リアクション
Scene.9 欲望は、美しいか醜いか
こんなに簡単でいいのか、と、逆に不安に思ってしまうくらい、グロスの篭絡は呆気なく成功した。
彼を見付けるまでの苦労に比べたら、ほんの些細なものだった。
ツァンダへ向かう途中の町で見付けたグロスは、情報交換を持ちかけて近づき、敵意を綺麗に隠して食事を奢っておだてまくると、簡単にいい気分になってくれた。
一応、武装は外さないし酒も飲まない、と、ある程度の用心はしているようだったが、パートナーのネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)が給仕する食事をいい気分で食べている。
それに毒が入っていたらどうするんだろう、と、朱 黎明(しゅ・れいめい)は思った。
「では、あのサルファ似の女と黒ずくめの男は、あなたの仲間なんですね」
「サルファ?」
「赤毛の女のことですよ」
「名前なんてあったか? まあいい。
仲間っていうか、俺様の所有物だ。まあ部下と呼んでやってもいいかな」
グロスは、以前黎明達が会ったことのある”1人目”のことは知らないようだ。
「あの顔は、幾つもあるんですか?
彼女は何者なんです? ……ゴーレム、とか?」
「ゴーレムなんだか人造人間なんだか、俺には関係ないな。
ああ、あいつら2人まとめて造ったと聞いたっけ。で、2人まとめて失敗作、だ。
片方がどうしたか、なんて俺の知ったことじゃねえよ」
「グロス様、もうお食事はよろしいんですか?」
ネアが、皿の中味が減らなくなったのを見て訊ねる。
「ああ、ここはやっぱり酒だな。おい」
「かしこまりました」
喜んでお酌しますわ、と、にこり、とネアは微笑む。
「ふん、契約者か。いい女を侍らせてるもんだな」
「あなたには契約者がいないのですか?」
「いる。が、会ったことはない。
契約者なんて所詮は力を倍増させる為だけのアイテムみたいなもんだ。
俺に跪くなら別だがな!」
言ってくつくつと笑う。
大方、ネット契約か何かなのだろう、と、黎明は思った。
「赤毛の女は、誰が造ったんですか?」
「知るか。誰か、鏖殺寺院の科学者、さ。女だな」
どうやら、グロスはそれを知れるほど組織の上の方にはいないらしい。
さて、と黎明は思った。
サルファについて訊きたいことはまだあったが、どうにも、訊いても無駄、という気がした。
この男に、造られた命であるサルファに感情があるのは何故か、と訊いたところで、わけの解らないことを言い出すな、と癇癪を起こしそうな気がする。
「じゃあ最後に……女性のバストサイズは何が最高だと思います?
ちなみに私はDが一番好きなんですけど」
「女の胸だと?」
グロスは酒杯をあおって、黎明に、フン、と笑った。
うわ、あなたにそういう笑い方をされたくないですねえ、と、にこやかな笑顔の下で黎明はグロスを蔑む。
「そんなもの、でかけりゃでかいほどいいに決まってる。
俺が幹部になれば、女なんか侍らせ放題だ。
お前も俺の下につけば、おこぼれに預かれるかもしれないぜ。
メニエス。そう、あの女も俺の部下だ」
「それは楽しみな話ですが」
いや間違いなくそれは無いでしょう、絶対顔で笑って心で唾吐いてたでしょう、と確信したが、勿論そんなことを口には出さない。
「とりあえず、女王器の情報ですが。
ツァンダにあったのは確認されていますが、その後はどうだか解らないんですよね」
まだあるのか、持ち出されたのか。
「ちっ……。まあいい。
ツァンダにあるっていう情報は、嘘じゃなかったんだな」
「奪ったゴーレム達は今、何処に?」
「隠してある。光学迷彩を施してな」
グロスはにやりと笑った。
「俺にでもそれくらいのことはできるんだぜ」
「……それは素晴らしい」
褒め称えると、グロスはいい気分になって笑う。
「くくっ、そうだ。お前、俺様がいーいことを教えてやる! 特別だ!」
他よりも、情報を多く知っている者の優越感か。
酒に酔ったのか、グロスは楽しそうにひとしきり笑って、言った。
「コハクってガキは、神子じゃない」
寝込みを襲うこともできたが、それはフェアじゃないとやめておくことにした。
「今更私がフェアじゃないとか、我ながら笑ってしまいますが」
「いいえ」
と、ネアは首を横に振る。
とりあえず、グロスとゴーレムを探している人々には、光学迷彩で身を隠しながら移動している、ということは伝えておこう、と黎明は思った。
最初からそれが解っていれば、発見することも容易いだろう。
彼を倒すことに興味はない。
それは誰か、もっとグロスを倒すことに対して積極的な者がすればいい、と思った。
◇ ◇ ◇
頭痛が、時折酷く痛む。
「……これは、私が記憶を失っていることと関係あるのでしょうか?」
アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)は、パートナーの
ラズ・シュバイセン(らず・しゅばいせん)に訊ねる。
彼は何かを知っているはずだが、それについて明確な返答が返ってきたことは未だ無かった。
もしかしたら、自分の過去は語れないほどに忌まわしく、思い出さない方がいいということなのだろうか、と考える。
「今は、こっちに集中しようか」
安心させられる笑顔でラズに言われて、
「そうですね」
と頷いた。
今は、ゴーレムを止め、鏖殺寺院の刺客、グロスを倒すことが、最優先だ。
「鏖殺寺院……! 必ず、倒す……!」
自分でも抑えられないほどの、強い憎悪を感じる。
「でもまあ、無理はするんじゃないよ、アーシャ」
ぽんぽん、と、落ち着かせるように頭を叩かれた。
アシャンテは1人でグロスやゴーレムを追おうとしたが、ラズは強引にそれに同行しようとする。
「ラズ。心配してくれるのは嬉しいですが、私は1人でも……」
「違うよ。自分も鏖殺寺院に対しては、いい感情持ってないしさ」
だからね、と微笑まれて、わかりました、と頷いた。
「助っ人も呼んでるんだよ」
「え?」
クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)は、小型飛空艇で、巨大甲虫を駆るアシャンテの横を走る。
共に行動する時に、彼が時々、頭痛を感じるかのように頭を押さえる仕草をくることに、アシャンテは気付いていた。
それは、自分とよく似た感じだからだ。
「大丈夫か? どうした」
アシャンテの声に、クルードははっとした。
「すまない。体調が悪いのに、付き合わせて……」
「……気に病むことじゃない。この頭痛の理由なら、解っている」
「え?」」
訊き返すアシャンテに、何でもない、と首を横に振る。
ただ密かに、己の誓いを呟いた。
「……俺は、打ち勝ってみせる……」
5メートルを越えるゴーレムを落とす落とし穴、と一言で言うのは簡単だが、実際に掘ってみると、これはかなり大掛かりなものだった。
「タツミ〜。どう? うわ、あんまり掘れてないね。
早くしないとゴーレムが来ちゃうよ!」
「そう言うなら手伝ってください……。
セメントは調達してきてくれましたか」
「重かった! もーっ、女の子にこんな重いの運ばせないでよ!」
頬を膨らます
ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)に、
風森 巽(かぜもり・たつみ)はやれやれと息を吐いた。
攻撃の通用しないゴーレムなら、埋めて動けないようにしてしまえばいい、と、巽は考えたのだ。
そう、まるっと穴に落としてしまい、セメントで全身を固めてしまえばいい。
しかしその準備に、とてつもない労力が掛かっている。
「……こういうの、ヒーロー番組だと、5分くらいでできてるんですけどねー」
現実はそう簡単にはいかない。
「じゃあティア、買ってきたセメントを作ってもらえます?」
「ええーっ! そんなの女の子に以下略!」
ティアは断固抗議するが、他に頼める相手もいないのだ。
「あとそれから」
「まだあんの!?」
「ヒールかけてもらえますか……」
「…………」
溜め息を吐いて、ティアは力尽きそうな巽に無言でヒールをかけた。
これで、ゴーレムがこのルートを通らなかったらどうしよう、とかうっかり思ってしまってぞっとしながら。