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グリフォンパピーを救え!

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グリフォンパピーを救え!

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第1章 堕ちてきたグリフォンパピー
 シャンバラ教導団の北方約2キロ。永遠の青空のもとに設けられた広大な駐屯地が、そこにある。教導団本営への絶対防衛線の一角をなす重要拠点である。それだけに施設の充実は、兵力だけではない。
 パラミタ大陸に移住したすべての人間がそれを不当に拒むものに対し、団結して防衛するという理念を持たなければ、これを排除することはできない。
 教導団は、そう考え、幅広い生徒を対象とした教育、訓練にちからをいれている。
 今日も各校からの生徒を集めた公開軍事講座がひらかれていた。とはいえ、座学は、やはりおもしろくない。
 授業に厭き、窓の外を見ていた数人の生徒がおおきな黒い影を目撃した。一瞬のことである。
 その一瞬の後、駐屯地全体を揺るがすほどの地響きが発生し、砂煙を巻き上げた。
 おもしろくない授業の最中におもしろそうなことが起きたのだ。生徒たちが営外に飛び出す。
 ほとんどの生徒が間近で見るのははじめてのはずである。
 コリー犬によく似た、やせ衰えた犬型グリフォンパピー(グリフォンの子供)。そのパピーが苦しそうにもがいているのだ。いっせいに飛び退く生徒たち。が、
「近くで見ると、意外にかわいいのう…」
ルビーナ・グレイル(るびーな・ぐれいる)は、思わず口を衝いて出た自分の言葉になかば驚いている。戦うことがなにより好きな自分の心に、そんなセリフをかたらせるもうひとりの自分がいたのだ。
「ほんとうに」
 ルビーナのパートナーであるサファイナ・スティレット(さふぁいな・すてぃれっと)も眼を細める。
 ちいさな頃観た映画の主役の大型犬。ふさふさの長い毛に全身をおおわれ、太いマズルをした高貴な顔。それを5メートルに巨大化させ、一対の翼を生やしたら、こういう姿になるだろう。
 そこに横たわっているモンスターは、まさに翼の生えた超大型犬としかいいようがなかった。
 が、衰弱し、パピーといえども、グリフォンである。その生態には、不明な点が多いが、空中戦が得意で、成獣のドラゴンを空中で捕獲して貪り食うことだけは広く知られている。
 うかつに近づけば、教導団の防衛システムすら難なく突き破るといわれる強大な雷撃を受ける恐れもある。
「教導団自慢の自動迎撃システムはどうしました。たとえば、有給休暇中とか」
と、波羅蜜多実業校生らしからぬ冷ややかな嫌味を切縞 怜史(きりしま・れいし)があびせる。
「よく言った怜史! 有給休暇とは、すべての労働者に与えられたとーぜんの権利なのだ」
 怜史のパートナー、ラヴィン・エイジス(らうぃん・えいじす)のゆる族とは思えぬすばらしく正しく、そして確実にズレている主張が全員に軽いめまいを起こさせる。
レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)が眼鏡を光らせながら、
「対空監視チャンネルを熱感知モードにしていたらしい。つまり、このパピーの生体反応は、基地の監視システムがキャッチできないほど微弱、ということだ」
と説明し、全員が頷く。
 そのパピーに恐れることもなく触れる手があった。
「このパピー、まだ乳飲み子です。満足に飛べる時期じゃないはずなんです。でも、なにかが起きて、必死で飛ばざるを得なかった。ミルクも飲めずに、ずっと…こんなにからだが冷え切ってしまうまで」
 医学に詳しい藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)の目には、かすかに星が揺れている。
 そんなからだで、ここまで懸命に飛んできて、力尽きたのか。一瞬、静まり返る生徒たち。だが、議論が始まる。
「今の講義で聴いたとおりです。戦場においてもっとも危険なこと、それは、傷ついた敵を放置し、あるいは助けることです。今、動けなければ、今、とどめを刺す。回復し、より大きな脅威になる前にね」
ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)の熱のない口調がひびく。
「敵だと? グリフォンが敵ならば、この大陸の魔法力をもった野生生物は、すべて敵ということになる。見ろ、このパピーの姿を。こんなに弱ったパピーを討って、ミヒャエル殿は満足を得られるのか」
 女性ながら男勝りの藍澤 黎(あいざわ・れい)の声にかすかな殺気がこもる。
「わからねえ女だな。潜在的な脅威ってのはな、潜在的なうちに断つべきだって言っているんだ!」
レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)が、黎に掴みかからんばかりに迫る。
 あわててふたりの間に割って入った日奈森 優菜(ひなもり・ゆうな)が叫ぶように言う。
「野生動物は、高速で回転する機械音が嫌いなんです。だから、人間を攻撃しているように感じるだけで、ほんとうはちがう。敵意なんかないんです!」
「そのきれいごと、お前自身がこいつのエサにされても言えるのかよ!」
 レオンハルトが制止を振り切り、パピーに向けて剣をふりかざす。
 が、苦しい息を吐きながらも、自分を恐れるようすがないパピーに、レオンハルトの顔が驚きに変わる。
 その瞬間、鳴り響くサイレンの音。機械的な音声が鼓膜を破らんばかりの音量でとどろく。それにパピーの苦悶の啼き声がかさなる。
「飛翔体群、多数接近中。機体識別完了。全機シャンバラ人の飛行艇と判明。高速で本駐屯地に接近中。アラート(警戒態勢)2に移行します」
「ほら、言ったそばから、パピーちゃんが嫌いな“高速回転する機械音”がいっぱい飛んできたぜ」
ロブ・ファインズ(ろぶ・ふぁいんず)が揶揄するように笑う。
 飛行艇は、ふつう、救難などの用途で使用される。
「飛行艇か。転覆した船の乗員でも救いにいくんだろうが、慌てたあげく、教導団駐屯地の上空を通過するのに飛行許可を取るのを忘れるとはな。だから、シャンバラ人は田舎者だって言われるんだ」
ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)が、新しいタバコに火をつけながら、鼻で笑う。
 笑い声がふえる中、高性能双眼鏡を持つ生徒は、すでに空中の飛行艇を確認。たしかに、4発のプロペラを持つ飛行艇である。編隊を組んでいないことに笑声とともに疑問の声もあがる。
 駐屯地にもどったあーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)は、落ちそうになる段ボールロボをずりあげながら、全周波数をつかって警告を発する。
「飛行中の機体群に告ぐ。貴機らは、当該空域の飛行許可を得ていない。速やかにルートを変更されたし」
「ヘンだわ、全機とも応答がない。聞こえているはずなのに」
 レシーヴァーを頭部からはずしたあーる華野のパートナー、アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)の顔には、すでに緊張があらわれている。
 隣を見ると、ミヒャエルの指示を受けた彼のパートナー、アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)が、不思議な笑顔で映像を見つめている。
「たしかにヘンよね。でも、無敵の要塞に接近する多数の飛行物体…これは、なかなか、いい絵(映像)よ」
 生徒たちが、珍しい複数の飛行艇の飛行を見物している間にも、飛行艇は接近し、全員が肉眼で見える距離に近づく。
「あの飛行艇、武装してます!」
イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)がそう叫んだ瞬間、両翼に格納されていた銃口があらわれ、いっせいに火を噴く。
 遅れて、機械音声がアラート1への移行をサイレンと大音量で告げるが、もうそれどころではない。
「敵? もしかして、実戦なの?! 天下のシャンバラ教導団がどーして、気付かなかったのよッ!」
朝野 未沙(あさの・みさ)が日ごろのやさしさをかなぐり捨てるように叫び、彼女のパートナー、朝野 未羅(あさの・みら)が、
「そうだよね、お姉ちゃんが気付かなかったぐらいだもんね」
とにっこりと笑う。悪気がないだけに、未沙の焦りと屈辱はもって行き場がない。
 生徒たちは、自分たちの油断をはげしく悔やみながら、銃弾を回避する。