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温室管理人さんの謝礼

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温室管理人さんの謝礼

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1.温室前から。

「……心配させてすまなかったな」

 温室前でたくさんの生徒達に囲まれた管理人、オーバタ・マナーブ(62)が、頭を掻きながら言った。

「本当に心配しました〜」

「一体どうして食べられたりしたの?」

 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)とパートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)の言葉に、もう一人のパートナー、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がはっとして言った。

「絶対におかしいですわ、管理人さんを食べるなんて。もしかしてタネ子さんに何かあったんじゃ…!」

 不安そうな顔のフィリッパに、管理人は苦笑した。

「あの日は病み上がりで体調が芳しくなくてな……なんだか頭がふらふらするし、でも、ケルベロスに食事をやらなきゃで、タネ子の所に──」

「食事?」

「タネ子さんの所にって?」

 セシリアとフィリッパが、きょとんとする。

「あぁ、そう言えば皆でケルベロスにご飯を食べさせてくれたんだよな、ありがとう。だが……完全に腹が膨れたようには見えなかったろう?」

「はい……皆でいくらご飯を与えても、中々満足してくれなくてぇ。持ってきた物は全て食べさせたんですが、まだまだお腹には入ったんじゃないかって今思えば……」

 メイベルが困惑した表情を見せた。

「……あいつはな、タネ子を食ってるんだよ」

「え??」

「タネ子くらいの量が無きゃ、あいつの腹はいっぱいにならないんだよ」

「つまり……タネ子さんはケルベロス君の食料として使われているってことですか?」

「まぁ言い方は悪いがそうなるか。もともと自然と頭は落ちるものだから、タネ子にとっては全く問題は無いんだがな。食わせれば処分に困ることもないし、ケルベロスも腹いっぱいになるし」

「そ、そうなんですかぁ……」

 驚愕の事実を知った。

「病み上がりで、ようやくケルベロスに食事を与えられると思ったんだが、ちょっと油断した隙にタネ子の中へと入ってしまった。体調も完全じゃなかったから抵抗する力も無く、すぐ意識を失ってしまった……」

 管理人は静かに目を閉じる。

「後で医者に言われたが、ある意味この行為は正解だったようだ。体力の消耗を抑えることが出来て──…」

「……そうなんだぁ」

 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が感嘆の声を上げた。

「皆に見つけてもらうまでは、ずっと寝てたようなもんだな」

「本当に、無事で良かった」

「ありがとう」

 管理人の言葉に、歩は満面の笑みを浮かべた。

「タネ子を三つも食えば、ケルベロスの腹は一週間も持つからなぁ」

「あれ、でもそれをあたし達が食べちゃったら……」

 管理人は大きく笑った。

「タネ子をなめちゃいかん。君達が腹いっぱいになるまで食ったって、有り余るくらいだ。気にせず食べてくれ」

 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が歩にこっそりと囁きかける。

「タネ子さんを食べる……の? でも、この機会を逃すと無理っぽいし…美味しいのかな……ホントに?」

「うん…色々びっくりだけど、農家の人達のことを考えたらタネ子さんを我が子のように可愛がる管理人さんの気持ちも分かるし、そんなタネ子さんだから、きっとすごく美味しいと思う」

「そっかぁ」

「何か食べれんの〜?」

 ミルディアのパートナー、イシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)が八重歯を覗かせたあどけない表情で尋ねてきた。

「タネ子さんを食べるんだよ。滅多にないチャンス!」

「……タネ子さん?」

「そう。きっと美味しいよ」

「わーい! いしゅたん食べる〜♪」

 喜びを溢れさせるイシュタンに、ミルディアは笑った。

「さてと……では私はこれから買出しに行って来るかな。じゃあ、頭の準備は任せるぞ」

「あ、あ! ちょっと!」

 歩き出そうとした管理人の服の裾を、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が掴んだ。

「ん? なんだ?」

「えっと、ワタシは、料理人として3個ある内の1個を貰って料理したいんですが……。みんなで美味しく食べてみたいんだねぇ」

「ダメだよ!」

 突然、パートナーの真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)が叫んだ。

「料理するだなんて…どこの誰だか分からないけど可哀想じゃな………あれ?」

 話が食い違っている? 料理=ヤキ入れじゃなくて……

「……真名美、何か誤解してない? タネ子。食虫花。──植物を、調理するんだ」

「あ、あはは」

 真名美は笑って誤魔化しながら、そっと胸を撫で下ろした。

(大人になると純粋じゃなくなるなぁ……)

「人にまで手を出すほど活きが良いなんて、これは美味しいに違いないねぇ。ハマグリに似てるってことは、貝柱のような器官があると思うのですが……」

「あたしもお手伝いする! 大切に育ててきたタネ子さんなら、管理人さんの復帰祝いにぴったりだと思うし。──お料理手伝うもんね! タネ子さんをどうやって調理するのか分かんないからちょっとドキドキするけど」

 弥十郎と真名美の真剣な眼差しに、管理人は困った表情を見せた。
 その様子に気付いたミルディアが問いかける。

「管理人さん? どうしたの……?」

「あぁ〜…せっかくの申し出なんだが……実はアイツに調理は必要無いんだ」

「え?」

「生でも本当は行けるんだが、念のためケルベロス以外が口にする際は、焼いている。調理法はただそれだけだ」

「……ええぇ!?」

「まぁ、調味料は味の決め手の参考で、あって良いかもしれんが……あまり必要無いかな」

「一体どんな味がするの? タネ子さんは……」

「それは食べてからのお楽しみだ」

 管理人は、さも可笑しそうに笑った。

「あの、管理人さん。ケルベロスちゃんは……」

 温室の入り口付近で横になっているケルベロスを見ながら、エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)は言った。

「具合が良くないって聞いたから、心配です」

「もしかして、風邪らしき症状の原因はタネ子さんなのでは?」

 エルシーのパートナー、ルミ・クッカ(るみ・くっか)の真っ直ぐな視線に、管理人さんは小さく首を横に振った。

「いや。アイツはこの時期になるとよく風邪をひくんだ……風邪、なのかは分からんがな。危険だから近づかない方が良いぞ」

「……危険!?」

「危険って一体どういうことでございますか?」

「──タネ子さん早く食べてみたい!」

 エルシーとルミの問いかけを遮って、もう一人のパートナーラビ・ラビ(らび・らび)が言った。

「どんな味かな? 甘い? お菓子とか果物みたいだったらいいなっ。野菜だったらいらないけど」

「あ……」

 二人は言葉に詰まった。

「エルおねーちゃん、ルミおねーちゃん! 楽しみだね!」

「ラビちゃん……」

 危険の意味を教えてもらうタイミングをすっかり逃してしまった。

「──それじゃあ、行ってくるからな」

 くるりと背を向けると、振り返ることなく管理人は行ってしまった。

「タネ子さん……やっぱり食べるんですね」

「無理して食べることなんて無いでございますよ、エルシー様」

「は、はい……」

「……なんだか怖いねぇ」

 弥十郎がぽつりと呟いた。

「でも、きっと、美味しいと思う……よ? 多分…きっと……おそらく…」

 言ってるうちに、歩の言葉が知るすぼみになっていく。

「そ、そうそう! 味云々より、タネ子さんを食べれるチャンスなんだよっ!」

 ミルディアの言葉に、一瞬、時が止まった。

「…………あ、あははは、そうだよね〜」

「それが一番だの目的だよねぇ」

……タネ子を食う。なんて恐ろしい所業──

 ひそひそぼそぼそとお互いが思い思いの気持ちを打ち明け、その場から中々動けずにいた。

「さてと! いつまでもこうしていられないねぇ。準備準備ですぅ!」

 メイベルの明るい声に、みんなハッとすると、頷いて歩き出した。


   ◆


 温室の扉を開けた瞬間、暖かい空気が噴出してきた。

「ぶはっ、げふっ」

 闇咲 阿童(やみさき・あどう)は思わず咳き込んでしまった。
 温室の中はやはり暑い──外との寒暖の差が激しすぎる。
 パートナーの後光 皐月(ごこう・さつき)大神 理子(おおかみ・りこ)が、阿童の後ろから中を覗きこんだ。

「あーくん、早く入った方が良いよ。後ろがつかえてる」

「どうしたの阿童君? 入らないの?」

「お、おう……て言うか俺がトップで入るのか? 中がどうなってるかも知らないのに、初めてなのに」

「あれぇ? 先頭にいるからてっきり…」

 皐月の言葉に理子もこくこく頷いて。

「阿童君、めちゃめちゃ早く食べたいんだなぁ…って思ったよ?」

「そりゃそうだけど……」

 中から来る熱風と緑の森が、前に進むことを躊躇わせる。

「タネ子か……」

 ちらりと視界の端に映った影。頭を垂らして天井を呑気に浮遊している──あれが、タネ子。

(喰う!! おまえの頭を調達して、たらふく喰ってやる!)

「タネ子の鳴き声には石化の力があるんだよな、確か。……耳栓、持ってるよな?」

 振り向いて、緊張した面持ちの二人に確認する。

「よし……行くぞ!」

 阿童は、温室内にゆっくりと足を踏み入れた──