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コーラルワールド(最終回/全3回)

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コーラルワールド(最終回/全3回)

リアクション

 
 
 滑り込みセーフで、『死の門』が開くのに間に合ったヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は、コーラルワールドに辿り着いたところで、機晶魔術増幅装置ティ=フォン5を取り出した。
 病を患っているパートナーの早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が、【御託宣】でアールキングの夢を見たのだと、どうしても此処に来たがった。
 けれど無理をさせるわけにいかないから、これに収納して此処まで運んだのだ。
「呼雪、起きてる?」
 ヘルに呼ばれて現れ出でた呼雪は、広がる情景を見て眉を寄せた。
「カラスは……」
 伸びる根の発する場所は、絡み合う根の塊で、中にいるだろう少女の姿は見えない。
 少しでも近づこうとする呼雪に、ヘルは慌てて側についた。
「もう、相変わらず命知らずなんだから!」
 根に近づくと、接近に気付いたように、枝分かれして攻撃的にこちらに向かってくる。
「カラス、聞こえているか? 危害を加えるつもりは無い。話がしたいだけだ」
 鞭のようにしなる根に手を伸ばして触れる。撫でようとするが、その手は弾かれた。
「痛っ……」
「呼雪! 無茶しないでよ」
 ヘルが背後から呼雪を抱えて後退する。
「駄目なのか……?
 カラス、お前はずっと、この根を守り続けていたのか? 独りで……仲間はいたのか?」
 呼雪は、カラスに届くようにと祈りながら、『雄弁のハーモニカ』を吹く。

(………………仲間なんて、要らない。
 アールキングさえ、アールキングさえいれば、
 アールキングの世界が、あれば……)

 コーラルワールドに広がる根が触覚のように、カラスの感覚を研ぎ澄ます。
 か弱い精霊にすぎなかったカラスの力の源は、アールキングに与えられたものだったが、今、その力の全てを“根”に注ぎ、膨大な量の根を奔らせていた。
 幾つにも枝分かれして行きながら、森の中を這うように進み、「スポット」を探すアールキングの根。
 呼雪の訴えも届かない。カラスには障害物でしかない。
 攻撃を仕掛ける根の先から呼雪を庇い、半ば抱えるようにして、ヘルは根の進行から離れてイルミンスール達の方へと後退する。


◇ ◇ ◇


 トゥレンが、かつての仲間であるテオフィロスを殺すことを決意した。
「待ってくれ、トゥレン」
 セルマ・アリス(せるま・ありす)が、トゥレンの手を止めた。
「彼の様子がおかしいのは分かるけど、詳しい事情が解らない内は、殺さない方がいいと思う。
 君は疲れてる。ここは、俺達に任せてくれないか?」
 パルメーラが言っていたように、連日のナラカでの戦いに疲弊しているトゥレンを、一人でテオフィロスと戦わせるわけにはいかないとセルマは思った。
 トゥレンは昏い目でセルマを見つめたが、黙って、一歩下がった。とりあえずは静観する、ということらしい。
「奴から目を離すなよ」
 低く言われて、え、とテオフィロスを見、
「……うわっ!」
 彼が薙ぎ払った剣を、セルマは寸前で躱した。
 いつの間に至近距離まで近づいていたのか、気配が全く読めなかった。

「やめて、やめてテオフィロス!」
 ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)が叫んだ。
 びくん、とテオフィロスがその声に反応して一瞬止まる。
 だがその瞳から狂気は失われず、ヒルダは悲痛な思いでいた。
 一体、彼はどうしてしまったのか。それすらも説明できない状態にあるのか。こちらの声は届くのか。直接訊ねてもいいのか。それとも彼は今、何か制約に縛られているのだろうか?
「教えて、テオフィロス。砂時計の砂は落ちきってしまったの?」
 かつて、都築中佐への土産にと、ヒルダと丈二が考え、テオフィロスに薦めた、ルーナサズの砂時計。
 都築の命は、落ち切っていない砂のように、まだ彼と繋がっているのか。
 ふる、とテオフィロスは首を横に振った。
 ヒルダの声が、耳には届いていないようだった。
 ただぶつぶつと呟いている。
「死なせない……約束した」


「グラーヴェ、ガルモニ、頼むっ!」
 テオフィロスは、ヒルダに気を取られている。
 セルマは二頭の龍をテオフィロスにけしかけた。
 気配に気付いたテオフィロスは、咄嗟剣を構えるが、それが龍だと見ると、一瞬手が止まる。
 龍騎士である自分を取り戻しかけたのか、二体の龍を囮にしたセルマは、全力のダッシュでテオフィロスの死角から飛び込んだ。
 テオフィロスは暴走しているが、逆にそのせいで思考力が低下し、動きが単調になっている。
 セルマは押し倒すような勢いでテオフィロスの体を倒したが、彼は恐ろしい力で押し退けようとして来た。
「くっ!」
 振り払われる。
 殺すつもりはないが、弱らせなくては、と、セルマは龍血の呪いを纏った呼神の槍を、テオフィロスの肩に突き立てた。
 槍はテオフィロスの体を貫き、そのまま地面に突き刺さる。
「うおお!」
 苦痛の声を上げながら、テオフィロスは尚セルマを退かそうとする。
 セルマは必死にテオフィロスを抑え込んだ。


◇ ◇ ◇


「ふふふ、僕は世界征服を企む秘密結社・真オリュンポスの総帥、天樹十六凪……おっと、今はハデス君の体でしたね」
 【ユニオンリング】による合体で、ドクター・ハデス(どくたー・はです)の中身は今、パートナーの天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)が乗っ取っている。
「では、改めて……。
 フハハハ! 我が名は世界征服を企む秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス!」
 この恥ずかしい名乗り、ハデス君は、よく平気でやれますよねえ……。
 根の中心、絡み合う根の塊の上に立ち、ハデスが堂々と契約者達にその存在をアピールした。
「何でわざわざ姿を見せちゃうかなー」
 と、デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)などは思うわけだが、存在をアピールすることは重要な要素なのだろう。
「さて、カラスさん。僕達オリュンポスも、貴女に協力させていただきましょう。
 デメテール君、ペルセポネ君、『アールキングの根』の邪魔をする契約者達を妨害するのです!」
「了解しました、ハデス様!
 あのよくわからない根っこを守ればいいんですねっ!」
 デメテールは、十六凪がハデスを乗っ取っていることに気付いていて、
「りょうかいー。あの人たちの邪魔をすればいいんだね。
 帰ったらドーナツ買ってよね〜。じゃないと、十六凪が乗っ取ってたこと、ハデスにバラしちゃうよ」
 などと交換条件を出してお菓子で買収されたが、ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)はまったく気付いていない。
 守れと言われた対象が、アールキングの根であることすら解っていなかった。
「ペルセポネ君のパワードスーツは、リミッターを解除して、全力戦闘ができるようにしましょう」
「了解っ!
 パワードスーツ、リミッター解除ですっ!」
 ペルセポネの機晶神ゴッドオリュンピアが、潜在解放と機晶解放により、リミッター解除され、フルパワーを発揮する。

 根に護られながら、その中心で高笑いするハデス(十六凪)を、ニキータが忌々しげに見た。
「生半可な覚悟で、あたしたちが預かってる“シャンバラ国軍”の紋章に喧嘩売ってるならねえ……」
 相応の対処というものがあるわよ、と思ったが、今は何よりスポットが先だ。

(とは言え……、この戦い、勝ち目は無いでしょう)
 冷静に状況を判断した十六凪は、契約者達の妨害を目的に、時間を稼ぐ作戦を指示した。
「二人とも。
 腕利きの契約者達を倒すのは非常に困難です。
 アールキングの根がスポットを探すまでの時間稼ぎに徹してください」
「りょうかい。じゃ、ちょっと妨害してくるねっ」
 言ったデメテールの姿が、隠形の術で見えなくなる。