空京

リアクション

第２章　酔い回るころ賑やかなり　７

　『六本木通信社』というのは六本木　優希（ろっぽんぎ・ゆうき）の務める会社で、いってはなんだがこれでもなかなかの実績を持つ情報局だった。優希は引っ込み思案な性格が難点なのだが、こと取材となるとそうはならない。行動派となって、とにかく足や目で物事を見極めるのだ。麗華・リンクス（れいか・りんくす）と一緒にイーダフェルトに取材に来たのも、そんないつもの仕事の一つだった。
　しかし、事態は優希の思わぬ方向に動いてしまった。出店通りにやってきたときから、やたらとビール店が多いことは気になっていたのだが、ついにその正体が明らかになったのだ。全てはゲルバッキーのせいだった。
　優希がそれを悟ったのは、取材の最中に吉井　真理子（よしい・まりこ）を発見したからだった。
　観光客がどよめいて騒ぎになったのがその発端で、次の瞬間にはテーブルや椅子をひっくり返して、優希の目の前をゲルバッキーが一目散に逃げていった。その後を、真理子が追いかけてきた。
「このクソ犬！　待ちなさいってば！」
　倒れたテーブルを飛び越えた真理子を、優希が追いかけた。リンクスもそれに続いた。
「真理子さん！　何やってるんですか！」
「優希！？　それに麗華！　あんたたちこそ、こんなところでなにやってんのよ！」
　驚く真理子に優希が取材できたことを説明してカメラを見せると、彼女はすぐに納得した。
「なるほどね。まったく、働き熱心なあんたらしいわよ」
「そ、それにしても、まさかこの騒動ってゲルバッキーさんのせいですか？」
「そのまさかよ。ったく、いくらかも専ポータラカ人たちが協力してるったって、こんなに繁殖するなんて！」
　真理子はムカムカが止まらず、当たり散らした。
「まあ、あのクソ親父が原因なのはよくわかったが……それで、どうやって捕まえるつもりだ？」
　麗華がたずねると、真理子は正面を見ました。
「アレよ」
　そこには、優希たちとは別の協力者がいた。
　柴崎　拓美（しばざき・たくみ）とアース・フォヴァード（あーす・ふぉう゛ぁーど）だ。拓美は真理子たちに向けて手を振っていた。
「真理子さーん！　犬はこっちに逃げましたよー！」
「恩に着るわ、拓美！」
　誘導した拓美と合流して、真理子たちは角を曲がった。
「って、どうして拓美さんたちまでいらっしゃるんです？」
　ちゃっかりビデオカメラで拓美たちを撮影しながら、優希はたずねた。
「そりゃもちろん、真理子さんに頼まれたからだよ。僕も、さすがにあんな危険なビールは回収すべきだと思うしね」
「一応、ゲルバッキーが持って逃げたもの以外は、こちらでも回収した」
　アースが、片手で握って背中にかついでいる大袋を見ながら真理子たちに言った。
「それって、まさか全部か？」
　麗華がたずねると、アースは首を振った。
「いや、人の害になるものぐらいさ。中には上等なビールを造るのに成功してる連中もいるからな。悪意のないやつらのものにまで、手を出そうとはしてねえよ」
「なんにしても、あのクソ犬放っておいたら、次々と影響を受けるやつが出てくるわ！　元凶は元から断つべし、よ！」
　真理子が気合いを入れて言い放つ。
（ふっ……僕を捕まえられるものなら、捕まえてみるがいいさ！）
　距離を取るゲルバッキーの不遜な声が、出店通りに響き渡った。

　ゲルバッキーを追っていると、その最中に突如、邪魔立てしてきた者がいた。
「ふははははっ！　真理子！　ゲルバッキーの邪魔はさせねえぜ！」
「げっ、あんた……」
　真理子がうめいたその相手はゲブー・オブイン（げぶー・おぶいん）だった。
　ピンクの光るモヒカンがチャームポイントと信じて疑わない男で、自分に正直といえば聞こえは良いが、とにかくパラ実生のなかでもひときわザコキャラ感の強い男だった。
「いよっ、アニキ！　輝いてるよ！」
　後ろからバーバーモヒカン　シャンバラ大荒野店（ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん）が太鼓とラッパを鳴らす。ドンドン、パフパフ。バーバーはまだまだ子どもで、純粋さや無垢さを持っている。それだけにゲブーを慕っているのが、さらにも増して真理子の頭を痛くさせる出来事だった。
「真理子！　アンタのおっぱいは俺様のものだ！　あきらめないぜ！」
　ゲブーは無駄にキランと光る白い歯を輝かせて言った。
　真理子の頭痛はひどくなる。と、ゲブーはついに真理子の前に立ちはだかると、飛びかかってきた。
「もらったぁー！」
「あまーい！」
　飛びかかってきたゲブーの伸びてきた手をしゃがみこんで避けて、真理子は回し蹴りを腹に叩きこんだ。
　ブッ飛んだゲブーは壁に激突する。がくっと首が落ちたゲブーを見て、真理子は思った。やばい、やり過ぎたかしら。慌てて真理子は駆け寄った。
「ちょ、ちょっとゲブー？　大丈夫？」
　そのときだった。ゲブーの目がキランと光った。
「もらったー！」
　むんず。
　ついに真理子のおっぱいを掴んだゲブーは、ここぞとばかりに揉みしだいた。
「あっ……」
　思わずこぼれた声に、真理子は顔を真っ赤にする。ゲブーは至福の顔だった。
「ああ、ついに……夢が……夢が叶った」
「あっそう、それじゃ――」
　真理子の怒りでわなわなと震える拳が持ち上がった。
「死んでけええぇぇ！」
「ありがとうございまーす！」
　顎にアッパーカットを食らったゲブーは、お空で星になった。
「アニキ……輝いてるぜ」
　バーバーモヒカンはまたゲブーの男の生き様を見た。



「飲みすぎだぜカルロス、それでもう１５回目のおかわりじゃねえか」
「うるせえよ、フレディ。酒は男の嗜みだ。いくら飲んでもかまわねぇんだよ」
　相棒のフレディ・マックス（ふれでぃ・まっくす）に忠告されても、カルロス・レイジ（かるろす・れいじ）はいっこうにビールを飲む手を止めようとはしなかった。じっさい、カルロスはすっかりビールに脳みそを侵されていたし、頬も赤く染まっているのだが。彼は自分がまともだと言って聞かなかった。
「まったく、お前といるとホントに飽きないよ。いろんな意味でな」
　フレディは言って、肩をすくめた。
　近くで騒動の種が爆発したのはそのときだった。
　逃走するゲルバッキーを追って、真理子たちがやってきたのだ。
「なあ、カルロス。ありゃいったい……」
「うひょー、水着の姉ちゃんもいっぱいだぁな。こりゃまた」
　フレディが話しかけるも、カルロスは鼻の下をのばして水着ギャルたちを見るのに気を取られていた。
「おい聞けよ、ひとの話を」
　フレディは言ったが、カルロスはろれつの回ってない声で「んあ？」と振り向くだけだった。
　しかもそのとき、予想もしていなかったことが起こった。なんとゲルバッキーはカルロスたちのほうへ向かってきていたのだ。ゲルバッキーはカルロスたちのテーブルを倒して、ビールをそこら中にまき散らした。思わず立ちあがったカルロスの顔はビールを被ってびしょびしょだ。さらに真理子たちが「さっさとあの野郎の持ってるビールを回収するのよ！」なんて叫ぶものだから、カルロスはついに目の前を通り過ぎようとした真理子の腕を掴んだ。
「おい、姉ちゃん」
「な、なによ、あんた！？」
「ビールを回収するだぁ？　てめぇがそんなこと考えるから、俺のビールもなくなっちまったんだろうが！」
　無茶苦茶な因縁だったが、あいにくと酔っ払ったカルロスはそれを信じ切っていた。
　フレディはいつの間にか巻き込まれないように距離を取っていた。長年の相棒の経験から、この後の展開はわかりきっている。どうせろくでもないことにしかならないのだ。
「こんなに素晴らしい飲み物を飲む楽しみを皆から奪うなんて許せん！」
「いや、そりゃあんたが楽しむのは勝手にしてって感じなんだけど……ていうか離してよ！」
「この外道めぇ！　突撃ぃ！　国賊せんめつううぅ！」
　カルロスはそこらへんに落ちていたビール瓶を掴んで、真理子へと突進してきた。
　とはいえ、足もとはフラフラだし、足取りはおぼつかない。まったく見当違いの方向にいったカルロスは、倒れた椅子の足でつまづいて、周りに集まっていた群衆の群れの中にいた水着ギャルの胸に飛びこんでしまった。顔ごと、大きなおっぱいに。
「きゃあああぁぁぁ！」
　水着ギャルの悲鳴が響き渡る。
　酔っ払ったフリをしながら、チカンを働くなんてふてぇやつだ！　と、水着ギャルの友達のやたらと筋肉モリモリな男どもがカルロスを引っ張り上げた。カルロスはなおも酔っているため、「んだ、やるかぁ！」と、すっかり標的を見失った。
「なんかよくわかんないけど……助かったみたいね」
「え、ええ、急ぎましょう」
　真理子と優希はそう言い合って、さっさとその場から離脱した。
　カルロスと水着ギャルの取り巻き男どもは、ボコボコと子どもの喧嘩みたいな殴り合いを始めていた。相手の唇を引っぱったり、ケツにカンチョーしたりと、なんだか攻撃方法がひどいが。
「やれやれ……、あ、おっさん、ビールおかわり」
　ビアガーデンのカウンターに引っ込んで遠目に見守っていたフレディは、新しいビールを楽しみにした。