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リアクション
■ 雪見鍋を待ちながら ■
「雪の日は面倒だな」
翠門 静玖(みかな・しずひさ)がこぼした言葉に、朱桜 雨泉(すおう・めい)は不思議そうに振り返った。
「私にとっては、雪が積もってとても楽しいのですが、お兄様は何が面倒なのですか?」
「何が面倒かって、そりゃあ雪かきしたりしなきゃなんねぇからな」
雪というものは案外重い。寒い中、雪をどける作業は大変だ。
そう言う静玖に、雨泉は小首を傾げる。
「雪かきですか……。確かに手のかかる作業ですが、今日はお父様も手伝って下さいましたし」
「概ね予想通りに、腰痛で退場しやがったけどな」
静玖は肩をすくめた。
風羽 斐(かざはね・あやる)は腰痛持ちだから、毎年雪かきは静玖と雨泉の仕事だ。
それが今日は珍しく、斐が俺も手伝うと雪かきに加わった。
初めの頃は3人で順調に雪かきしていたのだけれど……。
「いたた……」
痛そうに腰に手を当てて伸ばす斐に、ほらみろと静玖は呆れた。
「やっぱり腰痛が出てきやがった。無茶すんなっつーの。後は俺たちでやるから休んでろ」
「いや、これくらいなら少し休めばなんとか……」
痛みをやり過ごそうと、斐はとんとんと腰を叩いた。
雨泉は不安そうに様子を見ていたが斐と目が合うと、
「お父様はゆっくりしていて下さいね。あとは私たちで頑張りますから!」
殊更明るく言った。
「そうか? ならばお言葉に甘えるとするかな……」
結局、いつも通り静玖と雨泉に雪かきを任せ、斐は部屋へと引っ込んでいったのだった。
「それはそうですが……お父様が手伝って下さって、私は嬉しかったですよ」
「気持ちだけで充分だっつーの。しかし、何であのオッサン、あんなに腰が弱いんだろうな」
静玖の疑問に、雨泉は斐から聞いていたことを答える。
「お父様がよく腰痛になられるのは、年齢の所為だって言っていましたけど……」
「まあ確かに他の契約者よりは結構年いってるけど、あの腰の弱さは年だけが原因じゃねぇと思うな……」
そこまでの腰痛が出てくるほどの年齢でもあるまいし、と静玖は不思議がる。
「何か他の要因があるのでしょうか?」
「それはオッサンじゃねぇとわかんねーな。さ、雪かきをやっちまおうか」
雨泉はまだ気に掛かる様子だったが、そうですねと静玖の言葉に素直に頷いて雪かきの作業に戻った。
重苦しい痛みに耐えつつ、斐は寝ころんでいた。
「昔はこうではなかったんだがな……」
やはりあのときに……と、斐はかつての日々を思い出す。
心配を掛けたくないので静玖と雨泉には話していないが、斐は20代の後半、研究者ではなく兵士として従軍していた時期があった。そのときに負った怪我の影響が、こうして痛みとして未だに残っているのだろう。
普段は心の奥底に沈んでいるその思い出を、斐は軽く首を振って振り払った。
あれからもう随分年月が経ったというのに、どうも雪の日は1人の頃を思い出してしまいそうになる。
思い出すのはやめよう……と、斐が目を閉じたとき、雪かきを終えた2人が戻ってきた声がした。
「雪かきはこんなもんでいいだろう。そろそろ夕飯、つくんねぇとな」
「お兄様、今日は何を作られるのですか?」
「今日は雪が降ってるし、雪見鍋でも作るか」
「雪見鍋……みぞれ鍋ですね。私も手伝います!」
聞くともなしに会話を聞いていた斐は、そこでぎょっとして頭をもたげた。
(まさか雨泉も料理するのか……?)
雨泉の料理は見た目こそ普通だけれど、味がかなり酷い。まずいだけならともかくとして、いつぞやのように舌が痺れて気絶するような事態になるのはもう勘弁してもらいたいものだ。
どうなることかと斐が聞き耳を立てていると、どうやら静玖も同じ危惧を抱いたらしい。
「手伝ってくれるのか? そうだな……メイは材料を切ってくれ。大根をおろすのと味付けは俺がやるから」
「こちらの材料を切るんですね。分かりました!」
そんな会話が聞こえてきて、斐はほっとして頭を戻した。
この分なら、とんでもないものを食べる羽目にはならないで済みそうだ。
(ゆっくり待つとするか……)
鍋を用意する物音を聞きながら、斐は再び目を閉じるのだった。