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リアクション
■ 空京の雪だるま ■
雪に覆われた空京。
その景色の中を、ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)はのんびりと散歩していた。
日頃はワーカホリックのようにバイト三昧のヴァイスだけれど、今日は久しぶりの休みだ。
ゆっくりとこうして街を歩いていると、パラミタに来る前のことが思い起こされる。
(昔は雪が積もったら、雪玉しょっちゅう投げられてたなあ。悪魔の子だの疫病神だの。あとはリアルマッチ売りの少女とかね。いやあ、金持ちのおっさんが良い人で家で雇ってくれなきゃ、あの時は本気でやばかった。おっさん元気かなあ……実家のスイスに戻るって言ってたし、雪景色でも見てるかなあ……)
良い思い出なのかそうでないのか微妙すぎる過去を、そんな風に思い起こして歩いていると。
「お、アゾートさん発見!」
ラッキーとばかりに、ヴァイスは雪だるまを作っている{SNM9998782#アゾート・ワルプルギス}と{SNM9998737#明夏 灯世子}のところへと、小走りに近づいた。
「こんにちは、アゾートさん。雪だるま作ってるの?」
ヴァイスに聞かれ、雪玉を転がす手を休めてアゾートは答える。
「うん。雪が溶けてしまう前に作っておこうかなって」
「いいね。オレも一緒に作ろうかな」
早速雪を集めようとしたヴァイスに、アゾートが尋ねた。
「ね、雪だるまは2段派? 3段派?」
「え? 2段のってあるの? オレは3段しかしらないけど」
当然のようにヴァイスが答えると、アゾートはほらね、と灯世子を見た。
「えー、3段派? ちなみに、出身はどこなのかな?」
「スイスだ」
「アゾートと同じ国なら、雪だるまもおんなじかぁ」
それなら仕方がないと灯世子は2段の雪だるまをぺたぺたと整えながら納得したようだった。
「スイスでも色々あるけど、アゾートさんのところでは冬はどうだった?」
「うち? 寒かったけど、いい季節だったと思うよ。家で研究してることが多かったけど、時々は家族で冬の山に行って過ごしたりもしたしね」
そんな会話をしながら、ヴァイスは雪だるまだけでなく、可愛らしい雪うさぎや無駄に力作な雪像等を作っていった。
「あ、灯世子ちゃん……」
そこに通りかかったのは、風馬 弾(ふうま・だん)とそのパートナーのノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)だった。
「やほー、今アゾートと一緒に雪だるま作ってるんだよっ」
灯世子がさす方向には、雪玉を持ち上げているアゾートがいた。服にも髪にも細かな雪をつけて、雪だるまに取り組んでいる姿に、弾の胸はどきんと高鳴る。
(子供っぽい遊びをするアゾートさんもかっこいいなあ……)
普段は真面目に研究に取り組んでいるイメージのアゾートだけど、無邪気に雪だるまを作っている姿もまた良いものだ。
「あれ、雪だるま、2段のと3段のがあるんだね」
ふと気付いて呟いた弾に、ノエルが説明する。
「雪で作るお人形は日本では『だるま』ですけど、西洋では『雪男』のイメージですからね。頭と胴体プラス足で3段なのですよね」
「足が丸って、ヘンじゃない?」
「灯世子さん、それはですね……」
言いかけたノエルはそこで言葉を切り、にんまりと笑って弾に目をやった。
「その辺りをリアルに説明するため、弾さんに人柱になっていただきましょう」
「な、何? 人柱って……」
弾はじりっと後ずさりする。
「弾さんの身体の各部を雪で覆い、3段雪だるまが人型を模していることを視覚的に分かっていただくのです」
「え、やだよー」
雪だるまにされてはたまらないと弾は断ったが、そんなことで諦めるノエルではない。
「……12月のケーキ作りのときには、カレーケーキを作ってしまったり、メイド服を着たりと、恥ずかしいところを灯世子さんにも私にも見られてしまいましたよね」
「うう……」
弾の脳裏にその時のことが思い浮かぶ。メイド服に関しては、ノエルにはめられてのことだったりするが、それでもアゾートには知られたくない。
「あのことをアゾートさんに内緒にしてもらう代わり、人柱となるのです」
きっぱりとノエルに言われると、弾はもう……逆らえなかった。
ノエルはまず、直立不動の弾の足を雪で埋め、大きな雪玉にした。
次に、胴体部分を少し小さめの雪玉で埋める。
「面白いけど、なんだか寒そうだね」
今はもう、頭だけしか出ていない弾の恰好を見て、ヴァイスが笑う。
「いくら契約者だからって、無理しすぎると風邪引くよ?」
何も知らないアゾートの心配に、弾は心で泣いた。
「弾さん、頭を埋めるので窒息しないようにストローを……すみませんがアゾートさん、これを弾さんの口にくわえさせてもらえます?」
ノエルがにっこりとアゾートにストローを差し出した。
「いいけど……本当に大丈夫?」
「う、ん……」
じゃあ、とアゾートにストローをくわえさせてもらい、弾は雪玉の中の人となった。
ノエルが嬉々として各部の解説をしているのを、弾は雪ごしに聞く。
(……ああ……寒さを通り越して眠くなってきた……)
楽しかった日々が走馬燈のように……。
(僕はもう……眠いんだ……)
天使のお迎えが来そうだと、弾はゆっくりと目を閉じた――。
雪が積もったので、パートナーたちと一緒に空京をうきうきと散歩している途中、たくさんの雪だるまを見付けて白波 理沙(しらなみ・りさ)は足を止めた。
「あれ? 雪だるまが3段になってる……」
中身が人だとは露知らず、理沙は人柱だるまをしげしげと眺める。
「やっぱり3段のを見ると不思議だよねー」
味方発見とばかりに、灯世子が飛んできた。
「そうね。2段のを見慣れてたから」
理沙の返事にアゾートは、でも、と呟く。
「スノーマンは3段のが普通なんだけどな」
「あぁ、そういえばスノーマンっていうのがいたっけ。聞いたことはあるわ」
外国映画にちらりと、日本のものよりもひょろりとした印象を受ける雪だるまがあるのも見たことがある、と理沙は思い出した。確かに見慣れないけれど、しゃれて見えたっけ。
「まぁ、いいんじゃない? 2段でも3段でも……雪像でも」
理沙は雪だるまの隣に鎮座しているヴァイス作の雪像を指して、
「それぞれが作りたい雪だるまを作ればいいと思うの」
と笑った。
「それが一番だね。なんなら一緒に作る?」
アゾートに誘われて、理沙はパートナーたちを振り返った。
「じゃあ私たちも雪だるまを作りましょう♪」
「そうですわね。折角ですから皆で協力して作りましょうか」
チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)が頷くと、ピノ・クリス(ぴの・くりす)が小さな翼をぱたぱた上下させる。
「わーい♪ ピノ、雪だるま好きー♪」
「雪だるまかー。どうせ作るなら、どーんと大きい奴がいいな」
派手にいこうとランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)は早速雪を集め出した。
「それで、どんな雪だるまを作るんですの?」
チェルシーに聞かれ、理沙はちょっと考えた後、良い案を思いついたとばかりに言った。
「よし、それじゃあピノの形の雪だるまに挑戦してみるわ! 出来るだけ大きいのを作っちゃいましょうね」
「ピノの形の雪だるま? 楽しみー♪」
嬉しそうにピノは理沙に抱きついた。
「ピノ型の雪だるまだと……3段どころか1段で足りそうね」
ころんとした体型のピノを見ながら理沙が言うと、そうですわねとチェルシーも頷く。
「では大きな雪玉を作って、それを加工するのが良さそうですわね。皆で大雑把な形を作っていただければ、あとはわたくしが仕上げますわ。ワンポイントで飾りとかつけたら可愛いと思いますの」
「分かったわ。出来るだけ大きな雪玉を作りましょう」
理沙はランディが集めた雪を転がし始めた。
ゴロゴロゴロ。
転がすごとに雪玉は少しずつ大きく重くなってゆく。
「もうそろそろいい感じかしら?」
かなり雪玉が大きくなったので理沙は一旦手を止めたが、ランディは構わず転がし続ける。
「いや、もっと大きくしようぜ」
大きな雪玉で前が見辛いので、転がす皆にピノが方向を教える。
「あっちにきれいな雪があるよー」
転がすのが難しいほど雪玉が大きくなると、それをざっと削ってピノの体型と似せた。
「ではあとはわたくしが」
チェルシーはピノの顔、翼等、細かな箇所に取りかかった。
白と黒の部分は段差をつけて表して、頭にはワンポイントにリボンをつけて可愛らしく。
チェルシーがピノだるまの仕上げをする間にと、ランディはカラフルなシロップを取りだした。
「雪といえば、かき氷のシロップはお約束だよな!」
「そんなお約束、私は聞いたことないけど?」
「ま、細かいことは気にするな♪ ほら、そこの植え込みの上なら綺麗な雪があるし、やってみようぜ」
ランディは雪にいちごのシロップを垂らす。
「あ、ピノも雪食べたいなー」
欲しがるピノを制して、理沙はランディに注意した。
「ピノには食べさせちゃダメよ、ランディと違ってこんな寒いところでそんなに冷たいモノを食べさせたら、お腹を壊しちゃうわ」
「えー、食べないのか? 色々な味を用意したのになー」
メロンやレモン、色とりどりのシロップを見せるランディに、ピノがしゅんとなる。
「つまんないなぁ……」
「ほらほら、ピノには後でこれ終わったらラーメンおごってあげるから、我慢しなさいね」
「うん。ピノ良い子だもん。ラーメン食べられるなら今は我慢するよ!」
素直に聞き分けたピノの頭を、理沙はよしよしと撫でてやった。
そうして、空京の街にずらりと雪だるまが並んだ。
1段のピノだるまはころんとしたフォルムに、大きなリボンがワンポイント。
2段の雪だるま、3段の雪だるま、雪うさぎ、雪像。
一番大きいのは、口元からストローが出ている3段の雪だるま。
次いで大きいのは、他の3段を圧して大きな1段のピノだるまだ。
「これだけ沢山あると壮観だね」
手袋についた雪を払いながらアゾートが雪だるまたちを見渡すと、灯世子もうんうんと頷いた。
「何段の雪だるまもそれぞれでいいよねー」
様々な地域からやってきた人々がいる空京には、様々な雪だるまがよく似合う。
「良かったらこれからみんなでラーメン食べに行かない?」
理沙が誘うと、雪だるま作りをしていたメンバーは一様にそうだねと同意し、連れだって歩き出した。
「楽しかったですけれど、かなり冷えましたから温かいものは嬉しいですね」
ノエルはにこにこと言うけれど、アゾートはちょっと首を傾げる。
「何か、忘れてるような気がするんだけどなぁ……」
「気のせいですよ、きっと。さあ行きましょう」
ノエルはアゾートを促すと、理沙おすすめのラーメン店に向かった。
あとに残るのはたくさんの雪だるまたち。
1段、2段、3段……。
雪の街に立ち続ける3段雪だるまに刺さったストローが、ふしゅっ、と小さな音をたてた――。