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ンカポカ計画 第3話

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ンカポカ計画 第3話

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序章 

「んぱー! さ、砂糖だ!」
 ペロペロペロ。
 葉月 ショウ(はづき・しょう)がペロペロしたのは、自称小麦粉だった。
「んぱーんぱー」
 津波にもまれたおかげで、浜辺にいる嘆きの天使たちは程度の差こそあれみんな脳みそがトコロテンだった。
 沈没の恐怖。怪我。体力の激しい消耗。喉の渇き。飢え。そして……突発性奇行症。この状況で正常な判断能力を保っている者はほとんどいなかった……。
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は「んぱんぱ」言いながら砂浜をごろんごろんと転がっていた。
「おなかへったんぱー。どこかにバナナでもなってないんぱー?」
 ごろんごろん。
 晃月 蒼(あきつき・あお)は「んぱんぱ」言いながら立ち上がった。
「んぱー。ドレスぅ〜」
 せっかくのかわいいドレスも、島では動きづらいだけ。思い切って裾をビリビリっと裂いた。
「よかったら、この布どうぞ。ふんどしにどうかなぁ〜?」
「助かるぜ。どこで服を脱いだかわからなかったんだ」
 ミスター全裸(巨根)のラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は布を受け取ると、慣れた手つきでふんどしにした。
「どうだい。似合ってるか?」
「お似合いお似合い〜。パチパチパチ」
 と、ラルクはトツゼン。ふんどしを脱いで畳み……
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 全裸で走っていった。
 蒼はふんどしを見つめて、再びトコロテンになった。
「んぱー」
「んぱ!」
 カレンは思わず手をのばした。
「うお!?」
 ラルクは何かに何かを引っ張られたような格好になって、バランスを崩し……
 どっかーん!
 人にぶつかった。
「んっぱあああ! 顔拓ぱあああ!」
 ぶつかられたのは、桐生 ひな(きりゅう・ひな)だ。
 ひなは慌てて散らばった顔拓を拾いあつめた。
 顔を上げると、そこには顔拓を1枚手にした聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)がいた。
「拾ってくださったんですか。ありがとうございますー」
「いえ、ひな様。これは違います。私がとった“拓”です」
 ひなは、“拓”ワールドに現れた新星に驚いた。今では瞬速で顔拓を採れるまでに成長したひなだったが、聖のスピードは1枚目からしてそれに匹敵するものだった。
「素晴らしい速さ。お見逸れしましたー。よかったら一緒に――」
「待って下さい。これは顔拓ではありません。よく見て下さい」
「えっとお……はあっ! こ、これは!!」
 聖はビシッと紙を広げて見せた。
「ちん拓です!」
 聖はラルクのちん拓をとっていたのだ。
 紙からはみ出る程の見事なちん拓だが、聖はそれを見てクスッと意味深に笑った。
 そして、次のターゲットは……譲葉 大和(ゆずりは・やまと)だ。
 大和も全裸なのだ。
「え? 俺? 俺はでも今すぐあの――」
 バシッ!
 聖は容赦なくちん拓をとった。
「な、なんて……小さな!!」
 聖は笑うに笑えなかった。
 それは5歳の男の子くらいのサイズだったのだ。
 が、それもそのはず。
 大和は服を着てなくてもセクハラにならないレベルまでちぎのたくらみで年齢をおとしたのだった。
「でも……この小ささはショックです。見ないでください!!」
 気持ちも体に感化されたのか、涙を拭きながら走ってどこかに消えてしまった。
 そのとき、トツゼンやらしい声が聞こえてきた。
「あっ。えっ。なんで……だめっ。なにかが……ボクを……しょ、触手?」
 脳みそトコロテンにも程がある。
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は何もない状態で悶えていた。
「とりあえずいただいておきますねー」
 バシッ。
 ひなが顔拓をゲットする間も、レキはやらしく悶えていた。
「あん。あっ。ん……ん? なにっ? 虫?」
 おっぱいのあたりから何かを取り上げた。
(わああ。やべえ。バレたか?)
 小さな声でごにょごにょ言ってるのは、身長20センチになったトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)、トラミニくんだ。
「ちょっとキミ! どこ触ってんのっ!」
「ななななに言ってんだよ、触ってねえよー。滑っちゃっただけだぜ。落っこちそうだから何度も山の頂きを目指したんだけど、山が大きくてさー。すべるのなんのって――」
 じーーー。
 レキはトラミニくんを冷たい目で見つめていた。
「男子の考えることくらいわかるんだから」
「なーんのことかなー」
 トラミニくんはひゅーひゅひゅーと口笛を吹く真似をした。
 が、甘かった。
「まったくもう!」
 ポイッと投げられてしまった。
 ぴゅーーーーー。
 トラミニくんは飛んでいきながら、今度はもっと慎重に、でもやっぱりおっぱいの大きな女の子を狙おう! と考えていた。
 タフな男よ……。
 そのとき、トツゼン。
 聖の奇行が発症した。
 彼の奇行は、どこにあったのか胸にカラータイマーが現れ、3分間これを言い続けるというものだ。
「ぴこーんぴこーんぴこーん……」
 タイマーが鳴ったと同時に、浜辺はますます混乱した。脳みそがトコロテンだからだろうか、タイマーの鳴ってる3分間が強制的奇行発症タイムになってしまったのだ。
 みんなは既に体力の限界に近いが、奇行中は全力で動いてしまう。そのため、3分経過後は瀕死の状態だ。これが続いたら、体力は1日と保たないであろう。
「こ、こりゃひでえ……」
 デゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)は初めて見る奇行パニックに絶句した。
 見た目はフレームワンピースを着たヤンキー姉ちゃんといった感じだが、なんだかんだと正義感のある“男”だ。
 今ここにいるのも、たまたま近くを航行中に救難信号を受けて助けに来たからだった。
 だが、その乗っていた船“ピンク・フラミンゴ号”は津波に巻き込まれて大破したため、船員の置かれた状況は同じだ。やはり、嘆きの天使である。
 ちなみにピンク・フラミンゴ号には他にも何人か乗り合わせていたが、見当たらない。まだ砂浜のどこかでトコロテンのままなのだろう。
「……こいつらには近づかない方がいいな」
 デゼルはそう呟いたが、離れるのが遅かった。
「遊ぼうよ。遊ぼうよ。遊ぼうよ……」
 レキがデゼルの腕を執拗に引っ張った。
 さらに、葉っぱ水着のヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がデゼルの頭に、
「あなただいすき。まるかじりっ!」
「うおおおお」
 そして、エル・ウィンド(える・うぃんど)がカンチョーして仕留めた。
「キンピカッ!!!」
 デゼルは、キンピカカンチョーに沈んだ。
 と思ったら、本郷 翔(ほんごう・かける)がやってきた。
「どけこら! どけこら!」
 デゼルは体当たりされて、地面に転がった。
 まだ奇行のことをあまり把握していなかったニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)も、戸惑っていた。
「こ、こんなところにいられるかよっ!!!」
 走ってジャングルの奥に向かった。途中で奇行症を発症し、「おっぱいぼよーん」と言いながら去っていった。 
 他に、最初からブルー・エンジェル号に乗っていたが、1人で何やら研究をしていて初めて奇行症を見るという変わった者もいた。
 四条 輪廻(しじょう・りんね)だ。
「ほほう。これは面白いっ! こんな面白いことが船でもあったなんて、もったいないことをしたもんだ」
 バシッ!
「いただきましたー」
 ひなが通り過ぎていった。
「なるほど、あれも奇行かー」
 輪廻は納得しているが、顔拓は奇行症ではない。
「そうだ。ということは、あれか。俺も奇行症になって――」
 そのときトツゼン。輪廻の瞳孔が開いて……
「見える! 見えるぞ!」
 輪廻はメガネをくいくい上下に動かし、その目にはみんなの服が透明になった裸の姿が見えていた。
「いや〜ん」
 姫宮 和希(ひめみや・かずき)がくねくねしていた。
「見える! 見える見える!」
 輪廻にはプルプルガーのスク水も透明になって、股間のドリルがしっかり見えていた。
 が、目が醒めると何も覚えてなかった。
「ん? 俺は奇行症はなしか。つまらんな……」
 デゼルはなんとか立ち上がると、プルプルガーの言っていた洞窟イキ・ド・マリーを目指して1人で行動することにした。
「山を越えれば、まともな人がいるかもしれねえからな……メンドクセェけど」
「シクシク……シクシク……ヤッパリ、ミナサン、シンデシマウ……」
 イキ・ド・マリーの方角を示した後で、プルプルガーは泣いてしまった。
 鷹村真一郎の顔で、女の子用のスク水を着て泣いていた。
 はっきり言って……気持ち悪い。
 そこに、凄まじい勢いで突撃する者がいた。
「温泉は! 温泉はどこですか! 洞窟はいいですから、温泉は!!! どこですかっ!!!」
 溺れかけたときに人名よりも高級石鹸を選んだ「かおす部」の部長エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が、プルプルガーの体を激しく揺さぶった。
「私には温泉が必要なんです。石鹸なら、ちゃんとみなさんに貸しますから!」
 いい人なのか悪い人なのか、かおす部の思考回路はまさに“かおす”だ。
「オンセン……ンパー……ドコカ……ンパー……」
 おかげで、プルプルガーの脳みそもかおすになってしまった。
「チーン! ンパンパピー。オモイダシマシタ。アチラノホウガクデス!!」
 プルプルガーが指を差すや否や、エメは大きな鞄を持って走り出していた。
「おーい。エメ! 待てよ!」
 呼び止めたのは、崖から下りてきた瀬島 壮太(せじま・そうた)。同じくかおす部だ。
 服はびしょびしょながらも着てはいたので、奇行さえなければそれほど変態っぽさはない。今も全裸の人が走り回る中、数少ないまともな人間と言ってもいいだろう。悪評は絶たないが。
「エメ。腹へったよな――」
「温泉です!」
「でもよお、この後どうなるかわからな――」
「温泉です!」
「ああ。エメの気持ちはよくわか――」
「温泉です!」
「……オーケー」
 息ピッタリの2人は、まったく揉めることなく温泉を目指すことに決まった。
「待ってくれぇ!」
 2人を呼び止めたのは、黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)だ。
 いったん壮太に背を向けてパンツの中からごそごそと出したのは、壮太に借りていた光精の指輪だ。
「壮太! こいつのおかげで助かったぜ!」
「おう。ちょうどよかった。夜になったら使うからな」
「あ! ごめん。まだ返せないやぁ。洗ってないんだ」
「洗う? 指輪をか? 指輪っていちいち洗うもんか……?」
 そのとき、壮太の視界にエメが入った。エメは目で訴えていた。
『いいから、とっとと温泉行くぞゴラア!!!』
 壮太はにゃん丸から指輪を奪うように取った。
「指輪をいちいち洗うなんて、聞いたことねえぞ。とにかく、オレは急いでるから。じゃあな!」
「じゃあ、壮太! ありがとよーー!」
 壮太はキラリと光った指輪に、チュッとキスをした。
「指輪ちゃん、おかえりだぜー」
 にゃん丸が何に使ったのか、それは知らない方がよさそうだ。
 ジャングルで最初に彼らを待っていたのは、姫宮和希だった。
「よお。おまえら、温泉の方角は聞いてきたか?」
「ああ、聞いてきたぜ。姫宮も行くか?」
 和希は機関長や機関員と交流していただけに、死んでしまったことが他の者以上にショックだった。だからこそ、諸悪の根元であるンカポカを倒そうと真剣だった。
「温泉に行ったらよお、いるかもしれないんだろ? ンカポカの野郎がよっ!」
 気持ちがあつく高ぶっている和希に、壮太は共感していた。
 が、エメは1人で歩き出していた。
 壮太と和希も、慌ててついていった。


 ガクガクゴワンゴワン。ブルブルブルブル。
 プルプルガーはまだ揺れていた。
 それは城定 英希(じょうじょう・えいき)が激しく磨いていたからだ。
 きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅ。
「プルプルガー! ナオランナはどこだー! 思い出してくれー!!! きゅきゅきゅきゅー!」
「プルプルンパンパ……プルンパプルンパ……」
 プルプルガーは小刻みな振動に弱く、リボンが解けて、煙が出ていた。
「英希さん。乱暴に扱ったらかわいそうですよー」
 11歳の女の子ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)にたしなめられるが、英希はやめなかった。
「奇行なんだから仕方ない! きゅきゅきゅきゅきゅ。思い出せよー! きゅきゅきゅきゅきゅ!」
 しかし、英希の目は正常で瞳孔が開いていない。
 つまり、奇行のフリをしているのだ。
 奇行症研究の第一人者であるソアの目は誤魔化せなかった。
「えーん。嘘はだめですよー。奇行じゃないですよー」
 ナオランナのある場所を知りたいのは英希だけではない。
 ヴァーナーもプルプルガーのところにやってきた。
「ぷるぷる〜ぷるぷる〜」
 愛を込めてハグすると、プルプルガーは思い出した。
「アチラ……アチラノホウガクデス」
「ぷるぷる〜。ありがと〜〜〜お!」
 真一郎似の気持ち悪いロボ顔に躊躇うことなく、ちゅ〜〜〜。
 すると、プルプルガーの頭の蓋がパカッと開いた。
 中からミニプルプルガーが10体現れ、太鼓に笛、シンバルにラッパとぴーひゃらぴーひゃら鳴らして紙吹雪をパーッとばらまいてまた閉まった。
「わあああ。ぷるぷるすご〜い。かわいい〜。ぷるぷるの頭はステキなおもちゃ箱ですね〜♪」
「なんだいなんだい。女の子には弱いのかよー」
 英希がぼやいたそのとき、トツゼン瞳孔が開いて――
 ソアの体を磨き出した。きゅきゅきゅきゅきゅ……
「きゃあああ! 服が! 服が破れますー!」
 津波にもまれてボロボロになっていた服がますます破れていく。というより、もうこれは服ではない。
 浜辺にいた幼女好きの全男子が注目し、セクハラウィザードの英希には賞賛の声が届いた。
 が、英希の暴走はそこで止まった。
 ドッカアアアアン!!!
 英希の頭にどでかい破邪の鉄槌が振り下ろされ、英希は首まで砂に埋まった。
 砂埃がおさまると、そこには行列の出来る鉄槌屋とも言われる緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が立っていた。ピンク・フラミンゴ号に乗っていた1人である。
「英希さん。これで正常に戻りましたか?」
「んぱーんぱー」
 英希は脳みそがトコロテンになっていた。
「これは残念です。しかし、まともに話のできる人はいないのでしょうか」
 そこに、正常な状態の七枷 陣(ななかせ・じん)がやってきた。
「遙遠さん。ほんま驚いたでしょう」
「ああ、あつい部の陣さん。よかったまともな人がいて。しかもあつい人で」
 陣は遙遠に奇行症について説明し、小型化したナオラーナボールを見せた。
「今はみんなで協力しなくちゃいけないときだからね。これを使おうと思うんだ。危ない奇行の人にナオラーナを使って、マシな奇行に上書きするんだ」
「なるほど……」
「さっきはうっかり転んで“みみ毛の宅急便”を増やしちゃったけど、今度は慎重にやるでえ」
 ナオラーナの効能は知ってるので、みんなも乗り気だ。
 ただ、やはり極限状態のため脳みそがトコロテンになりつつあるのだろう。
「俺の奇行を治してくれ!」
「あたしの方が危ないわ! ほら。こんな淫らな格好で。あはーん!」
「おおお。その丸い形をしたメシをくれ。メシをくれー」
「丸いおっぱいをくれー。おっぱいをくれー」
「貧乳が好きです。でも巨乳はもっと好きです」
 早くも混乱している。
 陣のそばでは、ソアが幾ばくかの布切れがかかってるだけとなって、うずくまっていた。
「しくしく……陣さん。これを使ってください……」
 うずくまったまま、そっと抱えていたノートを出した。
 奇行症をリストアップした“ソアノート”だ。
「お。サンキュー。これがあれば優先順位をしっかり検討できるな……ふむふむ。やっぱり、マシな奇行はこの人やな」
 そして、ビシッと指差した。
「協力してもらえますね。ラーフィンさん!」
 確かに、木槌を叩いて「ギルティー!」と叫ぶだけだから、害はない。しかも、悪い行いを減らすことにも繋がりそうだ。
 ラーフィン・エリッド(らーふぃん・えりっど)は、師匠のトメさんのために、奇行症が治るというナオランギョを獲りに行くところだった。
「いいけど……奇行を治すのは誰なの? 危ない人って――」
「ある意味危ないのはラルクさんだけど。でもやっぱり命に関わるから、この人やな。……リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)!」
 リカインの奇行は確かに危ない。
 どこからともなく大鎌を出してきて、振り回すのだ。実際に、リカインの奇行が伝染したブルー・エンジェル号の機関員は大鎌で殺し合い、全滅している。
「リカインさーん!」
 陣は、砂浜の隅っこでぼーっとしてるリカインを呼んだ。
 リカインの裁判長化に納得した面々も呼びかけるが、リカインは全く反応を示さず、ぶつぶつ言っていた。 
「ここは……どこ?」
 そして、続けて決定的なあの一言を呟いた。

「わたしは……だれ?」

 リカインは記憶喪失だった。
 奇行の応急処置に燃える陣は、彼女の呟きに気づかず詰め寄った。
「あなたは、ほっといたら人を殺すかもしれないんだよ」
「わたしが……ひとを……ころす?」
「いいかい。このボールを目の前で割るんだ」
 とナオラーナボールを無理矢理リカインの手に持たせようとする。
「……イヤアアアアアア!!!!!」
 リカインは、砂浜を這って逃げた。
「あなた……こ、こわい!」
 離れて見ていた遙遠が鉄槌を担いでやってくる。
「どこを触ったんですか? しかし、まさかあつい部の陣さんがセクハラをするとは……」
「ち、ちがっ――」
 ドッカアアアアン!!!
 陣はナオラーナとともに砂に埋まった。
「んぱーんぱー」
 記憶を失って呆然とするリカインに、朝霧 垂(あさぎり・しづり)がそっと話しかけた。
「おまえ……本当に、覚えてないのか?」
「だ、だれ!?」
 驚くのも不思議ではない。記憶があっても驚くだろう。
 垂は津波にもまれて服が破れたのか、上下黒の下着だけを着けていた。
「教導団の朝霧垂だよ」
「あさぎり……しづり……」
「そうだ。おまえの名前は、リカイン・フェルマータなんだぜ」
「リカイン……フェルマータ……あああああ! わからない! 何もわからない!」
 垂はリカインの手をやさしく握って微笑んだ。
「いいんだ。無理に思い出さなくても。そのままでいいんだぜ」
 リカインは、落ち着きを取り戻した。
 さすが垂はメイドの中のメイドだ。リカインの肩をやさしく撫でてやって、安心感を与えてやった。
 それをじっと見ていた情に厚い男、椿 薫(つばき・かおる)は感動していた。
「気持ちが伝わったでござるな……」
 垂は、リカインにやさしく話しかける。
「腹が減ったんじゃないか?」
「はい……しづり……さん」
 そのとき、垂はトツゼン瞳孔が開いた。
 垂の奇行症は、お手製の気持ち悪い弁当をどこからともなく出して食べさせるものだ。
 弁当箱がどこからともなく出てきた一瞬、腹の減ったみんなの視線が集まった。
 が、この状況が奇行にも反映されるのか、弁当に入っていた料理は砂団子や腐ったワカメだった。
「はい、あーん!」
 薫は咄嗟に思った。
 ――リカインが砂団子を食べてしまったら、せっかくできた絆がまた壊れるでござる! それだけはさせるわけにはいかぬ!
 ズザザーーーッ!
 薫は垂とリカインの間にスライディングして割り込むと、砂団子をパクッと食べた。
 目が覚めた垂は、手に持った腐ったワカメを見て、驚愕。
「リカイン! 俺、おまえに変なもん食べさせなかったか?」
「いえ……なにがあったのか……さっぱり……」
 薫はスライディングしたまま通り過ぎ、既にその場にはいない。
 垂は呟いた。
「弁当泥棒が通ったのだろうか……?」
 一部始終を見ていたラーフィンは、首を横に振った。
(弁当泥棒? ……無罪。無罪だよ!)
 砂団子をくわえて夕陽を見つめる薫は、プルプルガーの言葉を思い出していた。
『ミンナ、アシタマデニ、シンジャウ』
 薫は頭を夕陽でピカピカさせながら、呟いた。
「生き残るでござる。みんなで生き残って、明日また太陽を見るでござる」
 果たして、見ることができるだろうか……。