リアクション
◇ ◇ ◇ 「聖なる水、っていうのはつまり、聖地の水、のことじゃないかと思うんだよ」 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)の推理に、パートナーのミア・マハ(みあ・まは)は溜め息を吐いた。 「そういうのを、子供の発想というのじゃ」 「う、じゃ、じゃあもう一捻り……聖地にある水に”結晶”を沈めて、清らかにした水……」 「ふむ……しかしそれだと、聖なる水を得る為には、まず”結晶”を得ねばならないということになるのう」 それが正解だとすると、厳しいことになる、とミアは難しい顔をする。 「ともあれ、知っているかもしれない人物にあたってみるのがいいじゃろう」 というわけで、レキとミアは、早川呼雪や黒崎天音と連絡先の交換をした後で、コハク達を追いかけて、空京に来たのだ。 目当ては、かつて聖地クリソプレイスの守り人だった機晶姫、ヘリオドールである。 シャンバラの世界に、人の身体の血液のように張り巡らされる地脈の力の、その溜まり場である”力場”、クリソプレイス、ブルーレース、モーリオン、そしてカルセンティンは、いつしか”聖地”と呼ばれるようになり、ひっそりと守り人の一族によって守られてきた。 つまり、”聖地”、というのは即ち”力場”である。 推理や検討は不得手だ。 ならばレキは、前線突撃特攻情報集めだとばかり、推理の材料になりそうな聞き込みをすることに決めたのだ。 で、「まずはヘリオドールに話を聞いてみるのがよいじゃろう」というミハの一言で、空京にいるという彼女を探し、噂を辿って、緋桜ケイ達と、魔法医師の病院の前で鉢合わせをしたのだった。 「すいません、ハックマン先生〜、急患でーす」 ケイに突き出された周を見て、魔法医師は 「やあ、君達は」 と笑った。 「大勢で押しかけてすみません、看て貰いたい人と……あと、ヘリオドールさんが、こちらにいらっしゃると聞いて来たのですけど」 「ああ、あの子なら今買い物に出て貰ってるよ。 もう少ししたら帰るだろう」 ベアトリーチェの言葉にそう答え、手土産だ、受け取るがよい、と、悠久ノカナタからのドーナツ詰め合わせを受け取り、再会の挨拶を済ませると、医師は周の容態を看る。 そして、これは、と彼は眉を寄せた。 「一応、傷の手当てはして、一見治ったはずなのに」 と、レミがことのありましを説明する。 「先生、どうなんだこいつ、死ぬのか?」 「物騒なこと言うな! 死なねーよ!」 聞き捨てならないケイの質問に、周が突っ込みを入れた。 「これって、アレだろ? コハクがくらってた、呪詛ってヤツ。 確か絶望的な感情が良くないとかいう。 前向きな気合いなら任せろよ、俺は常に前向きだぜ、例え看護士さん達が守備範囲年齢内のおねーさんじゃなかったとしても!!」 あら、ごめんなさいねえ、と、周の横にいた外見年齢50歳代ほどの女性看護士がにこやかに笑う。 まあこの分なら暫く大丈夫そうですね、と、魔法医師の後ろで薬品の整理をしていたもう一人の男性看護士も、周達を見て苦笑した。 「うん、まあ、前向きなのはいいことだ。 で、本題に戻って君の容態だけど」 つまり一言で簡単に説明すると、と、彼は周の腹部を示した。 「腐ってるっていうか」 「腐っ!!?」 「呪詛、の一種ではあるんだろうけど、むしろ腐蝕されてる、って感じかな。 実際に壊死してるわけではなくて、別のものに変わっていっている、という言い方でもいいかな」 「あの、それってつまり、どういう……」 レミが不安そうに言う。 「最終的に、君は君の形をした別の生き物になってしまうだろうね。 平たく言うと、魔物的な何かに」 「なっ……!?」 流石に周もぎょっとした。 身体だけではなく、精神も、闇のものに蝕まれる呪い、ということか。 「先生、駄目ですよ、やっぱり使い果たしてます」 薬品棚を漁っていた看護士が、諦めたように言った。 「あー、やっぱりかぁ」 「薬? コイツ治すヤツ?」 ケイが訊ねる。物騒なことを聞いたが、治る方法はあるのだ。ほっとした。 「そうなんだけど、切らしているね。 仕方ないか、こないだ空京でもゴタゴタがあってね、私も某スパイ映画の主人公のように、バタバタと倒れいく人々の先頭に走り出て、群がるモンスター達を千切っては投げ、千切っては投げ……、戦いの後には、傷ついた人々を、奇跡の技を以って癒して回ったもので」 ナイナイ、と、医師の後ろで男性看護士が、小さく手を振っている。 「先生、随分話が膨み過ぎてますよ」 と、女性看護士がにこやかな口調で突っ込んだ。 「とにかく、補充しようとしていたところではあったんだけど、困ったね、そうすぐに調達できるものじゃないんだが」 「調達、ですか? 調合、ではなく?」 ベアトリーチェが訊ねる。 それは薬というよりは、薬草のようなものなのだろうか。 「治療自体は複雑なものではないね。 うん、今の状態なら、2、3リットルくらい聖水を飲めば、治ると思うよ」 「2、3リットル?」 何だその量、と、ケイ達は唖然とした。 「聖水?」 呟いたのは、『聖なる水』について訊ねようと、ヘリオドールが帰って来るのを待って、病室の外から様子を窺っていた、レキ・フォートアウフである。 「それ、何処にあるんだ?」 「うん、私が調達してくるのをここで待つより、直接行った方がいいような気がするね。 これはあまり他言しないで欲しいんだけど、ああ1人占めしたいとかそういう話じゃなくて、場を穢さない為なんだけど、ツァンダ地方に、カルセンティンという聖地があってね。 私はいつもそこの聖水を使わせて貰っている」 「ハックマン先生、只今戻りました」 やがて、ヘリオドールが戻って来た。 「ありがとう、ご苦労様。君にお客が来ているよ」 医師の言葉に、知り合いの少ないヘリオドールは首を傾げたが、空いている部屋を使うといいよ、と、病室の一室に通される。 一旦は死の淵にあったヘリオドールも、今ではほぼ回復し、身寄りがない為にそのまま魔法医師のところに身を寄せていた。 雑用くらいの手伝いしかできないが、少しずつ、行動範囲も広がっている。 「お話というのは、何ですか?」 訊ねたヘリオドールに、橘恭司が、女王器や神子のことなど、現在の状況を簡単に説明した。 「俺達は”結晶”を集めています。 結晶は四ヶ所の”力場”に預けられたと聞きました。 クリソプレイスは……気の毒なことになってしまいましたが、何か、知っていることはありませんか」 ヘリオドールは黙って説明を聞いていたが、頷くと、両手を首の後ろに回して、衣服の下に隠れていたペンダントを引っ張り出した。 外したそれを、恭司に差し出す。 「”結晶”です」 「……これが」 受け取った恭司は、それをまじまじと見る。 レキやベアトリーチェも横からそれを覗き込んだ。 親指ほどの大きさの、澄んだ青い色をした、水晶のような形の晶石だった。 「5千年前」 ヘリオドールが口を開いて、恭司達は彼女へと視線を移す。 「世界を滅ぼす闇の龍を封印したことで、女王は力果て、命尽きようとしていました。 女王の死によって、シャンバラが長い黎明の時を迎えることを憂い、また女王の死を悲しむ人達が、いつか、長い時の果てに女王が復活することを願い信じて、女王の魂を封印したのだといいます。 やがて時が至った時に再び集い、封印が解かれて女王が復活することを、祈り誓って」 それは、ずっと、世界との交わりを断つようにして、聖地――力場を護ってきた一族に、”結晶”と共に伝えられてきた、その謂れの話だった。 「その結晶は、封印する技術に長けた、女王の忠実なる臣下を、遠く隔たれし島から一時的に呼び寄せる為に使われたものだと言われています。 結晶は、その力を最大限以上に使われ、砕けてしまいましたが、私達の先祖が、その1つを預かり、受け継いできたのです」 その、呼び寄せられた忠実な臣下というのが、コハクの先祖のハウエルとカチエルなのだろう。 「この結晶を預かっても構いませんか」 「どうぞ。けれど、既にその結晶は力を使い切り、どんな効果があるものかは、解りませんが……」 恭司の言葉に、ヘリオドールは答える。 それでも、何かの役に立つかもしれないのであれば、持って行ってください、と。 「きっとかつて女王を封印した神子達も……、彼方から呼ばれたという騎士も、それを望むでしょう」 それはきっと、誓いの証であったのだ。 恭司は結晶を見つめながら、そう理解した。 「お預かりします」 「女王器については、何か知らない?」 ほぼ検討はついていたのだが、念の為、レキも訊ねてみる。 「聖なる水について、何か知ってたら教えて欲しいんだよ」 女王器の写真を見せてみるが、ヘリオドールは、それについては何も知らないようだった。 「……ごめんなさい」 「ううん、一応だから、いいんだよ」 多分もう解ったしね、とレキは言い、 「やれやれ、これで最終奥義とやらを使われる心配はなくなったわけじゃな」 とミアが胸を撫で下ろし、はたっと何かに気がついて、 「つるぺたで何が悪いというのじゃ!」 と叫んで、最終奥義を使わなくても叩かれてしまったレキもまた、 「理不尽なんだよ!」 と叫び返していた。 |
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