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コーラルワールド(最終回/全3回)

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コーラルワールド(最終回/全3回)

リアクション

 
 
 霊峰オリュンポス、森林地帯の終わりに、巨人アルゴスの墓はある。
「こんにちは、アルゴス君。……こんな形で会うなんてね……」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、墓標代わりの巨人の槌を見上げて言った。
「話は聞いたわ。
 ハルカ君を助ける為に、君が門を開けたって」
 ハルカを助けることさえできれば、彼は後のことに興味は無いかもしれないが、事の顛末を伝えることができたら、と、墓参したのだ。
 ふうん、とシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が、巨人の槌に手を触れる。
 少しして、手を離したシルフィスティに、リカインは「どうだった?」と訊ねた。
 サイコメトリをしていたらしい。
「別に……大したものは見えなかったわ」
 一人、ただ黙々と、様々な光景の中を歩いている、視えたのは、そんな情景ばかりだった。
 リカインは、その墓標をじっと見つめる。
 最後に会った時の事を思い出した。
“他の仲間のことが分かるかも”
 そう、安易な誘いをかけたことを後悔する。

「ね、もう此処はいいでしょ。『死の門』に行きたいわ」
 一方シルフィスティは、既に巨人より、巨人を一刀のもとに屠ったというリアンノンに興味を移していた。
「また、いつもの質問攻め?」
「うーん、場所が場所だし、戦った方が早いかな?」
「……どっちにしろ、無遠慮な方法をとるわけね……」
 リカインは溜息を吐く。違うわよ、とシルフィスティは言った。
「本人と戦うんじゃなくて。
 黒龍騎士なら、ナラカの魔物と戦ってるんでしょ。手伝いながら観察するっていうか」

 だが、死の門の門番を継承したリアンノンは最早、他の黒龍騎士達のように、ナラカから湧き出る虚無霊を撃退する役割を持たなかった。
 今や彼女の使命は、この門を護り続けることだ。
 仕方なく、シルフィスティは結局、正面からリアンノンに訊ねた。
「龍騎士は、正面きって巨人と戦っても勝てるの?」
 はあ、とリカインが溜息と共に右手で顔を覆う。
 リアンノンは、表情を変えることなく、シルフィスティを見返した。
「驕るつもりは無いが、我々は、エリュシオンを護る誇り高き龍騎士であり、私はその中でも最強と謳われる黒龍騎士だ。
 名に恥じぬよう在りたいと思うが、今や巨人が存在しない以上、その優劣は予測でしか語れない」
「その最後の巨人を、一撃で殺していたじゃない」
 す、と微かにリアンノンは目を細めた。
「彼は抵抗しなかった。覚悟の上の死だった。
 後の者達に全てを託した。この答えで満足か」
「フィス姉さん、もう行きましょ」
 その言葉の中に、怒気が含まれていることを何となく感じて、リカインがシルフィスティを促す。
 仕方ないわね、と、シルフィスティはリカインに促されるまま、死の門を後にした。



 病室の窓から外を見て、エリシア・ボックは内側からユグドラシルの様子を見た。
「……ええ、成程」
「ブルプルさん、どうしたのです?」
 ベッド横からのハルカの言葉に振り向いて、
「活性化に成功した、と伺いましたけど、成程と思っていましたの。
 そうですわね……漲っているような、そんな感覚がいたしますわ。空気にも活気を感じるような」
「世界樹さんも元気になったのですね」
 よかったのです。とハルカは微笑む。
 ハルカは数日入院した。
 帝都ユグドラシルの大きな病院にハルカを入院させたエリシアは、毎日ハルカの看病をしつつ、その費用を御神楽陽太に無心した。
 託された費用と共に、小鳥遊美羽や樹月刀真達が見舞いに訪れる。
「ハルカ、今日退院だって?」
「はい。もうピンピンなのです」
 ハルカの元気な笑顔に、美羽達もほっとした。
「けれど、シャンバラに戻る前に、墓前に寄り道なさるのでしょう。無理はなさらないでくださいね」
「ばっちりなのです」
 請け負うハルカに、エリシアは、大丈夫かしらと肩を竦める。
 そうして、シャンバラに戻れば真っ先に、オリヴィエ博士のところに面会に行く予定だった。
「ブルプルさん、お世話になったのです」
 ありがとう、と礼を言うハルカに、エリシアは苦笑を見せる。
「もう、あんな心配をかけないでくださいませ」


◇ ◇ ◇


 オリヴィエ博士は、ハルカが瀕死になっていた間昏睡状態にあって、叩いても揺すっても死んだように動かなかったそうだが、何事もなかったかのように面会に訪れた面々を迎えた。
 時間的には一日にも満たない間だったので、当初はサボリ疑惑も浮上していたという。
 刀真は、ハルカやアルゴスのこと、死の門で起きたことをオリヴィエ博士に話しておかなくてはと思って来たが、いざとなると何て言ったらいいのか解らず、最初に口を開いたのはハルカだった。
「巨人さんが、ハルカを助けてくれたのです」
 それで刀真も、死の門での出来事をオリヴィエに話した。

 死の門の前、予期せぬ出来事により、ハルカが瀕死になってしまったこと。
 突然巨人が現れ、門の鍵になると申し出たこと。
 門を破壊しようとするアルゴスと、契約者達との戦い。
 黒龍騎士による最期……。

「アルゴスさんは……自分の命と引き換えに、ハルカとオリヴィエ博士を救ってくれました」
 コハク・ソーロッドが言う。
「でも、どうやってアルゴスさんはハルカの危機を知って、あの場所に転移して来れたんだろう?」
 それだけが謎だと、コハクが首を傾げた。そうよね、と美羽も相槌を打つ。
 オリヴィエは、最後まで黙って話を聞いていた。
「彼との戦いには、イコンが用いられたのだろうか?」
「いや」
 刀真の答えに、そうか、と呟いたオリヴィエは微笑んで、「ありがとう」と礼を言った。
「?」
 首を傾げる刀真にただ笑って、オリヴィエは何も言わない。

 ――アルゴスは、イコンを嫌っていたのだった。
 戦う相手の顔が見えないのは嫌だと。
 死に至る彼の最後の戦いが、イコンとのものでなかったことを、オリヴィエは幸いに思う。
 オリヴィエの礼の言葉に、刀真は黙って首を横に振った。


 結局、自分は何もできなかったのだ。
(俺は、自分が抱えきれないものまで抱えて足掻いているんだろう。
 このままだと、また俺は取り零すのかもしれない。
 ハルカだって今回、一歩間違えれば――)
 想像してぞっとした。
「刀真?」
 漆髪月夜の声に、はっと我に返る。
「どうしたの」
 面会時間も終わり、皆と別れて帰途につく。
 ぼんやりと佇む様子の刀真を見て、どうしたのかと声を掛けた月夜は、突然抱きしめられた。
 驚くが、月夜はそのまま刀真の腕に身を預ける。
 まるで縋るような思いで、刀真は、月夜を抱きしめた。
 月夜も、このまま自分の傍にいたら、いつか取り返しのつかないことになるかもしれない。
(だけど、それでも俺は――)
 何一つ、手放せない。
「……刀真。刀真、大丈夫だよ」
 抱きしめられるまま、月夜は不安げな子供のような刀真の背中に手を回し、ぽんぽんと叩く。
「大丈夫……」
 刀真の胸に顔を埋め、うっとりと目を閉じながら、月夜の手は、刀真の背中をあやし続けた。
 
 
 
 
 
 
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