかなか盛況で、カウンターには複数のお客が腰をおろし、テーブルにも女性客やポムクルたちが顔を出していた。バーとは言っても、どちらかといえばビアガーテンのノリに近いかしれない。真衣兎にとっては、どちらにせよお客さんが自分のカクテルを楽しんでくれればそれで良いのだったが。
「おーい、真衣兎ー。このビール、本当に大丈夫なのかよー」
従業員として働くパートナーの曾我 剣嗣(そが・けんじ)が言った。
剣嗣は真衣兎がカクテルと合わせるために調達してきたビールを手にしていた。小麦粉で造ったとか、チョコレートで造ったとか、なにかと怪しい品物ばかりだった。
「大丈夫よ、きっと」
真衣兎は言った。
「だってわざわざ生産者の写真と名前まで書いてあるんだから。これで味が悪かったら詐欺じゃない。訴えてやるわよ」
「そういうことが平気で起こるのが、パラミタって気がするんだけどなぁ」
剣嗣はため息まじりに言った。
「ま、いいや。俺には関係ないし。手伝いはちゃんとやるけどよ」
剣嗣はカウンターから店の中へと戻っていこうとした。
「あ、その前に、剣嗣。カクテルの試飲してもらいたいんだけど」
「えぇー……」
剣嗣はあからさまに嫌そうな顔をした。真衣兎の眉がむっと上がった。
「なによ? あんた、私のカクテル嫌いだった?」
「いや、普段の真衣兎の酒は好きなんだけどよぉ。ほら、今日は材料が材料なだけに、なんつーか、不安で……」
「大丈夫よ、きっと。ほら、ぐいっと一発、いきなさいよ」
真衣兎は剣嗣に鮮やかな赤色のカクテルを渡した。
見た目は綺麗だが、なんだか香りに刺激的なスパイスを利かせたようなものを感じる。オレの気のせいだろうか? 剣嗣は思ったが、真衣兎がじっと見ているので、意を決してカクテルを飲んだ。
「うっ……ぐおおぉ……」
哀れ、剣嗣はバタンと倒れてしまった。
その後、剣嗣が救護班に運ばれたことは言うまでもない。タンカに乗せられていく剣嗣を見てから、真衣兎はカクテルに目を落としてつぶやいた。
「材料、間違ったかしら?」
いまさらだった。
ただ、剣嗣はいなくなったが、代わりのアルバイトがやって来てくれた。
「あら、かわいい〜」
「なのだー」
バーテンダーなポムクルさんたちだった。
黒チョッキを着たポムクルさんたちは、真衣兎にカクテルの作り方を教わるとすぐに覚えてしまった。コツをくみ取るが早い。これならすぐにお店を任せられそうだ。剣嗣には可哀想だが、もしかしたら彼よりもはるかに役に立つかもしれなかった。
テーブル席の一つに二人の男女が座っていた。
一人は五月葉終夏で、もう一人は日下部社だった。二人は恋人同士だ。付きあって日は浅いけれど、お互いを本当に好きだと感じている。やっしー、オリバーと呼び合う仲だった。本当は二人とも、このバカンスにはパートナーと一緒に来たのだけれど、偶然にもバッタリ会うことが出来たのだ。運命というものがあったら信じたい気分だった。
「いやー、オリバーにも会えたし、今日はすばらしい日やなぁ」
お酒も飲んで気分を良くした社は言った。
「そーだね」
終夏も同じように微笑みながら言う。だけど、その笑みは少しだけ不自然に見えた。
「ねー、ところでやっしー」
「んんー?」
「……ナンパしてたって、本当?」
ピシッと、終夏の手の中の薄いガラスコップにヒビが入った。
社はダラダラと冷や汗を流した。終夏の笑みは途切れなかった。まるで彫像みたいに、ニコニコしていた。
「ち、違うんや、オリバー! あれはただ未来のやつが勝手に……!」
「へー、勝手に、で、ナンパしたんだ」
ピシピシッと、さらにコップにヒビが入った。今度は破片も飛んだ。
「ちがっ、ご、誤解や! 俺はナンパなんかしてへん! したのは未来とポムクルどもと――」
顔を俯けてプルプルと震えていた終夏が、ガタッと立ちあがった。
「やっしーの、浮気者ぉっ!!」
渾身の右ストレートが飛んで、社はぶっ飛んだ。
終夏は涙をきらりと流して店を出ていった。壁にめり込んでいた社は、そこから落下してはいずりながら、震える手を彼女の背中に伸ばした。
「オ、オリバ〜……誤解やぁ〜……」
その後、社が終夏の誤解を解くのには、小一時間の説得が必要だった。
●
パラソルのあるテーブルに腰をおろす
リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は、ポムクルさんAとポムクルさんBと一緒に休憩していた。
「暇なのだー」
「退屈なのだー」
ポムクルさん二匹はぐだーっとしながらそう言う。
リリは手を振り上げて怒りをぶつけた。
「ええい、口調が被ってうっとうしいのだ!」
リリは特徴的なしゃべり方をしていて、それがポムクルと若干被ってる感は否めなかった。
特に『のだ』の使い方だ。台詞だけを見ると、誰がしゃべっているのかつい分からなくなることもある。リリはややこしいことになったと、しかめ面をした。
「おーい、リリー、ポムクルさんたちー」
そこに手を振って近づいてきたのは
ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)だった。
彼女は左右の手にビール缶を持っていた。テーブルの上に置かれたビール缶には、生産者の顔写真と『私が作りました』の一言が添えられたラベルが貼ってあった。
「なんなのだ? これは」
リリがたずねると、ララは肩をすくめた。
「究極ビールの試供品だとさ」
「究極? アルコール度数100%って既に薬物なのだよ」
リリはすっかり怪しげなものを見る目になっていた。
だけど一方で面白がってもいた。こんなビールを提供するやつはどんなやつだろうもそうだし、飲んでみたらどうなるかという興味もあった。リリの目がきらりと光った。
「飲みたまえ」
「くれるです?」
「タダ酒なのだー」
ポムクルさんAとポムクルさんBはビール缶を受け取って、ごくごくとそれを飲み干した。
「どうだ?」
リリがたずねる。ポムクルさんAとBは、すでに頬が赤くなって上気していた。
「なんだか曖昧なのだー」
「なのだー」
酔いが回っているのか。ポムクルさん二匹は頭をふらつかせ、ケタケタと笑っていた。
「そうかそうか」
リリはうなずくと、突然、ポムクルさん二匹をつまみあげた。
そしてなにを思ったか。急にポムクルさんAとBをぎゅっとおにぎりみたいに手の中でくっつけた。
「ギャー」
「そ、走馬燈が……」
腕の中で不気味とも言える声がした。
だけど次の瞬間には、いつのまにかリリの手の中のポムクルさんは粘土みたいにこねあげられ、一匹の大きなポムクルさんになっていた。当社比3倍ぐらいだ。テーブルの上にどかと乗ったそいつは、リリに手をあげた。
「おっす、オラ、ジャイアントポムクルさんなのだー」
「おー」
リリはひかえめな拍手を送った。
「はぁ……」
頭が痛くなる。ララはため息をついて、額を押さえた。