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ンカポカ計画 第3話

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ンカポカ計画 第3話

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第8章 

 人間が生きるために必要なものは、魚や木の実ではない。ましてや温泉でもない。
 では、何か――
「芋けんぴなど、いかがですかな?」
 セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)は、芋けんぴをその場にいた人たちに配った。
「ありがとう」
 受け取ったのは、葉っぱをまとったアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)だ。
 ドレスは洗ってそこらの木の枝に干していた。
 ポリポリポリ。
「おいしい……」
「そうでしょう。おいしいでしょう。世界一の食べ物ですからね。しかも栄養価も非常に高い。世界一の食べ物ですからね……光るちんちん王もどうですかな?」
 小川で魚を釣ろうとしていたにゃん丸にも、芋けんぴを渡した。
「ありがとう。ほんと、うまいよねぇ」
「世界一の食べ物ですからね」
「あそこでワニとにらめっこしてる人にもあげたらどうかな。かなり疲れてそうだからねぇ」
 セオボルトは、ルイ・フリードに芋けんぴを渡した。
「ありがとうございます。申し訳ありませんが、1本こいつにやってもいいでしょうか」
「ワニにですか?」
「そうです。飢えているようなので」
「では、どうぞ」
 ルイはパラワニに芋けんぴをひとつ投げてやった。
 パラワニはパクッと食べた……が、口の中で縦になってしまった。
 ンゴオオオオオ。
 ほんの少しだが口がしまらないことがストレスのようで、パニックに陥った。そして、もがき苦しみながらどこかに消えていった。
「セオボルトちゃん……芋けんぴは世界一の食べ物ですね!」
「そうですな。わかってもらえてうれしいです」
 2人は固い握手を交わした。
「ルイ☆スマァイル!」
 にかっ!
「芋けんぴ☆スマァイル!」
 にかっ!
 と、遊んでばかりもいられない。
 人間が生きるために必要なものは、芋けんぴと笑顔と……水なのだ。
「スマイル。芋けんぴも底をつきましたし、飲み水を作りたいと思ってます。何かペットボトルとかそういったものは持ってませんかな?」
「残念ですが、ありません。しかし、そうですよね。水があるとないとでは、今後のサバイバルが大きく変わってきます」
 2人は、アリアのところにも訊きに来たが……
「ごめん。何もないの……」
 たまたまここで出逢ったこの4人だったが、魚も釣れず、芋けんぴもなくなり、途方に暮れてしまった。
 教導団のセオボルトは、入れ物さえあれば飲み水を作る技術を持っているのだが……。
 そして、ルイは言ってはいけないことをつい口にしてしまった。
「もしかして、芋けんぴを食べたから余計に喉が渇いてるなんてことは……!」
 ダメだ。こんなことをセオボルトの前で言ってはいけない。
 セオボルトは凄まじい形相で立ち上がった。
「ほお。芋けんぴを悪巧みに使ったンカポカと同じ発想ですな」
「え? ンカポカは別に――」
「芋けんぴが悪いと言うのですな!」
 セオボルトは、ンカポカを芋けんぴの前で土下座させようと心に決めていた。実際はンカポカは芋けんぴを使ってはいなかったが、セオボルトは勝手に勘違いし、しかもそれはもう彼の中では揺るぎない真実となっていた。
「セオボルトちゃん……?」
 謝らなくては! と思ったルイは、即座に最大級のルイ☆謝罪☆スマイルを放った。
「ルイ☆スマアアアイル!」
「バカにしてるのですな」
 かえってこじれてしまった。
 こうなったら男子たるもの、拳で決着をつけるしかない。
「やめて。喧嘩はやめて……」
 アリアが涙ながらに訴えたそのとき、トツゼン。
「我を愛せよ。我を愛せよ。我を愛せよ。我を愛せよ……」
 どこにあったのかワインボトルを手に、ドボドボドボ……
「アリア様ぁぁあああああ!!!!」
 2人はアリア教徒になり、愛を知った。喧嘩をやめた。
 人間が生きるために必要なもの、それは芋けんぴでも笑顔でもなく、神なのかもしれない。
 離れて見ていたにゃん丸は、アリア様モードの射程範囲から出ていた。
「おっ。やってるねぇ。アリア様。って、ボトルボトル!!!」
 アリアの奇行がおさまりかけたときに猛ダッシュして……見事! ボトルをキープした。
「はっ、私、変なこと言ってなかった?」
「アリア様ぁ……」
 2人の信者を見て、苦笑するしかなかった。
「またやったかあ……恥ずかしいから、あの、顔をあげて。ねっ」
 というわけで、セオボルトによる飲み水作りが始まった。
 ボトルの底を切り落として、小石、炎術で作った木炭、砂利、服を破った布切れを順番に入れて、逆さに吊す。
 が、ここで気がついた。
 水を溜めるものが……ない!
 水を飲めるという喜びから一転して飲めなくなったため、その落胆ぶりは激しかった。
 そのとき……
「あれー。ここはどこー? ああ! みんないるのー?」
 迷子の栂羽 りを(つがはね・りお)がやってきた。
「トラミニくん、知らない?」
 トラミニくんには悪いが、そんなことよりみんなが気になるのは、その手に持っているペットボトルだった。
「りをちゃああああん!!!!」
「え? これ? どうぞどうぞ。私も飲みたいっ。やったー♪」
 こうして、ペットボトルにいっぱいの飲み水ができた。
 一口ずつ回し飲みして、荒んだ心は潤っていった。
 そして、焚き火を囲んだ彼らは、交替で危険生物を見張りながら寝て朝を待つことになった。このグループは、珍しくまともにサバイバルらしいことをしている。
 疲労がたまったみんなは、あっという間にグースカピー。
 最初の見張りになったアリアとりをは、焚き火を囲んでガールズトークをした。アリア様も1人の人間、誰がカッコいいとか、誰がステキとか、そんなたわいもない話をしていると過酷な状況を忘れることができた。
 ただ、りをはここに来るまでのことを話し始めたら、泣き出してしまった。
 ロウンチ川でナオランギョのパイを食べていた武尊に「一口ちょうだい」と頼んだら、ひどいことを言われたのだという。それが、言葉というより心にズシンと来て悲しかったのだという。
 その言葉は、こんなことだった。
『パイが欲しいのか? だったらまず、君のパイを食わせてくれよっ!!』
 極限状態のパラ実生ということを考えれば、むしろ良心的ともとれる言葉だが……
「ひどいっ! そんなのひどいよ」
 アリアは悔しくて、キッと唇を噛んだ。
 その間、男たちはぐーすか眠って夢を見ていた。
 セオボルトは、芋けんぴ仲間すなわちケンピメイツで世界がつながり、ンカポカと仲良くポリポリしていた。
 ルイは、ルイ☆スマイルが世界で大流行して、ンカポカと仲良くルイ☆スマイルをしていた。
 にゃん丸は眠れず、ガールズトークを聞いていた。
(パイが食べたければ、君のパイを。なかなかうまいこと言うもんだなぁー)
 そのときだった。
「!」
 3人の耳に聞こえてきた。
『水を……水をよこせ、この野郎……!』
 水を求める声がそう遠くないところから聞こえてくる。
 にゃん丸は飛び起きてペットボトルを握りしめると声の方へ走った。
 アリアは半乾きのドレスを着て、りをもにゃん丸についていった。


 ロウンチ川の川原では、みんなが傷だらけで倒れていた。
 声の主は武尊だったのだろうか。
『水をよこせ……水を!』
 だが、実際は口を開いていない。
「どういうことだぁ?」
『こまけえこたあいいんだよ……水をよこせよ、バカヤロ〜!』
 アリアは驚いた。
「心の声が聞こえる。わ。私、もしかして本当に神様になっちゃった?」
 ブルー・エンジェル号のブラックルームでアリア教徒になったクロセルも死にかけながらアリアを見た。
『神様? ふっ。世界一のヒーローである俺様が、本気で信仰してたと思ってんのか? 笑っちまうぜー』
 りをはぶるぶる震えていた。
「この感覚だよお。もしかして……これって!」
「わかったことがあります」
 翔がゆっくりと起き上がってズバリと言った。

「ナオランギョを一口食べると、脳みそがだだ漏れします」

 つまり、さっきから聞こえているのは、本当の心。クロセルは“お茶間のヒーロー”と言っているが、自分で気がついているのかわからないが本心は“世界一のヒーロー”だと思っているということだ。
 荒巻さけが起きると、補足した。
「しかも困ったことに、くろい部分ばかりが漏れてしまうのですわ。おかげで、この有様……この大事なときに、つまらないことで喧嘩になってしまったのですわ」
「まったくだ。自分自身を処刑したいくらいだぜ」
 静麻が目を醒まして起き上がった。が、脳みそがくろくだだ漏れしていた。
『さけが、さけにそっくりなナオランギョを食べた。……共食いだな。人が人を食ったのと同じだ。処刑だな』
「静麻さん。そんなこと言って、ひどいですわ」
『そういえば奇行のとき、おかあさーんって抱きついてきてましたわね。……このマザコン野郎がっ!』
 リュースの目の前には、エルが倒れていた。
「エル神様。大丈夫ですか。しっかりしてください」
『食べていいですか。食べて……いいですね。いいんですね……では、いただきます』
 リュースはエルに噛みついて、エルが目を醒ました。
「うぎゃああああ。やめてー。リュース神様〜」
『この食欲バカ何しやがるんだーっ! 殺す気かああああ!!』
『バカとはなんだ、バカとは!!』
 這って逃げるエルに、食らいつくリュース。
 本当に食い付いて、エルは脳みそがトコロテンになった。
「た、大変……!」
 アリアとりをは、浜辺に急いで向かった。
 もうひとつ刀真が釣ったというナオランギョを、みんなが食べないように教えるためだ。
 ただ、方向音痴のりをが頑張ったおかげで……この後2人は迷子になってしまった。
 そしてこのくろい面々には、にゃん丸が叫んだ。
「みんなやめろぉ! 落ち着いてくれぇ。飲み水があるから、少しずつ飲んで落ち着いてくれぇ」
 すると、ラーフィンがよろよろとやってきた。
「にゃん丸さん。助かるよ。ほんと、いい人だね」
『あー、この人。光るちんちん王とかってあだ名の人。チャックを上げたり下げたり……ボクはそんなひどい奇行じゃなくてほーんと良かった』
 ロウンチ川の水をがぶがぶ飲んでぼっとん地獄だった輪廻もやってきた。
「おお、あなたが噂のにゃん丸さん。水を欲しいと最初に言ったのは、この俺だ。まず俺にくれ。ひどい目に遭ったんだ」
『出た! にゃん丸! 奇行を研究したいこの俺だが、こいつの奇行だけは下品だから見たくもない。頼むから、その手がチャックに触れる前に水をくれ。ん? 手は洗ってるんだろうな』
 ラーフィンが輪廻に振り向いて笑い出す。
「くろい思考がだだ漏れだよ。手を洗ってるかって、そんなこと失礼だよ」
『洗ってるわけないと思うけど、それは今気にしてられないよ。しょうがないよなー』
 極限状態だからだろう、ラーフィンもいい人そうに見えて、結構くろかった。
 くろい発言を聞きまくって呆然と立ちすくむにゃん丸から、輪廻はペットボトルを取ると、笑顔で礼を言う。
「ありがとう。いただくよ!」
『そういえば、もっとひどいのはこいつがモデルになったというあの奇行だ。俺の光条兵器! とかいうやつだ。俺の奇行はどんなものか知らないが、あれじゃなくてよかった。あんな奇行になったら一生の恥。死んだ方がマシだろう』
 バシッ!
 にゃん丸は水を飲む直前に、奪い返した。
「俺や壮太をバカにしやがって……飲みたきゃ、今ここでやってみろ。壮太の奇行をきちんとやった奴にしか飲ませねえ!」
 トコロテン中のエルをのぞいて、みんな水ほしさに叫んだ。
「俺の光条兵器! 俺の光条兵器!」
 さけも叫んだ。
「わたくしの光条兵器! わたくしの光条兵器!」
 もう意味がわからない。
 なお、このときだだ漏れしたくろい思考は読む者を不愉快にする内容なので書くことはできない。
 ただ、周のくろさは一味違った。
『壮太の奇行か。あんな奇行……羨ましすぎるぜ! 崖の上でやってるときなんて、かっこよかったよな。俺もあれがよかった、ほんと許せねえよチクショー!!』
 にゃん丸は傷つきながら思った。
 ――鈴木周だけは一生の友だちだ!