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リアクション
闇との契約
「あアやット……」
聖堂の祭壇前で、ダークヴァルキリーは嬉しそうに宙に呼びかけた。
他の者には何も見えないが、彼女の目は何かを捉えて輝いている。
そして、ゆっくりとダークヴァルキリーの両手は虚空へと差し伸べられた。
聖堂の上から、強大な力を感じる闇が湧き出してくる……。
色濃き闇、深淵の暗き闇。
それは伸ばした両腕にくるくるとリボン状に巻き付きながら下りてきて、やがてはダークヴァルキリーの全身を包み込む。
光無き闇の中、くすくすと……ダークヴァルキリーは笑う。
嬉しくて嬉しくてたまらないように。
そして誓う。
「いイヨ。一緒にヤロう」
――契約を受け入れることを。
ダークヴァルキリーの呼びかけに応え、それはナラカからやってきた。
世界を滅ぼす闇――闇龍が。
浮遊大陸パラミタの大地から、闇龍が這い出していく。
それは「龍」とは思えない、異常な砂嵐かと人々は誤解した。
地面から湧き出した砂塵が、世界を多い尽くしていく。だが嵐の中には、何も残されていなかった。
物質も、精霊も、意思も、何も無い虚無。
光すら通さぬ虚無を、人々は闇と呼んだ。
しかし、そこは闇の精霊など存在できない虚無。だが、あまりにも巨大な破壊力におののく人々に、それを理解する余裕は無かった。
「だめよ、闇龍! シャンバラを、世界を壊さないで!!」
ダークヴァルキリーの姉ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)が思わず叫ぶ。その傍らには偽アズールがぼんやりと立っていた。
ナラカ城の一室。砕音に協力を申し出た生徒達が集まっている。
エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が一同に言う。
「先生の説明によれば、ここから世界を滅ぼす闇へ、対抗する想いを送れば……ナラカ城内外にある類似する想いを共鳴させて集め、闇を抑える力とできるそうです」
緋桜 ケイ(ひおう・けい)は決意を固め、言葉にする。
「先生の想いに応えてみせるぜ。
俺達は誰も世界の滅びなんて望んじゃないない!」
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)も強く願った。
「がくせーさんも寺院さんもごぶりんさんも、みんな、力をかしてくださいですー!」
朱 黎明(しゅ・れいめい)は肩をすくめ、密かに想う。
(パラミタに来た当初は守りたいものなど何もなかったのに、今は守るべき人達が出来てしまった。……世界を滅ぼされるわけにはいかない)
ナラカ城はその想いに応え、城の内外にいる者たちの想いを集めていく。
その事態を「視て」いたのは、軌道上の人工衛星だけだった。
浮遊大陸パラミタから、黒い龍が這い出してくる。
その距離で見て初めて、闇龍は「龍」と見えた。
闇龍は咆哮をあげ、パラミタを締め付けるように巻きついていく。
その体は地球にまではみ出した。龍の尾が触れた海底はもろくも崩れ、地下のマグマが噴き出した。
溶岩爆発は一帯の海底噴火を引き起こし、その衝撃で起きた津波が世界中の海岸へと押し寄せていく。
闇龍の復活
契約によりダークヴァルキリーと闇龍双方の力が増したため、数千の鏖殺寺院勢力全体が力を得る。
これまで、鏖殺寺院に加わるシャンバラ人とその契約者、及びゴブリンやオーク、トロールなどの種族はシャンバラ王国から敵と見られていたため、シャンバラ女王の加護は受けていなかった。
本来なら、女王の加護に代わり「闇龍の加護」があるはずだったが、闇龍と救世主ダークヴァルキリーが封印されていたため、加護はあっても無いに等しい状態だったのだ。
それが今回、闇龍がダークヴァルキリーと契約して力を得て、パラミタの地上に現れたため、無いも同然だった「闇龍の加護」が、実際に効力を及ぼすようになったのである。
「闇龍様の加護を得たぞ! この力で、シャンバラの民を滅ぼしてくれるわ!」
鏖殺寺院の指揮官が叫び、兵士やゴブリン達が武器を振り上げる。
一方で、学校側の士気は、闇龍の復活のショックで下がっていた。
「このままだとまずいな」
砕音が、城の転送装置を作動させる。
城内にいる、鏖殺寺院メンバーや協力者を除く、全学生が、島の外周部に強制テレポートされた。
しかしジークリンデと偽アズールは、砕音の側に残された。
撤退戦
外周部に城内の生徒がテレポートしてきた──その報に金 鋭峰(じん・るいふぉん)は眉をひそめたが、
「不思議なことだが……手間が省けたというものだ」
関羽・雲長(かんう・うんちょう)の言葉に頷くと、全軍に指示を出す。
「これより教導団第一師団は撤退戦に移行する! 白百合団にも伝えよ」
すぐさま連絡を受けた桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)も指示する。
「教導団及び白百合団は、城外に残っている生徒を保護しつつ、撤退いたしますわ。皆さん、お気をつけて」
飛行艇から城門まで作られた道。それがモーセの御技が効力を失ったかのように、両側から敵の軍勢が押し寄せることで消えつつあった。
教導団員が弾幕を張り、鈴子や白百合団は魔法で援護しながら、後退する。
攻めるときに邪魔だった沼地や茨は今もまた撤退速度を削ぐものとなったが、同時に遮蔽物にもなる。ボトルネック状の地形の両側に展開してなるべく多くの生徒を逃がしつつ、後退していく。
しかし歩けない者もいる。重傷を負い救護所に運び込まれた生徒達だ。
白百合団は彼らを護衛、肩を貸しながらゆるゆると戦線を後退していたが、下手をすると取り残され、敵兵の波に飲み込まれそうだった。
「気をしっかり持ってください。私たちがついていますから」
自身の小型飛空挺に脚を撃ち抜かれた生徒を乗せて、肩にシーツを掛けながら、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が生徒を励ます。
「……殿、務める気なのね?」
「ええ。一人でも多くの命を救うための盾となることが私の使命です!」
テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)は彼女が白百合団の班長としての責任感からそう言っているのが分かったが、それがどこか自身への不安からきたものが混じってはいないかと心配になるときがある。
「……うん、分かった。私も付き合うよ」
白百合団を含めた怪我人にプロテクトをかけたロザリンドは、防御姿勢のまま後ろ向きに歩く。テレサが傷ついた彼女に回復魔法をとばす。
「こっちだよ! 早く早く!」
茨の中で、鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が逃げ遅れた生徒に向かって、懐中電灯を振って呼びかける。
彼女は白百合団の城への進軍ルートを作ると同時に、退路も作っておいたのだ。
寺院も把握していない茨の通路を縫って、彼らは無事輸送用飛行挺まで帰還することができた。
ヨルは白百合団をもって敵陽動及び教導団や他校生を含む負傷者の撤退に貢献したことで、作戦終了後、教導団によってナラカ城戦の英雄と認識されることになる。今後は教導団内では少尉と同等の扱いがなされるだろう。
ナラカ城撤退戦。
後日、おおよそ成功裏に終わった中に、味方による死者が出たことが判明。教導団員の中に衝撃をもたらした。
パラ実生を警戒、また他校生や共同で作戦に挑む白百合団をも排除したいという生徒はいたが、実際に今回の不穏分子となったのは同胞だったからである。
教導団歩兵科坂下 小川麻呂(さかのしたの・おがわまろ)及び、パートナーの坂上 田村麻呂(さかのうえの・たむらまろ)。
上記二名は撤退の際、混乱に乗じゴブリンなどを自身の配下に引き入れられないかと呼びかけ、更には教導団団長・金鋭峰の首をも狙っていた。
これらは失敗したが、混乱のさなか兵を敵味方問わず切り捨てている。
ある者は彼は未だ基礎過程も終えぬ落ちこぼれだからといい、ある者は教導団の統率に問題があると言った。
だが真相は不明である。ともかく、彼らはパラ実送りとなった。
ドラゴンの見解
青空を切るように、一匹の巨大な黒竜が飛んでいく。平均的なドラゴンよりは体が大きいが、パラミタに生息する、ごく普通のドラゴンだ。
その背中には人が乗っている。黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。
実は、激しい気流で落下する危険がある為、彼らがいた隠れ里の人々に綱でしっかり背に縛りつけてもらっている。
彼らの前方では、異様な黒い雲が天空を蝕むように広がっていく。
ドラゴンが唸る。
「どうやら世界を滅ぼす闇……闇龍は目覚めたようだな」
「闇龍? 確かに遠目に見ると、あの雲はドラゴンの鱗のようにも見えるね。龍、と呼ぶからには、君たちの眷属なのかい?」
「まったく違う。あれは山や海のような存在だ。我らとは生の在り方が異なる。
我らの役目はパラミタの護り。かの存在は、パラミタを喰らう存在であろう」
ドラゴンの言葉に、天音は気になっていた事を訪ねる。
「なぜドラゴンは、地球の人間や技術を拒むんだい?」
「我らだけではない。パラミタのすべてが異世界を拒むのだ」
「ドラゴニュートも……成長すると地球を拒むようになるのかな?」
天音の声が、わずかに揺らいだ。しかし答えは意外なものだった。
「契約者はドラゴニュートであろうとシャンバラ人であろうと、我らとは異なるよ」
天音は、相手が自分の意図を汲んで答えた事に、居心地が悪そうだ。それで質疑の方向を元に戻す。
「では、契約者以外のパラミタの存在は、なぜ地球を拒むんだい?」
「あの教師が教えなかったのか? ……いや、呪いで話せぬ事か。
パラミタはパラミタであり、地球は地球であるのが自然の摂理。異常、異質を拒むのは生命の基本ぞ。……やはり易しく説くのは、奴の分野か」
ドラゴンは嘆息した。
これより前、砕音は隠れ里を出たきり戻らず、天音は里に残って調べ者をしつつ、ごろごろしていた。
「僕の事、忘れていたでしょ?」と砕音にメールを送ったが、返信はない。だが人づてに隠れ里の住人に、天音を好きな所に送るように伝言があった。
それを聞いた天音は、
「どこでも好きな所、と急に言われてもね。取り敢えず、ブルーズがいる所に行きたいな」
何の気なしに言ったら、この有様だ。
天音を乗せたドラゴンは、嵐の空のような復活した闇龍の薄い体をすり抜けて飛び、撤退してくる飛空艇船団に近づいた。
そのうちの一隻の甲板に、天音には見覚えのある黒い鱗を持った者が転がり出てくる。そちらに向けて乗り出した天音に気づき、ドラゴンはその船に近づいた。
「ずいぶんと派手なご帰還だな」
ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は風雨が吹きすさぶ甲板に立ち、精一杯いかめしい顔を作ろうとしながら言った。安堵で笑み崩れそうで、あまり成功していない。
天音はそんな彼を見下ろす。
「そんな事を言って、僕がこんな立派なドラゴンと一緒で妬いているのかい?」
「また、おまえは……。ヒダカといい、おまえといい、パートナーの心知らずばかりだな」
天音の軽口に、ブルーズはため息をつく。こんな奴だという事は分かっている。パートナーシック状態のくせに、素直じゃない。
天音は自分をドラゴンに結んだ綱をこづく。
「降りるのを手伝ってくれないか? この綱、まったくゆるむ気配がないんだ。強く締めすぎだよね」
その頃には、同じ船に乗る薔薇の学舎生徒達も、ドラゴンが襲ってこないのを見て、恐る恐る近寄ってきている。
ブルーズは彼らと協力して、天音をドラゴンの背から降ろしにかかった。