リアクション
◇ ◇ ◇ リカイン・フェルマータに案内して貰い、一緒に『カゼ』の墓標に行って、小鳥遊美羽は、『カゼ』にドーナツを供えた。 ぱん、と手を叩いてお参りをして、その隣りでリカインは祈りを捧げる。 「ん!」 と美羽が顔を上げるのと合わせて、リカインも祈りを終わらせた。 「では、アレキサンドライトに会いに行きましょうか」 リカインのパートナー、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が心なしかわくわくとした表情で促す。 「お話を伺うのを楽しみにしてました」 「不安だわ」 と、にこにこ顔で付いて来る狐樹廊の様子をちらりと見て、リカインがぽつりと漏らす。 「慇懃無礼な性格だからな。 しかし、狐樹廊の態度くらいで立腹しないだろう。豪放な人だからな」 「……それもそうね」 パートナーのキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)の言葉に、リカインも同意した。 結晶のひとつがあると思われる、聖地カルセンティン。 4人はそこの守り人である、アレキサンドライトに会いに来たのだった。 「アレキサンドライト様!」 「誰か、中を確認して来い、聖地が!」 「馬鹿野郎、これしきのことで騒ぐんじゃねぇ! 取りあえず結界は張った。全員落ち着きやがれ!」 守り人の村が騒がしい。 リカイン達は喧騒を耳にして顔を見合わせた。 「何かあったのかな?」 と、美羽が心配げに呟く。 村に入ってみて驚いた。 腕が千切れかけて全身血塗れのアレキサンドライトが、怒鳴るように周囲に指示を与えながら闊歩している。 「ど、どうしたの、それ!?」 思わず声を上げたリカインに気付いて、彼は4人を見た。 「何だお前等か。 間の悪い時に来やがったな」 相変わらずの口の悪さで、アレキサンドライトは 「悪いが取り込み中だ。とっとと帰れ」 と言い放った。 勿論、リカイン達は帰らなかった。 治療を受けているアレキサンドライトの部屋に、見舞いと称して押しかけて、無理矢理話を聞いている。 いきなり帰れ、と言った割には、アレキサンドライトは特に怒りも追い出そうともせず、話に付き合った。 美羽は、 「丁度良かった、っていうのも変だけど。お見舞い、お土産でいい?」 と、持参のドーナツをアレキサンドライトに差し出す。 が、彼は今血塗れなので、近くにいた村人に、 「皆で食べてね!」 と言って渡した。 「聖地のある村に来て、いきなり血を見るとは、これもまた一興、というところですか」 狐樹廊が面白そうに言って、 「ったく、冗談じゃねえよ」 とアレキサンドライトはブツブツ言っている。 狐樹廊に対してではない。 彼の言葉は耳半分、己の務めの方を考えているのだ。 独り言で悪態をついてから、アレキサンドライトは狐樹廊に目をやった。 「で? 何だお前は。何か俺に用か」 「ええ、でもお取り込み中のようですので。別に後でも構いません。 どうせ絶対に逃がしませんしね」 と、狐樹廊はフフ、と笑う。 「かったるいこと言ってんじゃねえよ。 用があるなら今言いやがれ」 ずばりと言い返されて、狐樹廊は少し意表をつかれた顔をする。 フ、と口の端で笑った。 「いえ、手前は若輩ながら、空京末端を務める地祇。 聖地の守り人たるあなたに、心構えなど金言をいただけたらと思い、こちらのお二方に憑いて……いえ、付いて参った次第なのです」 「金言? めんどくせぇことを言う奴だな」 呆れたようにアレキサンドライトは溜め息を吐いた。 「そんなご大層なものはねえ。 守り人だろうが地祇だろうが関係ねえ。 両手が届く範囲のものを、全力で護る。それが俺の仕事だ」 「では、両手の外は?」 「そこまで構ってらんねえよ」 範囲外だ、ときっぱり言う。 そこでようやくアレキサンドライトの治療が終わった。 この村には治癒魔法に長けた者がいないらしく、随分時間がかかっていた。 そういえば、治癒魔法に限定されず、まともな戦闘能力を有する者自体、アレキサンドライト以外には殆どいないと言っていたか、と、キューは以前の事件を思い出す。 ありがとよ、と、アレキサンドライトはようやく治癒魔法を終えた者に、礼を言って下がらせた。 「私も訊いていい?」 ふう、と息を吐き、リカインが訊ねる。 「何だ」 「今、シャンバラに起きてる、女王候補を巡るゴタゴタをどう思ってる?」 「何だそれは。そういえば最近あちこち騒がしいみてえだな」 意外な返答に、唖然とした。 「まさか知らないのか?」 目を丸くしてキューが訊ねる。 「まさかも何も、俺達は森の外には出ねえ。 別に禁止してるわけじゃねえが、出て行かない奴は一生この森を護るし、出て行く奴は二度と戻らねえ。 お前等が来るようになるまで、ここは誰にも知られない村だった。 稀にどこかの医者が水汲みに来ることがあるくらいでな。別にその医者ともそんな話をするわけじゃねえし」 だから、情報など、ろくに入っては来ないのだ。 「驚いたな。世界は今、大変なことになっているのに」 「知ったことかよ。 知ろうが知るまいが、俺がやることは、この聖地を護ることだ。 知ろうが知るまいが、女王がどうのっていうのは、俺がやることじゃねえ」 ただ、絶対に、何があっても、命を賭けて聖地を護る。 それが譲れない唯一のことなのだ。 「……何だか気が抜けたわ」 リカインは呆れた溜め息を吐いた。 「女王は絶対の存在なんじゃないの。 相応しくない人が女王に就いたらどうするの?」 「引きずり下ろせばいいだろう。それをするのは俺じゃねえが」 「呆れた」 リカインは肩を竦めた。 「私はね、”結晶”を集めてるの」 話が終わるのを待って、美羽が口を開いた。 「”結晶”?」 「それが私が今やることなの。 ここに、それがあるって聞いて、来たの。 お願い。手に入れる為に、力を貸して欲しい」 あれか、という顔を、アレキサンドライトはした。 「くれてやるのは構わねえが……」 「何か問題でも?」 キューが訊ねる。 「それは、貴公の先程の負傷に関係しているのだろうか?」 「まあな」 やれやれ、とアレキサンドライトは溜め息を吐いた。 「……聖地の中に、化け物が出た」 「えっ!?」 「聖地は、鍾乳洞になってるんだが……所々、下に深い穴や裂け目がある。 深淵の穴、と、俺達は呼んでる。 それが、下の世界に繋がってる、と、昔から言われてはいた」 「下の世界?」 「ザナドゥ、って言ってな。 魔物ばっかりうじゃうじゃいる世界だ、と、言われてる」 「そこから、魔物が出て来たの?」 美羽が訊ねた。 「そうだ。でかいのが一匹だけだがな。 こんなことは初めてだ。 お前等の言う、今世界が大変なことに関係してるのかもしれねえな。 とにかく、奴に中で暴れられたら、聖地は穢されまくって取り返しのつかないことになっちまう。 で、とにかく奴の周りに結界を張って閉じこめた。 ”柱”や聖水に影響が出ない場所まで追いつめてから、結界を張らなきゃ意味がねえ。 てめえの怪我になんぞ構ってられねえが、てめえの血で聖地を穢すわけにもいかねえ。 さっきまで、こっちはえらい面倒で大変な状況だった」 それはお疲れ様でした、と、狐樹廊が肩を竦める。 「ひょっとして、”結晶”は、その結界の向こうにあるのね」 美羽が言うと、アレキサンドライトはにやりと笑った。 「ご名答だ。”柱”の鍾乳石に埋めこまれてある」 だから、とアレキサンドライトは言いかける。 「私、手伝うよ!」 「は?」 取りあえず帰れ、と言いかけたアレキサンドライトは、美羽の言葉に、口を開きかけて固まる。 「その魔物を倒したら、”結晶”を貰えるのね。 声を掛ければ、きっと他にも来てくれる人いるし、大丈夫!」 任せて! と、美羽はガッツポーズをして見せた。 |
||