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コーラルワールド(最終回/全3回)

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コーラルワールド(最終回/全3回)

リアクション

 
 
 テオフィロスを鎮める方法も解らないまま、セルマヒルダ達は必死に彼を抑えていたが、歩み寄ったトゥレンが、彼等を払い退かした。
「もう、いい」
「トゥレン……」
 転げたセルマ達はすぐさま起き上がったが、トゥレンはもう、セルマ達を見ていない。
 突き刺さるセルマの槍を引き抜いて立ち上がろうとしたテオフィロスに、低く何かを呟いた。
 直後、テオフィロスの胸を、トゥレンの剣が貫く。
「テオフィロス!!」
 ヒルダが悲鳴を上げた。
 再び倒れたテオフィロスは、呆然とトゥレンを見る。
「………………?」
 咳き込み、もう一度トゥレンを見上げた。
「トゥレン?」
「ああ」
「テオフィロス……」
 正気に戻ったのか。
 目を見開いたヒルダの声に反応して、テオフィロスは彼女を見る。
 血を吐いて咳き込み、自分が致命傷を負っていることを自覚した。
 ああ、そうか、と、思い出す。
「……すまない」
 ヒルダを見て、テオフィロスは呟いた。
「……?」
「死なせないと、約束を、守れなかった」
「!」
 その言葉を最後に、テオフィロスは事切れる。
 ヒルダは呆然と座り込んだ。
 今、ようやく思い出す。
 都築とのパートナー関係を心配していたヒルダに対し、彼は言ったのだ。
 都築を、死なせないよう努力する、と。
 狂気に染まったテオフィロスの中に、その約束だけが残っていたというのか。
 息絶えたテオフィロスを前に、ヒルダはぼろぼろと泣いた。


◇ ◇ ◇


 アキラ・セイルーンもまた、小さな根の欠片を手にしていた。
 それはどんどん枯れて行き、やがて完全に生気を失ったが、堅い塊が、アキラの手の中に残った。
 ヘルの手の中にある欠片以外、他は完全に砕けて消滅したから、貴重な遺品だ。
 アキラはにんまりと笑って、それをポケットにしまった。



「よかった……」
 活性化が成功し、安堵するルカルカ・ルーに、「お疲れ」とダリルが慰労する。
「ううん。『家に帰るまでが遠足』よ。パラミタまで、全員無事に帰還しないと」
 気を取り直すようにルカルカは笑う。
 全員まとめてアガスティアの外に出す、とユグドラシルは言った。
 来た道からは戻れない。一ヶ月かけて、パラミタに帰るのだ。
「事後処理はよろしくね」
 ルカルカは、世界樹達へ依頼をする。

「最後に、ひとつだけよろしいですか」
 ・レッドヘリングが、ユグドラシルに願い出た。
「ルーナサズに続く水脈が、もっと豊かな水をあの地に運べば、住んでいる方々の生活がもっと豊かになると思うのです」
 叶えられるかどうかは、ユグドラシルの気紛れ任せだが、あの地を変えるチャンスは今しかない、と思ったのだ。
「ルーナサズ……ああ、水脈が塞がれているところか」
 呟くのに、え? と聖は首を傾げるが、もうユグドラシルはそっぽを向いている。
 どういうことだろうと思いつつも、聖はキャンティに呼ばれるままに、彼等の元を離れた。

 トゥレンは、テオフィロスを斃れた場所に置いて行くと言ったので、世界樹達の許可を得て、都築中佐と共に埋葬した。
 そうして、パラミタへ帰還する為に、契約者達は柚木桂輔のウィスタリアへ乗り込む。
 見送るユグドラシルとイルミンスールが、彼等を外に出すようにと、世界樹アガスティアへ指示しようとした、その時。

 ドシン、と、ウィスタリアの甲板に何かが降り立った。
「何だ?」
 揺れは格納庫にも届いて、桂輔は、何事かと周囲を見渡す。
 艦橋から、アルマ・ライラックがその姿を確認して驚いた。
「三つ首の龍……?」
 そして、その足元に、一人の女性。
 女は、両手に持った剣を、甲板に突き当てる。
 龍を中心として、甲板の上に巨大な光の魔法陣が、一気に描かれた。

「ジール! ヴリドラを召喚しなさい!」

 何が起きようとしているのか、咄嗟に天樹十六凪は悟った。
「二人とも、何処でもいい、船体に掴まるのです!」
 十六凪達三人は、密かに身を隠していた場所から飛び出して、ウィスタリアの外壁に掴まる。
 ジールの召喚によって、ヴリドラがウィスタリアごとこの場から消え失せたのは、その直後だった。



「乱暴なことをする」
 静かになったコーラルワールドで、ユグドラシルが、残された元皇帝リューリクに呆れる。
「今頃ぉ、召喚した人はぁ、疲れて倒れているのですぅ」
「私の龍を召喚しようとしたのよ。
 その程度の代償もなしに成せると思わないで欲しいわね」
 それでも、リューリクは、彼等をパラミタに帰還させてあげたのだ。
 エリュシオンの偉い人はみんなツンデレですねぇ、などと言ったらユグドラシルに何を言われるか解らないので言わない。
「リューリクはぁ、一緒に行かなかったんですねぇ」
「あなたは馬鹿なの?」
「お前は馬鹿か」
「はうぅっ」
 容赦の無い突っ込みに、イルミンスールは挫けそうになる。
「行けないのよ。私はもう、向こう側には」
 境界を越えて、生の世界に行くことが可能でも、皇帝達は、自らの意志でそれを成すことは決してしない。
 そこは既に、彼等の在るべき世界ではないからだ。
 皇帝達は矜持を以って、生と死の境界を荒らすことはない。
 たとえ永くナラカにいて、精神の一部が混乱してしまっていても、間違えはしない。
 構わない。
 ヴリドラは、すぐに戻って来るのだから。