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リアクション
■ 雪の日には、ぎゅっと、ね ■
その夜、神凪 深月(かんなぎ・みづき)が家としているアイギスには泊まり客が2人あった。オデット・オディール(おでっと・おでぃーる)とフランソワ・ショパン(ふらんそわ・しょぱん)だ。
外はあいにくの雪模様だが、アイギスの中にいればそれも心配は無い。
夜が深まると女性陣は深月が部屋として使っている船長室へと集まり、布団を敷いた。
けれどすぐには寝ずに、毛布を纏ってのガールズトークと洒落込んだ。
「夜の間食はよろしくないのじゃろうが……まあこんな日くらいはいいじゃろ」
深月はそう言いながらお菓子や飲み物を並べた。
「わあ、嬉しいな。今日はたくさん話そうね」
オデットは深月に礼を言って、飲み物を受け取った。
そのオデットに深夜・イロウメンド(みや・いろうめんど)が寄りかかって座る。
深月はアリア・ディスフェイト(ありあ・でぃすふぇいと)を膝に抱きかかえた。人を怖がるアリアだけれど、深月はアリアにとってのマスターで、オデットは友達だからこうして夜の女子会にも参加出来ている。
話すのはたわいない日常の話ばかり。
最近行った場所、家族の話、街で見かけた面白いものの話……どれもとりたてて珍しい話ではないのに、知り合い同士でする四方山話はどうしてこんなに楽しく感じられるのだろう。
アリアはまだ幾分おどおどしていたけれど、それでも棒状のチョコ菓子を食べながら皆との会話の楽しさに、えへへと笑みをこぼした。その途端、深月の腕が背後から回され、ぎゅっと抱きしめられる。
「笑ってるアリア、可愛いのじゃ!」
「み、深月……」
深月からのスキンシップに、アリアはあわあわと両手をばたつかせた。
その様子が一層可愛いと、もっとハグしながら深月は窓の外に目をやる。
「今晩もまた降り続きそうじゃの。明日は甲板で雪合戦でもしようか?」
「えー、雪合戦? 寒いからコタツに居たいー」
深夜が反対の声をあげる。
「寒いのは嫌か。やはり猫じゃな」
深月に笑われて、深夜は頬を膨らませる。
「失敬なー。ワタシは人が描きし不吉の具現なんだよー」
口では文句を言っているけれど、深夜の顔は笑っている。こんな会話の応酬が、やたらと楽しく感じられて。
どれだけ話しても話は尽きるということがない。
話せば話すだけ、そこから様々な話題が湧いてくる。
「そうそう、この前ね」
そこで一旦言葉を切ったオデットに、深月は続きを促すような視線をあてる。
「ふむ?」
深夜の頭を撫でながら、オデットは話を続けた。
「お砂糖の代わりにこしあんでクッキー作ってみたんだ。ほんのり優しい甘さになって、結構美味しかったよ!」
「ほう、こしあんか。今度やってみるかのう」
「うんうん♪」
オデットは深月と料理の話をするのが好きだ。自分のおすすめを深月がやってみるかと言ってくれたことが嬉しくて、オデットは何度も頷いた。
「クッキー? ワタシも食べたいー」
オデットに寄りかかっている深夜が言うと、深月の腕の中でアリアも小さく手を挙げた。
「わしも……わしも食べたいですのー」
「ふふっ、じゃあ今度一緒に作ろうか♪」
オデットの返事に、深夜とアリアはやったーと手を叩いた。
「クッキー作りか。それなら聖も誘ってやるかのう」
深月が、同じく料理好きなパートナーの名前をあげると、オデットはうんうんと頷いた。
「楽しみだね。狼木さんって……あ」
不自然に言葉を切ったオデットに、場にいる皆の視線が集まる。
「なんじゃ? 聖がどうかしたかの?」
深月に問われると、オデットは視線を泳がせる。
「な、なんでもないよ」
「怪しいなー」
深夜がオデットに身をすり寄せるようにして、顔をまじまじと眺める。
「うぅ……」
しらを切らせてはもらえないようだ、と察したオデットは上目遣いに尋ねた。
「……笑わない?」
「笑ったりしませんのー」
アリアの言葉にオデットは恥ずかしそうに俯いて、小さな声で言う。
「……もしお兄ちゃんがいたら、こんな感じなのかなーって……」
「聖はお兄さんっていうよりオカンなのじゃ! しかし可愛いのう。そんなオデットにハグじゃ!」
深月はそう笑うと、真っ赤になっているオデットを抱きしめる。
「ワタシもハグー」
「わ、わしも……わしもする、ですの……」
深夜は全身でぎゅっと、アリアはやや控えめにそっと、オデットをハグする。
「ふふっ、私からもハグ返し!」
オデットは思い切り腕を広げると、3人を満面の笑みで抱きしめるのだった。
「……ふふ、隣は賑やかねぇ」
壁越しに聞こえる声に、フランソワは思わず笑みを浮かべた。
「わいはオカンちゃうわ……」
厨房でつまみを作ってきた狼木 聖(ろうぎ・せい)は、そうぼやきつつ自分でも笑ってしまう。
女性陣がガールズトークに花を咲かせる隣の部屋で、2人は窓ごしに見える雪を眺めつつの雪見酒。
フランソワは手土産に持参したスコッチを軽く飲んで、チェイサーのミネラルウォーターを少し口に含む。
口の中に残るかすかな甘味と香り。その余韻の所為か、フランソワはかなり気分が良い。
「たまには、ここいうのもええやろ」
聖はスコッチグラスを冗談めかしてフランソワのグラスに触れ合わせる。
「これは何のための乾杯なのかしら?」
「そやな……今晩完徹しそうな勢いのパートナーの為、でええんやないか?」
「そうね。オデットも随分前から楽しみにしてたし……いつもあの子と仲良くしてくれてありがとう」
改まってフランソワが礼を言うと、
「はは、お互いさまや」
と聖はまたグラスを傾ける。
窓の外に舞う雪と、隣から響く楽しげな声を肴にした酒は、いつもに増して染み渡るのだった――。