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リアクション
Scene.8 真に欲するものならば
この家からは、携帯使えるんだよな、とヨシュアに確認して、葉月 ショウ(はづき・しょう)はハルカに電話を掛けた。
「ショウさんなのです?」
「ようハルカ。悪いんだけどさ、博士に代わってくれないか?」
「はいなのです。はかせーお電話なのです」
「どちら様?」
男の声が出て、ショウは
「オリヴィエ博士? ちょっと訊きたいことがあるんだが」
と、挨拶もそこそこに本題に入る。
「早速だが、『真竜の牙』っていうのは、攻撃防御特化と、魔法防御特化に、分けることはできるのか?」
「は?」
きょとんとした声が返った。
「――私は、そういうことは試さなかったからなあ。思いつきもしなかったけど」
「そうか……」
実になる情報は得られなかった。
ショウは残念そうに、礼を言って電話を切る。
ひょっとして、ヒラニプラの蛮族の集落に、もう『真竜の牙』は無いのでは、と、そうショウは思ったのだ。
それらは二つの特性に分けられ、二人の赤毛の女に使われたのではないだろうか。
最初に会ったサルファは打撃耐性を持ち、最近現れたというサルファは、ヒールが効かなかった。それが、その証明なのでは?
「んー、でも、それだと説明がつかないことがあるよ」
ショウから話を聞いたヨシュアが首を傾げた。
「君達がサルファという人に会うより、博士のバイト君が遺跡で『真竜の牙』を奪われたのは、後の話だから」
「あ、そうか……」
そうだな、とショウは息を吐く。
当たって欲しくない予想だと思っていたが、良かった、と安心した。
「なあ、遺跡で『真竜の牙』を奪われた時の状況ってどんなだったんだ?」
真竜の牙を取りに行く、その出発前、朝霧 垂(あさぎり・しづり)がヨシュアに訊ねた。
「どうって?」
「例えばさ、そいつらは『真竜の牙だから』奪ったのか、それとも何でもよくてたまたまそれだったのか、とか思ってさ。
思うんだけど、もしかしたら、元々それってそいつらの物だったんじゃないか、とか」
「奪われた時のことは、詳しくは聞いていないので、僕には解りませんが」
博士がバイトを雇ったのはヨシュアが旅行に出た後、帰ってくる前だ。
ヨシュアは困ったように言った。
「もしそうなのだとしたら、強奪者は僕達の方、ということなんでしょうか」
「さて、飛空艇でどこまで上がれますかね……」
ヒラニプラ山岳地帯には、様々な地形があるが、ここは岩壁の多いところだった。
ある程度のところまでは特に問題なく進むことができたが、ここから先は、というポイントまで来て、やはり、選択を余儀なくされる。
道もあることはあるが、殆ど使用されないらしく、大勢でぞろぞろ登って行けるようなものでは到底無い。
そこでウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は、行けるところまで小型飛空艇で行こうと試みたのだ。
それは良かったのか悪かったのか、恐らく何処かに見張りポイントがあるのだろう、上空から、複数のドラゴニュートが飛んでくる。
半竜、という感じで、いつも見かけるドラゴニュートよりも、ドラゴンの形に近くなっている。だが、ドラゴニュートの面影も未だ色濃く残っていた。
何度か脱皮を繰り返したのか、身体の大きさが標準の人間よりも大きく、背に人間を乗せて不都合がないほどだ。
「何者だァ、貴様等!」
ドラゴンの背から、いかにも柄が悪そうな男が怒鳴り声を上げた。
ウィングは、なるべく友好的に答える。
「聞いて欲しい話があるんですよ。
すみませんが、族長にお目通りは叶いませんか?」
「は! 俺達の方に、聞きたい話なんざこれっぽっちも無いなぁ!」
武器を振り上げて飛び込む蛮族とドラゴニュートを、ウィングは辛うじて躱す。
「何だか、予想通りという感じですが……」
どうしたものか。
とりあえず飛空艇に乗ったままでは両手が塞がるので、応戦する為に下りなくては、とウィングは思った。
「くっそー、こっちの話は一言も聞く気無しかよ!」
ショウは、パートナーの葉月 アクア(はづき・あくあ)に運転を任せる小型飛空艇の後部座席で、予想はしてたけどよ! と毒づく。
戦うことになるだろうと予測していたからこそ、最初から、戦いに集中できるようにアクアに運転させていたのだ。
「来ます!」
アクアが叫んだ。
ショウ達に向かって、複数のドラゴニュートが四方から向かってくる。
「頼むぜ、アク!」
「わかりましたっ」
アクアはぎゅっとハンドルを握り締めた。
「待てっ! 俺達は、戦いに来たわけじゃない!
おまえ達と話しに来たんだ!」
朝霧垂の叫びに、ドラゴニュート達、そしてそれらに乗った男達は、耳を貸そうとはしなかった。
「捕まえて縛り上げろ!」
垂は乱暴に捕まえられても反撃せず、抵抗なく捕まる。
一緒にいたパートナーの朝霧 栞(あさぎり・しおり)も同様に捕らえられた。
「連れて行け!」
引きずられて、垂は隣りの栞に謝った。
「……すまない、栞。巻き込んで……」
だがどうしても攻撃する気にはなれなかった。
襲撃者、には、なりたくなかったのだ。
「垂は一度言い出したら聞かないからな。
納得するまで好きなようにするといい。俺も付き合うから」
栞は何でもないことのように笑う。
「……すまない」
2人はそれから別々の飛行ドラゴニュートに乗せられ、壁面付近を飛んで、山頂の集落まで運ばれる。
「ここで暫く大人しくしてろ!」
と、何処かの小屋に投げ込まれた。
「騎竜ドラゴニュートですって」
話を聞いた時、瞳を爛々と輝かせながら、パートナーのリズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)に言った一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)に、リズリットは立ちくらみがした。
正しくは嫌な予感がした。
くりん、と月実はリズリットを見る。
「……私、ドラゴン肉が食べたいわ」
ずる。
リズリットは本気でコケた。
「この状況で、ほんっとうに何言ってんのこの子!」
8歳の子供が、この子呼ばわり。
「食うな! そもそも食えるか! あなたは一体話のどこを聞いてたの!?」
リズリットの説教に、解ったわよ、と答えていたはずの月実だったはずなのに、何故か気がつけばリズリットはヒラニプラ山岳のふもとに立っていて、一体これはどうしたこと? 夢? と呆然とした。
すう、と隣りで月実が深呼吸。
「私をドラゴンに乗せなさーい!!!」
「ギャー! 馬鹿、馬鹿、馬鹿、何言い出すの!」
だって私の夢だったのよ、そう言えば。忘れていたけど。
だから私をドラゴンに乗せて! そして乗り方を教えて! お礼はたっぷりするわ! リズが!
サービスもたっぷりするわ! リズが!
お願いします! どうして返事をしてくれないの?
言葉が通じないのかしら。
こうなったらボディランゲージ? いいわ、私の情熱の躍りを見て!
「月実の馬鹿――――!!」
ふと、突っ込みの声がやけに遠く、風にかき消されそうになっているのに気付き、月実はトリップから戻って来た。
「…………あら?」
月実は皮袋に入れられて頭だけ出され、荷物のように飛行ドラゴニュートにぶら下げられて飛んでいた。
別の飛行ドラゴニュートに、リズリットもぶら下げられて、月実に対して呪いの言葉を叫び続けている。
「……あら?」
何かコレ、「ドラゴンに乗る」っていうシチュエーションと少し違うわ。
ていうか、私が理想とする「ドラゴン」と、この半分ドラゴニュートの形が混ざったようなのは少し違うわ。
これじゃドラゴニュートじゃない?
ぶつぶつ言っていると、ぶら下げられた月実の位置から、ドラゴニュートが少し顔を下に向け、月実をじろりと睨みつけるのと目が合う。
「あら……聞えたかしら?」
別にドラゴニュートが駄目っていうんじゃないのよ。ただドラゴンに乗りたかったの。
と再びトリップしている間に、どこかに辿り着いた。
「暫く入ってろ!」
と、皮袋のまま、小屋の中に投げ込まれる。
ぼてっ、と月実は顔から床に激突して、あいたっ、と声を漏らす。
顔を拭こうにも、手が袋の中で縛られている。女の子なのにー、とぼやく。
「馬鹿!!!」
そんな月実にリズリットが叫び、月実はばかじゃないもん、と言い返そうとして、部屋の中にいるのが自分達だけでなく、垂と栞が先に閉じ込められているのに気付いた。
「あら、こんな所に学生さんが。何かあったの?」
驚いて訊ねた月実に、、
「……あんたほんっとに、ヨシュアさんの話を全く聞いてなかったのね」
と、リズリットが、ものすごく疲れた声で呟く。
もうあんたに言うことは何も無いわ、と、リズリットは力尽きたようにごろりと横になった。
「馬鹿だねえ。いや、皆善人だなあと思えばいいのかな」
次々と捕らえられて運ばれ、派手に空中戦を繰り広げ、地上戦を誘って切り結んでいる人々を密かに眺めて、清泉 北都(いずみ・ほくと)は呟いた。
「そもそも最初に強奪なんて手段を使って『真竜の牙』を奪って行った連中に、こっちからの友好的態度なんて、通用するわけないよね」
まあ、皆が派手にやってくれてるから、こっちはこうしてどさくさに紛れて、密かに蛮族の集落に向かうことができているのだけど。
「向こうに行ったら、暴れていいんだろ?」
白銀 昶(しろがね・あきら)が、うずうずとした様子で言う。
「無意味な殺生は感心しません」
クナイ・アヤシ(くない・あやし)がすかさず答え、北都が振り返った。
「でも、交渉してみたところで、盗ったものを人にあげる、とか、普通無いよね。
仕方ない時はいいんじゃない。でも、程ほどにね」
「わかってら!」
にま、と笑って昶は尻尾を振る。
そうして、険しい道のりは昶が獣化したり、守護天使であるクナイが光翼を広げて北都を抱いて運んだりして、3人は蛮族の集落に辿り着いた。
「……特に怪しげなところは感じられませんね」
と、クナイが言った。山岳地帯にある一般的な集落と、特に違うところはない。
「大きいけどな」
恐らく、ドラゴニュート達を基準としているのだろう。
襲撃してきたドラゴニュート達を遠目に見ていただけだが、どのドラゴニュートも成人人間よりもかなり巨大だった。羽根もある。
そんなドラゴニュート達は、人間の騎獣という形で空を飛んでいても、家畜などではない。むしろ、人間よりも立場は上、という印象を受けた。
ドラゴニュート達の生活を優先に、この集落の建物は、どれもが人間サイズよりかなり巨大だった。
「何処に保管してあるのでしょうか。そもそも、形状がよく解らないのですが」
クナイが、気配を探りながら言う。
銀色の粘土、と、来る前にヨシュアは彼らに説明していた。
「捜しながら進むしか無いね。昶、戦うのもいいけどそっちも頑張ってよぉ」
「何だぁ? 他にも何かやらせんのか」
昶はぶいぶい文句を言ったが、口だけの反論だ。
昶がトレジャーセンスで『真竜の牙』を探す過程で、彼等はあっさり見つかってしまった。
どうやら彼等は、あちこちから色々なものを強奪しまくっているらしく、気になるところが幾つもある。
昶が示すところを北都とクナイは調べまくり、結局最後には昶自身が、これだ、と思う代物を探し当てて、抱えて持って来た。
それまでの間に彼等は見つかってしまい、片っ端から応戦しながら探していたら、すっかり騒ぎが大きくなってしまったのだ。
「これ? これが真竜の牙、なのですか?」
昶が持ってきたものを見て、クナイが訊ねた。
粘土のようなもの、とヨシュアは言っていたが、一見してそれは、アルミの塊のように見える。
人の頭ほどの大きさのそれが、薄い透明な容器に入っていた。
「間違いない。絶対だぜ」
昶は自信満々にそう言った。
「うん。そっか。お手柄だね、昶。じゃあ、すぐに帰ろうか」
余韻に至っている暇はない。
北都は、これを持ち帰るのを待っているだろう人達に一刻も早く届けるべく、ここで他に誰がいて何が起きていようが構わず、とにかく先に撤退することを優先させたのだった。
「ちぇ。暴れ足りねえ」
昶だけはぶつぶつ言っていたが。
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