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リアクション
5班の朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、虫取り網を持って、森の外の、岩場にぱらぱらと低い草が生えている場所に居た。狙っているのは虫ではなく、『スカイレタス』と言う、食べ頃になると自然に飛び立つ不思議な草だ。鳥の大好物で、飛び立つとすぐに鳥に食べられてしまうため、飛び立った直後を狙って捕まえなくてはならない。
「とうっ!」
一株のスカイレタスが空中に浮かんだ瞬間、垂は虫取り網を振るった。網の中でまだふわふわ浮かんでいるレタスを、蓋付きの籠に入れる。こうしてしばらく置いておくと浮かぶのを止めて落ちるので、数を集めたら籠ごと浮かび上がってしまうということはない。
「一、二……うん、この位でいいかな」
籠の中のスカイレタスの数を確かめると、垂は籠を背負って森の方を見た。
「後は、パラミタオレンジベリーとパラミタ大王葱だから、森の中だな。危険な獣が居るかも知れないから、気をつけて行かないと」
呟いて、垂は森の方へ歩き始めた。
垂がスカイレタスを捕まえていた場所の近くでは、6班の御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)が岩陰に身を潜めて何かを待っていた。
(……来た!)
視線の先をトットコと走るのは、野生のニワトリだ。が、狙っているのはニワトリそのものではない。卵だ。そっと後をつけて、ニワトリが潜り込んだ茂みを覗き込む。
「……う」
巣で卵を温めていた親鳥と目があってしまい、千代は思わず怯んだ。しかも、親鳥は羽毛を膨らませて威嚇して来る。
(そう言えば、野生のニワトリって、雌雄が交替で卵を温めるんでしたっけ……?)
空の巣から卵を失敬するつもりだった千代は、どうしようかと悩んだ。しかし、材料を集めて来なければ班の仲間たちが困る。意を決して、千代は巣の中に手を突っ込んだ。当然、親鳥は抵抗する。
「きゃーつつかないで、蹴らないでー!」
思わず悲鳴を上げながら、卵を割らずに巣から取り出すのはなかなか難しい。しかも、卵を取られたことに気付いた親鳥は、飛び上がって千代の顔面に蹴りを入れて来た。ほうほうの体で逃げ出した千代の手の中には二つの卵があったが、そのうち一つにはヒビが入ってしまった。
「……必要なのは卵だけ、それも全部取るんじゃなくて、幾つかは巣に残そうと思ってるのに、卵を取るために親を殺すことは出来ませんし……」
ひっかき傷を作っても、今の方法しかありませんね、と千代はため息をつく。
「卵を集めたら、今度は森に野いちごを採りに行かなくてはいけませんし、多少のダメージは覚悟で行きましょう」
千代は再び、親鳥を探し始めた。
「獲物になりそうなものが居るということは、このあたりに我々の目的とする獲物が居る可能性が高いということですな」
そんな千代を見た7班のマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は、本校にあった調味料の中から持って来た、出汁用の大きくかいた鰹節を背嚢の中から取り出した。彼が狙う獲物は、野生の猫である。
「所詮猫、人間の知恵にかなうわけもありますまい。教導団員としての名誉にかけて、猫などに引けは取らぬッ!」
やたら気合を入れて、鰹節を餌にした罠をあちらこちらに置き始める。
「野生の獣って、結構狡猾だと思うんだけどなー」
パートナーの機晶姫本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)が、自信たっぷりのマーゼンを見て首を傾げた。
「確かに、地上の家猫とは違うかも知れんが、所詮は獣ではありませんか!」
胸を張るマーゼンの肩を、飛鳥はつついた。マーゼンが振り返ると、そこにはどうやったのか、鰹節を咥えてさっさと駆け去る野猫の姿があった。
「く、たかが猫の分際で猪口才な。待て、待たんか!」
追いかけるマーゼンは、自分の仕掛けた罠につまずいた。その先で、猫はあざ笑うように藪の中に飛び込む。
「おびき出すのはいいけど、ちゃんと捕まえられなきゃダメだよねー」
飛鳥はにっこり笑って、ポケットに入れて来た小袋の封を切った。
「野猫にもこれが効くって、ちゃんと調べて来たんだから。ほーらほーら、この匂いには抵抗できないよね?」
中に入っていた、穴の開いたボール状の玩具を地面に転がす。と、さっき藪に飛び込んだ猫がものすごい勢いで戻って来て、ボールにじゃれついた。ボールにはひもがついており、飛鳥がひもの端を握っている限り、ボールがあらぬ方向に転がることはない。
「またたび、ですか……失念していました」
起き上がったマーゼンは、泥と草で汚れた制服を払いながら悔しそうに言った。
「悔しがってないで、猫が夢中になってるうちに捕まえてよ!」
猫をまたたびボールでじゃらしながら、飛鳥はマーゼンを見る。マーゼンはすっかり陶酔状態になっている猫を捕まえ、抵抗されながらも手足を拘束して布袋に押し込めた。
(猫狩りは二度とご免だ……)
手のあちこちにつけられた傷を眺め、マーゼンは心の中で呟いた。
「あれだけ騒がれては、こちらの獲物は皆逃げてしまったであろうな。場所を変えるか」
同じ7班のケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)は、パートナーの剣の花嫁天津 麻衣(あまつ・まい)に言った。
ケーニッヒの手には、既に何羽かの山鳥がぶら下げられている。いずれも射撃ではなく、罠を使って捕まえたものだ。
「今度は森の中へ行ってみるとするか。ここで獲れたのとはまた別の種類の鳥が居るであろうし。いっそのこと、白鳥や鶴のような大型の鳥を狙ってみることにしようか」
ケーニッヒが麻衣に言う。
「私は……ちょっと、そういう鳥を食べることには抵抗があるんだけど」
麻衣は眉を潜めて異を唱えたが、
「特別な鳥は、古来珍重され、貴人の食卓に饗せられたものである! また、白鳥を城で飼育することが多かったのは、単なる飾りではなく、非常時に食料とするためだったという説もあってだな……」
と、ケーニッヒはとうとうとうんちくを語りつつ、麻衣を引っ張って森の方へ歩き始めた。考えを変える気がみじんもなさそうなパートナーの様子に、麻衣はため息をついて、ケーニッヒに引きずられるまま歩いて行く。
しかし、白鳥や鶴なら水辺だろう!とケーニッヒたちが向かった先にあったのは、山の中の渓流だった。
「……水鳥は、ちょっと無理なんじゃない? ノボリゴイみたいに流れを遡るような水鳥の話は聞いたことがないんだけど」
速く浅い流れを見て、麻衣が言う。
「居ないのであれば仕方がないな、別の鳥を狙うか……」
残念そうに言うケーニッヒの隣で、麻衣はこっそり胸を撫で下ろしたのだった。
一方その頃、、マーゼンやケーニッヒと同じ7班のゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)とパートナーの剣の花嫁レナ・ブランド(れな・ぶらんど)は、マーゼンとは別の方角にある岩場で蛇を探していた。
「怖くない……怖くない」
ゴットリープがぶつぶつと呟いているのは、目の前で鎌首をもたげてしゃーしゃーとこちらを威嚇している、彼の身長と同じくらいの体長の蛇を手なずけようとしているのではなく、今にも回れ右をして逃げ出しそうな自分に必死で言い聞かせている言葉だった。
「動物の肉は常に動いてる所が一番美味しいんだって。蛇は全身が筋肉みたいなものだから、味は濃厚で甘みがあるそうよ。楽しみねー」
レナは楽しそうに笑いながら、一歩離れた所でゴットリープと蛇のにらみ合いを見物している。
「大丈夫、噛まれたらちゃんと治療してあげるわよ」
「くぅ……」
ゴットリープはまさしく、蛇に睨まれた蛙さながらに、脂汗を流しながらうめく。その時、蛇が動いた。
「ぎょわええいぃ!」
珍妙な悲鳴を上げながら、ゴットリープは咄嗟に蛇の首根っこを掴んだ。掴んだのが胴体の中ほどではなかったのは幸いと言えるだろう。もし胴体であったなら、そのまま絡みつかれて危険なことになっていたはずだ。
しかし、レナが言ったように、蛇は全身が筋肉である。うねうねとのたうち、ゴッドリープの手から逃れようとする。ここで尻尾の方も押さえられれば取り押さえることが出来るのだが、ウロコがうごめくその感触に、ゴッドリープは耐えられなかった。
「も、もうだ、め、だ……」
白目をむいて失神するゴットリープに、蛇が絡みつく。噛み付きやすそうな場所を探して、再び鎌首をもたげた瞬間、レナがホーリーメイスで思い切り蛇の頭をかっ飛ばした。脳震盪を起こして地面にぐったり伸びた蛇の頭を、すかさずメイスで潰して息の根を止める。
「……ああもう、しょうがないわねぇ」
蛇をしとめておいて、レナはパートナーの様子を見た。どうやら、噛まれてはおらず気付けだけで済みそうだ。
「これ一匹じゃ足りないわよね。もう一匹か二匹くらい、必要だと思うんだけど……」
先が思いやられる、とレナはため息をつく。
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