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世界を滅ぼす方法(第2回/全6回)

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世界を滅ぼす方法(第2回/全6回)

リアクション

 
 
 遠鳴 真希(とおなり・まき)は、パートナーのユズィリスティラクス・エグザドフォルモラス(ゆずぃりすてぃらくす・えぐざどふぉるもらす)と共に、森なのか町なのか解らないようなザンスカールの町を歩いていたが、ユズがふと、見かけた光景に真希を呼んだ。
「真希様、あの方」
「ん、なに、ユズ?」
 ユズが指差した方向にいたのは、1人の小柄な老人だった。
 岐路に立ち、地図を見て首を傾げている。
「どしたの?」
「地図が逆さまですね」
「あらら」
 ただでさえ、立体的な町であるザンスカールは、外から来た者には地図を見てすらも解りにくい。
 助けたげよっか、と笑って、真希は老人に声をかけた。
「おじーさん、道に迷ったの?
 どこ行くのっ?」
「よろしかったら案内しましょうか?
 余所者はお互い様ですが、幸いわたくし達は道に迷っていませんし」
と、ユズも微笑む。
 老人は2人に顔を向けた。
「おお」
 これはどうもご親切に、と、続くであろうと思われた老人の言葉は途切れる。
「マスター」
 老人の背後から、長身の女性が、がっしと頭に手を乗せた。
「サルファ……」
「何をフラフラと歩き回っているのです」
「……いやその、折角ザンスカールまで来たんじゃから、もっと別のアングルから世界樹を拝んでおこうかなと……」
 老人の言葉に、精悍な体格の、赤毛の巻き毛の女性は、無表情のまま、深々と溜め息を吐いた。
 皮製のジャケットにデニムのパンツ、というその姿は、一見怖くも見えたが、その溜め息の意味が、ユズは解るような気がした。
 恐らくは彼は、地図にある、観光客用のスポットのひとつに向かおうとしているのだ。
「……それでしたら、逆方向じゃないですか?」
 控え目に言ってやると、老人があれ? という顔をする。
 女性は冷たく言い放った。
「命が惜しかったら、1人でフラフラ歩き回るのはやめていただきたい。
 もうこの町での用は終わりました。
 マスターが『尻が痛くてもう馬は嫌じゃ!』と言うので、偶然町に駐屯していた、ヒラニプラに帰るジープに同乗させて貰う手配もしました。
 彼等が出発してしまえば、また馬で行くことになりますが」
「馬は勘弁じゃ」
 しゃあしゃあとした口調で言った老人に、女性はもう一度溜め息を吐いて、真希とユズを見やった。
「迷惑をかけた」
「ううん、全然? 今声かけたとこだよ」
 真希はブルブルと首を横に振る。
 女性は半ば老人の首根っこを捕まえるような状態で引きずって行き、真希とユズは呆然とそれを見送ったのだった。



 最も油断のならないハルカの迷子を警戒して、メイベルとセシリアがハルカと手を繋ぎつつ、ハルカの祖父、ジェイダイトを捜して町を歩いていたが、
「そのうち見つかりますよ〜」
とほのぼのと歌いながら歩いていたメイベルの歌がふと止まった。
 イルミンスール魔法学校の制服を着た生徒を見かけたのだ。
「……ハルカさん、学校に行ってみますかぁ?」
 ハルカはその為に、パラミタに来たのだ。
 入学はまだ先とはいえ、学校を見ておきたいのではないかと思ったのだが、ハルカは首を傾げた後、横に振った。
「学校に行くのは、おじいちゃんが土下座してからにするのです」
「……そうですねぇ」
 こくりと頷いたメイベルとハルカに、セシリアはひっそり笑って、ぽん、と手を繋いでいない方の手でハルカの頭に手を乗せた。


「ハルカ、君のおじいさんの名前は何だっけ?」
 改めてハルカに祖父の名前を確認して、クローディア・ノイヴァール(くろーでぃあ・のいう゛ぁーる)は、ザンスカールに到着すると、ハルカらと別れ、イルミンスール大図書館を訪れた。
 自分が興味があることもあったが、ハルカの祖父、ジェイダイトのことが載っている書物か何かがないものかと思ったのだ。

 一方で、五条 武(ごじょう・たける)もまた、同様のことを考えてこの図書館を訪れていた。
「考古学者の爺さんに色々話を聞いてみたいぜ」
 その為にはまず本人を見付けないといけない。
「イビー、君も手伝ってくれよ」
 パートナーのイビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)にも頼む。
「それは勿論ですが……。何を調べるんです?」
「考古学者だからな。遺跡とかそれっぽい本を見れば、業績とかが載ってるんじゃないか?」

 しかし、イルミンスール魔法学校が創設されて以来近年、地球の本も蔵書として入ってきているとはいえ、蔵書の殆どは、パラミタの書物である。
 地球人の考古学者であるジェイダイトのことが載った本、というものは存在しないようだった。

 武は、それと解ると、調べものを早々に諦めることにした。
「あんまり調べものばかりってのも疲れるしな。そろそろ切り上げようぜ」
「そうですね」
 図書館にこもっているより、直接ハルカと接触した方が遥かに近道そうな気がする。
 それにハルカの近くには、気になる存在もいるのだ。
「パラミタ刑事・シャンバラン、か」
「あなたが好敵手と認識している人ですね」
「まあな」
 イビーの言葉に、武はフッ、と口の端に笑みを浮かべた。

 ハルカに対して孤独なヒーローを力説していた彼が、女風呂で場外ホームランを浴びているなど、夢にも思わない武である。

 同様に書物からの収穫を得られなかったクローディアだが、彼は代わりに、ジェイダイトと思われる老人が、この図書館にいたという噂を聞き付けた。
「ええ、この人だったわよ」
と、受付に座っていた女性が、携帯の画像を見て頷く。老人が利用の申請に来ることは少ないので、憶えていたらしい。
「ちなみにどんな本を見てたの?」
 クローディアの問いには、
「さすがにそこまでは解らないわねえ」
と苦笑する。
連れの女性に、片っ端から本を運ばせては山積みして、色々読んでいたらしい。
 とりあえず、その情報をハルカ達に伝えなくては。
「ありがと!」
 受付の女性に礼を言って、クローディアは図書館を後にした。


「うん、このおじいさんなら知ってるよ」
 影野 陽太(かげの・ようた)が見せた似顔絵画像に、そのヴァルキリーの少女姉妹は、顔を見合わせてから頷いた。
「私の家、第12ニレの木丁目7枝番地で宿屋やってるの。
 このおじいさん、お財布なくして、お母さんに皿洗いさせられてたよ」
「じゃあその宿屋にいるんですね!」
 ようやく見付けた! と顔を輝かせた陽太に、姉妹は揃って、ううん、と首を横に振る。
「お皿20枚割って、お母さん、おじいさんのこと追い出しちゃってたよ」
 あああ……と陽太は頭を抱える。
 何をやっているんですか、おじいさん……。
「……とにかく、教えてくれてどうもありがとう。助かりました」
 礼を言ってから、それから、と付け加える。
「この町で美味しいレストランとか、ありますか? ザンスカール名物とか……」
 長旅で疲れているハルカに、美味しいものを食べさせてあげられたらいいな、と思ったのだ。
 皆、ハルカの迷子を警戒していて、常に目を離さないようにしているので、2人で、というのは無理かもしれないが、それならそれで、皆で行ってもいいと思う。
 姉妹は少し考え込んで、それから
「わたし、第28ケヤキの木丁目の『やどりぎレストラン』のふわふわオムレツが大好き!」
「あたしは第5モミの木丁目の『ふくろう亭』のマカロニグラタンだもん!」
と口々に言い始めて、店の名前が5個ほど出た時点で我に返った陽太は慌てて
「うん、わかりました、ありがとう」
と制したのだった。


「ハルカさんに宛てたメッセージがあるとしたら、何処に残しているでしょうね」
「……イルミンスール?」
 少し考えて月夜が答えたが、その可能性は低いように思われた。
「あとは、宿、とかですか」
 既に引き払ったというが、彼が泊まっていた宿は、陽太が見付けたことが知らされている。
 他にも思い付く場所をあたってみたものの、伝言を確認することはできなかった。
「無頓着なのか、ハルカがここに来ると思ってないのか……」
 彼が1人で動いている理由に、まるで至ることができない。


 ザンスカールに到着したベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)は、どこで調達したのか、ダークスーツに身を包み、ちなみにパートナーの支倉 遥(はせくら・はるか)は、いつものラフな格好ではなく、どこかの映画で見たような帽子にレザージャケット、オマケに鞭を腰に吊るすという念の入れようで、
「それって何なの?」
 苦笑しながら訊ねるサラス・エクス・マシーナ(さらす・えくす ましーな)に、ベアトリクスは
「まずは形から入るのだよ」
と答える。
「さて、ではここで手分けしましょうか」
 ハルカの祖父を捜す為に遥がそう言うと、御厨 縁(みくりや・えにし)が残念そうに
「一緒に行かぬのか?」
と言った。
 サラスは、師父と慕う遥と一緒に行動できたらと思ったのだが、遥に
「手分けした方が効率がいいでしょう。
 ザンスカールに不慣れなベアトリクスをよろしくお願いしますよ」
と言われては断れず、サラスの代わりに縁が、
「むぅ、遥がそう言うなら仕方ないのじゃ」
と頷いた。

 そんなこんなで個別行動でジェイダイトの足取りを追うことにした彼等だったが、手分けした者達が集合し、集合していない者とは電話連絡で、集められた各情報がひとつにまとめられた段で、ジェイダイトがイルミンスール大図書館にいたという話は、ベアトリクスをがっかりとさせた。

 ちなみに集合した店は、陽太が提案した『やどりぎレストラン』である。
「よーたさんのおすすめですか。素敵なお店なのです」
 ハルカは樹上のレストランに大喜びだった。

「――図書館を利用するとは……。
 インディアナ・ジョーンズを名乗る者のすることとは思えぬな」
「……まあ、あまり細かいことを気にするタイプとも思えませんでしたしね」
 遥が肩を竦めて苦笑する。
 遥は、ジェイダイトがザンスカールに到着した時の様子を見た、という人物から話を聞けたのだが、2頭の馬の1頭を空にし、もう1人が操る1頭の馬の荷物の上に、彼自身も荷物のようにうつ伏せに跨っていたらしい。長旅ですっかり疲れているようだったのに、ザンスカールの町の様子を見ると、地表の宿ではなく、樹上の宿に泊まりたい、と言い出して、近くにいるヴァルキリーの助けを借りて宿まで行った、というのだった。
「どこかの国の諜報部員という可能性も考えていたのですが……どうなんでしょうね、これは」
 遥の言葉に
「それはないような気もするのう」
と、縁も苦笑した。

「おじいちゃんはスパイなのですか?」
 ハルカが驚いたように言うので、
「こやつの言うことを本気にするでない」
とベアトリクスが釘を刺す。
「何にしろ、おじいちゃんが今この町にいるのは確かだから!
 もうすぐ会えるよ」
とサラスが言って、
「ではハルカ、ここからはわらわらと留守番をして、祖父が来るのを待つとしようか」

 また飛び出して行かれ、すれ違いになっては敵わない、と、縁が言い、わかったのです! とハルカも素直に従った、のだが、しかし。


「うん、このおじいちゃんなら見たよ」
 という、最新の目撃情報は、翔一郎から見せられた、ジェイダイトの携帯画像を見た、真希のものだった。
「えっと、ザンスカールを出て、ヒラニプラの方に行くみたいな感じのことを言ってた」
「何じゃとお!?」
小型飛空艇をフル稼働し、ザンスカールの上から下まで捜し回っていた翔一朗は、思わず、勘弁しやがれや、と吐き捨て、そのガラの悪い外見と捨て台詞にびくっとした真希を、背後からユズが抱きしめる。
「真希様を怖がらせないで貰えますか」
「や、悪かった。許してくれえや」
 見かけはまるでパラ実の不良だが、その実は多少短気でケンカっ早いけれども人情に厚い蒼空学園生徒な翔一朗は素直に謝った。が、
「ほいじゃが、もうじいさんはこの町にいないかも、ちゅうことか? ちうか逆戻りかよ!」
 とにかく、その、駐屯していたジープとやらを捜すことにして真希らと別れ、翔一郎は携帯で仲間に情報を伝える。だが翔一朗の危惧通り、
 捜索の結果、件のジープは既に町を出ていたことが判明したのだった。